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三島由紀夫が良い人過ぎて自衛隊へ憲法改正のためのクーデターを起こして切腹自殺を遂げさえもした日本とは何だろう

昔から聞いて物凄く大きな謎だった問いが三島事件という日本を代表する小説家だった三島由紀夫が自衛隊へクーデターを起こして切腹自殺を遂げてしまった全てなんだ。

気持ちが錯綜し捲る。大金持ちで生活費が十分に足りていて何が不満なのか。数人の仲間と決起したようだけれども実際に大勢の自衛官たちに演説しつつも賛同を少しも得られずに失敗するのは最初から目に見えて明らかだと考えなかったのか。無念の死を免れずに切腹自殺を遂げさえもするままに人生を終えざるを得ないほどの飛んでもない願いが込められていたのか。さもなければ無茶苦茶だからどうでも構わない自己満足を欲していたのか。社会的に話題作りが目的で只単に目立ちたがり屋の性格に起因していたのか。本当に幾つもの疑念が浮かんでは消えて収拾が付かない感じにさせられる。

三島事件を調べると三島由紀夫の動機が真っ二つに割れるから理解するのが難しい

一方では憲法改正のためのクーデターだから政治犯なんだけれども他方では成功する見込みが非常に薄くて愉快犯とも受け取られる。

三島由紀夫が自衛官たちに演説した時点で反対に肩入れされていたら事情は大きく変わっていたはずだし、例えば国会議事堂が自衛隊の戦闘機や戦車で爆撃されるような歴史が革命的に生み出された可能性もあったと想像される、そのためにやったのかも知れないとはいえ、結果的に無謀でしかなかった様相を呈しているし、振り返って狙いそのものも現実離れしていた印象は拭い去れないんだ。

何しろ、不可解なのは命を粗末にしていた。民主主義的に捉えるならば事情は逆転しているし、憲法改正が必要ならば演説だけして国会議員へ立候補したりしながら人々へ賛同する勢力を広めて行くのが普通だろう。三島由紀夫は日本のノーベル文学賞の候補ともいわれていて世界に受け入れられる知識や教養を身に付けていたとすると分からなかったわけではないのも奇妙だけれどもクーデターが思い浮かんだんだ。大抵、時間がかかって辛くて起きるので、大金持ちにとってはあり得ない。衣食住に不自由しなければ日本がどうなろうと三島由紀夫には実質的に関係ないわけで――場合によっては将来への不安から起こされるクーデターもなくはないにしても海外への旅費などを潤沢に持つままでは不条理だった/外国に名声も甚だしく広がっているのでは歓迎されながら贅沢三昧の暮らしこそ続いてしまって尚更と意味がないといわざるを得ない――だからあり得るとしたら自分以外の貧しい人たちへ可哀想な気持ちが抑え切れなかったとしか理解できないし、命を粗末にしたのも仕様がなくなる。

いい換えると良い人過ぎたために三島由紀夫は自衛隊へクーデターを起こすという三島事件を起こさざるを得なかった。

日本を憲法改正で一気に立て直さないと自分は大金持ちだから基本的に大丈夫だし、かりに最悪の状況に見舞われても国外へ脱出できて無事に過ごせるけれども他の人たちはただ貧しいだけで何れは死ぬしかなくなるというか、日本で災いに陥れられるのは確実視されるから先んじて救出したくて選挙よりも暴挙が政治的に早くて役立つと取りかかってしまったようだ。

今に日本はとんでもない時代になるよって言ってたんですね。親が子を殺し、子が親を殺し、行きずりの人を刺し殺してみたりとか、そういう時代になるよって、三十数年前に言ってたわけじゃないですか。その通りになりましたよね。

美輪明宏/美輪明宏が語る天才作家・三島由紀夫 via SmaSTATION-5

三島由紀夫と個人的に親交が深かった美輪明宏は人間的に優れていたし、流石に正鵠を得ていたのではないか、かねて身近で抱かれた彼への印象には。

何が嫌で、または恐ろしくて命を粗末にしてまで避けたかったのかが良く分かる。

驚くのは「とんでもない時代」という思い至れば悲惨な人たちこそ本当に命を粗末にするのが当たり前の日本だから返す言葉もない。

三島由紀夫が自衛隊への憲法改正のために起こしたらクーデターでは制止に入った相手と刀で偶さか争って負傷者が何人か出たり、本人と味方の一人の森田必勝が自決して亡くなったけど――三島由紀夫は死ぬのは自分一人だけで良いと考えて他の人たちは全て生きていて欲しかったらしい――しかし以降にはもっともっと多くの人々の惨劇が止まらないわけだから予測済みだったとすれば三島事件が日本にとって一つの分かれ目だったかも知れない。

