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スペシャルウィークに偲ばれる武豊との日本ダービーの優勝などの格好良い走り

日本の名馬が、又一頭、天に召されたらしい。現役時代は中央競馬で十億円以上の獲得賞金を達成して引退後には種牡馬としても何頭もの有力馬を輩出し続けていたスペシャルウィークが2018年4月27日に北海道の日高大洋牧場の馬房内で息を引き取った。享年二十三(1995年5月2日生まれだけど、毎年、元旦に一つ加算される馬齢のため)で本当に印象深い生涯を終えたとかつての競走馬としての栄光が偲ばれる。

4月23日(月曜)の放牧中に転倒し、左脚を強く打ったため、馬房内で経過観察をしておりましたが、本日、馬房内で転倒しているところをスタッフが発見し、午後4時40分頃に死亡いたしました。
ファンがとても多い馬で、現役時代に一緒に戦った馬たちが種牡馬として活躍している中、少しでも長く生きてもらいたかったものの、不慮の事故でこの世を旅立つこととなってしまいました。スペシャルウィークには感謝の気持ちで一杯です。

訃報の発表で「ファンがとても多い馬」と載っているけれどもスペシャルウィークが最も記憶に残るのは主戦騎手の武豊とのコンビへの思い入れが切り放せないようだ。今ではもう本当に押しも押されぬ日本一の騎手だ。スペシャルウィークと組んだ十五年以上前も変わらなかったし、競馬で勝ち捲って大人気なのは確かだった。しかし一つだけ物足りない部分を抱えてい国内で断トツに注目されるレースの日本ダービーに負けてばかりいたんだ。

競馬を知らない人にいっておくと日本ダービーは出走馬に年齢制限があって現在では三歳馬(2000年までは人間の数え年と同じで四歳馬てされた)のための国内で最高峰のレースなんだ。短めの長距離の2400mの芝コースの東京競馬場で毎年六月頃に開催されている。場所に因んで東京優駿とも呼ばれる。

競走馬にとって一生に一度しか出られない

むろん出るだけでも厳しい条件が課せられるし、三歳馬のための国内で最高峰のレースとして全国から多くても十数頭の非常に優れた、事前に選り選りの結果を残して来た競走馬だけにチャンスが与えられている。

聞くと競馬の関係者は誰でも日本ダービーへの出走とそして優勝を目指して、日夜、全力を尽くして励んでいるらしい。

すると開催されるレースの内容も凄いのではないかと殊更なまで察せられる。

日本ダービーにかぎっては競馬の関係者の馬主や調教師や騎手などの数多くの思いが結集した競走馬の世界を他のどんなレースよりも堪能させてくれるとも過言ではない。

本当に特別な状況なので、競馬を知る人にしてみれば盛り上がりも年に一回の大変なお祭り騒ぎそのものというか、当日の東京競馬場は夥しい観客が押し寄せて溢れ返るばかりの飛んでもない様相を呈するのが当たり前になっている。

全国の競馬ファンが偉く熱く引き付けられる日本ダービーだけれどもかねて武豊は常勝の人気騎手なのにいつも期待を損っていんだ。競走馬が一生に一度しか出られないし、厳しい条件を課せられるから指名される騎手にもチャンスは少ない。況してや優勝できそうな有力馬に出会えるかどうかも三歳馬の只一日の素晴らしい走りにかかっている夢として負けたら終わりだし、どんなに頑張っても取り返しが付かないかぎり、人生の奇跡といって良いかも知れない。

裏返していうと魔物が棲んでいるのも日本ダービーだ

相手は真の強豪揃いの極めて困難なレースを強いられると同時に他では代えられない気持ちが伴って来る。競走馬を仕上げる関係者のプレッシャーは非常に大きいし、分けても本番で手綱を取って鞭を入れるとか働きが結果に直結する騎手にとっては尋常ではないのではないか。観客を含めて日本ダービーへ出走する競走馬のレースを見守る全ての人たちの願いを背負うように考えると並大抵ではないプレッシャーから存在ごと押し潰され兼ねないのを察する。

本人が気付くと気付かないとに拘わらず、上手く行かない危険性が恐らく増して来るはずだし、勝ち捲りの人気騎手でどんなレースでも優勝への期待は大きく膨らみながら有力馬に指名され易い武豊といえども例外ではなかったんだ、思い起こせば死んで尚魅せられて止まないスペシャルウィークへ騎乗するまではよもやまさか――。

正直にいって、当時、僕は殆ど気に留めずに観ていた。というのは1998年の三歳馬はキングヘイローセイウンスカイとスペシャルウィークが日本ダービーと前後の皐月賞と菊花賞を併せた三歳馬のクラシック三冠への人気馬で三強と捉えられていて最初の皐月賞に優勝したセイウンスカイこそ残りの日本ダービーと菊花賞に優勝して世にも珍しい三冠馬になる可能性が出て来ていたのが面白いためだった。個人的に注目せずにいられなかったのはスペシャルウィークではなかった。

