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松任谷由実の瞳を閉じては長崎県立奈留高等学校へ作詞作曲された愛唱歌だった

もう十年以上前かも知れないけれども松任谷由実の二枚組のベストアルバムのsweet, bitter sweet YUMING BALLAD BESTを佳く聴いていたんだ。昼間のオーロラみたいな、または光目映い貝の白い内側に似た色彩のジャケットが印象的なCDで、松任谷由実ならではのバラードの心地良い名曲の数々が収められている。

個人的に守ってあげたいで大泣きしたのが稀有な思い出になっていて松任谷由実は本当に凄い歌手だし、アーティストだと納得する切欠にもなったベストアルバムたった。乙女心をしっかり捉えているのではないか。運命の恋(詩集)に当て嵌めてみると天使的な人の思いに重なって来るから相当に凄いし、完全に抜け目のない優しさが女性としても可愛いとしかいいようがなくなる。

芸術ではタマラ・ド・レンピッカ(画家)がアール・デコのスタイル(直線や原色を駆使した理知的な感じ)で的確に表現していてイメージとしては緑のブガッディの自画像が象徴的なんだ。

松任谷由実も中央フリーウェイを聴くと格好良いながら乙女心のリアリティーを表現しているはずだから守ってあげたいの優しさは飛びっきり()に違いないと知るほどに素晴らしく泣けて来る。

端的にいって心の繋がりを透き通らせるのが特徴なので、本人は幸せを問いかける世界から歌を作り出していると考えられる。優しくない人には無理だし、すなわち独り善がりとかなんて自分本意では手に付かない曲や詞を実体験に則るか、少なくとも想像しながら仕上げているようだ。

sweet, bitter sweet YUMING BALLAD BESTは優しさが疑いもなく味わわれるし、正しく心地良いばかりの音楽を聴かせてくれるベストアルバムだけれども一曲だけ毛色というか、雰囲気の異なる作品が含まれているのが瞳を閉じてで、どうも不可解だった記憶が残っている。

長崎県五島市奈留町の海辺

松任谷由実が音楽家の松任谷正隆と結婚して改名する前の荒井由実の頃に発表したとても古い曲(1974年)だったけれどもテレビで瞳を閉じて~ユーミンが贈った“旅立ちの歌”~(あの日 あのとき あの番組)を観たら長崎県立奈留高等学校の愛唱歌だと分かってびっくり目を瞠ったんだ。

1974年、若き日のユーミンが作った曲「瞳を閉じて」。実は、長崎県奈留島の女子高校生がラジオ番組に送った便りに応えて、書き下ろしたものだ。多くの若者が高校卒業と同時に島を離れていく奈留島。「遠いところへ行った友達に 潮騒の音がもう一度届くように」と歌うこの曲は、今も島の卒業式で歌い継がれている。ゲストは、松任谷由実さん!名曲の誕生秘話を追った新日本紀行、その後の交流を見つめた番組を一挙放送します!

瞳を閉じて~ユーミンが贈った“旅立ちの歌”~ via あの日 あのとき あの番組

当時、長崎県立五島高等学校の奈留分校として開校して自分たちの校歌を持ってなかったらしい。生徒の一人が深夜ラジオのオールナイトニッポンの【あなただけのイメージソングを作ります】のコーナーに依頼したんだ。調べると元々は他の音楽家が手がけて完成したらしいけれども作品がどこかへ消えてしまっために松任谷由実が改めて作詞作曲を行った瞳を閉じてが依頼主へ送り届けられたらしい。

デビューして二年目だからさほど人気者ではなかったせいか、忙しいばかりの現在からはたぶん考えられないような楽曲の無償提供を微笑ましく感じたし、目的の校歌には選ばれなかったものの愛唱歌として学校のみならず、地元の奈留島の全ての人々からもつとに歌い継がれているほどの事実に心温まっては松任谷由実の素敵なプレゼントという思い遣りが優れて明かされているし、とにかくも大変な美談だと引き付けられずにいなかった。

五島列島 奈留高校 愛唱歌 松任谷由実 作詞作曲 瞳を閉じて via tabisaki omoide

以前から瞳を閉じては良い曲だと思っていたけれども長崎県立奈留高等学校のために作詞作曲されたから他の作品とは必ずしも一致しない感じがするのも当然だったと謎が解かれて一人で頷きもした。

