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死に損いブロガー:ブログのアクセスが落ち込み続けてやる気がなくなっても

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今年の夏、八月にGoogle検索からブログのアクセスが、約一年半前の開設( 有料の独自ドメインに変更した のは半年程前)以来、最高に伸びて一日三百人も見えて来てとても喜んでいたのに翌月からかつてないくらいアクセスが落ちて翌々月もさらに酷くなって今月は一日百人を得るのもやっとで、やる気がなくなって記事を作成して更新するのが物凄く大変になってしまっている。 検索パフォーマンス via Search Console Googleの検索アルゴリズムがたぶん大きく変わったのかも知れないけれどもアクセスアップのためにブログのSEO(検索エンジン最適化)対策を色々と幾つも試してもどうにもならずに二ヵ月以上を苦しみ続けている。 ラベルページの検索避け を外してインデックス可能にしたり、 構造化データにキーワードの項目 を追加したり、 日付のリンクをアーカイブにして 記事ページへの内部リンクを調節したり、何れもSEO対策…

日常生活で腰痛やギックリ腰を防ぐべき長時間でも楽な前傾姿勢の取り方

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二十代前半から僕は腰が物凄く弱くなった。たぶん作家活動のせいで、丸一日、座ってパソコンへ向かう生活が多かったのと筋力の低下によって十代までは想像もしなかった背中や腰の痛みに苛まれるようになった。 一度は ギックリ腰 (急性腰痛症)も起こしかけた。自分はどのくらい働けるのか、または世の中の仕事にどれだけ耐えられるのかのパフォーマンスを知ってみたくて二十四歳の春に夕方のカラオケボックスと深夜のコンビニエンスストアの二つのアルバイトを掛け持ちして一週間に何日間か十五時間近く勤務しながら探っていた。すると暫く経ったある日のこと、家に帰って眠ろうと目の前のベットへ身を傾けた瞬間に腰にギクッとまるで漫画の吹き出しのように大々的に思い浮かぶほどの激震が走るのを経験した。咄嗟に身を捩って引き起こしたのが良かったのか、異様な痛みが僅かに残された腰で済んだものの振り返って身動きを取れなくなっても不思議ではなかった…

プロブロガーのイケダハヤトの月収五十万円以下の並外れて効率的なブログ運営

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ブログで生活費を稼ぐ プロブロガーの代表格がイケダハヤト だ。一つの生き方を新たな職業から作り出した魁だし、アクセスアップで人気者かどうかではもはや神レベルの実力を誇っている。何にせよ、ブログだけで知名度が断トツに高いのは本当に恐れ入る。 僕は プロブロガーを目指す けれども将来的に大丈夫と初めて実感したのは イケダハヤト の生活を知ったのが切欠だった。 サイト広告のアフィリエイトなどで金儲けが可能な状況は昔からあったけれども調べても生活費を稼ぐまで実現できるかどうかは良く分からなかった。どこかで誰かが収支報告を公開していても コンテンツを捏造するのは比較的に容易な世の中 だし、信憑性が、中々、得られなかったわけだ。 本当に難しいとなるとブログに人生を賭けるのは命取りだから止めておくにかぎると危ぶまれるし、飛んだ馬鹿を見て早死にしないために何年も踏ん切りが付かなかった。 しかし Googleアドセンス が始まったの…

