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伊豆丸剛史:刑務所を出ても虚しい障害者や高齢者の社会復帰を支援する良い男

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犯罪を行い、刑務所へ服役して刑期を終えて出て行っても社会復帰が難しいために罪を又犯して刑務所へ逆戻りしてしまう事例が後を絶たない。 近年、特に問題視されるのが知的障害や精神疾患などの生活自体が最初から厳しい累犯障害者と一般的に就職難に直面し易い再犯高齢者の二つの事例が挙げられる。 何れも昔からあったし、悩ましかったと捉える。しかし前者は人権への意欲の高まりで気付く人が増えたせいで、後者は社会そのものの高齢化によって目立って来たわけだろう。累犯障害者も再犯高齢者も人々が理解しないかぎり、根本的に防げないので、世の中が優しく変わって来たのは拍手を送りたい。放り出して構わない状況ではないので、悩ましかったら先ずは自覚を持ってどう救い出すべきかを考え込む生活が大切なんだ。本当に考えるだけでは悶え苦しむばかりで、抜け出せない常日頃ではないか。はっきりいって累犯障…

社会的に自立するには笑顔に癒される凄く優しい理解者/とてもかけがえのない他者を信用するのが心強い

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姪の七回目の外泊で、又更に調子が上がっていると驚いた。もう十分ではない。 治療抵抗性統合失調症 と比べると健康なのは間違いないだろうけれどもそうした中で元気が徐々に増しているわけだったんだ。 明るい雰囲気 だったのが光り輝きかけている。どうも 鼻詰まりが収まらない から完全に元気な印象は与えないものの相当に近付いているといって良い。透き通った健やかさを持つのが新しい。 最も興味深いのは帰りに手紙を貰った。家に来てから姪は幾らか書いていたらしい。以前、養護学校で良くやっていて精神科に入院してからは殆どなかったかも知れない。およそいつも誰かにいわれるままみたいな文面だから主体性が懸念されるけれども僕へ宛てた初めての手紙を受け取って 軽度の知的障害者 だから二十代で小学生並みの言葉遣いを行っている可能性があると認め直してしまった。渡したのも小さく幾重にも折り畳んでいたり、…

鼻詰まりでも姪がグループホームの箱作りで生きる喜びを見出だした二十五歳で

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姪が外泊に来て六回目で相当に元気だった。 前々回から十分に元気 になったし、普通に近付いていたけれども 前回の増した元気 を経てさらに違和感が減っている。もはや本当に普通だろう。心配ではなくて安心しながら満足している。 ただし最初から不可解なのは嚔と鼻水が止まらない。僕が寒暖差アレルギーにかかると、一日中、続いてしまうよりは益しながら数時間に一回くらい出ている。市販の菓子を良く食べるから糖分と添加物の影響で不調が避けられないのかも知れない。そして何よりもαリノレン酸(DHA/EPA)が足りなくてリノール酸との必須脂肪酸のバランスも崩れてそうだ。アレルギーを抑えるし、体温を上げる効果もあるので、魚を良く食べたり、必須脂肪酸のバランスには注意して欲しい。世の中に出回っている大抵の油はリノール酸だからαリノレン酸を取るのは難しい。僕はサプリメントを使っている。脳と…

鈴蘭の集落で童心に返りながらヒラタアオコガネも見付けた詩人への思い

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公園の山の鈴蘭が、大分、咲いて来た。可愛いと思う。まるで天使が宿っているようだ。純真無垢な白い花、そして緑の健やかで大きな葉、人間にとって心に羽根が生えた様子を形象的に彷彿とさせるせいか。ならば鈴蘭は天使の家だろう。数多く咲いている集落ももはや幻想の国に他ならない。鈴蘭を見ていて微笑ましいのは天使たちの住む素晴らしい世界を感じ取って心を擽られているわけだ。詩的だし、気に入るのも当然だ、個人的にいって。 童心に返る。動物が好きで、取り分け可愛いと良かった。昆虫は小さいからいうまでもなく、気に入っていた。 鈴蘭にも見付け出しのは非常に面白かった。調べると ヒラタアオコガネ らしい。体長1センチ程で、条の付いた背中が緑色や褐色の光沢を放つ。特徴的なのは全身を縁取るような毛並みだ。光の加減で見えない場合もあるけれどもふさふさしている。 黄金虫 の仲間でも他の似たような…

