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アングルのドーソンヴィル伯爵夫人の肖像は新古典主義の頂点を指し示していた

十九世紀のヨーロッパで絵のスタイルは新古典主義が隆盛を極めていた。失われた楽園を取り戻すかのように古代ギリシャを主に規範として中世のルネサンス、または古典主義を再評価しながら虚飾を廃して自然にあるがままのスタイルで尚且つ壮重に描かれる真実味の高い絵が人気を博していた。全員の好みが同じだったはずはないにせよ、世の中の潮流として可成の程度で人々から注目されていたのは確かなようだった。


フランスでは取り分け芸術アカデミーという専門機関と画家が強固に結び付いていて支配的な様相を呈するまでに至ってしまっていたらしい。およそ民主主義と資本主義が革命的に加速するような時代的な状況と相俟って生活そのものが問い直された結果として新古典主義が人々の心を掴んだとは想像するにも難くないだろう。


世の中が変化すると同時に昔を振り返りたくなるのはなぜか。名残惜しまれる何かのために情感は直ぐ様と席を新しく流れ込む社会へ譲ろうとしないかぎり、誰もが待ち焦がれていたに等しい。考えれば切ないけど、しかし懐かしくも親しみ易いという切欠が手に入れば有り難いのも事実だと思う。


文化的な隔世遺伝が迫ってそうだ、よもや。目の前の世代は余りに近過ぎるし、変化する世の中への慌ただしさを止められないでいたとしてみると新古典主義の画家にとってルネサンスならば名だたるかつてのダ・ヴィンチミケランジェロラファエロといった画家の絵の悉くは祖父母への愛情に等しく受け留められていたに違いない。


痺れを切らしたグライダーが見付け出した着陸地点へ今正に造作なく進み行くまでは拒まれずにいなかったみたいに情感は案外と怖がりで、安心して夢見られる経験の中に乞い願われるべき馴染み深さを密やかに慎ましく尊び続けているはずだった。


ドミニク・アングルのドーソンヴィル伯爵夫人の肖像
Portrait of Comtesse d'Haussonville by Jean Auguste Dominique Ingres [Public domain], via Wikimedia Commons

新古典主義の代表的な画家の一人、アングルのその絵の中でもドーソンヴィル伯爵夫人の肖像に非常に目を引かれた。または心を持って行かれたのではないか。見るほどにそう思う、とすれば第一印象に拘泥り過ぎては心こそ著しいまでに取り零してしまうような絵だったと今此処で認める他に手はないだろう。


しかし心から手を伸ばすよりも言葉にできない良さを素早く感じさせたアングルの世界も味わえばまた如何にも不思議で、ドーソンヴィル伯爵夫人の肖像の魅力を支えていると考えるに十分なくらい力強いはずだったのも確かではないか。


分からなくなる、自分でも自分が何をいいたいのかを。笑うしかない。もしかしたら初めての経験だ。絵を見て考えながら心なしか声を落としている。無言が言葉を追い越してしまったなんてもはや感動が置き去りにされたせいとしか認められないだろう。


アングルのドーソンヴィル伯爵夫人の肖像は透き通った美しさに包まれている。そこはかとない光が画面全体を覆い尽くすように散りばめられながら胸に伝わり、そして心に届いては内面そのものに染み込んで来るんだ。僕だけではないと祈りたいくらいにも奮える。


畢竟、素晴らしい絵とは何なのかを覚えようとする瞬間が人生に訪れているとも過言では決してなく、鑑賞する梯子を上り捲った勢いから空中へ飛び出てしまって落ちるのを待つばかりなのに嬉しくて堪らないようならば頂点だ、余りあるほどの芸術もアングルの世界という自己表現のスタイルから明らかに呼ぶならば新古典主義の。


ドミニク・アングルの自画像

アングルの極度に洗練された描き方


アングルはルネサンスの絵を愛好するけれどもラファエロを甚く気に入っていたようで、知るや否や僕も同じだと共感を抱いた。だからかも知れない、ちゃんと考えてみたくならざるを得なかったのも。とはいえ、作品が不味ければ真実を歪めるわけには行かない気持ちも自分らしさと切り放せなかったかぎりだ。先ずは画家よりも絵こそ見なければならなかったと振り返ってしまう。


正しくドーソンヴィル伯爵夫人の肖像が凄いのか、はたまた偶然の衝撃のせいか、彼の他の作品は全て霞んだ。名作は幾つもあった。浴女グランド・オダリスク玉座のナポレオンドヴォーセ夫人の肖像トルコ風呂、枚挙に暇がないとはこのことだといわんばかりのアングルの手になる芸術的な感動と興奮のオンパレードなのは確かだったにもせよ、僕にとっては少なくともずば抜けて引き付けられた絵は一枚しか見当たらないためだったと頷いて良いだろう。