われわれは今や自衛隊にのみ、真の日本、真の日本人、真の武士の魂が残されているのを夢みた。しかも法理論的には、自衛隊は違憲であることは明白であり、国の根本問題である防衛が、御都合主義の法的解釈によってごまかされ、軍の名を用いない軍として、日本人の魂の腐敗、道義の頽廃の根本原因を、なしてきているのを見た。もっとも名誉を重んずべき軍が、もっとも悪質の欺瞞の下に放置されて来たのである。自衛隊は敗戦後の国家の不名誉な十字架を負いつづけて来た。自衛隊は国軍たりえず、建軍の本義を与えられず、警察の物理的に巨大なものとしての地位しか与えられず、その忠誠の対象も明確にされなかった。われわれは戦後のあまりに永い日本の眠りに憤った。自衛隊が目ざめる時こそ、日本が目ざめる時だと信じた。自衛隊が自ら目ざめることなしに、この眠れる日本が目ざめることはないのを信じた。憲法改正によって、自衛隊が建軍の本義に立ち、真の国軍となる日のために、国民として微力の限りを尽すこと以上に大いなる責務はない、と信じた。

思想としては自衛隊が国ではなくて憲法を守るために存在するのが頂けないと訴えられていた

一般市民から見るとそれがどうしたと訝しい。憲法に自衛隊が国防軍として記載されてないのが不味いみたいだけれどもなぜか。自衛官たちへの演説を振り返っても納得されなくて犯罪としてのみ受け取られながら野次られるばかりなのが確かだった。

近年、安部総理が同じように憲法改正を望んでいて憲法に自衛隊を国防軍として記載したがっている。後ろ楯の自民党が有力だから実現される可能性も三島事件と比べて余程と高まっているけど、ただし三島由紀夫は自民党と対立していたから混同するべきではないだろう。三島事件のクーデターそのものが政権を取っていた自民党の佐藤内閣の国家への反逆として目論まれていたわけだった。当時の首相の佐藤栄作は「三島由紀夫は気が狂ったとしか思えない」と感想を述べたらしい。小説家だけれども政治家として選挙よりも暴挙を選んだ気持ちから三島由紀夫を捉えると自衛隊がそれ自体で警察の延長でしかなくて軍事力として国際的に意義を持たないのが良くなかったのではないか。いうと安部総理の場合はアメリカとの協力関係を軍事面でもうちょっと合わせるために考えているはずだ。だから野党も戦争に近付いて駄目だと反対するし、国民も簡単には納得せずに何年もかかってやはり無理という世相に全く追い込まれてなくはない。難しいし、アメリカからでなくても、一旦、国防軍が合憲になると対外的に逆用される危険性は免れないので、政府の職務もさらに高度化するし、外交で戦争に巻き込まれないように国家を維持するのが遥かに大変になって来てしまう。たとえ安部内閣ならば日本の平和を保てるとしても次の内閣に引き継がれた後にどうなるだろうか。船に準えると国の舵取りにおいて将来への不安を以前よりも大きく膨らませるのは事実だと予測される。

三島由紀夫の憲法改正の主張は流石に古いと思うし、二十世紀中盤の人道主義(愛と平和)そのものみたいで、ある意味、文学上の精神論に止まっている姿勢は歴史的に感動を覚えもする。今はもう繰り返され得ないきっと世界の捉え方なんだ。かりに国防軍が合憲ならば人々はどこへ向かうかが地球規模で触れられてないから非人道的な情勢を避けれられる自国は素敵だとしても他国から目を付けられて戦争へ否応なしに引き寄せられる愚かしい情けなさ(飛んでもなさ過ぎる余りの時代そのもの)を捨象した認識が脆いだろう。小説の個性的な特色で耽美派ならではの政治理念というと驚くほどに相応しい様相を呈している。とはいえ、普通に考えて命を粗末にするクーデターは憲法改正を指針に持ち堪えられないはずだし、もう既に民主主義が実際に成立している社会において三島事件が世論を好意的に突き動かせなかったというのも妥当だったのではないか。なぜなら差し迫った事態に誰も放り込まれてないからだ。自衛隊がこのままだと日本がまるで爆発しながら沈没したりするのがあからさまに確実でなければ皆は首を傾げるのも致し方がなさそうだ、誰かに命懸けで反対論を聞かされたとしてもいっそ。三島由紀夫は世間一般からかけ離れながら凄まじく興奮していたのはどうしてか。世の中の不幸せを取り上げても大勢は付いて来なかったし、政治上の生活論が甘いとするとすなわち本人が大金持ちのせいだろう。生い立ちも比較的に裕福だったらしいので、恐らく何とかしたい貧しい人たちへ想像力を働かせながら一方的で真実味に欠けるのも当然みたいだ。

