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宇多田ヒカルのForevermoreは綺麗な曲だ

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僕は永遠を歌う詩人で、メインのホームページはForevermoreだから宇多田ヒカルの楽曲でForevermoreを知って気持ちは只事ではなかった。永遠を英訳すると普通はForeverだから日本人が作品名に良く充てたと驚く。しかし考え返してみると宇多田ヒカルは英語が得意なのではないか。デビュー曲のAutomaticや大ヒット曲のFirst Loveなど、作詞作曲を自身で手がけながらいつも英語が目立つ歌手だったわけだ。アメリカで生まれ育っていたらしいので、結局は当然だった。英語が母国語の感性で、Forevermoreも衒いなく、作品名に選ばれたんだろう。聴いてみると綺麗な曲だと率直に思った宇多田ヒカル 『Forevermore』(Short Version) via Sony Music (Japan)宇多田ヒカルというとデビューして直ぐに大人気を博し捲ったもののさっさと結婚してから芸能界…

作家は一般人に分からない言葉へは文章をどれほど細かく追求しても良いはずだ

皆は意外と言葉が分かってない。だから文章を分かり易くするだけでは理解され難かったようだ。一般人と呼ぶしかない。作家にとって手強いのは人それぞれの言葉を生きている皆だったんだ。どれほど細かく追求した文章でも理解されるには不充分かも知れない。
言葉が分からなければ意味も価値も変わってしまうわけで、本当に厳しい自己表現を迫られてしまうんだ。個性を出せないのではないか、作品に。もはや一般人のために文章を徹底して細かく追求するかぎりだ。
作家は分からない言葉を減らしながら世界が理解される喜びこそ想定するしかない。他には個性もなくて良いと覚えよう。良いんだ、いっそ文章が分かるためならば完全に。皆が知っている言葉は決して誤りではなかった。手の届かない気持ちが作家にとって苦しくも免れたいだけだ。
一般人に必要なのは柔らかい言葉だ。言葉が柔らかいと一般人は直ぐに納得してしまう。
気持ちは文章なんてどうでも構わない…