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宇多田ヒカルのForevermoreは綺麗な曲だ

僕は永遠を歌う詩人で、メインのホームページはForevermoreだから宇多田ヒカルの楽曲でForevermoreを知って気持ちは只事ではなかった。永遠を英訳すると普通はForeverだから日本人が作品名に良く充てたと驚く。しかし考え返してみると宇多田ヒカルは英語が得意なのではないか。デビュー曲のAutomaticや大ヒット曲のFirst Loveなど、作詞作曲を自身で手がけながらいつも英語が目立つ歌手だったわけだ。アメリカで生まれ育っていたらしいので、結局は当然だった。英語が母国語の感性で、Forevermoreも衒いなく、作品名に選ばれたんだろう。

聴いてみると綺麗な曲だと率直に思った

宇多田ヒカルというとデビューして直ぐに大人気を博し捲ったもののさっさと結婚してから芸能界を殆ど逃れ出たような印象がある。十代後半で、トップスターを終えてしまった。人気も絶頂のFirst Love――三十歳頃、僕は緑のジャケットが気持ちを唆る同名のアルバムを買って家で良く聴いていた――のイメージが日本語では初恋なので、本人にさっさと結婚されてはコンテンパンに覆されたとも過言ではなかった。初恋から瞬く間に結婚して悪いわけではないし、長らく待つよりも素晴らしくないとはかぎらない。ただし歌と実生活の相手、または付き合う恋人が繋がらないと首を傾げざるを得ない。トップスターの座に着いて引く手数多に持ち去られるだけの現金な女性という嫌いも走った。読み通りか、後から離婚したとすると若いうちは何でも飛び込めば良いみたいな考え方を示していたせいかも知れない。皆にとっても一つの陰りを人間的に味わわせたと思う。かねて浸り切らさない動向が如何にも勿体なかったらしい、輝くほどに歌手として良いと見付けたばかりの喜びに。

宇多田ヒカルは朴訥な人柄かも知れない

歌以外の言葉や仕草は物事に無頓着な雰囲気を醸し出す。キャラクターがあっさりしている。だから人気の絶頂とかも意に介さなさそうだ。大ヒット曲のFirst Loveのイメージを幾分とも汚したらトップスターの座を降りるのは誰の目にも明らかだったのではないか。さっさと結婚するなと事務所も宇多田ヒカルが歌手として以前よりも売れなくなるはずでは止めるのに必死ではなかったとは俄かには想像し難い。しかし何れにせよ、構わないわけならば相当に良い人みたいだ。世の中の肩書きという肩書きの地位や名声などに囚われず、本音で生きている。芸能人で挙げると所ジョージに通じると象徴的に感じる。年がら年中、Tシャツとジーパンかどうかのファッションは別としても自分なりのスタイルでなるべく安上がりな暮らしを求める、すなわち人生の出世街道へは強いて向かわない性格の持ち主なんだろう。

人柄は朴訥としか呼べないし、宇多田ヒカルにも受け取るけど、ただし歌は必ずしも一致しないのが興味深い。

野望というか、所ジョージも車が大の気に入りだったり、日々の物事は殆ど意に介さない様子だとしても物凄い拘泥りを尽くす場合があるわけで、本音が飛び散ると凄いと認める。

Forevermoreの歌詞の内容を読み解く

宇多田ヒカルは十九歳で映画監督の紀里谷和明と結婚して二十四歳で離婚した。次いで三十二歳でイタリア人の一般男性のフランチェスコ・カリアーノ(バーテンダー)と再婚して現在に至る。先一昨年の2015年の7月には子供も生まれたらしい。

音楽/歌手活動は2010年から2015年まで休んだ以外は続けているけど、しかし2013年に元歌手で母親の藤圭子が自殺したのは衝撃が大きかったのではないか。

デビューしてから様々な経験を積んで昨年の2017年の7月に発売されたのがForevermoreなんだ。三十四歳の作詞作曲で、全くの自己表現から仕上げられている。歌手として出色だった十代後半のAutomaticFirst Loveなどのイメージがとても大きいながら切り放して聴くのが分かり易いのではないか

世間的にいって冠婚葬祭が人生で如実に付け加えられているからそれまでとは気持ちも相当に様変わりしている可能性が高い。

僕から捉えるとトップスターの座を降りながらやっている感じなので――日本にかぎらず、アメリカでも大活躍したり、デビューしてからずっと売れ捲っているのは事実にせよ、心理的には庶民派みたいな印象を大きく与えもする――かりに本人は朴訥な性格から構わないとしても昔はもっと良かったと全く省みられずにいないとしたらきっと辛いと察するんだ。

宇多田ヒカルのForevermoreには人生が歌われている。ラブソングだけれども深みが増しているせいだ。ただ恋愛だけではない感触がユニークで、歌詞の中で「愛してる」という重点的なフレーズも人生を包み込むというか、幅広く繰り広げるように受け取られる。または生活に根差した本音からしか出て来ない言葉として味わわれるのが凄く良いし、聴きながら綺麗だとも思うわけだった。

世界観に嘘偽りがない。永遠の詩ならばクリアネスかも知れない。当たり前だし、本音を飛び散らすのが宇多田ヒカルの歌ならば以前と比べて何も変わらないけど、肝心なのは条件付けられている。人生を認めてこそ「愛してる」も現実性を増して伝わるとForevermoreから分かる。積んだ経験の様々な局面を踏まえながら考えると収拾が付かないほどの気持ちの存在を捉えているといって良い。

ならば宇多田ヒカルは自分自身が確かなのはなぜかの答えを託すためにForevermoreeを作詞作曲したと読み解くのが正しいはずだ。

表現上、あちこち彷徨って一人ぼっちになった悲しみを掬い取っているところが情け深い。見方は格好良い慈しみだし、分けても日本的な情緒を手放さないかぎり、もはやForevermoreは英語の永遠性だけれども宇多田ヒカルの発想は欧米人ではないと考える。

可哀想とは何か。身を以て知らなければ不愉快だし、さもなければ誰かに何かを施しても虚勢に止まる(総じて善行ではない)のが日本人の心意気だろう。祖母の言葉を借りれば「馬鹿臭い」わけで、互いに立場が違うのではいつかどこかで可哀想と受け取る状況でも烏滸がましいと逆に悔やまれ兼ねない。婚姻を破棄したり、身内の死に接するどころかトップスターの座を降りさえもする宇多田ヒカルには不幸が身に染みて知られずにいないと想像してしまう。

Forevermoreも内面が崩落するほどの孤独と引き換えの歌としては本人から実際に込められた自己表現の全てを信用できなくはない。

参考:宇多田ヒカル 宇多田ヒカルが再婚、相手は一般のイタリア人男性 宇多田、藤圭子さん“遺書”明かす「母らしい、非常に率直な遺言書」 宇多田ヒカル、復帰後初の生歌披露 変わらぬ歌唱力にファン歓喜

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