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アイシュタインの天皇と日本に関する言葉は最初は田中智学の日本とは如何なる国ぞから名前だけ変えて伝えられたようだ

インターネットで見かけたアインシュタインの天皇と日本に関する言葉が非常に興味深くてブログに取り上げようと詳しく調べてみたら世間的にアインシュタインの予言と呼ばれていて実際は本人の言葉かどうかが疑わしいと分かった。

アインシュタインの予言とされる余りにも親日家の言葉

夜桜

引用する人によって語句が部分的に変わる場合が少なくないらしいけれどもおよそ以下のようなものが全文と見做されている。

近代日本の発達ほど、世界を驚かしたものはない。
この驚異的な発展には、他の国と異なる何ものかがなくてはならない。
果たせるかなこの国の、三千年の歴史がそれであった。
この長い歴史を通して、一系の天皇をいただいているということが、今日の日本をあらせしめたのである。
私はこのような尊い国が、世界に一カ所位なくてはならないと考えていた。
なぜならば世界の未来は進むだけ進み、その間幾度か戦いは繰り返されて、最後には戦いに疲れる時がくる。
その時人類はまことの平和を求めて、世界的な盟主を挙げねばならない。
この世界の盟主なるものは、武力や金力ではなく、凡ゆる国の歴史を抜き越えた、最も古くまた尊い家柄ではなくてはならぬ。
世界の文化はアジアに始まって、アジアに帰る。
それはアジアの高峰、日本に立ち戻らねばならない。
吾々は神に感謝する、吾々に日本という尊い国を、作って置いてくれたことを。

アインシュタインは小泉八雲(パトリック・ラフカディオ・ハーン)の著作などで文化的に美しい国として憧れながら日本を訪れて(1922)「やさしくて上品な人びとと芸術。日本人はハーンの本で知った以上に神秘的で、そのうえ思いやりがあって気取らない」(アルバート・アインシュタインのアインシュタイン日本で相対論を語る/杉元賢治訳)と気に入ったこともあり、その後、自身の発見した特殊相対性理論を使って原始爆弾がアメリカで開発されて日本に投下された第二次世界大戦への大変な後悔(1945)の「もし私がヒロシマとナガサキのことを予見していたら、1905年に発見した公式を破棄していただろう」(ウィリアム・ヘルマンスアインシュタイン、神を語る/神保圭志訳)から特別な感情さえも抱くようになっていた。

こうした事情から尋常ではないほどの親日家としてのアインシュタインの実像が浮かび上がって来るわけで、アインシュタインの予言も日本と日本人を相当に良く知っているとか国として天皇制を含めて愛しているなんてことがあったとしても不思議ではないと感じてしまうんだ。

読んで個人的に「世界の文化はアジアに始まって、アジアに帰る」という一文に違和感が強くて本当にアインシュタインの言葉なのかを確かめる気持ちに繋がった。日本への思いとちょっとずれているけど、とにかく「世界の文化」を他の土地を差し置いて「アジア」とだけ結び付ける見方は本物の平和主義者の完全に平等な立場から合理性を欠いている。

ドイツ文学者の中澤英雄がアインシュタインの予言に対して本人の言葉ではないとアルベルト・アインシュタインと日本(2005)で考察した。

アインシュタインの予言は色んなところで引用されるけれども出典が曖昧で、原文がどこにもないので、本物かどうかは分からない。その上で、アインシュタインの考え方と相反する可能性が高いことが指摘されている。

