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プリシラ・アーンの上を向いて歩こう(坂本九)|友情歌

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2012年に発表された プリシラ・アーン のカヴァーで聴いた 上を向いて歩こう / Sukiyaki ( 坂本九 )が友情歌として胸に響いた。 坂本九の 上を向いて歩こう Kyu Sakamoto by kyu9 / CC0 作詞は 永六輔 、作曲は 中村八大 で、オリジナルの歌手は坂本九になる。 上を向いて歩こう (1962/オリジナル) 元々は中村八大が永六輔に声をかけて1961年の自身のリサイタルのために用意した楽曲だったけれども坂本九のマネージャーだった 曲直瀬信子 の推薦によってリサイタルの当日から、急遽、坂本九が歌うことになり、彼の持ち歌として1962年にシングルレコードで発表された。 永六輔は前年に日本とアメリカで締結された 日米安全保障条約 への抗議活動――国内にアメリカ軍の基地を置かせないなど――を徹底的に行っていた。安保闘争と呼ばれる大きな騒乱の政治状況があったれども結果とし…

ジョン・レノンのStand by Me(ベン・E・キング)|友情歌

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1975年に発表された ジョン・レノン のカヴァーで聴いた Stand by Me ( ベン・E・キング )が友情歌として胸に響いた。 ベン・E・キングの Stand by Me Ben E. King from Coveralia / CC BY-SA 作詞作曲はベン・E・キングと音楽制作コンビの ジェリー・リーバーとマイク・ストーラー で、オリジナルの歌手はベン・E・キングになる。 Stand by Me (1961/オリジナル) 題名は ソウルスターラーズ の Stand By Me Father 、そして歌詞は第二連の三行目に顕著だけれども 欽定(ジェームズ王)訳聖書の詩編四十六 の二と三節――大地が動いて山が海の真ん中に呑み込まれても恐れない――に触発されているようだ。 当初、ベン・E・キングは自身の所属する ドリフターズ のために着手したけれども受け入れられず、脱退した後の1961…

陸上自衛隊の歌姫/鶫真衣のいのちの音は死の恐怖に打ち勝つ勇気そのものだ

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鶫真衣 というソプラノ歌手、澄み渡る青空のような魅惑的な声の歌姫を擁する 陸上自衛隊中部方面音楽隊 のアルバムの いのちの音 から同名の表題曲を聴いて正しく死の恐怖に打ち勝つ勇気そのものが表現されていると感じながら人生の励ましに満ちたエールを受け取った。 陸上自衛隊中部方面音楽隊(ソプラノ:鶫 真衣 指揮:柴田昌宜) / いのちの音 via ColumbiaMusicJp 歌うと共に作詞したのも鶫真衣で、全てが自衛隊に如何にもぴったりの仕上がりなんだ。日々、命懸けの隊員としての自己表現の完成度の高さに驚くし、嘘偽りのない誠実な芸術に胸打たれずにいない。 アルバムのタイトルがいのちの音というタイトルなので、やはり命の大切さと、今生きているこの瞬間、ひとつひとつが奇跡のようなものなんだということを伝わるように思いを込めて作りました。 鶫真衣/“美しき守り人”鶫真衣(…

人を叱るときの4つの心得/山中伸弥の悩みへの平尾誠二の励まし

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山中伸弥 (科学者)は 平尾誠二 (ラグビー選手)と友達だった。昔から憧れを抱いていて神戸製鉄のチームで華麗なプレイと屈強なリーダーシップが光ったために大学時代は自分でも近付こうと部活動でラグビーをやっていたけれども2010年に京都大学のiPS細胞研究所の所長に就任してから雑誌の週刊現代の対談で初めて出会ったのが切欠だった。 Nobel Laureate Dr. Shinya Yamanaka by OIST [ CC BY 2.0 ], via Flickr 後の2012年にはノーベル賞も授与されたほどの世の中( ノーベル賞の山中教授、夫婦会見ノーカット )で大注目だったiPS細胞の第一人者としていつも忙しくてメディアの様々な取材を断ってばかりいた時期、山中伸弥は夥しい依頼の中から平尾誠二の名前を偶さか見付けて居ても立ってもいられなくなったのか、憧れの存在を思い…

白琉球の切なさの詩的で命の尊さに他ならない思い遣りの心に救われる雨上がり

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白琉球の花が咲いていた。雨が多くて満開だったけれどもあっさり萎れかけているようだ。琉球躑躅ともいわれる躑躅の一種で、他の種類でも似ていて雨で直ぐに変色する花が多い。しかし白だと本当に目立つし、雨上がりの白琉球には切なさを受け取らずにいない。花柄も大きいから、殊の外、衝撃的で、晴れやかな様子こそ却って強く目に浮かんでしまう。 花言葉は「愛の喜び」らしい。切なさから受け取ると人生を考えさせられる。愛の喜びが直ぐに終わるのか。または悲しみを含めて愛する気持ちが喜びならば深い意味を持っているに違いない。イメージとして前者は清純だし、後者は慈しみだろう。白琉球は切なさを帯びた花だから花言葉の「愛の喜び」も複雑な感じがする。清純な慈しみとすると人生では思い遣りの心が欠かせなさそうだ。素晴らしいし、見習うしかないと頷く。 ならば白琉球は素敵な詩人を彷彿とさせる花なん…

自然の美しさ:ジョイス・キルマーの木

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Joyce Kilmer from Columbia University (1908) [Public domain], via Wikimedia Commons アメリカの作家・詩人の ジョイス・キルマー の 木 (詩集の 木とその他の詩 に所収)は胸に深く刻まれる詩だ。木のイメージがとても魅力的で、心も引き付けられて止まない。数年前に初めて読んでからずっと変わらない。今後もそうだろう。 木ほどに素晴らしい詩を 私は決して知るまいと思う。 甘い地面の流れ出す胸へ 飢えた口を押し当てる木を; 終日と神を眺めては、 葉繁く腕を上げて祈る木を; 髪の毛に駒鳥たちの巣を 夏へは装うはずの木を; 懐に雪の降り積もった; 雨と一緒に暮らした。 詩は私のような愚か者が作る、 なのに神だけは木を作れる。 原文 I think that l shall never see A poem l…

小林一茶の懐かしい俳句

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僕にとって俳句は馴染み深いものがある。というのは幼稚園で良くやっていた。気付いてみると仏教の幼稚園だったので、御釈迦様との関わり合いが多かったし、その流れで俳句といっても 小林一茶 ばかりなんだけども仏教徒だった彼の作品が授業に取り入れられていたんだろう。記憶に残っているのはどれも子供でも分かるような、そして動物を題材としながら面白味も損わない俳句だった。 痩蛙まけるな一茶是に有 小林一茶の 七番日記 何よりも弱いものへの励ましが良い。救済する精神がとても共感される。困っている人に手を差し伸べる。人だけではなくて他の生き物でも地球環境でも全てにおいてやらなくては気が済まないけれども「痩蛙」は象徴的に響く。詩としては正義の味方だろう。正義の味方は本当は弱いものなんだ。なぜなら一人で敵に立ち向かわなくてはならないからで、素晴らしく思うのはやはり「一茶」が付いている…