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クリスマスの装飾に使われる松毬をドイツで始まったクリスマスツリーの樅の木の風習から理解しよう

先一昨日まで全く気付かなかったけれどもクリスマスの装飾に松毬が使われる習慣が世の中にはある。ブログのクリスマスプレゼントの記事で一緒に載せる写真を探していたらわんさか出て来てとても良いと思った。自然を尊重しているようだ、人工の装飾品だけが使われる場合よりも。心を明らかに和ませるし、クリスマスを身近に感じたのはかつてない衝撃だった。

松毬が付いたクリスマスリースがかかった深い青の扉

松毬は個人的に馴染み深い。十代の頃、近隣で良く見かけたし、取り分け自宅のそばに一本の大きな松の木が生えていて周りに数多く落ちていた。自宅を引っ越したり、他の場所でも都市化が進められると共に普通には殆ど見かけなくなってしまった。寂しいかぎりの思いを抱く。何の役にも立たないし、特に興味も持たなかったけれども時代の移り変わりをはっきり受け留めさせてくれるのは文学的だ。失われては純粋な詩を味わわせる。たぶん嵩張るせいで、他の小さな木の実よりも人間にとって過去が記憶に残り易いせいかも知れない。気付いてから正しく、松毬は崇高だと考えている。

クリスマスの装飾で日本以外でも使われているのがなぜかと疑問だった。松毬を落とす松の木は海外で必ずしも有名ではなさそうだ。日本だと盆栽の小さな松の木とか和室の襖や和食の茶碗の絵の松の木なんか当たり前に知られていて文化物に等しい。海外でクリスマスに出て来るのは松の木ではなくて松毬でも余程と珍しくて謎だ。

調べるとメインのクリスマスツリーの樅の木の樅毯の代わりとして使われていた。知らなかったけれども樅の木はマツ科の植物で、松の木に松毬ができるのと同じように樅毯ができるんだ。比べると前者が丸くて後者が細い。クリスマスに本来は樅の木の樅毯を使うというか、最初から付いていて一緒に出て来たのかも知れないけれどもいつしか切り放せなくなった。人々の習慣に樅の木と一緒に樅毯が必要なので、クリスマスの装飾のために手に入らなければ代わりの松毬などの似通った何かを付けている。

クリスマスはキリスト教の降誕祭/誕生祝いだけれどもクリスマスツリーを飾り付けて催すような風習は中世の十七世紀頃にドイツから始まっているらしい。

オーシュ大聖堂のアダムとイブのステンドグラス

十二月二十四日のクリスマスイブにクリスマスの序幕としてキリスト教の神秘劇のアダムイヴの物語が上演されていて出て来た林檎の木がイメージの発端だった。

女がその木を見ると、それは食べるに良く、目には美しく、賢くなるには好ましいと思われたから、その実を取って食べ、また共にいた夫にも与えたので、彼も食べた。

アダムとイヴの夫婦は神に許されない禁断の実の知恵の一つを口にしてエデンの園を追放される。禁断の実の生命の一つを守るためだった。神は両方とも人間に食べられてはならないし、せめて片方だけでもエデンの園に残そうとした。どちらも実がどんな植物かは旧約聖書の創世記で不明だけれども知恵の実は林檎で、生命の実は葡萄のいい伝えが広まっている。

ドイツでクリスマスに初めてクリスマスツリーを樅の木で置いた理由としては林檎の木は落葉樹で冬に葉がなくなるから代わりに常緑樹の樅の木を選んだ気持ちが挙げられる。

興味深いのは偶々ではないらしい。林檎の木と樅の木がどちらも緑の葉を繁らす木だから見た目が似通っているせいとはかぎらない。中世、ドイツにキリスト教が普及する際に土着の樫の木の信仰が樅の木に置き換えられた可能性がある。

八世紀、現在のドイツを含むフランク王国のゲルマニア地方(ヨーロッパ中部のドナウ川の北のライン川の東からヴィスワ川までの地域にゲルマン人が住んでいた)で北欧神話が受容されていた。古代ケルト人(中央アジアの草原から馬や車輪付きの戦車/馬車に乗って紀元前二千年前の青銅器時代からヨーロッパ中部に渡来していた)の宗教のドルイド教の森の木々を神聖視する理念/聖樹崇拝から取り分け樫の木が珍重されて樫の木の森が聖地だった。さらに人身御供の儀式が行われていた。ゲルマン人は北欧神話の主神のオーディン(戦争と死の神)のために人間の子供を樫の木へ生け贄として吊るして捧げていたんだ。