振り返るとセイウンスカイが菊花賞も優勝して二冠馬に輝いたし、その後、パッとしなくて寂しかったものの1998年の三歳馬の時点では本当に強かったので、スペシャルウィークが日本ダービーで打ち負かした瞬間は驚く間もないくらい衝撃を受けた。

レースでは得意の差し脚が完全に光り輝いた。馬群の後方に付けて最後のコーナーからゴールへ一直線に鋭く抜け出して行くのがスペシャルウィークの特徴的な走りだったと思う。格好良いとも唸るのが馬体のせいで、脚が細長くて全体的にスリムな印象を与える。主に長距離の2400m以上のレースに強かったけれども走り方がスタミナに無駄のない軽やかさを感じさせるのが美しい。

観ていると正しく世界を颯爽と駆け抜ける駿馬のイメージにぴったりだから「ファンがとても多い馬」といわれるように皆が惚れ込むのも自然だったのではないか。

存在自体がスペシャルウィークは人々から一目を置かれるような格好良い馬だったのに加えて主戦騎手の武豊の日本ダービーでの初優勝という念願を果たした物語から全てが伝説の域に達する気持ちを止められなくなる。

僕はセイウンスカイを応援していたし――葦毛の逃げ馬という走りが強いと共に競馬で稀少にもお洒落だった――思い入れは比較的に少なかったにせよ、スペシャルウィークの最後の直線で他馬を大きく突き放しての快勝そのもののレースを目の当たりにしては天晴れと称えるしかなかった。

そして未だ忘れもしないのが紫の白鋸歯型の勝負服が紛れもなく高貴に閃いて心に深く印象付けられた刹那の鞍上の武豊がゴールを過ぎてから幾度か繰り返された本当に力強い余りのガッツポーズへの驚きだった。

腕が千切れそうなくらいやったのではないか

他のスポーツを含めて人生の達成感を味わう人々の場面で様々なガッツポーズを見て来たけれども極度に凄まじかった。スペシャルウィークが優勝した1998年の日本ダービーから二十年目の今年、改めて考え返してみても当時の武豊を上回るほどのガッツポーズを目にする機会はやはりなかったと断言したい。

嬉しい気持ちもさることながら一人の人間の唯一無二の幸せの彼方みたいな境地を想像させずにいない。

武豊が騎手の申し子と天賦の才能を示したのはもちろん、日本ダービーが一頭の競走馬を介して数え切れないほどの人々の思いを二歳馬のための国内で最高峰のレースとして結集しているからこそ象徴的にあり得るように受け留める。

人生に置き換えると後にも先にもない《今此処の尊さ》を如実に教えてくれるのが心から有り難い。

優勝したスペシャルウィークの突出して撓やかな勇姿と相俟って主戦騎手の紫と白鋸歯型の勝負服も高貴で否眩しい武豊のゴールでのウルトラガッツポーズが競馬とは何か、僕にとっては観るのが堪らなく好きだと魅せられてしまう世界の所以を胸に刻み付けられた。

スペシャルウィークが武豊を乗せて優勝した1998年の日本ダービーの全てが格好良かったと認める。

突然のことで驚いています。自分にとっては、自分をダービージョッキーにしてくれた馬なので、とても特別な一頭です。素晴らしい馬でした。たくさんの思い出があり、一生忘れられない馬です。

武豊/スペシャルウィーク号が死亡 via JRA日本中央競馬会

スペシャルウィークは競走馬の引退後の種牡馬としても昨年の二月 から外れてもはや日高大洋牧場で余生をのんびり過ごしていたようだけど、しかし突然死を起こした直後の武豊のコメントは気持ちを淡々と述べるに止まっている文面ながら読み込むと一言ずつがどれも物事に迫真ではないか。

つまり「自分をダービージョッキーにしてくれた馬」は通常ではあり得ないばかりの幸せだったり、そのゆえに「特別」が「とても」だし、次いで只単に「素晴らしい馬」といい直すのは「一頭」として存在そのものに改めて感謝しているためみたいで、さらに現役時代に誰よりもレースを共にした「たくさんの思い出」を偲びながら「忘れられない馬」と明らかに示すのも「一生」なのが騎手冥利に尽きるほどの正しく「自分をダービージョッキーにしてくれた馬」への栄光を伝えているんだ。

武豊の言葉遣いは物事の捉え方が率直で、人柄が崩れていると自分で自分が許せなくてたとえ黙るにしても苦しくて心の舌が回らなくなる部分が極めて少ないので、相当に優しい性格の持ち主ではないかと感じる。