気に入ったアングルに最も近付き易いという感じがドーソンヴィル伯爵夫人の肖像にはして真っ先に注目してしまいもするのだった。


調べると絵描きを方法として良く考える人だったらしい。噂ではデッサンに秀でていて余人の追随を許さないほどの腕前だったと聞き知られるのも速やかで、咄嗟、憧れのラファエロがダ・ヴィンチのそばで、名作中の名作のモナリザを目にしては直ちに模写(左斜め前を向き、腕を組んだ女の半身像)せずにいられなかった勉強熱心なイメージと被って来るくらいありそうな言葉だった、アングルへは本当に。


ドミニク・アングルのドーソンヴィル伯爵夫人の肖像の全体のデッサン

ドーソンヴィル伯爵夫人の肖像は何年もかけて制作されていてデッサンも幾つも残されていた。


1842年の夏に着手されて1845年の初め頃に完成したとされる。アングルが六十歳で、モデルのドーソンヴィル伯爵夫人のルイーズ・ド・ブロイが二十七歳だったかも知れない。


どうして直ぐに描き終えなかったかの理由は主に二つ考えられるようで、一つにはアングルが肖像画を描くのに辟易していた時期で、気乗りしなかったのではないか。人気の肖像画家として注文が殺到していたり、自分の芸術が引っ張り凧の世の中で気持ち良く追求できなかった可能性がある。


六人、私は断っていて止めようとしているというのも耐えられないからだ。そうだ、パリへ帰ったのは私にとって肖像画を描くためではなかった。


ワーリーとアニーの肖像画の前進:アングルとドーソンヴィル伯爵婦人(訳出)

ルイーズ・ド・ブロイはイタリアに住んでいたので、そこでアングルも芸術アカデミーのディレクターで暫く滞在していてローマに公開したアンティオコスとストラトニケをドーソンヴィル伯爵と共に夫婦で目にして気に入ったから夫人の肖像画を依頼したらしい、フランスに戻ったアングルのアトリエへモデルとして何ヵ月も逆に通わなくてはならなかったから外国で遠くて大変だったともいわれる。


もう一つはルイーズ・ド・ブロイがモデルだけれども肖像画の制作期間に妊娠していてアングルの絵描きが中断されたようだった。


ドミニク・アングルのドーソンヴィル伯爵夫人の肖像の顔のデッサン

ドーソンヴィル伯爵夫人の肖像で気付いき易いのは見かけがふっくらしている。妊娠前後の女性を写し取っているとするとニュアンスが相当に緻密に出ているのではないか。普段から身に付いた体勢には見えないというか、下腹部が特に重たいみたいな姿勢の取り方が微妙なのに明白に感じてしまう。芸が細かい。目付きがちょっと恐いような印象を与えるのも子供を守るための妊婦の無意識の挙動ととして受け取ればリアリティーがやはりしっかり出ているとしかいえないだろう。噂通り、アングルのデッサンは対象を正確無比に捉えていて気持ちから人々に真実を伝えるだけの表現力を伴っているから画家としては本当に流石だ。


アングルの絵を新古典主義のスタイルで捉えればルネサンスよりも気持ちが大事だと分かる。


どちらも自然体を表現するし、見たままを忠実に再現するけれどもどう写し取る絵かの思想によって趣きが変わるのではないか。


ルネサンスならばダ・ヴィンチが芸術に解剖学を取り入れて人体も科学的に客観的に示したのが最も驚かされるけれども新古典主義はそれこそ思想として自覚するように一つの見方として自己表現に還元しながら想像的に主観的にイメージを打ち出しているというか、アングル、そして彼の絵の中でも取り分けドーソンヴィル伯爵夫人の肖像には指摘せずにはいらなくて核心的に成功を収めていると認められるんだ。


アングルの画家としての独創性


ドーソンヴィル伯爵夫人の肖像はポーズが愛らしいと思うと現代的な感性がありそうだし、十九世紀なのにイメージがポップで面白いと唸らされる。世界が先取りされたようにアングルに震撼させられた後世の芸術家も多かったようだ。誰かと例を挙げるにはただしちょっと名前を覚え切らなくて参ってしまうけど、調べながら小耳に挟んだかぎりでも印象深かった。やはりやはりと納得するばかりで全ては記憶する間もなく過ぎ去ってしまったわけだ。


考え返して新古典主義の良さが想像的に主観的に仕上げる自己表現に核心的に含まれているとすると個人に直結して来るのも無理はないので、そこから現代的な感性が汲み取られてポップなイメージも与えられるようになるのではないか。