厳しく見れば頭から望んだ国防軍が予想外の惨事を招くと察知しない本音は自己批判がすっぽり抜け落ちているし、頑強ながらそうした主観的でしかないとも味わわれる考え方からはナルシスト(自己陶酔者)として受け取られてしまう意見が後を絶たないかも知れない。

ただし美輪明宏は正しいと感じる。三島由紀夫をつとに称賛するけれども三島事件から振り返って政治家として無用の長物とか小説家として非常に優秀なんて立場には収まらない印象を与える。言葉遣いから推察されるのは人間として稀有な逸材のイメージなんだ。一言では日本への熱い思いが素晴らしいのではないか。本人も自己表現の結集として自作小説の憂国を挙げていたり、タイトルでズバリの愛国心が親身なまでに分からずにいない、さても自覚的に捉えていたようなんだ。

稍俯いた表情の三島由紀夫

三島由紀夫は政治家ではなくて小説家よりも一人の人間と考えると面白いはずだし、日本への熱い思いを誰よりも持っているのを皆に知って欲しくて――どうも自己顕示欲に基づくように聞こえるから厄介ないい回しだけれども現実は一人ぼっちなのかどうかを外界へ確かめようとする性状を示している――自衛隊へ憲法改正のためにクーデターを起こしたとするとかねて成功する見込みが非常に薄かったにせよ、何もかも無謀なだけだとは判断できなくなる。

人生を賭けてやっていたのではないかと少しでも受け取ると一つの悲劇とは切り放しながら完全に止めるべきだったと断定するのは本当に忍びない気持ちがする。

なぜ三島さんなのかって、三島さんだけでなくてね、本物を求める時代になったんですよ。終戦後、66箇所も絨毯爆撃でやられて、とにかくみんな着る物も住む所も食べるものもない。そうしたらね、礼節とかね、教養とかね、知性とか、そんなこと言ってられなかった。みんなゲダモノだったんですよ。そしてやっと戦後60年になって、やっと気がついてきた。大切なものを忘れてた。

美輪明宏/美輪明宏が語る天才作家・三島由紀夫 via SmaSTATION-5

三島由紀夫が「本物を求める時代」に合っているとしたら日本への熱い思いは決して嘘ではなかったはずなのは納得するばかりだ

人道主義的に捉えると日本で自衛隊が憲法に合っているかどうかが曖昧なのは国の自立に関与している。国民として日本人は生半可な状態を常識的に迫られてしまうのではないか。実際に悲惨な人たちが増えたのは自衛隊の曖昧な感触から来ているとはかぎらないにせよ、日常生活で皆に心理的な影を落としているのは本当だろう。全員ではないし、まさか三島事件が法律で罰せられたように大勢には受け入れられず、一部だけれども生半可な状態が何をどう受け取るのかも覚束なくて堪らないと影響を大きく受けてしまう日本人が出て来るんだ。

三島由紀夫は気にすれば苦しいまでのそうした自衛隊の曖昧な感触が真剣に良く分かっていたとすると日本への熱い思いを抜きにしては不可能だったのも本当に間違いない。

世の中へ出口を求めて小説家では飽き足らずに政治家としてついに盾の会という民兵組織を立ち上げたのではないか。

数年後、構成員から森田必勝と小賀正義小川正洋古賀浩靖の何れも二十代前半の四人の若者を引き連れて本人は一人だけ四十五歳の中年だったけれども陸上自衛隊の市ヶ谷駐屯地へ出向いた。総督の益田兼利と接見すると見せかけて殴り込みをかけるように彼を人質に取りながら総督室を占拠して自衛官たちへ演説する機会を得ながら憲法改正のために一緒に決起して欲しいクーデターの気持ちは何一つ受け入れられず、最終的に駄目ならば予定されていたみたいで、少しも滞りなく切腹自殺を遂げさえもするに至った。

三島事件は聞いて咄嗟に分からないけど、計画した三島由紀夫は人生を賭けてやっているから自衛官たちに賛同するように呼びかけて上手く行かないし、政府を武力で制圧するべきクーデターに失敗したと悟った時点でもはや死ぬしかない気持ちを余儀なくされたわけだろう。

どんな日本が必要だったのか、死ぬほどに憧れられた日本人は美輪明宏が教える「礼節」や「教養」や「知性」を備えていたはずだと学ぶし、三島由紀夫が自身の著作の数々に散りばめていた総じて日本への熱い思いに支えられた人々に特有の世界観だったと考える。

参考:三島由紀夫割腹余話

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