姪の四回目の外泊があってついに普通だと感じた。治療抵抗性統合失調症のクロザピンの投与から九ヶ月くらい経っている。待ちに待った瞬間とも過言ではない。何しろ、明るい印象で、接しながら違和感は殆ど受け取らずに済んでしまっていた。
言動そのものは変わらないのに普通でもはや病気ではないと、精神科への入院以来、初めて気付かされずにいないのはなぜか。
姪の全ての反応が速くなっている
以前と比べて僅かながらでも生きる喜びが増したようだ。物事の捉え方に支障が全くないのが健康を思わせるし、病んだ精神でもなく、普通だと感じさせる状態に結び付いているに違いない。
今はもう軽度の知的障害者が、一人、いるだけだといって良い、姪と会っても目の前には。精神科ではグループホームへの入居をちょっと前から考えていたけれども実際に幾つか見に行くような流れに変わって来ている。退院する日は順調に近付いているし、クロザピンで治療抵抗性統合失調症の治療は幸いにも失敗しなかったと頷かれる。
ただしそうした投与が求められる診断の切欠がグループホームで現れたらしいから予断を許さない。職員の一人に姪が襲われかけたと聞いた。巷でも偶に聞かれるけれどもグループホームなどの障害者施設で事件が起きているのと同じだし、地方で新聞にも載ったかも知れなかった。姪は統合失調症の通常の治療で回復しかけたところで、又酷くなったから重症化して治療抵抗性統合失調症と診断を受けざるを得なくなった。
担当医は思い遣りが深過ぎたにせよ、一般的に通常の治療でどうにも回復し切れなくて病状がさらに進行してしまった時点で直ぐに治療抵抗性統合失調症と見做すのが適切かも知れない。長引かせると脳を損傷する危険性が増す。
家にクロザピンの同意書が送られて来た頃には姪は閉鎖病棟で面会謝絶だったんだ。
病院の説明では毎日の作業が厳しいし、本人も特に望んでないけれども入居可能なグループホームが他に探し出せないから行かせたらしかった。聞きながら僕も微かに怪しんではいた。それで統合失調症から治療抵抗性統合失調症に診断が重く切り替わるなんて理解に苦しまざるを得ないわけだ。すなわちスケジュールが気に入らないだけで以前よりも大きく暴れ出すのでは最初から通常の治療が間違ってないか、またはグループホームへ行かせるのが早過ぎた結果と受け取るべきだろう。内心、訝りつつも病状そのものは引き返せないし、姪は何もかも嫌になっているようだから原因が良く分からないままにせよ、精神科では珍しくないというか、患者の自立を目指した気持ちを汲んで診断には口を挾まなかった。
しかし職員に襲われたならばグループホームが原因を紛れもなく含んでいたと合点は行く。
統合失調症では自分が誰かに襲われるという妄想が出て来たりもするので、考えると複雑だ。例えば作家で詩人のアントナン・アルトーが船の中で大きく暴れ出して精神科に強制的に入院させられたのは統合失調症だったように思う。本当に誰かに襲われたかどうか、妄想から先んじて自己防衛として暴れ出さないとはかぎらないはずなので、真実を見抜くのは難しいし、厳しい。
姪がグループホームの職員に襲われた事実は通常の治療で足りるところからクロザピンが致命的な副作用を持つのに求められるしかないところまで病状を悪化させる可能性が非常に高かったのは確かだろう。
病院が適切な診断を行っていたかぎり
妄想ではないはずだし、只単に事件に巻き込まれたに過ぎないから災難としか呼べない。大方は何かの恐怖症にでもかかるような心的な外傷(トラウマ)の状況から《不愉快な人生》の余り、治りかけていた統合失調症を酷く繰り返して治療抵抗性統合失調症へ移行してしまったのではないか。
現時点、姪は普通だと感じるけれどもグループホームへの入居で又襲われないで欲しいと非常に心配されてしまう。
生きていて不運を完全に避けるのは死なない存在を手に入れるのとと同じくらい無理かも知れないので、重要なのはかりに災いに見舞われても心的な外傷を退けられるかどうかにかかっている。
すると心強さを手放さないように取り計らいたい。僕がそばにいればきっと大丈夫だし、だからこそ普通だと感じるまでに姪は回復したとも過言ではなかった。永遠の詩人として人々との接し方そのものに自信満々だけれども新しく必要なのは精神性を高めるはずの素晴らしい人生の記憶を打ち消さない言動だと考えられる。
問われるべきは僕なんだ。姪ではない。僕が守り続ける思いが疑いの余地もないほどに感じ取られれば理解者としての信頼性も万全だから精神もすこぶる安定するはずだし、何よりも心強さから速やかに自立できると予測される。
僕は永遠の優しさを与えるつもりだけど、世間的にいえば癒し系男子としての振る舞いかも知れない、姪を自分らしく励まし続けて行けば良いだけだろう、とにかく。
四回目の外泊で以前と比べて本当に良く笑っていたのが明るい印象に繋がっていたし、振り返っても昨年の終わり頃には治療抵抗性統合失調症でクロザピンを投与したとは想像し難いほどに調子が上がっている姪なので、信頼性とか心強さなんて生きる喜びを着実に覚えながら未来へ希望が芽生え出したはずなのは喜ばしいかぎりだ。
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