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クレーの絵が詩そのものなのは死と隣り合わせで意欲的な画家だったせいだ

パウル・クレー

画家のクレーが四十歳過ぎの大回顧展のパンフレットに記した言葉が非常に興味深かった。現在は墓碑に刻まれているらしくて墓はスイスの彼の故郷ベルンのパウル・クレー・センターに置かれている。

私は現時点で受け入れられない
未だ生まれもしないような
死者に囲まれて暮らしているためだ
いつになく創造の心へは幽かに近付く
しかし十分に近付きはしてない。

原文

Diesseitig bin ich gar nicht fassbar
Denn ich wohne grad so gut bei den Toten
Wie bei den Ungeborenen
Etwas näher dem Herzen der Schöpfung als üblich
Und noch lange nicht nahe genug.

まるで詩人の認識のような味わいがする。目に見えるものを描こうとしているような風情では全くなくて「芸術は見えないものを見えるようにする」という言葉も残していたと聞かれる。

この世で見えないものは心の目に全て映っているわけならばクレーはきっと心の目で世界を見詰めることのできる数少ない絵描きだったのではないか。

ならば言葉遣いも同じだろう。死は説き伏せられない。手に入れられないまま、少しも触れないで、世界に定着される死者の傍らで創作意欲が増すといっているわけだ。心の目で見ている、死を。恐ろしくも安らかでもない。人生を締め括るものとしての終止符と呼ぶとスタイリッシュながら意味合いが又随分と違って来てしまう。

詩そのものなんだ、感性が持ち前の。だから面白いよ。色彩で描かれた詩はこういうものかと味わわされる。

よもや魔術のような筆捌きの片鱗が漂っていて碑文には正しく相応しいと認める他はない。

クレーにとって創作活動が死と隣り合わせで意欲的だったとすると命の輝きは確かな認識に取って換わる美しさを如実に醸し出しているはずだろう。

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