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ドリス・デューク|ソウルシンガー

ドリス・デューク/Doris Duke。1945年生まれ(月日不明)。ジョージア州サンダーズヴィルの出身。サザンソウル、R&Bを歌う。

ドリス・デュークの歌手人生

ドリス・デュークのアルバム『Woman』のジャケット

ゴスペルグループで歌い始めてラズベリーシンガーズキャラヴァンズと一緒になった。

1963年の十代後半にはニューヨーク州ニューヨークのアポロシアターでバックヴォーカルとして働いていた。

結婚してドリス・ウィリングハム(Doris Willingham)の名前で、二枚のシングルを発表したけれども注目されず、又、バックヴォーカルの仕事に戻り、多くはペンシルヴァニア州フィラデルフィアでギャンブル&ハフのプロデュース作品に加わったようだ。

1969年にアトランティックレコードから独立したプロデューサーのスワンプ・ドッグ(ジェリー・ウィリアムズ・ジュニア)と新しく契約した。芸名をドリス・デュークに変えて、翌年、アルバムのI'm A Loserキャニオンレコード出した。何年後かにはアメリカのソウルミュージックの魅力を世界へ発信した愛好家のイギリス人のデーヴ・ゴーディンなど、多くのフォンからディープソウル/サザンソウルの傑作と評価されたらしい。何よりもシングルのTo The Other Woman (I'm The Other Woman)が良く売れたので、ドリス・デュークは歌手として初めて注目を浴びる結果になったんだ。

続くシングルのFeet Start Walkingも好調な売れ行きを示したけど、ところが発売元のキャニオンレコードが陥った財政難に巻き込まれて幸せは長くは続かなかった。

その後、スワンプ・ドッグのプロデュースで、二枚目のアルバムのA Legend in Her Own Timeや幾つかのシングルを出すけれどもさほど売れない状況だった。

当時、アメリカの国内に同姓同名のドリス・デュークという白人の超大金持ち(煙草王の父親から莫大な相続金を得たため)の園芸家で慈善家――現在でもドリス・デューク慈善団体が運営されている――の高名な女性がいてゴスペル合唱団で歌も歌うので、紛らわしいというのも影響を及ぼしたかも知れない。

ドリス・デュークは再婚と共にドリス・ローガン(Doris Logan)に名前を変えたけれども家庭の子育てが中心の生活で、一時的に音楽活動からは遠ざかっていた。

1975年に三枚目のアルバムのWomanを出したけれどもやはりさほど売れず、今現在までの全ての消息は途絶えてしまっている。

歌手として一発屋の印象を残すけど、ただし音楽的な評価は必ずしも低くなかったらしい。分けてもソウルミュージックの愛好家から根強い人気を得たようで、作品に特有の深みがあるに違いないと考える。

ドリス・デュークの主要楽曲

代表曲はTo The Other Woman (I'm The Other Woman)(1970)やFeet Start Walking(1970)やIf She's Your Wife (Who Am I?)(1971)やI Don't Know How To Fall Out Of Love With You(1972)やWoman Of The Ghetto(1975)などがある。

スワンプ・ドッグ制作の1969年のアルバム『I'M A LOSER.』で最も知られる熱狂的に好まれるソウルシンガー。

原文

Cult favorite soul singer best known for her Swamp Dogg-produced 1969 album I'M A LOSER.

ドリス・デュークの歌声はとにかくソウルミュージックの愛好家には垂涎の的ともいうべき奥深い魅力が秘められている感じがする。何とも堪らない深みに引き込まれるし、胸の奥で響き合ってついに他では味わえない喜びを与えくれるような数少ないソウルシンガーだ。

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