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ミリー・ジャクソン|ソウルシンガー

ミリー・ジャクソン/Millie Jackson。1944年7月15日生まれ。アメリカのジョージア州トムソンの出身。ソウル、ディスコ、R&Bを歌う。

コンサートで歌うミリー・ジャクソン

幼少期に母親と死別し、小作人の父親と共にニュージャージー州ニューアーク、そして十代半ばにはニューヨーク州ブルックリンの叔母の家へ移り住んでいた。時々、雑誌のジャイヴやセピアのモデルをしたり、音楽ではオーティス・レディングサム・クックオージェイズを良く聴いて親しんでいた。

1964年に五ドルの掛け金を目当てにハーレムのナイトクラブのスモールズパラダイスで開かれたタレントコンテストに参加したのが音楽へ向かう切欠になったらしい。友達と観客席で観ていたらステージの女性を野次って自分こそ上手いとベン・E・キングDon't Play It No More (You Lied)を歌った。勝つと二週間のナイトクラブの一夜興業に雇われたものの賃金の支払いがなかった。見兼ねた紳士が親切にも連れ出してニュージャージー州ホーボーケン、数週間後にニューヨーク州ブルックリンの会場で賃金を貰って歌うことができたようだ。

1970年にMGMレコードからA Little Bit of Somethingを発表するけれども直ぐに辞めてスプリングレコードからA Child of God (It’s Hard to Believe)を発表すと忽ち人気を博した。

ミリー・ジャクソンは詩を書いていてステージでは歌よりも観客とのやり取りの喋りこそ売りになっていたのをスプリングレコードが作品に取り入れるのを求めた。本人によると人前に出る緊張感を和らげるためだったらしいけれども観客にはとても面白かったわけだったんだ。

詞やパフォーマンスの猥雑な内容を含めて喋りを強調した表現そのものは、後年、ラップミュージックの魁とも目されるほどの優れて斬新なスタイルを示していた。

代表曲にAsk Me What You Want(1972)やIt Hurts So Good(1973)や(If Loving You Is Wrong) I Don't Want to Be Rightエモーションズの楽曲のカヴァー/1974)やIf You're Not Back in Love by Mondayマール・ハガードの楽曲のIf We're Not Back in Love by Mondayの題名の一部を変更したカヴァー/1977)やHot! Wild! Unrestricted! Crazy Love(1986)などがある。

淫らに修正なしのR&B歌手で、傑出した声と『Ask Me What You Want』や『Hurts So Good』を含む長く連なるソウルヒットを持つ。

原文

Salaciously uncensored R&B singer with an outstanding voice and a long string of soul hits, including "Ask Me What You Want" and "Hurts So Good."

ミリー・ジャクソンは喋りが得意で、持ち歌がラップ/ヒップホップのアーティストから好まれて「ラップ/ヒップホップの母」と呼ばれる。歌声はハスキーでワイルドな印象が非常に個性的だけれども同時に詞やパフォーマンスとも相俟って類例ない存在感を持つ歌手だ。

1975年の第十七回グラミー賞で楽曲の(If Loving You Is Wrong) I Don't Want to Be Rightが最優秀R&Bヴォーカルパフォーマンス賞にノミネートされた。

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