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好きで離れて又好きだったcapsuleを2008年のmore more moreで最高潮に懐かしむ

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capsuleは今では大文字のCAPSULEに改名したけれどもプロデューサーの中田ヤスタカとボーカルのこしじまとしこの二人組の音楽ユニットなんだ。 CAPSULE こしじまとしこさん(@oookoshiooo)がシェアした投稿 - 2017年12月月29日午前5時07分PST 2001年にさくらでデビューして、偶々、テレビの音楽番組でPVを観ていて気を引かれて二曲目の花火で物凄く引き付けられて三曲目の東京喫茶で完全にのめり込んだ経験がある。最初のシングル三曲が収録されたファーストアルバムのハイカラ・ガールは発売されると同時に購入せずにはいられなくて本当に良く聴いていたんだ。感想として聴きたい曲をやってくれている気持ちが非常に大きくて音楽はcapsuleで終わりなのかと考えるくらい魅了され捲っていた。以降、アルバムが発売されるのがいつも待望で、直ぐに飛び付くように買って聴いていて二作目のCUT…

普段の自分らしさをブログでも実生活と同じように分かり易く伝えたい

ブログの記事が他のサイトからリンクを偶に貰っていて最も多いのはFacebookへの共有なんだ。すると何よりもFacebookの利用者に好かれるブログになっていると分かる。僕は使ってないけれどもFacebookは実名でやるのが一般的みたいだから真面目な人が多いというか、ネットとリアルを切り分けず、ありのままに使われていて比較的に本心が強めに出されているように感じる。Facebookで好かれるのは実生活が反映し易いとすると個人的に面白い。実生活では僕は人気が一つもないわけではない。癒し系男子と呼ばれたり、皆は普通に仲良くしてくれる場合もあるんだ。ブログを、一年以上、続けて記事にコメントが殆ど付かないのもあり得ないかも知れないし、余りにかけ離れ過ぎる人当たりは悩ましい。考えると笑顔が伝わらないのが最大の原因だし、しかもブログでは人々へ寡黙なままの他愛もない受け答えだけで済ませるわけには行かない…

マイケル・ジャクソンのThrillerに察するブルック・シールズの王子様で女性に良く持てる面白くて優しい男性のイメージ

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マイケル・ジャクソンが主治医の医療ミスという不慮の死を遂げた際の別れのセレモニーで身近な知り合いの一人のブルック・シールズがいつも王子様だったみたいに親身に回想していた。彼は王様のように良くいわれますが、私がいつも知るマイケルという人は殆どが星の王子さまでした。今、思うとその本の一節、「この眠っている王子に私がとても心を動かされるのは花への忠誠です。眠っているときでさえもランプの火のような彼の目映い薔薇のイメージ。そうして私は思った以上にさらに彼はか弱いと認めました。ランプは守られなければなりません。一陣の風に吹き消されるのです」を共有したいです。Brooke Shields: Michael Jackson Memorial via CNN.com(訳出)聞いてイメージが一変したというか、童話の星の王子さま(サン=テグジュペリ)はおよそ詩的な存在/詩人の魂にせよ、世間的にいって本当は女…

谷川俊太郎の33の質問と非常に興味深い自己確認の詩としての回答

谷川俊太郎(詩人)の対談集に谷川俊太郎の33の質問という本があって何人かの友人へ同じ質問を寄せながら作成されていた。どんな内容なのかと知ると自分一人で回答しても面白そうだと実際にやってみたくなってしまうんだ。谷川俊太郎の33の質問のリスト金、銀、鉄、アルミニウムのうち、もっとも好きなものはどれですか?自信を持って扱える道具をひとつあげて下さい。女の顔と乳房のどちらにより強くエロチシズムを感じますか?(女の方であれば、男の顔と身体。)アイウエオといろはの、どちらが好きですか?いま一番自分に問うてみたい問は、どんな問いですか?酔いざめの水以上に美味な酒を飲んだことがありますか?前世があるとしたら、自分は何だったと思いますか?草原、砂漠、岬、広場、洞窟、川岸、海辺、森、氷河、沼、村はずれ、島、何処が一番落ち着きそうですか?白という言葉からの連想をいくつか話して下さいませんか?好きな匂いを一つ二…