当初は「日本の歴史への関心は薄かった」とか「君主制の一種である天皇制をわざわざ賛美するということは、まずありそうもない」なんて挙げられた。

アインシュタインの目が常に日本の一般民衆に注がれていたのに対し、上の文書は「一系の天皇」「尊い家柄」「尊い国」を強調する、典型的に右翼的な発想である。

アルベルト・アインシュタインと日本|萬晩報

加えて「日本が西欧化の中で伝統的な生活文化を失うことへの危惧を表明していた」気持ちも含めて「アインシュタインの思想とは相いれないのである」と結論している。

その後、さらに調査が進められてPart 2で遅くとも1956年の今村均(元陸軍大将)の祖国愛から始まっていると分かり、そしてPart 3に至って誤って伝えられた原文を含むかも知れない1928年の田中智学(宗教家/本名:巴之助)の日本とは如何なる国ぞが見付かった。

アインシュタインの予言は如何にも尋常ではないほどの親日家の本人の言葉だと感じさせるけど、もはや相当に怪しいというか、本当に正しいとするのほ殆ど無理だと感じ直される他はない。

シュタインの発言とされる余りにも親日家の言葉

清水寺の三重塔からの淡い町並み

田中智学の日本とは如何なる国ぞの中に海江田信義(政治家)がドイツへ渡ったときに日本の歴史について法学者で哲学者のシュタインから聞かされた文章が引用されている。

そんな立派な歴史があればこそ東洋の君子国として、世界に比類のない、皇統連綿万世一系の一大事跡が保たれているのである、世界の中にどこか一ケ所ぐらい、そういう国がなくてはならぬ、というわけは、今に世界の将来は、段々開けるだけ開け、揉むだけ揉んだ最後が、必ず争いに疲れて、きっと世界的平和を要求する時が来るに相違ない。そういう場合に、仮りに世界各国が聚ってその方法を議するとして、それには一つの世界的盟主をあげようとなったとする、さていかなる国を推して「世界の盟主」とするかとなると、武力や金力では、足元から争いが伴う、そういう時に一番無難にすべてが心服するのは、この世の中で一番古い貴い家ということになる、あらゆる国々の歴史に超越した古さと貴さを持ったものが、だれも争い得ない世界的長者ということになる、そういうものがこの世の中に一つなければ世界の紛乱は永久に治めるよすががない。果して今日本の史実を聞いて、天は人類のためにこういう国を造っておいたものだということを確め得た。

原文

そんな立派な歷史があればこそ東洋の君子國として、世界に比類のない、皇統連綿萬世一系の一大事蹟が保たれて居るのである、世界の中にどこか一ケ所ぐらゐ、爾ういふ國がなくてはならぬ、トいふわけは、今に世界の將來は、段々開けるだけ開け、揉むだけ揉んだ最後が、必ず爭ひに疲れて、きツと世界的平和を要求する時が來るに相違ない。さういふ場合に、假りに世界各國が聚ツて其方法を議するとして、それには一つの世界的盟主をあげようとなツたとする、扨ていかなる國を推して「世界の盟主」とするかとなると、武力や金力では、足元から爭ひが伴う、さういふ時に一番無難にすべてが心服するのは、この世の中で一番古い貴い家といふことになる、あらゆる國々の歷史に超越した古さと貴さを有ツたものが、だれも爭ひ得ない世界的長者といふことになる、そういふものが此の世の中に一つなければ世界の紛亂は永久に治めるよすがゞない。果して今日本の史實を聞いて、天は人類のためにかういふ國を造ツて置いたものだといふことを確め得た。

ローレンツ・フォン・シュタイン/田中巴之助の日本とは如何なる国ぞ(訳文は筆者)

アインシュタインの予言と酷似した言葉遣いが幾つも含まれていて内容も天皇中心主義的な日本の「世界の盟主」としての各国の大戦後の平和に向けた在り方について殆ど一緒なので、いつかシュタインの発言がそれぞれの名前がアインシュタインとシュタインで酷似して紛らわしいためもあってアインシュタインのものと取り違えられて――田中智学の日本とは如何なる国ぞは発表後に「版を重ねてより,追いかけ追いかけの累刷」(第十九版の前書き)と非常に良く売れた本でもあったようだ――さらに人々によって話の尾鰭が付いたり、聞き易く纏められたりしながら当人に相応しい予言として新しく伝えられた可能性が高い。

