作詩の公園を振り返って 結城永人 - 2016年4月10日 (日) 僕が最初に開設したホームページは作詩の公園だった。今から十四年前に遡る。掲示板を主体にして皆で詩を読み書きするサイトだった。非常に盛り上がって本当に有意義に生きられた。貴重な経験、先々へ活かして行かなくては勿体ないほどの財産が得られたと思う。もう削除してしまったけれども心に記憶として刻まれたまま、終わらせるわけにはやはり行かなかった。一つの歴史として個人的にも負うべきではないかしら。昔の訪問者が思い出して探さないともかぎらないし、作詩の公園の管理人はどうなったのかと明らかにしておくことは決して無駄ではないだろう。ということで、ブログにも取り上げるしかないと望んだ。 作詩の公園を振り返って種々と学んだ 皆の詩を幾つも読めたことはいうまでもなく有り難かったし、僕も自作へ邁進することができた。サイトが各投稿によって熱が熱を呼ぶという感じで、全員の心が絡み合っているとも過言ではなかった。詩人の坩堝に放り込まれていた。一人で歌うのとは、全然、違う。リアルタイムに互いに影響を交わしながら何をどう詩にするかが果てしなく問われていたかのようだ。自分で見付けるだけが大事なのではなかった、詩にとって。見付けさせてくれた皆には頭が下がるばかりだ。 そして交流が栄えたところは最も素晴らしかった。絆を得た。長続きしなければ全て自分のものにするだけだから寂しいかぎりだけど、味わいとしては人間的な成長に繋がる。近いと見え難い。幼児か恋人ならばはたまた見え易いだろうか。別れに明日はないと泣き叫べるような詩人に僕はなりたいと願う。一分先、一秒先、絆を絶たないでいられれば良い。永遠に時間を止められると理想的だろう。虎の子の絆を知ること、人付き合いを後生大事に抱えることは生活を豊かにしてくれる。 管理人としては自己表現は皆のためだから皆のために自作よりも頑張ったという印象が強い。作詩の公園を立ち上げてから五年以上が過ぎて自作に集中するべき気持ちが増した。その代わり、掲示板での触れ合いが減るようになった。段々と廃墟になって誰も来ない日まで出て来た。考えると創作において自作で引き付けながら縁を持つようにしないと根底的ではないので、掲示板での触れ合いはとても大事だけど、サイトのメインに据える必要もなかったのではないかというところで、もはや様変わりして行ってしまうわけだったんだ。 元々、作詩の公園には二つの大きな目的があって自作を公開するのと皆と出会えるという。止めて移転しているけど、前者はForevermore(ブログへ移転)へ、後者はランクアート(閉鎖)へ以前よりも先鋭化された形で引き継がれている。作詩の公園はなくなったにせよ、志は曲げないで続けて行けるように自分に期待しながらやりたいと思う。 コメント 新しい投稿 前の投稿
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