ラドヤード・キップリングの鯨はどうやって喉を得たかの日本語訳
イギリスの作家、小説家で詩人のラドヤード・キップリングの童話集その通り物語(1902)の収録作品の鯨はどうやって喉を得たかの日本語訳を行った。
作品の出典
- How the Whale Got His Throat by Rudyard Kipling/ラドヤード・キップリングの鯨はどうやって喉を得たか
- 原文:Wikisource(作品集)
- 朗読:LibriVox(レイナード・T・フォックス)
両方ともパブリックドメイン(著作権なし)だから無料で自由に使って構わない。
日本語の訳文

海に、昔々、おぅ、最高に愛しい者よ、鯨がいて魚を食べた。人手とガーフィッシュや蟹と真子鰈やヨーロッパ角鰈とデイスや雁木鱝と自分の仲間や鯖と若い川魳や本当に真実にくねくねの鰻を食べた。海中に見付かるどんな魚でも彼はパクリと食べた――そう! ついに只一匹の小さな魚が海中に残されるまで、彼は小さな明敏な魚で、鯨の右耳の少し後ろを泳いでいた、危害を加えないために。そのとき、鯨は尾で立ち上がると「腹が減ったな」といった。すると小さな明敏な魚は「気高くも気前良い鯨類よ、かつて人を味わったことがあるか?」と小さな明敏な声でいった。
「否」といった鯨。「どんなものか?」。
「素敵」といった小さな明敏な魚。「もさもさながら素敵」。
「ならば何人か連れて来い」といった鯨、すると海をその尾で泡立てた。
「一人だけで十分だよ」といった小さな明敏な魚。「もしも北緯五十西経四十へ泳げば(摩訶不思議と)筏の〈上〉は海の真ん〈中〉に座るままの一本の青い粗布ズボンと一本のズボン吊り(ズボン吊り、最高に愛しい物を忘れてはなら〈ない〉ぞ)とジャックナイフだけの無類の知恵者といって差し支えない一人の難破した船乗りを見付けるだろう」。
そこで鯨は北緯五十西経四十へ泳ぎに泳いでできるだけ速く泳いだ、そして筏の〈上〉は海の真ん〈中〉に着るのは一本の青い粗布ズボンと一本のズボン吊り(取り分けズボン吊り、最高に愛しい物を思い出さなくてはならないぞ)ばかり〈と〉ジャックナイフ〈で〉、一人きりの裏寂しく難破した船乗りが水にその爪先を引き摺るのを見付けた。(彼はママの許しを得て漕いだのだった、さもなければ決してやらなかっただろうが、無類の知恵者だからだった)。
そのとき、鯨は己の口を大きくあんぐりと開けると尾にくっ付きそうだった、すると難破した船乗りと乗っている筏とその粗布ズボンと(忘れ〈てはなら〉ない)ズボン吊りとジャックナイフ一つを飲み込んだ――彼はそれら全てを己の温かく暗い貯蔵庫の内側に飲み下した、そうしてペロリと平らげた――そう、すると己の尾で、三回、回った。
しかし船乗り、無類の知恵者は鯨の内側の温かく暗い貯蔵庫の内側の自分に真実に気付くや否やドシンと踏んで跳んでガツンと打ってボカンと突いた、そして跳ね回って小躍りした、するとドタンと発してガーンと鳴らした、しかも殴って噛んだ、さらに跳んで這った、または歩き回って喚いた、そしてひょいと跳ぶと倒れた、すると叫んで溜め息を吐いた、しかも腹這ってワーワー泣いた、さらに進んで跳んだんだ、またはしないはずのホーンパイプを踊った、もはや鯨は全く何よりも嬉しくないと感じた(ズボン吊りは忘れて〈しまった〉かな?)。
なので彼は「この人は非常にもさもさで、しかもしゃっくりを起こさせられる。どうするのか?」と明敏な魚にいった。
「出て来るようにいいな」といった明敏な魚。
なので鯨は自身の喉の奥へ「出て行て行儀良くしろ、しゃっくりが出てしまう」と難破した船乗りへ告げた。
「しない、しない!」といった船乗り、「そうはしない、ただ他の方法もない。生まれ故郷の海岸とアルビオンの白い崖へ連れて行けばそのことを考えよう」。すると彼は今まで以上に踊り始めた。
「帰してやった方が良い」と鯨にいった明敏な魚。「彼は無類の知恵者だと注意しておいたはずだ」。
そこで鯨は泳ぎに泳いで泳いだ、己の足鰭と尾で、しゃっくりのためにできるだけ激しく;そしてついに船乗りの生まれ故郷の海岸とアルビオンの白い崖が見えた、すると岸辺の中程に突進して口を大きく大きく大きく開けて「ここでウィンチェスター、アシュエロ、ナシュア、キーン、〈フィッチ〉バーグ通りの駅に乗り換えろ」といった;すると「フィッチ」といったと同時に船乗りがその口から歩き出た。ただし鯨が泳いで来ていた間に船乗り、全くの無類の知恵の人物はジャックナイフを取りながら筏を総じて十文字に走る小さな四角い格子に切り刻んでズボン吊り(今やなぜズボン吊りを忘れてはならなかったかが分かるぞ)で固く縛っており、もはやその格子を上手く、鯨の喉へとしっかり引っ張るとそこに留められるのだった! それから彼は以下のシュロウカを朗唱したが、誰も聞いたことがなかったようで、次いで説明することにしよう――
格子を用いて
食べんのを止めた。
船乗りのために彼はアイル・ランド・人でもあった。そして浜砂利へ踏み出すと母親、水に己の爪先を引き摺るべき許しを与えた者へ帰った;そして彼は結婚してその後はずっと幸せに暮らした。鯨もそうだった。ただしあの日から喉の咳き込むことも飲み下すこともできない格子で、とてもとても小さな魚以外は何も食べられなくなった;つまりそうしたわけで、鯨は今日でも人や少年や幼い少女を食べることはない。
小さな明敏な魚は去って赤道の敷居の下の泥の中に身を隠した。鯨が自分に怒るかも知れないと恐れるのだった。
水夫はジャックナイフを持ち帰った。浜砂利へアルキ出たときに青い粗布ズボンを履いていた。ズボン吊りは取り残された、そうさ、格子を縛るために;そしてそれが〈そうした〉物語の結末だ。
客室の丸窓が暗く緑になるとき
外側の海のために;
船がうわんと(小刻みに揺れ)行き
船室係が滑り始めるとき;
看護師がどさりと床に横たわって
ママから眠らせるように頼まれて
起こされも洗われも着せられもしないとき
おや、もはや分かるだろう(見当が付かずとも)
いるのは「北五十西四十!」だと。
コメント