アングルはドーソンヴィル伯爵夫人で個人の可能性をポーズとか気持ちから芸術的には少なくともデザインとして匂わせて止まない画家だったんだ。


幾つかは本当に狙っている要素も探せば見付かるから興味深い。


  • 右腕が殆ど引き過ぎている
  • 後ろの鏡に左手が入り捲る
  • 服選びが時代にそぐわない

アングルはグランド・オダリスクがかつて人々に非難された。モデルの体型が歪んでいて脊椎骨が二三本は多いと背中が普通よりも長いために、当時、隆盛を極めていた新古典主義の観点からして全く受け入れられなかった。絵が見たままになってないせいだ。アングルは止めて常識の範囲内にデザインを収めるようにしてから悪評は立てられず、さらに芸術アカデミーのディレクターにも就任するまでに好感度を高めるばかりだったけれどもドーソンヴィル伯爵夫人の肖像にはグランド・オダリスクであからさまに試みられた斬新さがひっそりとでも又出ているのではないかと考えられてしまう。


本人の口からは何も聞かれなかったみたいで、なぜモデルの体型を歪めたりするようにデザインを崩して絵を描いてしまうのかは謎に包まれている。


現代的にいうとセザンヌの多視点とかピカソの超次元なんて絵があるからスタイルの根幹として重なり合うのではないか。何れも一つの方向から見えるものと見えないものが同等に扱われて描き出されてしまうわけだ。アングルは二人よりも先に気付いてやっていたからそれこそ正しく先取りしていたとも過言ではないだろう。


グランド・オダリスクからするとモデルの背中が長いから彼自身の美意識が反映しているみたいだ。絵ならばモディリアーニの執拗に取り上げた頑固一徹みたいな細長い顔のイメージが最も分かり易いかも知れないけれどもセンスが特徴的に味わわれてしまう。普段と比べると気持ち悪ければ子供が顔を近付けて誰かの顔を見て遊んでいるのを思い浮かべるしかないだろう。両目が広がりながら繋がって面白いという見え方が世の中には潜んでいる。掘り出し物のセンスは痛快なまでに気持ち良いし、自分以外に誰一人として及び付かないかぎり、もはや文学的ですらもあるわけなので、面白いかどうかでは本当に抜群の芸術と称えるだけだ。


アングルはセンスを彼自身の美意識として重視していたように考えて良いのではないか。



するとドーソンヴィル伯爵夫人の肖像では右腕を殆ど引き過ぎるのは構成上の要請があった。


感想としてはもっと見えるはずだった右腕がなくてモデルの胸の辺りの左側のラインがすっきりしている。頭からスカートのまでのシルエットが対照的に引き立てられて存在感を全体的に増しているようだ。


鏡に首で遮られた左手が描かれているのは微かながら心霊写真並みにミステリーを呼び覚ます。


視覚が透過されたとするとアングルは自分が見たくて描いたからやはりセンスを反映しているといいたい。モデルのイメージの残像を鏡に置いたわけなので、絵にエコーがかかったように心に響き渡る仕方で纏め上げられているのは間違いなさそうだ。


風の揺らぎと詩的に捉えるとスカートの襞の柔らかいところから始まって光の陰影に応じて固いところまで立体的な造形のかぎりを尽くして一切が結び付いて響き渡るという絵の完成度の高さを思い知らされるし、出会った素晴らしさも内面に染み込んで来るほどにまさか新古典主義の頂点を支えているようだ。


ドレスは当時の肖像画の服選びとしては地味で、概して華やかに欠けているのが異色だった。


ルイーズ・ド・ブロイの個人的な様子が余程とモチーフになっている。


気持ちから表現するならば理に適ってそうだけれども現代の肖像画ではなくてモデルの一般的ではない服選びが十九世紀に結果として常識破りでも果たされたのは新古典主義の良さに核心的に突き進んでいたアングルならではの個性のためだったとはっきり認められてしまう。


ドーソンヴィル伯爵夫人の肖像はポーズが目に付いてポップだし、現代的に面白いけれども発想そのものはルネサンスも参考にしていたような古代ギリシャや古代ローマの芸術からヒントを得ているかも知れなかった。


アングルがいったわけではないにせよ、プディキティア(謙虚/貞潔)やポリヒュムニア(賛歌を司る詩神の一人)の彫刻に先例が見られるようなんだ、調べながら気付いてみれば。


まさか瞠目させれるばかりにせよ、古代芸術から個人性の欠片は確かに存在していたとも過言ではないし、歴史はきっと侮れないと、どれだけ前進しても過去からしか未来は生まれないみたいにアングルの絵からは人生こそ教わりもしてしまう。


ルイーズ・ド・ブロイがドーソンヴィル伯爵と共に肖像画を依頼した所以のアンティオコスとストラトニケにも似たようなポーズが見られていたからドーソンヴィル伯爵夫人の肖像には相応しく構想されて芸術的に取り入れられたのではないか。


参考:ドミニク・アングル 新古典主義 新古典主義 西洋美術史のおさらい(僭越ながら) Progression of the Portrait: Ingres and the Comtesse d'Haussonville(PDF) 「ドーソンヴィル伯爵夫人の肖像」 ドミニク・アングル 「ドーソンヴィル伯爵夫人の肖像」

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