綺麗な心で生きる天使は驚きの望み通りだ

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誰かに殺される感じがする。 姪と再会した 後から不吉なのかも知れない。本当にもはや天使なので、離れてしまうと気持ちが逆に恐ろしくなるみたいだ。一人で大丈夫なのかと心配の極致に達しているせいで、世界に殺気が漲っている。 振り返ると望み通りだった。元々、天使として姪とは触れ合っていた。願ってはいなかったし、普通に人間で良かったわけなのに果たしてそうなってしまうというのが驚きだ。僕の思いが伝わったせいだろう。 姪は天使の人生を選んだならば素晴らしい 応援するしかない、他でもなく。綺麗な心を個性として尊重しながら接するべきだ。将来が楽しみだし、軽度の知的障害でも天使のかぎり、姪は幸せな暮らしを手に入れるに違いない。愛される存在には平和こそ訪れる。 安心しながら神を有り難く信じるほどに誰かに殺される感じも減って行くようだ。 かつて赤ちゃんの姪が天使だった。僕が天使として姪…

舌を出したアインシュタインの気持ちとは

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Albert Einstein by Arthur Sasse| The Guardian カメラマンに「笑って下さい」といわれて咄嗟に舌を出した アインシュタイン とは何者か、どんな気持ちからはぐらかしたのかをちょっと考えてみたくならせる。 普通ならばお茶らけているはずだ 気に入った写真は誰にも撮らせたくない。あかんべー。子供たちにお馴染みのユーモアからすると如何にも無邪気な表情らしい。まさか老人でも変わらないなんて人間として素敵なかぎりだ。天使よ。 しかしアインシュタインは二十世紀で最大の科学者の一人と呼ばれる。IQ(知能指数)も200近いといわれていて常人の二倍くらい頭の回転が早かったみたいだ。 本当にお茶らけで済ませて良いのか 謎めきに触れるや否や殊更と意味深な世界に引き摺り込まれるのを感じる。良く見れば目付きが心なしか物悲しい。老いのせいとばかりはいえなさ…

詩を降りる気持ちは皆から離れ去りながら初めて掴まれるように生きられていた

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世界を止めるわけでもなければ決して難しくはなかったはずなのに降りた詩は口に直ぐに出なかった。 慣れるし、あっという間にペラペラだから 忘れっぽい天使 ( クレー )だったかも知れない、詩人として向き返して観想するかぎり。 Vergesslicher Engel by Paul Klee [Public domain], via Wikimedia Commons どこから降りたのか。自分からだと人間は教える。ならば聞いたのは沈黙だった。しかし元々の詩は内面にはなかったはずだ。手に入れたのは自分の言葉からではない。言葉そのものが皆から来ていたわけなので、詩も同じだし、自分の言葉は最初から霊感ではない。 降りる気持ちの詩は霊感だ。だから人間も自分からだと見詰めるにせよ、霊感の詩を遡るかぎり、皆からしか妥当には認識されない。 人間は苦しむ。間違っていたのか。詩を降りる僕へ…

日本人の知性と思考の方法論的な哲学

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お笑いの 有吉弘行 が哲学について本を出していると知った。 毒舌訳 哲学者の言葉 という題名で、数多の哲学者たちの言葉を題材にして自説を述べている。インターネットで偶々だったけれども紹介しているサイトを見かけたから気になって訪れてみたんだ。 有吉弘行の毒舌訳 哲学者の言葉 哲学とは…変わり者の人が適当に言ったことをなんとか普通の人たちが解釈してあげて無理やり「わかるわかる」と納得してあげているもの。 有吉弘行の 毒舌訳 哲学者の言葉 心外というか、哲学は本質的に思考だから、表現上、間違っていると項垂れるしかない。しかし目を背けてはならないはずだ。お笑いとして許される気持ちを棚上げとすれば真面目に日本を過ごし易く変えるためには現時点で 知性改善論のような思考 が人々に求め叫ばれているのではないか。まさか興味深い世相が露呈し捲っている。有吉弘行で示し出されたというのは本当に…

リュシッポスのギリシャ神話のエロスの彫刻

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古代ギリシャの彫刻家の一人で、古典主義の リュシッポス が紀元前四世紀に手がけたとされる 弓を持つエロス が素晴らしいと思った。 現存するオリジナルの作品は全くないといわれていて見られるのは一二世紀頃のローマ時代のレプリカだけなんだ。人々がギリシャ神話からローマ神話を作り上げたりしていて文化的に尊重しながら彫刻も複製されていた。リュシッポスの 弓を持つエロス も残されていたけれども材質は本来は銅だったのが大理石に変えられているといわれる。 Statue of Eros stringing his bow by Jastrow [ CC BY 2.5 ], via Wikimedia Commons ポーズが絶妙ではないか。何ともいえないような雰囲気が漂っていて 弓を持つエロス なんだと題名通りに一先ずは納得するしかないだろう。 かつて人々に エロス はどのように考えられていたのか…