体力を取り戻してブロガーしか生きる道はないんだと命懸けの思いで又頑張るよ

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昨日は治りかけていた寒暖差アレルギーが振り返し捲って嚔と鼻水が止まらなくて大変だった。ちょっと前に寒かったせいだろう、雨で。少しずつ暑くなって来て寝苦しいから寝巻きの下半分だけ薄物にしてから暫くして毛布を外すべきだと気付いて被るのを布団だけにしたんだ。何となく寒いから変えた寝巻きの下半分を冬物に戻すべきだと考えたものの 鼻呼吸と握力で体温を上げるように 新たに生活を改善し始めたから大丈夫ではないかとそのままにしていたら予想以上に気温が下がって耐えられなかったみたいだ。寝巻きを完全に冬物に戻した頃にはもう遅くて嚔と鼻水がどうしようもないと同時に体力も大きく奪われてしまった。 しかし又落ち着いて来た。今朝は数えるほどしか嚔はしないし、鼻水も甚だしく垂らしはしてない。助かったとしかいえなくて笑う。 本当に辛い。寒暖差アレルギーは何としても避けなくてはならないと思う。年々とかかり易くなっているというか、…

普段の自分らしさをブログでも実生活と同じように分かり易く伝えたい

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自由な作家活動でブログ三昧の全力感を示すために心から喜んで記事を作成する

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一年も終わりの大晦日、振り返ると本当に酷かった。 クリスマス前後に一日二百人を越えたブログのアクセス が又下がっているし、来年も不幸ではないかと思い遣られる。死ぬしかないだけの毎日が続く。 Two horses running by Bhakti2 [ CC0 ], via Pixabay 結局、天職を全うするよりも方法がない。僕にとっては作家活動だけど、とにかくブログを更新できる日々の自由を大切にして生きるべきではないか。分かっている、昔から。しかし十分ではない。二十代の小説三昧、三十代の詩三昧、作家活動は天職だと気付いてから三昧になり切れないブログを感じないわけではない。 作品としての思いが薄い、ブログの記事に。元々、ホームページの日記から始めているから気儘にやっていてきっちり仕上げなくて良いと捉えてしまいがちだ。努めて励みつつもまだ小説や詩と区別している部分が不味い。 ブログの記事も一つの作品でな…

プロのブロガーへ上手く行かない人生にも差し込んだ希望の光で奇跡こそ信じて

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ブログのアクセスが昼前に六十人を越えていて一日二百人を初めて達成するかも知れない。開設して一年という年内に一日数百人のアクセスを得るのが目標なので、せめて一回でも上回れば自信に大きく繋がって来る。二百人ではギリギリだけれども数百人の範囲に収まるわけだから申し分ないと納得できる。 Discovery in the forest by Dieterich01 [ CC0 ], via Pixabay 夢が膨らむ。来年以降、本当にプロのブロガーとしてサイト広告で生活費を稼げるのではないか。 一日千人が最低でも必要 だろう。スタートラインといって良いはすだし、それまでは下積みのように考えている。苦しくても仕様がないに違いない。 詩的にいえば床掃除の毎日だ。誰が汚したのか、大変なままでに。自分だし、苦労をどれだけ重ねても作家としてしか生きたくないのに上手く行ってない不遇のせいだ。代わりにやってくれる人なんていな…

量子コンピューターの人工知能は言語の壁を越える完全翻訳が可能ではないかな

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文章で作家活動をやっていて最も悲しいのは外国人に全く分かって貰えないところだ。いつも絵や音楽などの世界共通に受け取られる創作を羨ましいと思っていた。作家として人気者になりたくても実現されるスケールが、全然、違う。取り分け昨今のインターネットを踏まえると世界中の誰でも造作なく分かってくれるはずのない文章は本当に不利だと悔しいかぎりの心境を迫られずにいなかった。 スパコンを遥かに凌駕!国産量子コンピューター発表 via ANNnewsCH しかし長年の夢が叶えられる状況を量子コンピューターに感じる。日本の研究チームが従来のスーパーコンピューター( ノイマン型 )のおよそ百倍の処理速度を室温/常温で達成したらしい。量子ニューラルネットワーク(QNN:Quantum Neural Network)という。光を使って――「全長1キロのループ状の光ファイバーに光の粒を大量に入れ、この光の粒が『0』であると同…

日本的な潔さを気に入る若者の世の中の不正や矛盾に納得しない考え方は大切だ

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勉強しながら生き生きしていたのに学校嫌いになってしまうコンプレックスは持たないには越さない