考えると優しさよりも温かみこそ押し出されてた自己表現が特別な趣きを添えているのではないか。

松任谷由実は行ったことのない五島列島の奈留島の風景を思い描きながら瞳を閉じてを仕上げたみたいで、成り立ちを知って海に面した田舎町の自然な暮らしや人間の広やかで純朴な内面などを受け取らせてくれる歌だったに違いないと振り返る。

風がやんだら 沖まで船を出そう
手紙を入れた ガラスびんをもって
遠いところへ行った友達に
潮騒の音がもう一度届くように
今 海に流そう

霧が晴れたら 小高い丘に立とう
名もない島が 見えるかもしれない
小さな子供にたずねられたら
海の碧さをもう一度伝えるために
今 瞳を閉じて
今 瞳を閉じて

長崎県立高等学校では小中高の一貫教育が導入されていてそれぞれの卒業式に愛唱歌の瞳を閉じてが佳く歌われるらしい。

松任谷由実というと卒業写真が卒業ソングとして全国的に佳く歌われると思うので、奈留島は特別だと驚くし、聴くと瞳を閉じても本当にぴったりだったと気付かされてしまう。

または島を出て行く人を送り出す別れの歌だったり、奈留島の愛唱歌としてイメージを心に刻む詞と曲から唯一無二の素晴らしい世界を味わわせてくれる。

1974年に松任谷由実が瞳を閉じてを長崎県立五島高等学校の奈留分校へ作詞作曲して送り届けられてから暫くして歌碑が建てられた。本人の直筆の歌詞が金文字で掘られている。除幕式に呼ばれて初めて奈留島を訪れたのをテレビでやっていて忙しくて一日のしかも数時間の滞在でしかなかったけれども雨で飛行機が遅れたりしながらも何とか間に合って会場に現れるのを観ながら泣いて欲しいと思っていたら参加できた瞳を閉じての除幕式と共に確かに涙を拭っていたからやはり素敵な人だと認めて嬉しかった。僕も貰い泣きしたのは待ち兼ねたようだ、そして。

松任谷由実は1954年生まれだから二十代前半だったし、年が若過ぎて人々との心温まる触れ合いの尊さを親身なまでには掴めなさそうではないかとちょっと危惧されたけれども流石としかいいようがなかった。詩的に捉えると些細な日常の暮らしの当たり前の平和に感極まるかぎり、もはやアーティストとして完全に見直すだけの涙に触れられたわけではなかったか。自分にとって失われた過去や忘れかけの世界に心を動かされるのと全く同じ状況ではないので――かねて意向したにしても踏み入れた第一歩の土地だった――泣かなくても健気だから別に構わないにせよ、繊細ならば個人的に佳く聴いていた音楽に相応しいはずだし、どちらなのかと人柄を知りたかった。

涙を拭う仕草も指先で、照れ隠しみたいな気持ちが出ていたのは本当に可愛かったし、ドラマの一場面に匹敵する如何にも人間らしい現実というか、考え通りの光景を幸いにも目の当たりにした。

数年前、2015年にも再び奈留島を訪れた松任谷由実だったらしい。長崎県立奈留高等学校が当初の分校での創立からから四十周年を迎えた記念式典に招かれた。世代を越えて残っている歌の力に感動を強く覚えたようだ。

自分が作詞作曲するけれども一つの作品として成り立つというか、受け取った他人に新しく生かされるのを知る喜びは奇跡的な印象を与えるせいではないか。

どこかで聞いたけど、松任谷由実は画家のヴァン・ゴッホの耳切り事件について――後から耳を切った自画像も描かれた――同じような感覚を持つと話していた。創作活動で狂気が舞い降りる瞬間があり得る。音楽ならば何かが憑依して歌ができるし、天からの授かり物みたいな仕方で、いつも作詞作曲を行っているんどろう。霊感が殊更にやって来た刹那には気が動転して堪らないのか、思わず、耳を切り落としたい衝動にも駆られてしまう。

だから歌の力が自分よりも強く認められているわけだ。自分が良いから歌が売れるとか人気を博しはしない。歌こそ良いために皆が盛り上がったりもする。作者は自分だとしても歌の力までは十分に生み出さないと松任谷由実は考えているようなんだ。

瞳を閉じてが長崎県立奈留高等学校とさらに地元の人々からも愛唱歌として久しく歌い継がれるのを感動するというのも自らの手を離れたままの有り難みを胸の奥から捉えているならば本当に優しい。

参考:松任谷由実 瞳を閉じて 長崎県立奈留高等学校 松任谷由実 40年間に及ぶ貴重なNHKドキュメンタリー放送 奈留高校・幻の校歌、荒井由実さんの「瞳を閉じて」

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