中澤英雄によるとシュタインの発言も実際は本人の言葉ではないかも知れない。田中智学が海江田信義から聞いたはずのシュタインの発言も原文が見付からなかった。シュタインは日本の大日本帝国憲法(明治憲法)の起草に影響を与えた人物で、初代首相の伊藤博文がドイツへ行って講義を聴いて気に入ってドイツ式の立憲体制を助言されたり(実際に制定された憲法はイギリス式の立憲体制を採用したに近い)、日本について全く知らないわけではなかった。しかし海江田信義が受けたシュタインの講義の記録の須多因氏講義(明治文化研究会編明治文化全集の第1巻の【憲政篇】須多因氏講義筆記)などからアインシュタインの予言と同様の主旨の認識や天皇と日本に関する言葉はなかったらしくて最終的に日本とは如何なる国ぞ以前の1921年に発表された天壌無窮の「かねがね此平和の為に建てられてある日本は、勢い『最後平和の使命』を以て登場して」などから田中智学が最初から持っていた独自の国体思想がシュタインの発言に重ねられていると結論される。

世界各国が自国の利益を追求して抗争しているかぎり、世界はいずれ大戦乱に見舞われる。世界が混乱の極みに達したときに、日本(の天皇)を中心にして世界平和が樹立される。世界統一(八紘一宇)、世界平和の実現こそ、神国にして法華経国である日本に生まれた日本人の果たすべき天業(天命)である――これは、神武天皇の建国神話と、「前代未聞の大闘諍(だいとうじょう)一閻浮提(いちえんぶだい)に起るべし」(『撰時抄』)という日蓮の予言とを結びつけた、田中智学独自の予言なのであり、それを彼は時々シュタインの名を利用して語ったのであった。

(アイン)シュタインと日本 Part 3|萬晩報

この点に関しては後から異論が出されていて田中智学の日本とは如何なる国ぞで取り上げたシュタインの発言やそうした認識が本人のものとして全くないことはなかったかも知れない。

世界万国いずれの民であっても各その身の幸福を喜ばぬものはあるまい、然るに、人生不幸中の最不幸は戦争である。それゆえ我輩学術政治を志す者は、常に世界に戦争の起らぬことを希望するのである。それには世界万国を統御する宗国を立て、志ある各国これを補佐し、互に国境人民を相侵さない一大憲法を制定し、若し、これに背く国があれば、他の諸国が挙ってこれを征するという事にならなければ、その事は行われない。これに因って、世界各国を通観するに、何れも開闢以来の宝器をもっていない。そういう同等の国柄を立てて宗国としたとして、他国人民の服従すべきものでは無い。東洋諸国を顧るに、印度は古い国だけれど、今の形勢では話にならぬ。支那は大国だけれど、今の清国は自国の人民すら心服しないという事だから、他国人民の服従する筈はない。唯日本は国は小さいが、天子は天神の裔であって、開闢以来の神器を有したまい、千古一系の皇統して、全国人民が君臣の大義を紊さぬということは、いかにも珍しい御国柄だから、必ず証跡となる事があろうと思っていたが、今日始めて評説を聞いて大いに従来の望に合致する。此の事を欧米各国の人民が聞き伝えて知る事になったら、必ず貴国に服従する事となろう。