不意に訪れたスペシャルウィークの死への追悼の急遽のコメントでも自己表現のインパクトが変わらないようだから驚く。いつも思いを込めて生きていて全てに心から優しく接している人なんだろう。

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僕は競馬を良く観ていた時期で、考えると1998年は当たり年というか、三歳馬の三強も実際にはグラスワンダーエルコンドルパサーを合わせると五強だったり――ファンからは最強世代ともいわれる――当時は日本で生まれた内国産馬と外国からの持ち込み馬が大きく分断されていて三歳馬のクラシック三冠に出られるのは前者のスペシャルウィークとセイウンスカイとキングヘイローだけで、後者の二頭は強くても除外されていたんだ。

他には一歳上のサイレンススズカが全盛期を迎えていて人々の注目を最も多く集めた中央競馬だったかも知れない。

飛んでもなく速くて笑ってしまうのが個人的に非常に好きだったけど、するとスペシャルウィークは父がサンデーサイレンスサイレンススズカの異母の弟だから親近感が湧いたりもして観ていた。

サンデーサイレンス産駒として長距離の適性を持っていたのがスペシャルウィークは珍しかった。母のキャンペンガールがスタミナを与えたのかも知れない。キャンペンガールの父がかつてスーパーカーの異名を持った快速馬のマルゼンスキーだった。マルゼンスキーがノーザンダンサー系のニジンスキーを父とする超良血馬で、全く別の血脈のヘイロー系のヘイルトゥリーズンを父とする同じく超良血馬のサンデーサイレンスとキャペンガールのアウトブリードの配合によって走りだけではなくても体力にも優れてスペシャルウィークは生まれたと考えられる。両親の父系の血統が重なるインブリードの配合だと子馬の能力が上がっても健康に不安を残し易いらしいので、頑丈な素質が走りのスタミナに取って換えられた可能性が高いだろう。

スペシャルウィークが父になるとその父のサンデーサイレンスと母の父のマルゼンスキーの二つの超良血馬の流れからさらに強い子馬が出ると期待されるし、実際にシーザリオプエナビスタトーホウジャッカルなどの有力馬が生まれていたので、競走馬と変わらずに種牡馬としても大きな成功を収めたといって良いし、さらにスペシャルウィーク系の三代目以降の子馬が期待されて行くわけだ。

現役中は日本ダービーの翌年に本領を発揮した

スペシャルウィークは四歳で全盛期を迎えたと思う。日本の中距離の最強馬と目される素晴らしく強かったサイレンススズカが骨折の酷い故障発生の天皇賞(秋)から亡くなったり――可哀想な鞍上はよもや武豊だった――長距離では世界で最高峰のフランスの凱旋門賞で日本の最高記録の二着に入ったエルコンドルパサーが海外遠征から引退して帰って来なかったりして二頭とも消えたレースを走っていたんだ。なので後世に語り継がれる競走馬としての歴史的な印象はちょっと薄いけれども凄かったのは確かだ。

国内の中長距離の五つの大きなレース/GⅠで、三勝二敗の成績を収めた。天皇賞の春と秋の連覇とジャパンカップに優勝して人気投票で開催されるグランプリの夏の宝塚記念と冬の有馬記念は何れもグラスワンダーの二着だった。

1999年の中央競馬はスペシャルウィークが牽引したとも過言ではないほどの大活躍を示していたわけだ。

恒例の年度代表馬への選出は海外で大注目を浴びたエルコンドルパサーに持って行かれたし、況してや前年にサイレンススズカも含めて三頭で一度だけ出走したレース/GⅡの毎日王冠で足元にも及ばず、完敗していたグラスワンダーに二回も負けている全盛期となるとスペシャルウィークは現実にさほど偉い馬ではなかったのではないか、人々から走りの実力を疑わしく見られる向きも否定できないようだ。

しかしサイレンススズカとエルコンドルパサーの二頭は日本の競馬界でも真に別格の存在を有する競走馬として捉えられなくはないから普通に考えるかぎりはスペシャルウィークが日本の名馬に著しく数えられるのも決して誤りとか無謀ではない。

個人的に興味深いのは敢えてレースでの勝敗を抜きにした場合にどんな走りを見せてくれるかを考えるとスペシャルウィークが中長距離で示した持ち前の鋭い差し脚の冴え渡るような軽やかなスタイルが抜群に素敵だと胸打たれる。

格好良さが実績では他のもっと凄い馬たちと比べても際立っていて記憶にも残り易いはずだし、まさか生きる喜びを感じるくらい個性が走りからはっきり伝わって来るだけの競走馬がスペシャルウィークだったから亡くなったのは悲しいにせよ、武豊も騎手の念願を果たして華々しく優勝を飾った日本ダービーなどの栄光の思い出と共に返す返すも気に入っている。

参考:スペシャルウィークが死亡 “98年世代”のエースとして武豊騎手とGIを4勝

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