ベラスケスのラスメニーナスの受け留め切れなかった芸術的な衝撃へ

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謎多い絵として真っ先に思い浮かぶ ベラスケス の ラスメニーナス (女官たち)は画面全体が不思議な構成に覆われている。描かれた主要な人物たちが部屋の天井から押し潰されたように感じさせるとしたら ゴッホの烏のいる麦畑 の大変な空の様子と同じくらい悩ましくも美しいかぎりだから作風は天才的だとも過言ではないだろう。 ただし比べてみればベラスケスの ラスメニーナス が翻って愛するほどに優しく味わわれてしまうのも構図というスタイルだけに止まりそうなので、絵よりは芸術として概略的に捉えるべき認識が正しいのではないか、考え出すと印象はちょっと薄いようだし、デザインこそ特徴的に個性的に認められる。 分かり易いはずだし、 ヴァン・ゴッホ の 烏のいる麦畑 のように全ての対象が《圧縮された詩情》と共に展開された正に自然な構図ではないから理解するために例えば ランボー の イルミナシオン を参照しながら超…

人に嫌われて辛いのにまだ生きるために

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胡瓜の味噌漬けに少しだけ塩を塗したような情感のまるで詩が恋しくなって来る。 自分を出したから良くないにしては思い出と反りが合わない。やはり相手が悪かったのだろうか。考えると思い出には先程と同じで含まれないから食ってかかられる僕は自分の言動の中に原因を求めずにはいられないんだ。 辛くて生きているのもうんざりだというまでもなく分かってくれる存在だけが嫌うなんて気持ちから世間的に遠く引き上げて行くのが見えた。 僕にとっては嫌われるなんて地獄から救い出されるに殆ど近く及ぼしたはずだったに違いない瞬間が訪れていてまだ生きるために必要なんだと認められるばかりだった。 笑え、笑え、笑え。 笑え、笑え、笑え。 笑え、笑え、笑え。 笑え、笑え、笑え。 詩はいつも遅れているのか、時間があれば作曲しておきたい笑えの行進曲よりも。だから詰まらないけれども嫌わない人々と嫌われない僕と…

国分佐智子は写真集もドラマも映画もビデオもとても詩的で素晴らしい芸能人だ

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何で知ったのか、始まりを、全然、覚えてない。元々は覚えていたような気がするので、とても歯痒い。たぶん浮かれている間に忘れてしまったんだろう。一つも思い出せないんだ。 かつて 国分佐智子 は天使が好きで、天使のグッズを集めているという情報を掴んだ。 普段、周りでも聞かれないし、芸能人でも珍しいと甚く驚いたもののもしかしたら国分佐智子は詩的なキャラクターなのではないかとさらに詳しく調べては完全に嵌まってしまった。 記憶ではそこから全てが始まっていて何の気なしにGoogle検索にかけた理由もテレビの ナースのお仕事3 でちょっと見かけたくらいしか思い当たらない。眼鏡をかけていて顔は良く分からなかったけれども肌がすっきりした印象を与えていたために――その後のビオレ(花王)の 洗顔CM はなるほど頷かれた――心も同じかも知れないと想像されたのは確かだった。詩的なキャラクターに…

ショパンの雨だれは生きる屍への真実の祈りだ

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ブログの記事を一生懸命に仕上げてサイト広告で生活費を稼ごうと望みながら一円にもならない毎日では呆れて心の中に雨垂れが聞こえて来るよ。 侘しく寂れた思いの極みか。好きだったけれどもイメージとして実生活で受け取るのは耐え難いものがある。触れるのは命だけだ。 顔付きも青ざめるばかりの貧乏で、喘がれない貧困では全くない。いつまで生きていられるのかと手の施せない重病人のように気分は落ち込み過ぎる。健康だからまだ益しな状態ではないんだ。 頑張っても頑張っても駄目だった。四十年以上も咲かない花を抱えながら枯れた果てた意欲に存在そのものが染み込んでしまっているとは……。 だからもう本当に生きる屍に等しい。来ない明日と潰れた未来、そして何よりも消え去られて行く将来性の数々に息も絶え絶えではどうやって夢と希望を甦らせられることか。想像も及ばない心こそは僻地だろう。 ショパン の 雨…