オーディンの樫の木と呼ばれる伝説だけど、719年にイギリスのキリスト教の神父だったウィンフリート教皇グレゴリウス二世から「善をなす人」のボニファティウスの名を授かり、布教活動にやって来て初めて批判したんだ。異教徒と一目瞭然に判断したようで、人間の子供を樫の木へ生け贄として吊るして捧げている様子に余りに惨過ぎるとショックを受けたせいだったかも知れない。このときは北欧神話の主神でもオーディンではなくてトール(雷と農耕の神)のための人身御供の儀式だったらしい。ボニファティウスはキリスト教の預言者エリヤ(旧約聖書:列王紀上第十八章第三十八節によれば「そのとき主の火が下って燔祭と、たきぎと、石と、ちりとを焼きつくし、またみぞの水をなめつくした」と競い合った他の預言者たちを驚異的に打ち負かした逸話を持つ)を念頭に置いてもしも聖なる樫の木ならば自分に雷を落とすようにトールに呼びかけたといわれるけど、命懸けの思いか、とにかく居たたまれなくて手斧で切り始めてしまったんだ。ゲルマン人はトールの怒りに触れて悲惨な目に遭うと予測したものの何事もないまま、却って大風が起きて聖なる樫の木が一気に倒されたそうだ。ポニファティウスに一つの神通力を目の当たりにしたせいか、以降、ゲルマン人がドルイド教から来た北欧神話の土着の樫の木の信仰よりもキリスト教こそ自分たちに必要不可欠な宗教だと改宗してゲルマン地方に教義が広まる切欠になったといわれている。

聖なる樫の木を切り付けようと手斧を振り上げるボニファティウス

ボニファティウスはトールの樫の木の跡地に礼拝堂を建てたみたいだけれども現在のドイツでもキリスト教のフリッツラー司教座聖堂が建てられていてボニファティウスの銅像と共に歴史的に遺されて語り継がれている。

伝説としてトールの樫の木と基本的に同じだけれどもオーディンの樫の木では結末で倒れた樫の木のそばに樅の木が新しく生えたと取り分け強調されている。ゲルマン人の聖なる樫の木を切り付けたボニファティウスは発見した樅の木をキリスト教の奇跡の木としてゲルマン地方での布教に取り入れたみたいだ。

ドイツのクリスマスツリーがなぜ樅の木なのかはオーディンの樫の木の伝説のボニファティウスが呼んだキリスト教の奇跡の木が一つの由来として聞かれもする。

理解するのは非常に難しい、ところで。ドイツの土着の樫の木の信仰がキリスト教の樅の木に置き換えられたからついにアダムとイヴの林檎の木のようにクリスマスに扱われ得たし、クリスマスツリーになったと全く考えられないわけではないにせよ、それだと宗教上の意義付けが幾らか弱そうなのが訝しい。クリスマスの装飾に林檎の実が使われたりするのはどうしてか。人工の赤い玉なども林檎の赤い実を表現している。最初に樅の木が想定されるとクリスマスのために取って付けただけの印象しか残さない。人によってあり得るかも知れないとはいえ、クリスマスを飽くまでも宗教行事として捉えた場合、基本的には林檎の木がクリスマスツリーに最初に想定されるべきだと考えたくなる。林檎の木の代わりに樅の木が使われるならば意義深いし、さらに世の中でもう既に樅の木が土着の樫の木の信仰とは切り放されてキリスト教を特徴的に指し示していたモチーフだったならば如何にも尤もらしい。

事実上、どちらでも構わないし、クリスマスツリーについてアダムとイヴの物語を介して林檎の木が冬に樅の木になっても樅の木がオーディンの樫の木の伝説で奇跡の木とキリスト教を象徴するから林檎の実を積極的に飾り付けても結果は同じだ、理解するのは非常に難しいわけなんだ。

