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騒音おばさんが近隣トラブルの救世主として期待できない理由

二十年近く前、近隣トラブルで意図的に酷く布団を叩いたり、音楽をかけたり、文句をいったりする人が見付かって、連日、テレビで取り上げられて騒音おばさんと呼ばれて大きな話題になった。

2005年に嫌がらせの騒音で相手の近隣住民に頭痛や不眠症や耳鳴りを引き起こした傷害罪で逮捕・起訴された。奈良騒音傷害事件で犯人の河原美代子、騒音おばさんは2007年に最高裁で敗訴が確定して一年八ヵ月の懲役に服した。

その他にも二百万の損害賠償をいい渡される民事裁判の判決も受けた。

引っ越し引っ越しさっさと引っ越しシバくぞ

蛙が怒って布団を叩いている

騒音おばさんは引っ越しおばさんとも呼ばれて大音量の音楽に合わせて布団を叩いたり、文句をいったりして最も印象強いフレーズとして「引っ越し引っ越しさっさと引っ越しシバくぞ」があった。自分こそ嫌がらせを受けたとして近隣住民を追い出すために叫んでいて物凄い形相と声の大きさと激しい布団叩きから正しく象徴的に伝えられる場面だった。

当時、テレビで観ながら異様なまでに近隣住民と戦う姿が人として危ないけれども世の中のどうにもならない近隣トラブルに参っている人々のための救世主みたいな感じも抱かされた。どちらが正しいかは判然としなかった。もしも騒音おばさんがさほど悪くなくて専ら被害者の立場ならば断乎として屈しない気持ちは社会的に期待せずにいられないだろう。騒音おばさんの得意のフレーズも《近隣トラブルに負けるな》と勇気付けられて笑わずにいられなくなる。ただし同じような人はかつて見聞きしなかったし、余りに凄過ぎてあり得ないと全く思わないわけには行かなかった。

僕も騒音で悩まされたことは何回かあって考えると相手は迷惑行為を配慮してない状態が一般的ではないか。およそ現実は被害者が完全に攻められて加害者が完全に攻めると捉えて良いのが近隣トラブルみたいだ。

すると騒音おばさんは怪しい。近隣トラブルの被害者は相手に気を遣っていることが非常に多くて身近な争いを嫌がって避けたがる気持ちがとても大きいわけならば何年も、毎日、朝から晩まで反撃するのはそれこそあり得ないのではないだろうか。元々、迷惑を省みず、近隣住民と敵対しても構わないような人が気に入らないことで反感を抱いてやっている可能性が出て来る。

騒音おばさんは本当は加害者の面が強かった

立った蛙が背を向けて怒っている

久々に思い出して調べたら最初は騒音おばさんが被害者という情報が多くてびっくりした。本当ならば構わないけれどもおよそ相手が宗教団体の信者で勧誘して来たのを断ってから嫌がらせが始まって厳しく反撃せざるを得なくなったとされる。胡散臭い。僕もその他の宗教団体の信者に勧誘されたことがあったけれども断った後で特に何もなかった。どちらも、結構、大きなところだから無理に信者を増やす必要に迫られてないのは似ているのではないか。聞いて道理が合わないと訝った。

それから【実話】騒音おばさん事件の真相騒音おばさんの情報を見付けてやはり騒音おばさんは近隣トラブルの被害者としてはあり得ないくらい迷惑をかけているという結論を得た。

騒音おばさんを被害者とする宗教団体に狙われたなどの噂は2ちゃんねるの書き込みから来ているらしい。

しかしながら、被害者側が創価学会の関係者であったという話の根拠はなく。2chで被害者が創価だという情報があるという曖昧な書き込みが勝手に真実という前提で広まったようであるが、そもそも平群町には創価学会や公明党の組織などはないし、学会員が多いという事実もない。

また当時の2chの背景として、悪の秘密結社のごとく何かと創価学会を黒幕に陰謀を唱えるのが流行っており。何かにつけては創価学会が裏で糸を引いておりマスコミがそれを隠蔽しているという風潮がこの件のみならずあちこちで見られた。

その後、フリー素材としての騒音おばさん人気と、2chでの創価やマスコミ嫌いからこの都市伝説はあちこちに拡散され、根拠が曖昧なままネット上の真実として広まった。しかしながら、事実として確認できるのは、騒音おばさんが自分も被害を受けていたと主張している点のみであり。被害者側が創価学会の関係者であるという話は、ネット上で尾ひれがつけられた情報である。

裁判で勝訴した被害者は町に住んでいられず、騒音おばさんが良く叫んだように引っ越したとされるけれども原因はインターネットの噂で加害者と見做されて他の住民から嫌がらせを受けことだったようだ。

折角、争いが終わりを迎えそうなところで、悲しい結末になってじっている。

河原美代子の奈良騒音傷害事件の真相について

兎が「勝訴」と書かれた紙を掲げている

騒音おばさんは現場の住所に引っ越した直後から近隣トラブルを起こしていた。詳細は不明ながらそのときも裁判となった、しかし騒音おばさんが勝訴して相手が引っ越したらしい。味を占めたのか、引っ越した相手の隣の家と次に争うことになり、最終的に奈良騒音傷害事件が起きてしまった。

