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モナリザの見えない三層目に残されているモデルのリザ・デル・ジョコンドの復元図

レオナルド・ダ・ヴィンチの名画で、フランスのルーブル美術館の至宝とも呼ばれるモナリザは制作過程に謎が多くて何よりも依頼主の絹織物の商人のフランチェスコ・デル・ジョコンドに渡されないまま、画家本人が死ぬまで手元に置いて描き続けた絶筆になってしまった。未完成だから仕様がなかったにしても他の作品と比べて余りに長過ぎるのではないか。決して特別な大作でもなくて普通の肖像画の部類に属しているからレオナルド・ダ・ヴィンチがモナリザをいつまでも完成しなかったのは首を傾げざるを得ない。

モデルは依頼主の妻のリザ・デル・ジョコンド/リザ・ゲラルディーニとされる。同時代の画家で建築家で美術史家のジョルジョ・ヴァザーリ画家・彫刻家・建築家列伝に著されていた。そして調査によってレオナルド・ダ・ヴィンチは晩年の早ければ1503年の五十一歳から亡くなる1519年の六十七歳にかけて十六年くらいモナリザを描き続けていたと推測されるらしい。リザ・デル・ジョコンドがモデルを務めたのは1479年生まれだからおよそ三十歳前後だろう。

絵の題名はモナ(mona)が古いイタリア語のマドンナ(ma donna/私の貴婦人)の短縮形で、モナリザ(Mona Lisa)は日本語に訳すとリザ貴婦人となる。

モナリザの実際に描かれた女性の年齢が四十歳前後の中年に見えるので、制作期間にモデルを務めた三十歳前後のリザ・デル・ジョコンドよりも十歳くらい老けている感じがするのも謎の一つで、非常に怪しい。ところが後からもう一つレオナルド・ダ・ヴィンチが描いたかも知れないアイルワースのモナリザが見付かってモデルの予想に適して若くて実際に描かれた女性の年齢が三十歳前後の壮年に見えるんだ。真作だとするとジョルジョ・ヴァザーリなどの他の人たちが知っていた作品にはアイルワースのモナリザこそ相応しいのではないかとかルーブル美術館の従来のモナリザはなぜ老けて追加して描かれる必要があったかなんて又更に謎は深まってしまう。

パスカル・コットのマルチスペクトルカメラの解析でもモナリザのモデルの若い頃の姿が絵の三層目に発見された

レオナルド・ダ・ヴィンチのモナリザの三層目のモデルのリザ・デル・ジョコンド/リザ・ゲラルディーニの復元図
Lisa del Giocondo from New evidence that the painting in the Louvre may not be the original Lisa - Secrets of the Mona Lisa via BBC

テレビの地球ドラマチックのモナリザ 微笑が秘めた真実でやっているのを観て衝撃を受けた。

古い記録によると、「モナリザ」のモデルは、肖像画の依頼主であるフィレンツェ商人の妻・リザ。しかし光学研究者パスカル・コットが、ルーブル美術館の「モナリザ」の解析を試みたところ、絵の下から別の女性の肖像画が浮かび上がってきた!この女性こそが「リザ」だとすると、表面に描かれた、かの有名な女性は誰なのか?さらにシンガポールに存在する、もう一枚の「モナリザ」の真実にも迫る。(イギリス2015年)

モナリザ 微笑が秘めた真実 via 地球ドラマチック

フランスの光学研究者で技術者のパスカル・コットが二億四千万画素の超高解像で様々な波長の光を反射させて透視も可能なマルチスペクトルカメラを作り出してレオナルド・ダ・ヴィンチのモナリザの解析を行った。元々は所蔵するルーブル美術館から略五百年の経年劣化の状況を確認して今はもう失われた十六世紀に絵が描かれた当初の色彩を分析するように依頼されたらしい(Scanning the Mona Lisa with multispectral camera)。しかし2004年から十年以上を費やして2015年にはさらに本当は次々と絵を描いては消して修正された痕跡も表面から見えない層に残されていると新しく分かって来たんだ。

私たちは今や絵画の層の内側で何が起きているかを正確に分析できますし、絵画の全ての層を玉葱のように剥けます。私たちは絵画の制作の全ての年代順の配列を復元できます。

パスカル・コット/隠された肖像画が「モナリザの下に見付かった」というフランスの科学者 via BBC(訳出)

従来も赤外線やマルチスペクトルスキャンによって絵を透視する方法はあったけれどもパスカル・コットが画期的なのは独自に開発した層増幅法(Layer Amplification Method/LAM)を使う。絵に強い光を当てて反射光から測定を行う。絵の複数の層の間の状況を従来の方法よりももっと奥深くまで捉えられるようになった。

