スキップしてメイン コンテンツに移動

2018年の些細な日常はリラプレカリアと異邦人とBloggerの検索避けと画像の横並びと膝屈伸の五つが最も印象深かった

今年のブログ、些細な日常は三月末から有料の独自ドメインへ移行してドメインパワーのSEO対策でGoogleなどの検索エンジンでのサイト評価を高めてのアクセスアップを新しく大きく目論んだ。八月までは僅かでも上向きの調子を保って成長していたけれどもGoogleの検索アルゴリズムの変動が激しかったためか――スマホ向けサイトから判断するモバイルファーストインデックスがついに開始されたり――九月から大変なアクセスダウンに見舞われてしまった。

ブロガーとして生活費を稼ぐには只でさえも少な過ぎるアクセスの悲惨な毎日にやる気を削がれるばかりで、希望に満ち溢れる思いの去年一昨年と比べたら更新して追加する記事数も半減している。追い打ちをかけられるように落ち込んで、一年間、何も変わらないくらい盛り上がらなかった。現在は一日百人前後だから一昨年の開設して半年の頃と同じにまで逆戻りしている。

絶望するしかない地獄のど真ん中で、これこそもう落ちないから上がるだけとせめて笑いながら前向きに頑張り直したいと考える。

どんな記事を載せたらアクセスアップに繋がる些細な日常なのか、僕自身がブロガーとして上達するためにも今年、2018年の記事の中から最も印象深かった記事を五つ振り返りながら反省してみたい。

立ち止まった北極狐が少しだけ舌を出している

第一の記事:キャロル・サックが奏でるリラプレカリアという涙も輝くばかりの清らかな世界

人生観が変わったと感じるほどの衝撃的な現実が味わわれた。心の望みをはっきり認めてしっかり掴んだのが素晴らしく嬉しい経験だった。どんなに辛くて苦しい道程でも信念を貫いてこそ夢は叶うという勇気と励ましに満ちている。

知って心底と癒されるせいか、日々の肩の荷がすっかり降ろされるし、自分でも気付かないくらい大きなプレッシャーがかかっていたとも驚くけど、本当に楽観的な気分を誘われながらこれから良いことが起きそうだと期待に胸を膨らませる未来をたとえ不幸な暮らしからでも取り戻させてくれるのがとにかく有り難いんだ。

現在、ブロガーとして生活費を稼げないかぎりのもはや絶望するしかない地獄のど真ん中で、まだあと少しでも自分に可能性を信じて些細な日常をやって行くためには物凄く助かるとも感じる。

止めてどうなる。僕はどうにもならないし、天職という神のお告げの作家・詩人・ブロガー以外に生きる道はない。だから止めるとかなんて考えなくて良い。いつまでも貧困生活を免れないから厳しいけど、何も不安がらずに取り組むのが夢を叶えるには速やかなはずなので、せめて精神だけでも安定させておきたい。

心の望みが大事だ。どこかの誰かがきっと分かってくれると応援されて人気者になれるはずの社会を有望視しなくては人生は終わりで、作家活動は続かないだろう。諦めては行けない、自分自身の信念こそ。

第二の記事:久保田早紀は異邦人しか売れずに五年で本名の久米小百合に戻ってキリスト教の音楽宣教師として歌い直していた

今年に入って直ぐの一月に見付けてとても胸打たれて最高の経験になった。児童期から好きだった久保田早紀の異邦人の内実を知ったのは嬉しいけど、まさか歌手本人が後から本名の久米小百合に戻ってキリスト教の音楽宣教師として歌い直すとは想像だにしない衝撃だった。しかし聴いてみると本当に清らかで素晴らしい楽曲に生まれ変わっていて以前よりも遥かに豊かに引き付けられるに至った。

音楽宣教師(ミュージックミッショナリー)としての久米小百合の異邦人は以前は歌謡曲の歌手だった自己紹介を兼ねた補足的な扱いでしかないのかも知れないけれどもピアノの弾き語りが単純明快な美しさを味わわせてくれるのが堪らない。澄んだ歌声と晴れやかな心に魅せられる。かつて聴いた歌謡曲の久保田早紀の異邦人は異国情緒が溢れる素敵なアレンジだったけれども他の曲が一つも売れない音楽活動に悩んだ末にキリスト教へ入信して生まれ変わった人間の自由な真実は何物にも代え難いと認める。