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Children in the clasroom by klimkin [ CC0 ], via Pixabay 学校で殆ど全ての子供たちが元気なのは小学二年生までだと思う。小学三年生から学校嫌いの子供たちが少しずつ増えて来る。最も大きな原因は勉強が分からない。または授業に付いて行けないせいだ。 理想的な人との恋愛ととても良く似ている。ほんの少しでも気に入らない部分を受け取ると好きだった何もかもが疑わしく変わってしまう。世界の終わりと共に彼と彼女は現実的な人との恋愛を改めて模索する。ダイアモンド越しに胸打たれる楽園が遠ざかるばかりの今此処で、衝撃な出会いを遂げた二人が力尽きて別れない可能性はもはや極めて低い。夢見られた喜びの消え去った純粋な絆が素晴らしくも重く引き離して行く生活の実態は心苦しさそのものだろう。 僕は小学三年生から家庭学習を取り入れた。というか、少しだけやっておいたら中学時代までは学…

藤井聡太は将棋なしには生きられないつもりの棋士で勝負にはブルース・リーの截拳道並みの集中力で挑むから強いんだ

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どうして 藤井聡太 は棋士として勝ち続けるのか。将棋のずば抜けた強さの秘密を知りたいと感じる。プロデビューから間もなくて頑張っている姿が自分に重なる部分は非常に大きいし、正しく興味や関心を引かれずにいないせいだ。 これからタイトルを取って国内で最高位の竜王や名人にもなって行きそうな藤井聡太の将棋を心の励みに頑張れば僕も サイト広告で生活費を稼ぐ という夢を叶えるのは ブロガーの千人に一人の確率 ながらもっと易しくなるかも知れないと期待してしまう。 A shogi board by Corpse Reviver (Own work) [ CC BY 3.0 ], via Wikimedia Commons 藤井聡太の棋士としての強さの秘密は 幼児期にキュボロをやって頭の回転を著しく早めた とか 森内俊之九段との対局を観て読みの鋭さを認めた なんて考えたけれどもさらに気持ちが物凄く重要だと分かって来たんだ。 テレビで 天才棋…

吉田兼好の徒然草の書き出しは妙絶な日本語で覚えるのにも骨が折れなくて凄い

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Kenko Yoshda by Yosai Kikuchi [Public domain], via Wikimedia Commons 読んだかどうかも分からないくらい自然に記憶に刻まれる文章があって覚えるのに本当に骨折れない感じがするけれども日本の鎌倉時代の随筆家の 吉田兼好 /兼好法師の 徒然草 の書き出しの一文が凄いと思うし、妙絶な日本語ではないかと作家として学びもするんだ。 つれづれなるまゝに、日ぐらし硯に向ひて、心に移り行くよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、怪しうこそ物狂ほしけれ。 仮名と訳文 つれづれなるままに、ひぐらしすずりにむかいて、こころにうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなくかきつくれば、あやしゅうこそものぐるおしけれ。 手持ち無沙汰のままに、日を暮らして硯に向かって、心に移り行く他愛もないことを、取り留めもなく書き付けると、奇妙に物狂おしいなあ。 吉田兼好の 徒然草 (仮名と…

文体は作家にとって自己満足と人々を引き付けるくらい個性を打ち出すのに良い

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ブログのアクセスが久々に一日百人を越えたと飛び上がるくらい嬉しい気持ちを味わっている。素晴らしい世界だし、長続きしながらさらに上向きにアクセスが伸びるように努力しなければならないと思う。 自分を見失っては駄目だし、作家活動が天職で、少なくとも書くことはできるかぎり、幸せを味わいながら生きて行くのが面白いに決まっている。 結城永人 via Google+ ブログの記事の仕上がりを新しく変えて行きたくなった。どんな作家活動が良いのか、自分にとって。気に入った仕方で行えばアクセスが伸びなくてうんざりしたまま、止めてしまいたくなるよりは益しだろうと以前から気付いていたものの初めて腑に落ちて来た。本当に駄目だと焦りが大きいせいで、ブログをしっかり続けるには自分こそ満足できる記事を仕上げないと詰まらなさ過ぎている。 詩人だけど、ただし作詩は厳禁なんだ。 メインのホームページ (ブログへ移転)から明らかな通り、永…