花々のマクロ撮影は世界が変わる瞬間を色鮮やかに写真に残せるのが嬉しい

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マクロ撮影はどんな被写体でも世界が変わる瞬間を写真に残せるのが面白いと思うけれども取り分け花々だと色鮮やかに仕上がるから今正に見方が新しく生み出されていると求められるリアリティーが増して来るようでいつも嬉しい気持ちが大きい。ミラーレス一眼カメラのα5100にさらに等倍マクロレンズのTouit 2.8/58Mを購入して以来、写真のマクロ撮影の作例がどんどん増えて行くばかりだ。最初は世界が変わる瞬間に怖がっていたかも知れない。被写体を傷付けるのではないかと一つの慣れ親しんだ見方の崩壊、または逸脱に心を僅かにも苛まれずにいなかったような感じがする。しかし常日頃のイメージだけが正しいわけでは決してないはずだし、写真のマクロ撮影は被写体に隠された新しい真実をはっきり引き出せるところが良いんだと考えるほどに積極的に取り組めるようになった。とはいえ、実際に取り組んでみるとマクロ撮影によって被写体への一…

SomeoneやPersonなどで一人分の性別なしの人称代名詞には単数扱いの三人称複数形のSingular theyが使える

中学生から英語を学び始めて三十年以上も経って物凄く基本的な事柄に気付いた感じがする。SomeoneやPersonなどで一人分の性別なしの人称代名詞はどうするのか。本当に初めて気付いた問いかけだし、英語を考えながらかつて思いも寄らなかったんだ。三人称の人称代名詞は単数形だと「he」か「she」と性別が分かれてしまっている。人間として性別なしに捉えるのは英語では難しい。というか、日本語でも思い当たらないのは同じだけど、相応しい単語がないんだ。物体ならば「it」で済んでしまうような文章が単数形の人称代名詞については得られなかった。昔は「he」が性別なしの人間としても使われていた。人間そのものが「man」と呼ばれていたのと感覚は同じだ。どちらも性別は男性ながら人間も捉えていた。しかし女性差別の英語として時代と共に避けられ出した。男性が人間そのものを捉える言葉遣いが当たり前ならば人間そのもののイメ…

白詰草の花言葉のイメージは乙女心の恋物語が微笑ましい

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公園の片隅に白詰草が良く咲いていて驚いた。大きな集落を見たいと以前からずっと思っていた。自作詩のCloverのせいだから十年以上も経った。敢えて探しはしてなかったにせよ、待ち望んでいた気持ちは嬉しかったし、白詰草の大きな集落は素晴らしい出会いなのは間違いない。白詰草の花言葉はとても可愛いらしい私を思って約束乙女心を如実に思わせる。聞くや恋物語を彷彿とさせて微笑ましいかぎりだろう。どちらも慕わしさが溢れている。二人の世界が相思相愛ならばいうことはないのではないか。恋が人を詩人に変えるとしたら透き通った言葉しか出て来ないし、受け取らないはずで、情感は沈黙にかぎりなく近付く。穏やかな日々と思いの清らかさという緑と白から白詰草を、常々、感じるんだ。花言葉も同じならば心から見出だされる詩情に相応しい。四つ葉のクローバーだと白詰草の花言葉に「幸運」や「私のものになって」が付け加わる。花の色が赤や紫で…

見納めの鈴蘭の花へ耽る感慨と止められないくらい引き付けられる写真撮影での最も興味深いところ

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先週から雨が多くて満開だった鈴蘭の集落はどうなったかと確かめに行ったら枯れかけながら汚れているのが大半だった。色艶は落ちて姿形も崩れる。鈴蘭を理想的に写真に残すには咲いて直ぐの状態がやはりピカピカで丸っこくて良い。他の花でも同じだけれども鈴蘭だと分かり易い感じがする。白一色で花弁の動きが少ないので、イメージのちょっとした変化でも気に留まるせいだ。辺りには雑草も増えて写真撮影は苦しいし、暖かくて蚊が出て来て刺されながらなのも厄介だったけれども今年はもはや見納めの鈴蘭だと思う。そして感慨に耽る。気に入った花を失うというのは失恋にも近い。心の整理が必要ではないか。逃れるのも容易ではない悲しみに普段よりも多く包まれているようだ。来年までの別れならば貧困生活に打ち勝てるかどうかが僕には問われる。鈴蘭はきっと咲くはずだ。振り返ると写真撮影が上達したのが嬉しかった。今年は去年よりも失敗作が明らかに少な…