久米小百合のピアノの弾き語りの新しい異邦人は本当に音楽と人間が揺るぎなく合致した幸せそのものの様相を呈している。キリスト教の音楽宣教師だけれども一人の人間が心から望ましく生きられた自由な気持ちとか神からの宿命を帯びた世界への敬虔な見方なんて真実を味わわされる。

僕も肖って作家・詩人・ブロガーという表現者として嘘偽りのない自分らしい人生そのものを追求できるようにどんなに悲しくても頑張らなくてはならないと改めて感じる。

第三の記事:Bloggerブログでアーカイブとラベルページにmetaタグのnoindexで検索避けをかける方法

書き直しが多くて物凄く大変な記事の一つがBloggerの検索避けだった。十回くらい更新して漸く収まったか。否、必ずしもまだ予断を許さないようだけど――情報の精度が問われる厳しい編集を数日間に行ったばかり――とにかくGoogle検索のデータを提供するSearch Consoleが新しく変わったインデックスカバレッジのエラーの対策がBloggerのContempoなどの新テーマで物凄く煩雑になっているためなんだ。取り分けトップページとラベルページの下段の「その他の投稿」のリンクのURLの付き方が以前と変わってしまったのが大きい。

調べると「?」から動的に生成されて全てのインデックスページの更新に「その他の投稿」のURLが連動している。シンプルなどの旧テーマでは静的に生成されて個々に固定されていた。しかし新テーマではメインに掲載される記事が一つでも変わると「その他の投稿」が別物のURLになるからGoogle検索では先にインデックスされた分は直ぐに使えなくなってしまうわけで、SEO対策ではおよそ良い感じがしない。Google検索に関して404やソフト404のエラーページがサイト評価を直接的に下げる可能性はないにしても間接的に注意しなくてはならない。またはクローラーがページの有無を確かめようと巡回しに来ればクロールバジェットを浪費して他のページのサイト評価が進まない危険性も皆無ではないと心配される。

Search Consoleのインデックスカバレッジのエラーや有効(警告あり)や除外のソフト404などは出ていてもGoogle検索からアクセスダウンを明確に受け取るほどの支障はないだろう。きっちり避けても重箱の隅をつつくような特に意味のないSEO対策にしかならないかも知れないとはいえ、気分的に優れないサイト運営を解消するのには役立つ。エラーとかなんて不具合が僅かでもあって嫌な感じを残すのはSEO対策だけではなくてブログの記事やデザインで調子を落とさないとはかぎらない。

第四の記事:Bloggerブログで記事中の複数の画像を横並びやグリッドデザインで配置する方法

ブログの記事はどれも一生懸命に仕上げていて天職だから手抜きはそれこそ無理(全て自分自身の能力を出し切った結果)だけれども画像の横並びやグリッドデザインの記事は最も楽しんで作成できたようだ。cssで色んなデザインが可能なのは面白いし、上手く行くほどに創作熱の高まりを覚える。画像の配置を自由自在に動かせるのが本当に面白くてどうするかを記事に取り上げて纏めるのもサンプルを実際にソースコードで幾つも表示して楽しく仕上げたわけだ。

好きこそ物の上手なれという諺を思い起こす。生活費を稼ごうとブログをどんなときも必死にやり通すためには欠かせない気持ちではないか。先一昨年の2015年9月に初めてサイト広告を使ってプロを夢見てから一度も満足する収益は得られない。地獄といえばずっと地獄の苦しみと共に藻掻き続けているわけで、今年は本当にアクセスダウンが余りに酷過ぎるまま、やる気が削がれてどうしようもない地獄のど真ん中から止めるしかないという悪魔の囁きに囲まれもするのが大変だ。諦めずに続ける信念を投げ出さない気持ちが何よりも大事だけれども加えて好きこそ物の上手なれの精神で楽しみながらやると目標実現に気持ちが乗って来るから良いと思う。

人生に最初から叶う夢なんかない。何かを目指したら必ず問われるのが努力だもの。達成するために最後までやり通さなくてはならない全ては疑いもなく進められるにかぎる。楽しんでついに時が経つのも忘れたら苦しむ暇はないから気持ちは正しく有利だ。自分に取り入れない手はないだろう、かりに地獄のど真ん中でも夢を叶えたければ。