層増幅法で取り出されたレオナルド・ダ・ヴィンチのモナリザの四層に分けられる特徴とさらに深まるモデルの謎

  1. 大きい頭と鼻と大きな手と小さな口の翳った輪郭
  2. 真珠の頭飾りを描いた十四世紀後半以来の聖母像の様式
  3. 頬が稍細く髪の裾を後ろにして14°の左向きで肩に絹のショールをかけている
  4. 謎めいた微笑みを浮かべながら中央へ視線を送る

現在、見られるモナリザの最上層が第四層で、非常に気になるのがその直下の第三層の女性なんだ。衣装は十五世紀から十六世紀前半にかけてイタリアの主にフィレンツェで流行った女性物の様式:ガムッラ/カモッラ――ボディスとフルスカートの組み合わせで、最初の頃は前面のリボンやレース、最後の頃は側面のリボンやレースが特徴になっている――で、どちらも大差がないけれどもモデルが幾らか違っていて何よりも若くてジョルジョ・ヴァザーリなどの他の人たちが知っていたリザ・デル・ジョコンドの可能性が高い。

もう一つ非常に気になるのがレオナルド・ダ・ヴィンチと同時代の画家のラファエロ・サンティが1505年頃に制作中のモナリザを模写したとされるある婦人の半身像習作と大変に良く似ている。瓜二つとも過言ではない。取り分け髪の裾を後ろにしたスタイルが全く同じで、モデルが若い頃のアイルワースのモナリザやレオナルド・ダ・ヴィンチが描き続けた最後のルーブル美術館のモナリザとも違う。ラファエロ・サンティが目にしていた制作中のモナリザのモデルのリザ・デル・ジョコンドの復元図として三層目は信憑性が相当に高いと感じる。

リザ・ゲラルディーニの復元を仕上げると私は肖像画の前にいて彼女は今日のモナリザとは総じて異なっていた。同一の女性ではあり得ない。

パスカル・コット/隠された肖像画が「モナリザの下に見付かった」というフランスの科学者 via BBC(訳出)

マルチスペクトル解析の結果を受けてルーブル美術館は見えない三層目こそ本物のリザ・デル・ジョコンドの肖像で、最終的に四層目で別の女性へ描き替えられているから題名も変更しなくてはならないような状況なのを容認してはいない。現時点、まだもっと検証される必要があると捉えているらしい。

他の専門家によれば「多かれ少なかれ、一つの創造の連続的な流れのように思う」(マーティン・ケンプ/美術史家)とか現在のモナリザがモナリザではない別の女性を表現しているとはかぎらない。

もしも別の女性に描き替えられたとすれば一例としてロベルト・ザッペリさらば、モナ・リザ: 世界でもっとも有名な絵の謎を解くのような展開があり得るだろう。

レオナルド・ダ・ヴィンチは晩年にフランス国王のフランソワ一世に住まいのアンポワーズ城の近くのクルーの館/クロリュセ城(フランソワ一世の幼少期の住まい)を与えられた。死ぬまでの最期の三年間をそこで弟子や友人と過ごして年金も十分に貰っていたらしい。

フランスのクルーの館/クロリュセ城

ある日、ルイージ・ダラゴーナ枢機卿と秘書のアントニオ・デ・ベアティスが訪れてレオナルド・ダ・ヴィンチが手元に置いていた三つの絵を見せて貰ったんだ。

秘書のアントニオ・デ・ベアティスが日記に書いていたところからロベルト・ザッペリはルイージ・ダラゴーナ枢機卿と共にレオナルド・ダ・ヴィンチから見せて貰ったとされるフィレンツェの貴婦人をモナリザだったと捉えている。

制作された当時のレオナルド・ダ・ヴィンチの有力なパトロンだったジュリアーノ・デ・メディチ(ヌムール公/フィレンツェ僭主)と縁のある女性の肖像画だったらしい。

するとモデルはリザ・デル・ジョコンドではなくてジュリアーノ・デ・メディチの愛人のパチフィカ・ブランダーニだったかも知れない。

出身がイタリアのウルビーノなので、秘書のアントニオ・デ・ベアティスの日記のフィレンツェの貴婦人という作品名からするとモデルはフィレンツェが出身のリザ・デル・ジョコンドこそ相応しいけど、ただしロベルト・ザッペリが考えたのはジュリアーノ・デ・メディチと縁のある女性という情報から反対に見ず知らずの後者よりも前者がはっきり当て嵌まるので、作品名のフィレンツェの貴婦人のフィレンツェは不正確な記述として却下した。