平和の原理/抽象力を有する人間性/論法そのもの

思い付いただけで大革命が起きている。人間性の中心に火山が著しく噴火しているせいだ。しかしマグマ大使の出番はなかった。驚きがキラウエア火山へ向けられていたためか、日本人には富士山よりも身近ではなかったし、または大革命が学校の授業ならば先生も話題を逸らしているに過ぎない。笑った生徒は疎らだったけど、とにかく良く聞いて欲しい。全員、もしも出て行かせるつもりならば多めに触れていたはずの金色の巨人に悔やんでは僕はいない。分析できたと今現在はイメージに満足している、却って。抽象性が手に入った気持ちは確かだ。まるで白玉団子が薄く平らに伸ばされるように世界へ染み透る知識ではないか。平和を呼んでいる感じがする。まだ起きているならば大革命も本当に静かなかぎり、原理的な仕方だったに違いない。かりにも驚きへは慣れて来たという一言で通り過ぎるわけには行かなさそうだから探し求めずにはいられない、明日、死に絶えるとし…

書行による作家のための思考と存在証明

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書くことがない。ということを書く。やはりない、書くことが。
終わったと書く。書いてみる。書くことが終わった。まだ終わらない気分の中で始まった始まりを終わらせるかどうかに悩みながら書いている。書けた。ということは書けるんだ。
嬉しい、書けると。辛かった、書けなくて。なぜなのかは書きたかったためなんだろう。書かなくてはならなくて書くことがないと辛いんだ。
分かった。書くことがなくて書かなくてはならない場合には書くと良い。只々、書いて行く。どうして書けなかったのに書けるのか。
書くことがないのに書くためには行くしかない、書いて。
思考ではないのではないか。確かに思考だ、書きながら寄り添っているのは。思考がなければどうして書いていられるだろうか。無理だ、書き続けるなんて書いて行くのも。
書いて行くためには思考のそばで書き続けるか、少なくとも書く。書くと生まれるんだ、書けるような力が湧き出して暫くして嬉しいと…

ティツィアーノの本当は禁じられた美しさ

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ティツィアーノのフローラは数多くの画家に模写されていて後世に絶大な影響を与えたと知って俄然と見てみたくなったし、なぜなのかが気になって仕様がない感じがしてしまった。
Flora by Titian [Public domain], via Wikimedia Commons
目を引くのは何よりも肌の風合いだろう。細かい凹凸があるようではないか。自然の光を取り込んで色彩が千変万化する印象を与える。砂漠を想像させる美しさを宿しているし、特有の詩情を湛えた色塗りだ。風に吹かれながら表情を絶えず、変化させながら形を織り成している砂の魅力が心地良い。
柔らかさが絶妙で、それに合わせて輪郭線が引かれているようだけど、輪郭線の風合いはただし固いからイメージのバランスが取れているかどうか、芸術性については世の中で評価が真っ二つに分かれるだろう。
ミケランジェロがティツィアーノのアトリエを訪れて色塗りは絶賛したも…

フェルメールの光り輝く親密さのイメージ

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青年期、雑誌で初めてフェルメールの絵を見て余りの目映さに美しさの驚異を感じた。それ自体が光を放つように仕上げられているフェルメールの絵という印象を直ちに抱いた。電球が入っていて内側から照らされているような気持ちさえもしたので、異例中の異例の芸術作品ではないか、僕にとってフェルメールというと出会いの素晴らしさと切り放せなくなってしまっている。
それからしかし分かったのはメディアによって相当に違う、表示されているフェルメールの絵の質感が。
好きだと気に入って本屋で画集を開いてみたら望むべき光のひの字もなさそうだと確かめるように瞬いては狼狽えたし、これも初めての発見だったかも知れないけれどもあからさまにはまさか絵は実物で見るのと写真では違うんだろうと僕は写真でしかフェルメールの絵を見てないにせよ、思い知らされずにはなかった。
The lacemaker by Johannes Vermeer [Pu…