肝心要の人を呼ぶ力があやふやなサイト運営でアクセスアップはどうする

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十年以上前、ホームページをガラケーで初めて開設した頃、 作詩の公園 でいつも誰か来ないか誰か来ないかと願い続けていた。他の詩のホームページの掲示板に自作詩を投稿してホームページをリンクしておく。すると管理人や訪問者が見付けて自分のホームページに来るかも知れなかった。メッセージを残したりする場合もあったけれども掲示板の投稿詩を介して主に交流するようにやっていた。 最初の数日間の気持ちは本当に良く覚えている。誰も来ないのではないかと不安が大きかった。他のホームページの掲示板の見ていると人の動きは十分に確認されたし、同じように自分のホームページにも誰か来ると期待していたけれども本当に初めてどうなるか、自分だけ全く違わないともかぎらないと予測が付かなくてドキマギし捲っている感じがした。 ちょっと人が来ると物凄く喜んで又別に誰も来ないと物凄く落ち込んで暫く繰り返している間にホームページの常連が増えて、毎日…

作家は一般人に分からない言葉へは文章をどれほど細かく追求しても良いはずだ

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皆は意外と言葉が分かってない。だから文章を分かり易くするだけでは理解され難かったようだ。一般人と呼ぶしかない。作家にとって手強いのは人それぞれの言葉を生きている皆だったんだ。どれほど細かく追求した文章でも理解されるには不充分かも知れない。 言葉が分からなければ意味も価値も変わってしまうわけで、本当に厳しい自己表現を迫られてしまうんだ。個性を出せないのではないか、作品に。もはや一般人のために文章を徹底して細かく追求するかぎりだ。 作家は分からない言葉を減らしながら世界が理解される喜びこそ想定するしかない。他には個性もなくて良いと覚えよう。良いんだ、いっそ文章が分かるためならば完全に。皆が知っている言葉は決して誤りではなかった。手の届かない気持ちが作家にとって苦しくも免れたいだけだ。 一般人に必要なのは柔らかい言葉だ。言葉が柔らかいと一般人は直ぐに納得してしまう。 気持ちは文章なんてどうでも構わない…

精神力を高めるために勉強するべきだ

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どうも午後九時に眠って午前五時に起きると最高の気分だった。僕だけかも知れないけど、午前六時前に一日の作家活動を開始できるととても嬉しい。世の中で人々は寝静まっていてもうそろそろ動き出して俄かに部屋の外も騒がしさを増して来る。何かが生まれるというイメージが創作に重なるせいか、気合いがまるでスイッチを押したように入り易いみたいだ。 十分な睡眠時間を考慮すれば前日はおよそ午後十時前に就寝するべきだろう。 冬は早起きしても暗いから 寝起きの予定を少し遅らせたい とも考えたけれども世の中の動きに合わせるならば得てしてそうしたわけには行かなかったんだ。人々の通勤通学は一年を通して変わらない時間帯に定められているのではないか。少し早く目覚めて静けさを味わうには寝起きを遅らせても仕様がないといわざるを得ない。 反省まではしない。最高の気分だから最高の作品が仕上がるならば又別にせよ、基本的にはあり得ないだろう。さも…