人々が読みながら聞きながら躓かない文章でどれだけ言葉を実質から的確に並べて行けるか

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ブログで 美輪明宏を取り上げて 内容もさることながら題名がいつにないくらい気持ち良く決まった。 まるで作詩しているかのような錯覚さえも味わった。やはりブログでは上手く行かないというか、作品としてエッセイ風の日記だけれども流石に詩と全く同じような仕方ではなかったと痛感された。 美輪明宏のヨイトマケの唄へのエンヤコラだけれども作中にエンヤコラの掛け声が出て来てとても気に入っていてブログの記事の題名でテーマの美輪明宏のヨイトマケの唄に捧げる形で付け加えられたという。 記事の全体がエンヤコラの一言に集約された感じが詩に匹敵するのではないか、今までもやっていたかも知れないけど、とにかく面白いと自覚されてしまった。 キーワードとしてGoogle検索からのアクセスアップにも繋がるはずだし、さらに詩的だったら本当に狙い通りのブログの言葉遣いになっているから気付いたかぎりは積極…

澄んだ眼差しの世界で自然に出会い得る天使は詩的だ

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日本アニメーション が フランダースの犬 のアニメの第一話を動画で無料公開していて素晴らしい。 フランダースの犬 第1話「少年ネロ」 via 日本アニメーション・シアター オープニングの主題歌のところが凄く好きだ。分けても池に張った氷の上をネロとアロアがくるくる回りながらパトラッシュが割って入ったせいだけれども滑っているのを観ると胸が熱くなるんだ。 そして涙も溢れざるを得ない。人と人との絆は心から清らかには引き裂かれないのではないか。滑り込むほどにパトラッシュが詩になってしまっていたせいで、ネロのアロアの通じ合う言葉(胸のうち)を表現していたと味わわれる、正しく喜ばしく。 十数年来、徹して作詩しながら詩人として幾つもの詩集を仕上げて来たし、詩、または詩歌への造詣は今現在でも絶えず、深まり行くばかりにもせよ、アニメのフランダースの犬のオープニングのパトラッシュの詩…

ヴァレンティーナ・リシッツァのベートーヴェンのピアノソナタ第八番《悲愴》は斬新さに唸らされた

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Beethoven Sonata No. 8 in C minor Op. 13 "Pathétique" Live via ValentinaLisitsa 高校時代にクラシック音楽を聴き始めて三十年近く興味や関心を示し続けて来たけれども全く先例がないような印象を受けた。ピアノの指捌きが余りにも造作なくて楽譜の正確さが犇々と伝わって来た。音が十二分に弾けていてメロディーにリズムとテンポが乗り移っているので、何と呼ぶべきかと咄嗟に箸を落としてしまいそうになる、かりに食事中ならば。考えると単純明快ながら音楽と出会っていたわけだろう。 ベートーヴェン の ピアノソナタ第八番《悲愴》 の演奏はテンポがちょっと早過ぎる。しかしリズムは生きていると思う。 ヴァレンティーナ・リシッツァ はリズムを適切に伝えるためにテンポを上げているのかも知れない。他の作…

何て可愛い白猫なんだ

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Coby The Catさん(@cobythecat)がシェアした投稿 - 2016年 5月月6日午前11時12分PDT 布団に顔を少しだけ埋めている様子に姪を思い出した。タオルで頬を覆うような仕草を良くしていたんだ。激かわのお洒落さんの雰囲気が凄く伝わって来るような白猫ではないかと思う。気に入らずにもいられなかったわけだ、僕にとっては。 しかし白猫というと些細な日常のスタートで、 一件目の投稿 だった。他にも 後から一つ載せた けど、本当に可愛かった。 ブログで初心を忘れてはならないと白猫には明らかに感じるよ 激かわのお洒落さんならば姪のためにやるべきかも知れないけど、ただし訪問者は様々だから永遠の楽しさを与えるだけでは上手く行かないので、姪を気持ちの励みにしながらアクセスが少なくても本当に腐らずに諦めずに続けて行けばいつかきっと幸せも掴めるのではないか。 今此処…

ヴァン・ゴッホの烏のいる麦畑/見たい絵を好きなだけ見られた嬉しさ

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僕にとって ヴァン・ゴッホ の 烏のいる麦畑 は最も引き付けられる絵の一つなんだ。端的にいうと絵の本質に触れられる。絵の本質は色と線で世界を物語ることで、これが 烏のいる麦畑 は完璧ではないかと思う。見たものが詩として味わわれるところが何よりも素敵で、心の目で描かれているとしか正しくいいようがない。飛んでもなく美しくて個人的には部屋に飾っておきたいくらい気に入っている。 Wheat Field with Crows by Vincent van Gogh [Public domain], via Wikimedia Commons 見方が普通では分からない。普通では本当にタイトルのままでしかない。麦畑に烏が飛んでいる。タイトルのままの見方だと言葉に絵が負けてしまう。ヴァン・ゴッホはきっと分からなくてもというか、普通でも良いと思いながらタイトルを付けたのかも知れない…