ヴェラスケスのラス・メニーナスの受け留め切れなかった芸術的な衝撃へ

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謎多い絵として真っ先に思い浮かぶヴェラスケスのラス・メニーナス(女官たち)は画面全体が不思議な構成に覆われている。描かれた主要な人物たちが部屋の天井から押し潰されたように感じさせるとしたらゴッホの烏のいる麦畑の大変な空の様子と同じくらい悩ましくも美しいかぎりだから作風は天才的だとも過言ではないだろう。
ただし比べてみればヴェラスケスのラス・メニーナスが翻って愛するほどに優しく味わわれてしまうのも構図というスタイルだけに止まりそうなので、絵よりは芸術として概略的に捉えるべき認識が正しいのではないか、考え出すと印象はちょっと薄いようだし、デザインこそ特徴的に個性的に認められる。
分かり易いはずだし、ゴッホの烏のいる麦畑のように全ての対象が《圧縮された詩情》と共に展開された正に自然な構図ではないから理解するために例えばランボーのイルミナシオンを参照しながら超言語的に解読するような手間は省かれてしま…

ハシビロコウはじっとして動かずに活かす

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中央アフリカの東寄りの南スーダンやザンビアに主に生息するらしい大型の鳥で、ハシビロコウが気に入ってしまった。
Balaeniceps rex at Walsrode Bird Park, Germany by Olaf Oliviero Riemer [CC BY-SA 3.0], via Wikimedia Commons
日がな一日、水辺に立ち尽くして獲物の魚を自らの気配を消しながら待ち構えるというふうに過ごしている。
個人的に動物の写真を撮るのと同じだから面白い。静止して自らの気配を消さないと動物は逃げ易い。昆虫や魚が多いけれども人に慣れてない動物を近付いて写真に収めるにはカメラ以外の知識が強く求められるわけだ。
ハシビロコウに親近感を覚えるのは何よりも姿形が人間と被っているせいだけれども体長が1m以上にも及ぶ。最長で1.5mくらいまで成長するようだから子供か、小柄の大人に等しいわけで、体…

ショパンの幻想即興曲が生前に発表されなかった理由

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ショパンの作曲した音楽で最も印象深い作品の一つが幻想即興曲(即興曲第四番)だと思う。
Cyprien Katsaris - Chopin: Fantaisie-impromptu in C sharp minor, OP. 66 via Cyprien Katsaris
僕は大好きなんだけれども他でも聴かれることがある。アニメのタッチで上杉克也が浅草南への思いを抱えながら先ずは最強の恋敵と見做される上杉達也に知らせた後で部屋で一人でかけていた。または荒川静香が金メダルを取ったトリノオリンピックの女子フィギュアスケートのショートプログラムで使っていた(管弦楽版)ものの直前までフリープログラムで気に入っていたから落ち着くみたいな形になっていた。どちらも人生を賭けた貴重な場面だったと思うし、心の支えにも近いという音楽と共に気に入ってしまわずにはいられない物語で、やはり印象深かった。
ショパンの幻想即…

クレーの理解者は対象を持たない自我が面白い

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一目で面白い構図と色使い、そしてタッチを感じてパーフェクトな芸術作品だし、絵だと唸らされた。
One who understands by Paul Klee [Public domain], via The Metropolitan Museum
クレーの理解者という。どう考えれば良いのかだけが物凄く分からなくてまるで挑戦状を叩き付けられたようだった、永遠の詩人の胸に。事物の本質を認識する僕に時間に換算すれば二三秒でも手も足も出ないと思わせたクレーに先ずは称賛を送っておきたいと思う。
断っておけば僕は何もかも知りたいわけではない。知りたいのに分からない生活が最も腹立たしい。クレーの理解者には良さがあるのではないか。面白いのは確かだけれども感性ではなくて思考において本当に見るべき世界が秘め隠されてしまっている絵だとすれば非常に歯痒い気持ちがしたわけだった。それこそ見たいし、クレーだけが独り占め…