原文

世界万国いづれの民たりとも各其の身の幸福の欣ばぬものはあるまい、然るに、人生不幸中の最不幸は戦争である。それゆえ我輩学術政治に志す者は、常に世界に戦争の起らぬことを希望するのである。それには世界万国を統御する宗国を立て、志ある各国之を補佐し、互に国境人民を相侵さない一大憲法を制定し、若し、之に背く国があらば、他の諸国が挙って之を征するという事にならなければ、其の事は行われない。これに因って、世界各国を通観するに、何れも開闢以来の宝器をもっていない。そういう同等の国柄を立てて宗国としたとて、他国人民の服従すべきものでは無い。東洋諸国を顧るに、印度は古い国だけれど、今の形勢では話にならぬ。支那は大国だけれど、今の清国は自国の人民すら心服しないという事だから、他国人民の服従する筈はない。唯日本は国は小さいが、天子は天神の裔であって、開闢以来の神器を有したまい、千古一系の皇統して、全国人民が君臣の大義を紊さぬということは、いかにも珍しい御国柄だから、必ず証跡となる事があろうと思っていたが、今日始めて評説を聞いて大いに従来の望に合致する。此の事を欧米各国の人民が聞き伝えて知る事になったら、必ず貴国に服従する事となろう。

国文学者の山田孝雄がシュタインの発言を伝え直したものがあって田中智学が記したものと比較すると主旨が似通っていて認識のコンセプトも「世界万国を統御する宗国」が「世界の盟主」と特徴的に合致している。

田中智学が取り上げたシュタインの発言は恐らく偽物ではなく、自分の国体思想と重なる部分が多いから喜んで引用しただけなんだろう。それを流布するために自分以外の高名な学者の名前を博付けに利用する必要まではなかったのではないか。何れにしても彼の日本とは如何なる国ぞが国内で大変な人気作だったらしいので、シュタインの発言が人々に大きく知られる切欠になったことは確かだと思う。

シュタインの発言からアインシュタインの予言への移行

傘を差して歩く着物姿の女性

アインシュタインの予言が本人の言葉ではないとすると尋常ではないほどの親日家だったけれどもそんな印象を存分に与えると共に名前が良く似ていたシュタインの発言が人々を通じて自然に誤って伝えられた可能性が非常に高いと思う。

中澤英雄によるとかつて映画でそのままの題名のアインシュタインの豫言があったらしいので、するとシュタインの発言がアインシュタインの予言へ移行する一つの転換点になったかも知れない。

私は当初、智学版「シュタインの予言」がいつの間にか「アインシュタインの予言」に誤解されて広まったのだろう、と考えていた。ところが、私の調査が朝日新聞六月六日夕刊で紹介されたところ、フィルム・幻灯研究家の松本夏樹氏から驚くべき情報が寄せられた。一九三〇年代初めに「アインシュタインの豫言」と題された無声映画が制作されていたというのだ。その映画を拝見させてもらったところ、まさに例の「予言」が一種のSF映画に仕立て上げられているではないか。田中智学の本が出版されて間もないころに、何者かが意図的に「シュタイン」に「アイン」を付加し、アインシュタインの名前を国体意識発揚のために利用したのである。その背後にいかなる組織があったのかは、劣化の著しい映画からは読み取れなかったが、おそらく日本陸軍が関与していただろう、というのが目下の推測である。

昭和初期、日本は帝国主義による軍国化が進められていた。満州事変(1931)から日中戦争(1937~1945)や第二次世界大戦(1939~1945)へと向かって行く頃、それこそ田中智学の国体思想などが大きな影響力を振るう世相の中で、映画のアインシュタインの豫言が上映されていた。中澤英雄の「何者かが意図的に『シュタイン』に『アイン』を付加し、アインシュタインの名前を国体意識発揚のために利用したのである」と「おそらく日本陸軍が関与していただろう」という見方は信憑性が高そうだし、説得力がある。当時は様々なメディアが国威発揚に使われるのが当たり前だったし、絵や歌やなどの芸術全般、映画も含めて戦争を美化するような作品が非常に多かったわけだ。軍部が関与していたとしても決して珍しくない状況だったと感じる。

人々の中に明らかにアインシュタインの予言という言葉が与えられたし、その中身もシュタインの発言が置き換えられて今に伝えられもするはずの大きな切欠が1930年代にあったのは間違いない。

