美輪明宏のヨイトマケの唄へのエンヤコラ 結城永人 - 2017年1月26日 (木) 美輪明宏のヨイトマケの唄は昔からどこかで聴いたことがあって民謡か何かで日本の伝承歌の一つなのかと胸に来た思い出がある。考えれば不可解だったけれどもいつも誰の作品なのかが分からないままで、作者未詳の伝承歌というイメージが三十年くらいたぶん固まってしまっていた。 はっきり分かったのが2012年の紅白歌合戦で美輪明宏が歌ったのを観たためだった。 美輪明宏のパフォーマンスが素晴らしかった 美輪明宏|NHK紅白歌合戦|NHK 歌が演劇的で、衣装も宝塚歌劇団の男役みたいな黒づくめのもので、いつもと、全然、違うし、パフォーマンスが素晴らしいだけにインパクトが物凄く大きかった。 感動しながらただししっくり受け取るのは難しかったのも事実だ。ヨイトマケの唄の作者も美輪明宏で、発表当時は丸山明宏だったらしい、はっきり分かったものの作者未詳の伝承歌というイメージを払拭するのに時間がかかったと個人的には思う。 ヨイトマケの唄と美輪明宏は作品と作者の関係なんだと紅白歌合戦での熱唱から五年くらいで漸く腑に落ちて来たようだ。 それぞれのイメージも相当にずれているし、近年の美輪明宏の豪華絢爛な生活振りからすれば余りにもかけ離れて対極的なヨイトマケの唄の庶民生活そのものではなかったか。 制作状況を知らされても作品と作者に心の中で結び付き難いものがあったと振り返られる。 改めて泣けて来るほどに感動せざるを得ない 美輪明宏のヨイトマケの唄(YouTube) ヨイトマケの唄は1965年に発表されて美輪明宏にとっては三十歳の作品だった。もう既に歌手として大成していて日本全国でコンサートを開いていたらしいけれども庶民生活そのものを歌にしようと手がけた気持ちはファンのせいだったんだ。自分のコンサートに金持ちばかり来ているわけではなかったと衝撃を受けてそうしたファンのためにこそヨイトマケの唄へ取りかかるに至った。 炭鉱の地に歌いに行ったときに、貧しい人たちがわざわざ聴きに来てくれているのに、私は贅沢な格好でギラギラしていて申し訳ないと思ったんです。それで、なんとかこの人たちを励まし、慰める歌をと思ったんです。 美輪明宏/なぜ歌い、戦い続けるのか 美輪明宏インタビュー|CINRA.NET 少なからず、生活感はずれていたかも知れないけど、しっかり目を向けられた美輪明宏は尊敬するべき芸術家だと認めたくなる。世界を本当に手広く表現できたし、人間的に優れていたのは間違いないだろう。さもなければヨイトマケの唄もリップサービスに過ぎなくて特に訴えかける美しさもなかったのではないか、人々へは。 母と子の愛情、そして生活苦を跳ね返して行く人間の果敢な生き様が聞く耳を捉えて離さない詞と歌で、素晴らしいパフォーマンスから美輪明宏の芸術とは何かを分かり易く、ストレートに伝えていると思う。 ヨイトマケの唄は長らくも放送禁止歌だった 昭和炭鉱絵はがき by Meiji Kogyo K. K. / Public domain 知って驚いたと同時にかつての作者未詳の伝承歌のイメージも雪解けを起こしたけれどもヨイトマケ唄の「ヨイトマケ」(日雇い)や「土方」(土木作業)という詞が差別用語として国内的に規制の対象になっていた。 発表からヒットしたのも束の間に世間から消え去るように当時のテレビやラジオから流れなくなって1983年から規制が撤廃されて俄かに又日の目を浴びるように人々の間に出回るという結果に繋がったと聞かれる。 僕がヨイトマケの唄を知っていたというか、実際には曲自体も良く分からなかった状態にせよ、掛け声の「エンヤコラ」が何よりも印象的だった、国内で規制の対象だったり、その後も忌み嫌われて大きくはメディアも取り上げなかったとすると当然だったと認めたんだ。 生涯を訪ねると美輪明宏は彼自身が同性愛者/ホモセクシャルとして周りから石を打つけられるような生活を余儀なくされていたはずだし――今よりも時代は古くて社会で差別意識が全く批判されなかった――さらに追い打ちをかけられるに等しいとヨイトマケの唄の放送禁止歌の抑圧へは同情を禁じ得ない。 良い歌だったから生き残って年末の国民的な行事とも過言ではない紅白歌合戦で名実共に披露されるまでに生々しく復活を遂げたのかも知れなかった。 美輪明宏は人間としての苦渋を嫌になるほどに味わわされて何年も堪え忍んで来たと想像するに難くない。しかしだからこそ経験が花開くと生きる喜びも一入の感動せざるを得ない自己表現が可能になるのではないか。 ヨイトマケの唄は発表当時の録音も透き通るように綺麗な歌声をそこはかとなく心に響かせていて稀有だと賛嘆するけど、復活以降の美輪明宏は数多くの悲しみを踏まえながら歌手としてスケールアップして夢や希望を甚だ力強く受け取らせるから本当に精神的に成長しながら芸術的に進歩していた。 巷で良く聞く「悲しみをバネして生きる」の言葉が美輪明宏にはぴったりだ 頑張って乗り越えた先には何が齎されるのか、どんな喜びが待ち構えているのか、人生は捨てたものではないと体現した存在が考えるほどに非常に重要だった。 美輪明宏のヨイトマケの唄には人々を幸せへ引き込む魅力が並外れて詰まっている。 参考サイト美輪明宏要注意歌謡曲指定制度美輪明宏、「ヨイトマケの唄」に込められた思いとは 【紅白歌合戦】 コメント 新しい投稿 前の投稿
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