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大笑いさせるヴァン・ゴッホは卓越した感性で希望の光を描いた

ゴッホの手紙を読んでいて大笑いした。本当にまさかだったし、人生は諦め切れないとも唸らされる。ならば夢はきっと叶うだろう。


物凄く面白いのはヴァン・ゴッホがアルルでアトリエに住み着いた場面なんだ。パリから引っ越して来てホテルに寝泊まりしていたものの二つの居を構えては銭がかかり過ぎるからアトリエに家具を入れて二階に住み着けば安上がりで良いと考えるようになる。生活費を出している弟のテオに手紙で訴えた。前借りするみたいな仕方で、暫くして普段よりも多めに受け取った銭で、アトリエに家具を入れて寝泊まりするに至るけれども本当に嬉しさが溢れていた。


ヴィンセント・ヴァン・ゴッホの寝室

大笑いさせるのはヴァン・ゴッホは絵が売れなくても素晴らしい生活を自然体で実現しているせいだ。


貧乏を忘れ果てる。アトリエも芸術家の家として自分一人が住み着くだけではなくて大勢を呼べるようにも作り上げて行く。生活費が浮かせられて創作活動にも適していると予測していた。仲間を増やしながら画家として飛躍するべく、夢が一層と大きく膨らむんだ。


アトリエに家具を備えつけて、結局は良いことをしたのだという確信をもっている。仕事のことで早くも僕は、今までのように不必要な苦労で悩まされずにもっと自由にやれそうな気がしている。


テオ宛のゴッホの手紙(硲伊之助訳)

弟のテオに生活費を出させて申し訳ない気持ちがかつて強かったヴァン・ゴッホだけれどもアルルのアトリエに住み着いてから相当に克服されたのではないか。すればテオも煩悶する兄を見なくて済むはずだ、涙を忍びながら咽び泣くように。ヴァン・ゴッホと同じように喜んでいたに違いない。少なくとも安心感が芽生えたと想像されずにいない。


本当にヴァン・ゴッホとテオの兄弟愛は人情がいつも通っていてそれこそ日本的な思い遣りを感じさせる。アルルのアトリエでの素晴らしい生活はヴァン・ゴッホが憧れた美しい日本のイメージにぴったりではないか。人間にとって悲しみが全てではない。たとえ貧乏でも幸せが得られるならば命の尊さしかないはずだけれどもゴッホの手紙という人生によってはっきり気付かされた。


方法論的にいうと感性が卓越している。生きる喜びから世界を捉えなくては無理だし、心を押し潰されるばかりの貧乏でしかない。幸せを得るとは何かが真実に認識された。不思議だけれども貧乏でも人間は大丈夫だし、だからこそ裕福へも力強く立ち上がり得た。


ヴァン・ゴッホがテオから銭を受け取っているならば親身に応援する気持ちこそ励みにして画家へ邁進するのが思い悩むよりも重要だったはずだ。分かっていても実際には難しい。手紙では二人で描いている絵とかなんて良く示すけれどもテオは気分的に落ち込み易かったようだ。生活費を工面しているし、心配なのは何よりも兄の衣食住だったとすれば仕様がないのではないか。素敵な言葉も事実から上回る行動によって示すと分かり易いみたいだ。


僕は家のことでも仕事のことでも非常に幸福だから、この幸福が僕ひとりのものでなく君もそれを共にしてくれればと思っている。


テオ宛のゴッホの手紙(硲伊之助訳)

テオは暫くして結婚したり、子供も生まれたり、仕事も捗りながらどんどん幸せを高めて行く。きっとヴァン・ゴッホが素晴らしい生活を実現したと心惑いが収まったせいだろう。アルルのアトリエが生きる喜びを十二分に表現している。ヴァン・ゴッホが貧乏でも画家としての幸せを得ているかぎり、影ながら応援している自分自身に報われた思いがつとに増して来たのではないか。


ヴィンセント・ヴァン・ゴッホの夜のカフェテラス

晴れやかな内面こそ人を魅了するはずだから恋にも恵まれるし、仕事も人間関係として同じように羽搏くわけで、人生が上手く回るかどうか、目標を社会的に実現するためには是非とも欠かしてはならないと考えられる。


およそヴァン・ゴッホもアルルが大好きな日本画の風景と似ているから世界を有頂天に覚えながらアトリエに必要なかぎりの素晴らしい生活を見出だしたんだろう。


芸術家として今此処で生きる喜びに包まれながら幸せを得ているという卓越した感性が本当に特徴的なんだ。


アルルでアトリエに家具を入れて寝泊まりを開始する場面は希望に満ち溢れているし、世間並みならば進学や就職の新生活のように明るい未来がとても分かり易いにせよ、必ずしも裕福な生活に基づかないから大笑いしてしまうわけで、テオの仕送りを元手としつつも神は見捨てないと祈りが加速しているイメージが見逃せないんだ。


人生論が有り難い。神へ祈ってこそ明るい未来は引き寄せられるのではないか。いっそ夢を確実に叶えるためには自力だけではなくて他力も必要なんだ。ヴァン・ゴッホにとって生活費を工面するテオが命綱だから人々を大事にしなければ片手落ちかも知れない。少なくとも手助けによって物事は速やかに進められるだろう。社会学では自明の理にせよ、命綱という情感が極めて大きくてそうした自覚を心から促してくれる。だから神へ祈るにしても本音そのものでしかないわけだ。終わりだろう、人間は見捨てられたら。触れ合いに思い遣りが求められるならば徹して捨て去ってはならないし、常日頃から生活の知恵として胸に仕舞っておくべきだと認める。


われわれが物事のいい面を見て行くということは、つまり物質的な面ではなく、人間的な関係でみるということだが、そうすれば物質的な困難は自然に取り除かれてしまいそうな気がする。


テオ宛のゴッホの手紙(硲伊之助訳)

僕が示した心地良く過ごす思想の意義に近い。どうすれば人々は分かり合えるのか。ヴァン・ゴッホとテオの間柄は本質的に正しいし、永遠に平和だと感心せずにいられない。経験において最重要の善意だろう。


生きる喜びから幸せを得るという卓越した感性は世界を命の尊さによって知覚するかぎり、人間にとって能力そのものへの開眼に他ならない。現時点が不満ならば乗り越えるように、満足ならば尽き果てないように希望を与える理性の働きだ。およそ日常生活において衣食住を主眼とした喜びや悲しみの衝動とは次元の異なる《存在の思想的な肯定》を志向しているためだろう。不幸に塞ぎ込みながら目覚ましく気付くほどに大笑いするけれども実地では魂から万物を霊視的に捉えているといって良い。


ヴィンセント・ヴァン・ゴッホの向日葵

ヴァン・ゴッホは知性の優れた効果を理性として体現する存在だったし、精神の冴え返るほどの画家だった。アルルでの絵は黄色が取り分け印象的で、希望を光り輝く真実として象徴的に描き出しているせいに違いないと受け取る。


一度、見たらよもや離れられないように美しい。昨日から今日、今日から明日への人生の流れによってモチーフが世界に歴史的に位置付けられている絵なんだ。


ヴァン・ゴッホが最も好きな色は黄色だったらしい。人生で希望の光と呼ぶならば正しく相応しく仕上げられずにはいなかったと賛嘆される。非常に力強くて印象深い。芸術的な魅力に引き込まれて抜け出すのも惜しいくらいだから愛し尽きない。

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