カリオペに祈りを捧げて作家としての幸せを願う

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ギリシャ神話の神々で、文芸の神、または詩神は ミューズ と呼ばれる。英語のミュージアム(美術館)やミュージック(音楽)の語源になっていたり、欧米では他の言語でも影響が大きいと思う。 しかし何人もいるらしくて ヘシオドス の 神統記 から九つに分けられたとされる。 全てのミューズを纏めるというか、最も権威の高い存在としてミューズの長と考えられるのが カリオペ で、それ自体では叙事詩を司るという特徴を持っている。 Calliope, Muse of elegy by Unknown [Public domain], via Wikimedia Commons ギリシャ神話が叙事詩なので、物語調で寓喩を示しているし、カリオペが最重要視される真実は如何にも尤もらしく受け留められる。 すなわちカリオペはギリシャ神話を抜本的に意義付ける立場に置かれているとも過言ではなかった。 人々も初めてギリシャ神話を生活上で意識したのではな…

又吉直樹が暗示していた火花での人間関係の悩み

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又吉直樹 (お笑い)が 火花 という小説で世の中から好評を得ていたらしい。 NHKスペシャルの 又吉直樹 第二作への苦闘 を観ていて知った。 出版した本の売り上げも二百五十万部を超えていて大ベストセラーだったので、きっと印税で大金持ちだし、多方面から仕事も貰えて絶好調だろうから僕も小説はメインではないにせよ、作家として生き延びるための参考になるのではないかと又吉直樹の人生での素晴らしい成功について考えてみたくなった。 火花 が人々に受ける理由 又吉直樹さんインタビュー via BungeishunjuLtd 又吉直樹は人間関係を悩みながら暗示するように 火花 を仕上げたために文学的と納得されたのではないか。 僕はいつもやってなくて何でも明確に示したがるゆえに人気が出ないみたいな感じがして来て本当に難しいと作家として生き延びるためには嘆きたくなってしまう事実だ。 暗示された人間関係の悩みで 火花 が人々に注目されたとすると…

真実を伝え届ける自己表現が人々には最も分かり易いのではないか

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一口に真実といっても人それぞれなので、見方によってコロコロ変わってしまう、イメージは纏め切らないにせよ、分かり易さは抜群だ思う。伝え届きさえすれば真実は誰にでも信じられるし、良いほどに愛好されるだろう。 サイトのアクセスアップに最も適した方法は人々へ向けて真実を味わわせる自己表現に他ならないと気付いた。 僕は嫌だった。事物の本質から 永遠の詩 を歌う。すると人々にも真実は完全に当て嵌まっているし、何一つ疑う余地はない。悲しいのは知識として余りに難し過ぎて自己表現も猿でも分かる日本語とは正反対ではないか。仕様がないから永遠の詩でなければなるべく気付き易くするように努めていた。 言葉遣いでは知りたい誰かが敢えて考えれば分かるような偶発的な趣きでしか真実は示されなかったけれどもそれこそ中心的に捉えればサイトのアクセスアップに役立つとすると気持ちを内側に込めると大丈夫なはずだから変えて行きたい。 真実の内側…

人生を賭けたチャレンジブログに明日は訪れるか

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ブロガーで良いというか、もう本当にブログに人生を賭けて作家活動をやるしかないと鮮烈に思われて来た。 二十代から小説で十年くらいやってプロにはなれず、三十代から十数年くらい詩をやり出したもののやはりプロにはなれずに今現在のブロガーに至るまでには四十代中盤からだけれども本は出版できないままながら サイト広告でプロへのスタートラインに立つこと が何とかできたわけだ。 作家としてプロへの夢を叶えるとすると三度目の正直だったと気付いた、目覚ましく。 かつて小説家よりも詩人を求めたように詩人よりもブロガーを求めて生まれ変わるように作家活動の主力をブログの些細な日常として人生も考えるべきではないか。 ブロガーの域 に達したと 詩や他の創作がメインで、ブログがサブという位置付けを取り払って少なくとも同じくらい一生懸命に頑張りたくなった と示したのが一昨年の暮れの約一年前だったけれどもまだ足りないし、アクセスは遅々と芳しく…