もしかしたらアインシュタインの予言は出典があって全ては本人の言葉ではないともかぎらないし、亡くなって訊くこともできないので、完全に偽物と断定するのは憚られるけど、しかし個人的にアインシュタインの認識からして本物ではないと考えたい。

就中、アインシュタインはスピノザ主義者だったので、僕も思想的な立場は同じだから気持ちは普通よりも良く分かるというか、民主主義を非常に大事にするはずだから――スピノザは国家論などで民主制を理想的な社会と捉えていた――天皇という民衆を超越したような存在をどんな理由でも崇めることは決してあり得ないに違いない。

訪日で「アインシュタインは天皇あるいは天皇制にはほとんど関心を示していない」(アルベルト・アインシュタインと日本)といわれるのも納得する。

そしてアインシュタインが尋常ではないほどの親日家なのは何よりも日本人と自然の結び付きに由来しているようだ。

けれども、人間同士の直接の体験が欠けたことを、芸術の印象が補ってくれました。日本では、他のどの国よりも豊潤に、また多様に印象づけてくれるのです。私がここで「芸術」と言うのは、芸術的な意向、またはそれに準じ、人間の手で絶えず創作しているありとあらゆるものを意味します。

この点、私はとうてい、驚きを隠せません。日本では、自然と人間は、一体化しているように見えます。…

この国に由来するすべてのものは、愛らしく、朗らかであり、自然を通じてあたえられたものと密接に結びついています。

かわいらしいのは、小さな緑の島々や、丘陵の景色、樹木、入念に分けられた小さな一区画、そしてもっとも入念に耕された田畑、とくにそのそばに建っている小さな家屋、そして最後に日本人みずからの言葉、その動作、その衣服、そして人びとが使用しているあらゆる家具等々。

アルバート・アインシュタインのアインシュタイン日本で相対論を語る(杉元賢治訳)

スピノザ主義者にとって自然は神(永遠無限の実体を完全に表現する無限に多くの事物/極めて壮大な宇宙)に他ならない。だから「日本では、自然と人間は、一体化しているように見えます」というのは素晴らしく有り難い気持ちが込められていると想像される。または旅先でまだ良く知らなければ少なくとも崇高な喜びの可能性を感じしていたかも知れない。

アインシュタインの予言は偽物だとする論証の一つに板垣良一(物理学史研究者)の「この言葉は、アインシュタインのものではないと断言できる。彼はキリスト教徒でもユダヤ教徒でもなく、『神』にこだわらない人だった。日記や文献を詳しく調べてきたが、彼が天皇制について述べた記録はない」(ネットで流行「アインシュタインの予言」、人違い?)があるけれども信条的にいうと現実に退けられたのは古来の天皇制のような土着信仰を含めた全ての「宗教」(霊感の対象)だろうからスピノザの「神」(理性の対象)だけは例外的に認められていたはずなんだ。

元来、日本の文化が自然と融合するような性格を帯びていてスピノザの汎神論的な世界観と引き合うものがある。スピノザ主義者のアインシュタインは良く分かっていために日本への愛着を他のどんな国よりも抱かなかったとはかぎらない。するとやはりアインシュタインの予言は偽物だといわざるを得ないだろう。民主主義の見地からは一部の人、また卓越的な存在が社会的に特別視される天皇制を称えるはずはなく、世界平和もアジアの日本人が主導するよりは人それぞれがあるゆる国や地域から達成するべきだと考えるのが速やかだ。

関連:アインシュタインの蜜蜂と人間に関する言葉は最初はメーテルリンクの蜜蜂の生活から名前だけ変えて伝えられたようだ

参考:時は戦前。来日したアインシュタインを感動させた神秘の国ニッポン ラフカディオ・ハーン(小泉八雲):研ぎ澄まされた五感で日本文化の本質を捉えた作家 アインシュタイン博士の来日と日本人物理学者 今月の本棚2006年版 アインシュタインの予言

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