第五の記事:健康と能力を高める運動として非常に有り難い膝屈伸の最良の仕方

作家活動が人生の軌道に乗らず、どうにも生活費を稼げないから死に物狂いで取り組んでブログも記事を作成して一生懸命に更新しなくてはならない。部屋に篭って外へ出る暇は殆どないし、運動不足への健康不安は本当に避けられないんだ。全身の筋肉が衰えるのが何より恐ろしい。総じて筋肉は血液のポンプなので、血行が悪くなって栄養や酸素が各臓器に運ばれ難くなるほどに死に至るという危険度は上がるばかりだ。

何とか少しでも多くの筋肉を鍛えて減らさないように自己流の膝屈伸を編み出して、日々、実行している。最小の努力で最大の成果を得るのが効率的だから人生を無駄にしないと大事だし、やってみても濡れ手で粟の楽勝な経験が微笑ましくて面白いと感じる。

以前から膝屈伸は第二の心臓と呼ばれる血液のポンプにとても重要な脚の筋肉を鍛えると気付いて求める運動の中心に積極的に据えていたけど、とにかくメッセージ物質という新しい知識から方法をさらに合理的に捉え直して実際に効率的に作り替えた喜びは大きかった。最良の仕方と自負するくらい気に入っていてもはや脚の筋肉だけではなくて免疫や骨と脳などへも作用する健康への幅広い利点を込められるようになった。

運動としても相当に楽だ。膝屈伸とかなんて筋力トレーニングは単調だからやってみて詰まらないのは確かだけれども筋肉が増え易くなるのが有り難い。メッセージ物質を利用すると生理機能が活性化されるというか、諸々の働きが無理なく進められるせいなんだ。僕個人の感覚とするとおよそ以前の二倍の速度で脚の筋肉が多く鍛えられている。大変なので、一日当たりの回数を二十五回ずつくらい増やしながら段階的に負荷を上げる。今年、編み出された自己流の膝屈伸だと一日百回を難なくできるまでに数ヵ月しかかからない。

早く良い結果が出て嬉しい。一日百回の膝屈伸が難なくできる状態だと太腿の筋肉は相当にしっかりしている。触ればカチカチとも過言ではない。毎日の動きも本当に軽くて生活が楽しくなる。自転車を漕いではスイスイ進むし、階段もひょいひょい上れたり、下りられたり、若返りといえば若返りの元気溌剌の気分を取り戻させてくれるんだ。

2018年の些細な日常のブログの全記事に対する総評

運営上、やる気がないというか、ブロガーとしての意欲が落ち込んだの一言に尽きる。毎日と更新された去年までと比べたら作成する記事数が大幅に減少して数日に一件を追加するのが現在ではやっとの状態に追い遣られている。

ブログが全く成長できない、今年のアクセスアップを完全に得られない絶望感が発端だけど、ただしやり過ぎてドライアイだの睡眠負債なんざ被りながら命を縮める生活も詰まらないから少しは良いとも思う。

ソーシャルメディアの特にTwitterはてなブックマークで些細な日常をきっちり宣伝するようになったのも影響してないわけではないだろう。時間を取られてブログの記事を作成できなくなるのは当然ではなかったか。丁度、時期を重ね合わせるように更新頻度が下がり始めていたと気付く2018年という。かりに毎日と更新してほ本当にやり過ぎ捲りで健康を維持するのは困難だから注意しなくてはならない。加えてSEO対策を踏まえるとソーシャルメディアでもある程度の文字数を確保したいし、ただリンクを載せるだけみたいな短文のアピールは僕は基本的にしないので、将来のためにソーシャルメディアの検索エンジンでのサイト評価も上げるためにはブログの更新を削ってでも尽力するのが有効な方策だと考える。

本当に人生が上手く行かないとかつてないくらい痛感させられている。頑張っても頑張ってもどうにもならない地獄のど真ん中を甘受しながらもはや自然体でしかやって行けないかぎりだ。ブログのアクセスアップで生活費を稼いで貧乏を抜け出す希望が全く持てないし、無理して健康を損うよりも等身大の自分らしさを表現するように気儘に続けるのが唯一の些細な日常ではないか。神へ祈りを捧げながらあり得ない成功を奇跡的に待つだけのブロガーになる以外に未来はなくなった。

コメント

些細な日常の人気の投稿

PlayストアでAndroidアプリのダウンロードが非常に遅い場合の打開策

Imgurで画像URLと埋め込みコードを取得する方法

Google日本語入力のキーボードで全角の英数字を打ち込む方法