全ての切欠は被害者(夫婦)によると自分の家の前に無断駐車されていた騒音おばさんの車に被害者の子供がボールを打つけたことにある。いい換えると騒音おばさんの迷惑行為のせいだ。車が無断駐車されなければ子供がボールを打つけることはなかった。このときは被害者が謝って何もなかったけれども暫くすると朝の煩い布団叩きが始まった。被害者が堪り兼ねて注意しに行くと騒音おばさんは少しも悪びれず、謝らないどころか反感を抱きさえもして明らかに敵対するようになった。

2000年に被害者への誹謗中傷による名誉毀損罪で逮捕されたけれども起訴されず、暫くの勾留の後に自宅に戻って来てから腹癒せのためか、争いはさらに悪化して大音量の音楽を、四六時中、かけるなどの普通では考えられない騒音を出すようになった。

騒音おばさんの心理を考えると無断駐車で近所迷惑を考えないというか、たとえ考えても常識的に良く分からず、やらかしてしまう性格だろうから何かあれば自分が悪くないことを示すためにもっと勝手な態度を多く取りたくなるのかも知れない。

対処するのは難しいけれども近所迷惑に疎い人に迷惑行為を止めさせようと注意すると却って自己防衛から反対の言動に向かわれる可能性があるわけで、さらに拗れて敵対心を持たれると騒音おばさんを見るかぎり、他の人たちを味方に付けるような世間的な正当化を企てたりしながら一層と自分勝手な迷惑行為を増やすことにもなり兼ねないと分かる。

被告人は,約1年半もの長期間にわたって,連日連夜,朝から深夜まで大音量でラジオの音声を流したり,目覚まし時計のアラーム音を鳴らすといった騒音を発し続け,警察から止めるように何度も警告を受け,ラジオや目覚まし時計を押収されても犯行を継続していたのであり,その犯行態様は非常に陰湿かつ執拗といわなければならない。のみならず,被害者は長期間にわたって被告人の発する騒音に思い悩まされた挙げ句,回復の見込みが不明の慢性頭痛症,睡眠障害,耳鳴り症の傷害を負うに至っており,本件犯行の結果も重い。そして,被告人は,かねて被害者らとの間で確執があり,名誉毀損罪で刑事告訴され逮捕勾留されたことから,一方的に悪感情を抱き,被害者らへの嫌がらせのため本件犯行に及んだもので,その短絡的かつ身勝手な動機に酌量の余地は全くない。しかるに,被告人は,不合理極まりない弁解に終始し,犯意を否認する等して自己の行為を正当化することに汲々とし,反省の態度が全く認められないのであって,被告人のこのような態度を目の当たりにした被害者が今なお被告人に対して厳重処罰を望んでいるのも当然というべきである。

奈良騒音傷害事件/裁判判例結果一覧|裁判所

騒音おばさんの真実、すなわち河原美代子の奈良騒音傷害事件の真相は裁判所の裁定に略一致しているようだ。インターネットの噂に含まれる宗教団体の話などはやはり裁判記録に全く出て来ないし、自分こそ嫌がらせを受けたという反論も「不合理極まりない弁解」と却下されてしまっている。事件の核心は「一方的に悪感情を抱き,被害者らへの嫌がらせのため本件犯行に及んだもの」とされる部分で、無断駐車の一件から名誉毀損の逮捕を経て近隣トラブルを必要以上に大事にした身勝手さが何よりも挙げられる。被害者の落ち度は普通に考えて少ないし、大変な騒音で被った悲しみに見合うほどの反撃をした事実はなかった。

世の中で近隣トラブルに悩んでいる人からすると徹底的に立ち向かう騒音おばさんの姿はどこか希望を抱かせるし、救世主のように感じさせられさえもする。悪いと分かっていても命を奪われるほどの脅威が近隣住民の騒音などにあるかぎり、実際に殺人事件まで起きるわけで、何とかなると少しでも期待させてくれるのは有り難いという他はない。

そうした意味で、英雄視されて音楽や絵の素材に使われたりするのは思わず、笑ってしまうし、非常に面白いと感じる。

ただし本人は決して近隣トラブルの被害者そのものではなく、反対に加害者の面が強いという事実、むしろ人々に悩みを増やす存在という現実を取り零すのは良くないから注意したい。

自分が求める世界の敵を崇めても仕様がない。騒音おばさんがどんなに凄くても自分勝手に反撃する世間的に酷い気持ちに支えられた迷惑な存在を喜んでしまうのは本末転倒だろう。誤った見方で不幸に向かうのは避けるべきだ。

結局、同じようにやり過ぎたり、大変な問題に巻き込まれながら見境がなくなって罪を犯したりしないための反面教師、または人生の戒めとして捉えるのが正しいと考える。

参考:奈良平群町の「騒音おばさん」に判決(2006年04月21日)騒音による傷害罪

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