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最も印象に残るプロレスラーだった超獸のブルーザー・ブロディ

強そうに見えて意外と弱いというか、ブルーザー・ブロディが大の気に入りのプロレスラーだったけれども最も印象に残るのは応援せずにはいられなかったためだと思うし、試合が場外乱闘の末のリングアウト負けなどがいつも多くてちゃんと決着しないのが歯痒かった。


Bruiser Brody vs. Terry Gordy: Sept. 9, 1983 via WWE

調べて初めて知って驚いたのは好き嫌いの激しい人柄だったらしい。それが死因にも繋がってしまったみたいだ。刃物で刺殺されたけれども犯人もプロレスラーで、喧嘩が元だった。嫌いな人間には決して心を許さないどころか、食ってかかりさえもしていたブルーザー・ブロディとするとイメージ通りの超獸(キングコング)だったのではないか。


最も印象に残るのと同じようにこれも何か強そうに見えて意外と弱いというか、一刺しの刃物であっさり亡くなってしまうよりは超獸として跳ね返して欲しかった感じが非常に大きい。


いつも期待外れだから詰まらないはずなのに好きでいられたのが不思議だったと思い返される。大の気に入りとまでしかも圧倒的に引き付けられた理由とは何だったのか。考えれば結果抜きに試合は白黒がはっきり付かなくリングアウト負けなどでうやむやの消化不良が多くても超獸への憧れが優ったせいだろう、きっと。


観ていてちゃんと戦ってくれないし、気持ちは振り回されてばかりなのもイメージ通りかも知れなかったけれども本当にうんざりして遠ざかるわけにも行かないところは魅力として捉える他はないと思う。


ブルーザー・ブロディの入場曲がレッド・ツェッペリン移民の歌で――主にカバーのインストゥルメンタルが使われていたらしい――雰囲気にマッチしていて凄く良かった。というか、むしろ違和感を覚えるほどにプロレスラーのキャラクター作りが卓越していたようだ。レッド・ツェッペリンの移民の歌はブロディ・ブロディのために発表されたわけではないはずだ。


ところがプロレスの会場でチェーンを頭の上に振り回しながら意気揚々とリングへ向かって来る途中で聴いていると凄く良い曲だと気付かされる。ブルーザー・ブロディはレッド・ツェッペリンの移民の歌を完全に自分のものにしてしまっていたのではないか。


プロレスラーの入場曲のコレクションアルバムを買って聴いたこともあるけど、大体は音楽だけでは寂しいながらブルーザー・ブロディだけこそは著しく耐え難かった。プロレスの会場で超獸の雄姿と共に鳴り響いて欲しかった記憶を呼び覚まされて止まなかった。


ブルーザー・ブロディはプロレスラーだけれども本当に試合の印象が薄くて全日本プロレスでスタン・ハンセンと組んでミラクルパワーコンビと呼ばれながら暴れ回っていた様子が面白かったにせよ、振り返った思い出は漠然と広がるばかりでどんな試合が良かったのかとはちょっと選び難いものがある。


見方がパフォーマンスに向いて殊更と注目されたとすると芸術性こそ味わったに等しい。


卓越したキャラクター作りも自己表現の巧みさというわけで、実生活でもリングと同じように超獸で好き嫌いが激しいなんてプロレスでのパフォーマンスに入り込み過ぎたせいかも知れなかった。


元々はアメリカンフットボールの選手で、メジャーのワシントン・レッドスキンズに入団したけれども怪我で辞めてプロレスラーになるまでの暫くの間は新聞にコラム記事を寄稿していたりもしたらしい、全くの畑違いながら。


ブルーザー・ブロディは頭脳的に優れていて超獸のパフォーマンスも冴えていたんだと改めて想像するに難くない。


レスリングを観て楽しむには、レスリングに関する十分な知識が必要だ。
チェスのようなものだ。
日本の将棋ともよく似ている。
両腕、両脚、頭、そして心がひとつひとつのコマになってゲームを進めていくんだ。
敵がこう来れば、自分はこう攻めるといったぐあいにね。
レスリングはひじょうに頭を使うスポーツなんだ。



プロレスの神様と称されるカール・ゴッチの言葉で、レスリングの基本姿勢という一つの精神を奥深くも的確に伝えている。


ブルーザー・ブロディも名言として「プロレスはチェスのようなもの」と探すと見付かって敵味方の互いの攻めと守りでどのように魅せるか、観客を気持ちから盛り上げて行くための最善策が緻密に計算された自己表現が求められていたのではないか。


驚くべきはエンターテイメントに結実していたんだ、プロレスラーとしての試みの全てが特徴的にも。スポーツだけがプロレスではない。エンターテイメントも加味しながらどんなイメージが必要か、いい換えるとプロレスとは何かを超獸のキャラクター作りまで含めて必死に追いかけていたに違いないだろう。


ブルーザー・ブロディは芸術家と呼ぶに相応しい。プロレスのパフォーマンスがスポーツとエンターテイメントの両面で素晴らしかったわけで、ここまで来ると引き付けられない理由もなかったと尊ばれる。期待するべき存在の美しさに触れられては出会えて良かったの一言に尽きる。


参考:Bruiser Brody vs. Kevin Sullivan: Aug. 7, 1976 Bruiser Brody vs. Buzz Sawyer: Sept. 11, 1986

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