冬の青空の下の雪が積もった樅の木の森

人々が千差万別の趣向を凝らしてやっている文化の複雑な成り立ちとしかいいようがないけど、個人的に納得できるのはドイツで樅の木が樫の木の代わりにキリスト教を特徴的に指し示していたところで、クリスマスに恒例だったアダムとイヴの物語の神秘劇を突端にして林檎の木の代わりにクリスマスツリーに初めて使われたし、林檎の実も名残惜しく欠かせないほどに取り込まれるという流れで、なぜクリスマスツリーが樅の木なのかを理解するためには最も速やかな現実だと感じる。

謎は謎のままで、二つの説/林檎の木が主要の代わり説と樫の木が主要の代わり説があっても別に構わないし、当時のドイツの人たちの気持ちの微妙な差異を踏まえれば――地域的な特色なのか、樅の木がクリスマスツリーに使われた起源そのものは幾つも見付かるし、例えばユールという冬至の祭りにゲルマン人から伝統的に(最初は樫の木だった)取り入れられていた樅の木、ヘロデ大王から逃げ出したナザレのヨセフイエスの母マリア(新約聖書:マタイによる福音書第二章第十四説によれば「そこで、ヨセフは立って、夜の間に幼な子とその母とを連れてエジプトへ行き」がヘロデ大王のベツレヘムでの幼児虐殺を避けるためだったのとは反対にイエスはまだ生まれてなかった頃に)を覆い隠して助けた樅の木、それ自体に小人が住んでいて幸せを運んでくれると食べ物や花で飾り立てながら皆が踊っていた樅の木など、決して一つではないわけだった――どちらが本当の起因かを断定する必要もなくなる、それぞれが混ざり合いながら樅の木のクリスマスツリーの装飾が一般的に定着したのではないか。

クリスマスツリーが立つシューヴェービッシュ・ハルの冬の夜

クリスマスツリーの樅の木は永遠の命を示している。年中、葉を繁らすためで、ドイツでは冬の厳しい寒さに打ち勝つと土着の信仰から樫の木が捉えられていたのが受け継がれた。分けても冬至の祭りのユールが主神オーディンのために麦酒や猪や豚などを奉納しながら開かれていて――古代ヨーロッパでゲルマン人とヴァイキング/北欧の海賊が行っていたのが始まりだったらしい――崇高に扱われた神木の樫の木が永遠の命と人々に知られて行ったみたいだ。キリスト教によって置き換えられた樅の木でも同様だったし、易々と枯れ果てない屈強さがクリスマスの主役の神の子:イエス・キリストへの思いにすっかり重なっている。詩を伴っているのが素晴らしく美しいと感心してしまう。つまりは樅の木が永遠の命を歌っているわけなので、そうしたクリスマスツリーをメインにクリスマスを飾り付ける習慣がドイツ人だけではなくて世界中の人たちに受け入られるのも自然なんだろう。

神秘的な喜びを味わわせるのが堪らなく活かすし、さらに願いを懸けるとかプレゼントを贈るなんて趣きも出て来てクリスマスに新たに追加されながら現代に至ったのではないか、永遠の命という素晴らしく美しい詩によって様々な要素が導かれるように想像する。

クリスマスの装飾の樅毯は収穫を意味したり、祭儀での神への供物といわれるけれども気持ちとしては感謝の印と纏められる。クリスマスツリーに樅毯は直結しているわけで、樅の木がイエス・キリストの神としての永遠の命ならばおよそキリスト教徒にとっては信じずに生きられないはずの天の恵みだ。

松毬が代わりに使われても同じだから人生で貴重だと改めて学ぶ。クリスマスツリーが詩を伴っているだけにキリスト教徒でなくても芸術的に良く分かる。永遠の命を歌う樅の木に付いていて明々白々と溢れ落ちるように受け取られる樅毯、または他の松毬などは有り難い気持ちがする。もはや手放せないくらい大事するべき宝物だとも正しく過言ではない。

参考:クリスマス クリスマスツリー クリスマスの起源と伝統 クリスマスツリー!飾りの本当の意味知ってた? クリスマス豆知識5 クリスマスの飾り オーディンの樫の木 アダムとエバ ゲルマニア ユール

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