ラガーフェルドというシャネルのデザイナー

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二十年以上もやっていて非常に長いと思うシャネルのデザイナーのラガーフェルドなんだけれども男性なのが最初は驚いた。シャネルは女性なので、そうしたファッションブランドを引き継いで後から表現するデザイナーも女性でなければならないわけではなかったと思う。たぶんシャネルにかぎって違和感が生じたのかも知れなかった、僕にしてみれば。
女性向けのファッションそのものならば男性のデザイナーでは物足りないみたいに受け留められてしまったわけで、ファッションブランドの会社としてもシャネルはラガーフェルドを起用しながら何をやっているのかが訝られてならななかった。
日常の素朴な疑問だし、強いて考えもせずに過ごして来て何の支障もなかったようにせよ、知ってみると少しでも気持ちが晴れて雪解けの春というか、人生の幸せが得られるのも確かなので、どんなに些細でも放り出すよりは面白いだろう、好奇心も満たされるし。
シャネルの新しいイメ…

スマートブログへのデザイン三ヵ条

些細な日常のウェブバージョンで考え通りのデザインがついに掴めた。というのは画像を元のサイズでカラム一杯まで合わせることができるようになったためなんだ。
やればできるというか、BloggerはデフォルトのCSSで勝手にデザインが付けられるからそれを踏まえながら変更しないと駄目だったし、一般的な方法だけではサイト作成も追い付かなかったと思う。
さらに文字サイズも調節してブログ全体がスマートになったと驚いた、咄嗟に。ウェブバージョンは画面一杯ではないし、しかも二列だからほっそり受け留められるせいではないか。纏まりが加わってスマートブログという印象を与え出した。
気に入ったので、どうすれば実際に可能だったのか、纏まりによってブログをスマートに生み出し得る具体策を明らかにしておきたいと思う。
見出しがちゃんと目立つコンテンツが整理されている端々の位置が揃っている
最初に本文の文字サイズを大きめに変えていだけ…

日常の些細な出来事に触れる幸せの味わいは小さいというイメージが欠かせない

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誰にでも分かる些細な日常というと他でもなく、小さな幸せの味わいではないか。
永遠の詩人として本質的な認識に基づく命の尊さを伝え届けくてはならないと考えるけれどもアクセスアップのためには誰にでも分かる些細な日常のイメージも大事にするべきだろう。
小さな幸せの味わいをどこまで膨らませられるか。
考えると面白い。驚き捲りの人みたいになるしかなさそうな僕で、何かに触れては凄いとか素晴らしいなんて命が幾つあっても足りないほどの形相で日々を過ごしている。飛び上がり過ぎず、傍目にも親しみ易く映るならば些細な日常のブログとしての人気も増して来ないともかぎらない。
ある意味、それが薄いから常連も付き難いのではないか。
誰かが来て些細な日常に違和感を持たれては不味い。思ったのと違うとなると気持ちが離れてしまい兼ねない。小さな幸せの味わいがちゃんとあれば逆に引き付けられるわけで、見過ごせないどころか、注目してさえも決し…

最も印象に残るプロレスラーだった超獸のブルーザー・ブロディ

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強そうに見えて意外と弱いというか、ブルーザー・ブロディが大の気に入りのプロレスラーだったけれども最も印象に残るのは応援せずにはいられなかったためだと思うし、試合が場外乱闘の末のリングアウト負けなどがいつも多くてちゃんと決着しないのが歯痒かった。
Bruiser Brody vs. Terry Gordy: Sept. 9, 1983 via WWE
調べて初めて知って驚いたのは好き嫌いの激しい人柄だったらしい。それが死因にも繋がってしまったみたいだ。刃物で刺殺されたけれども犯人もプロレスラーで、喧嘩が元だった。嫌いな人間には決して心を許さないどころか、食ってかかりさえもしていたブルーザー・ブロディとするとイメージ通りの超獸(キングコング)だったのではないか。
最も印象に残るのと同じようにこれも何か強そうに見えて意外と弱いというか、一刺しの刃物であっさり亡くなってしまうよりは超獸として跳ね返して…