パチフィカ・ブランダーニには子供がいてイッポーリト・デ・メディチ枢機卿の母親ながら出産と同時に亡くなっていた。父親のジュリアーノ・デ・メディチは他に子供もいなくて庶子として孤児院へ送られてしまった彼を改めて養子として迎え入れるべく自宅へ引き取って育てようとした。このとき、母親がいなくて可哀想だったから身代わりの肖像画を気に入りの画家のレオナルド・ダ・ヴィンチへ依頼した可能性がロベルト・ザッペリによって指摘されるんだ。

イッポーリト・デ・メディチ枢機卿が四歳の1515年頃のことだけど、ただし翌年に父親のジュリアーノ・デ・メディチも病死してしまう。

ロベルト・ザッペリの推察で、レオナルド・ダ・ヴィンチがパチフィカ・ブランダーニを想定してモナリザを描き替えたとしても直ぐに完成しなかったせいか、取りかかって一年程の間に亡くなった依頼主には渡されず、やはり手元に残らざるを得なかったようだ。

謎が謎を呼ぶレオナルド・ダ・ヴィンチのモナリザの実際に描かれているモデルが誰とは依然として掴み切れない

レオナルド・ダ・ヴィンチが描いたと推定される髭を伸ばした自画像

パスカル・コットのマルチスペクトル解析で見出だした三層目のモデルはリザ・デル・ジョコンドに他ならないだろう。ジョルジョ・ヴァザーリの伝記やラファエロ・サンティの模写と重なり合う部分が非常に大きい。レオナルド・ダ・ヴィンチはリザ・デル・ジョコンドをモデルとしてモナリザを描いたに違いないと感じる。

判然としないのが後から四層目へ描き替えられているためで、モデルはリザ・デル・ジョコンドのままなのか、例えばロベルト・ザッペリが捉えるようなパチフィカ・ブランダーニなどの他の女性へ変更されたのかは断定されない。

個人的に気になるのはモナリザの若い頃をレオナルド・ダ・ヴィンチが描いた本作と推測されるアイルワースのモナリザが髪の裾を後ろにしてないとはっきり気付かされた。

ラファエロ・サンティの模写と比較しただけでは良く分からなかったけれどもモナリザの三層目のリザ・デル・ジョコンドの復元図によってレオナルド・ダ・ヴィンチ自身がモデルの髪の裾を後ろにして描いたのは意図的だったとすると四層目の最終的な仕上がりと同様に髪の裾を前にしているアイルワースのモナリザは若い頃を表現しているとしても実際に描かれたのはもっと遅いかも知れないわけだった。

なぜ必要な絵なのか、レオナルド・ダ・ヴィンチにとって。制作年代がモデルの状況と必ずしも合わなければ老けた女性のルーブル美術館のモナリザだけか、またはアイルワースのモナリザとどちらか一つだけで構わないはずだろう。考えると何等かの理由からモナリザのモデルを芸術的に想像するためだったようだ。

年齢が十歳くらい異なる二人をさほど離れない時期に描かなくてはならないとするとロベルト・ザッペリが指摘するパチフィカ・ブランダーニのモナリザのモデルとしての真実味が著しく増して来る。

レオナルド・ダ・ヴィンチは依頼主のジュリアーノ・デ・メディチからモデルの名前を初めて聞かされてもどんな女性なのかまでは既に亡くなった後だったから見られなくて分からなかった。だから画家として想像しなくてはならないけれどもモナリザだけではなくてアイルワースのモナリザもモデルの年齢を下げながら実験的に色々と描いてみてモチーフを探った可能性があると僕は思う。

モナリザの三層目のリザ・デル・ジョコンドの復元図は若くてアイルワースのモナリザに近いけれども髪の裾の向きが後ろだから違っている。反対に髪の裾が前で揃っているのが四層目のモナリザ自体とアイルワースのモナリザだけれども描かれたそれぞれの年齢は十歳くらい離れているのが不可解なんだ。

レオナルド・ダ・ヴィンチがモデルを知らないゆえに実作を通して相応しいイメージをモナリザアイルワースのモナリザで別々に確かめようとしたとするとかねてジュリアーノ・デ・メディチから未知の故人のパチフィカ・ブランダーニの肖像画を依頼されたせいではないか。

参考:レオナルド・ダ・ヴィンチ モナ・リザ 「モナ・リザ」の絵の下に隠されていたもう1人の女の顔 ― 微笑まない女の正体とは? レオナルド・ダ・ヴィンチのモナ・リザはモナ・リザではなかったことが判明した 新説:モナリザのモデル 感想:NHK番組「4人のモナリザ “謎の微笑” モデルの真実」 レオナルドの生涯-1 決定!? ‘モナ・リザ’物語

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