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蜜蜂といえばマーヤでマーヤといえばやはり可愛い

日本アニメーションの作品紹介でどんなアニメがあるのかを探し回っていたらみつばちマーヤの冒険が出て来てとても嬉しかった。



かつて気に入ったアニメの一つだったし、キャラクターが可愛くて蜜蜂に興味や感心を抱きながら好きになる切欠にもなった。


振り返ると僕自身のアイコンの蜜蜂も非常に大きな影響を受けていた。元々の絵も冒険と題していた。蜜蜂のイメージがみつばちマーヤの冒険によって固まってしまっていたとすると相当に詩的だったと考えられるだろう。


髪型がたぶん最も素晴らしい。蜂蜜を頭から被ったような感触が示されていて色も黄色で似通っている。蜂蜜で生きている蜜蜂だから生きる喜びが髪型で正しく表現されていたわけだ、マーヤには。


するとアートをやはり受け取らずにいない。自己表現が髪型でしっかり出来ていているとは何か。アートを通じてポエジーが与えられるし、かけがえないの存在こそ味わわせるんだ。延いては生きる喜びの美しさや受け留める世界の優しさを告げていると知るに至る。


マーヤが可愛いのは生活に自分らしさが極めて多く溢れているせいだ


アニメのみつばちマーヤの冒険は物語は皆との触れ合いから成長して行く人生の寓喩だと思うし、原作者のワルデマル・ボンゼルスもそれを踏まえて最終的にはマーヤを蜜蜂の教育係に仕立て上げた(経験を以て知識を与えよ)はずにせよ、キャラクターの造形を含めてデザインこそ心に残された。


巣も住みたい感じがした。六角形の小部屋が幾つも寄せ集められていて黄色もとても綺麗だった。柔らかみが良い、タッチと色彩の。布団の魅力を思い起こさせるし、快適な寝床、または住処そのものと呼ぶにも相応しかった。


ところがマーヤは飛び出してしまう、巣を。子供心には不可解だったし、他のどんな場所よりも素晴らしい世界ではなかったか、俄かには受け入れられないけど、マーヤが巣を離れ去るべき作品のエッセンスは大人でも把握するのは難しいだろう。


哲学的なので、あからさまに目に見える形ではマーヤが巣に教育係として又戻って来るにせよ、なぜ経験が必要なのかが気にかかる。


蜜蜂ならば本能だし、人間ならば信念だ。外界を学んでこそ生活が向上する可能性も初めて得られるわけなので、既成概念だけでは現状維持で終わって環境の変動で倒れ易いどころか偏見に縛られてさえもいれば身内で争いが起きて平和な日々も決して安泰ではなくなる、恐らく。


マーヤとしては生活が向上する可能性を得られるかどうかが大事ではないか


詩的に捉えれば蜂蜜の言葉にぴったりで、大事なのも蜜蜂の生き方がしっかり知覚されているし、みつばちマーヤの冒険は注目せざるを得なかった、蜜蜂が好きなかぎりはむろんまさか可愛くて。


参考:みつばちマーヤの冒険

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