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アインシュタインの蜜蜂と人間に関する言葉は最初はメーテルリンクの蜜蜂の生活から名前だけ変えて伝えられたようだ

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Bees in the hive box by JPiber [ CC0 ], via Pixabay やりすぎ都市伝説 でゲストの いとうせいこう が アインシュタイン の蜜蜂と人間に関する言葉を引用していてとても興味深かったものの違和感も否めなくて何だろうと首を傾げざるを得なかった。 アインシュタインは物理学者で、生物学者ではないので、蜜蜂と人間に関する言葉が本当ならば専門外の分野にまで十分に精通していると受け留めるし、世紀の大科学者として流石に博識だと唸るところがしかしあり得ないのではないか、認識の内容が信憑性に欠けているようで、どうも仮説的で、予言的な意味合いが強かったせいだったんだ。 もしも地球上から蜜蜂が姿を消し去れば人間は生きるのに残り四年しか持たないだろう。蜜蜂がなくなり。受粉がなくなり、植物がなくなり、動物がなくなり、人間がなくなる。 If the B…

文体は作家にとって自己満足と人々を引き付けるくらい個性を打ち出すのに良い

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ブログのアクセスが久々に一日百人を越えたと飛び上がるくらい嬉しい気持ちを味わっている。素晴らしい世界だし、長続きしながらさらに上向きにアクセスが伸びるように努力しなければならないと思う。 自分を見失っては駄目だし、作家活動が天職で、少なくとも書くことはできるかぎり、幸せを味わいながら生きて行くのが面白いに決まっている。 結城永人 via Google+ ブログの記事の仕上がりを新しく変えて行きたくなった。どんな作家活動が良いのか、自分にとって。気に入った仕方で行えばアクセスが伸びなくてうんざりしたまま、止めてしまいたくなるよりは益しだろうと以前から気付いていたものの初めて腑に落ちて来た。本当に駄目だと焦りが大きいせいで、ブログをしっかり続けるには自分こそ満足できる記事を仕上げないと詰まらなさ過ぎている。 詩人だけど、ただし作詩は厳禁なんだ。 メインのホームペ…

日常の些細な出来事に触れる幸せの味わいは小さいというイメージが欠かせない

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誰にでも分かる些細な日常というと他でもなく、小さな幸せの味わいではないか。 永遠の詩人として本質的な認識に基づく命の尊さを伝え届けくてはならないと考えるけれどもアクセスアップのためには誰にでも分かる些細な日常のイメージも大事にするべきだろう。 小さな幸せの味わいをどこまで膨らませられるか 考えると面白い。驚き捲りの人みたいになるしかなさそうな僕で、何かに触れては凄いとか素晴らしいなんて命が幾つあっても足りないほどの形相で日々を過ごしている。飛び上がり過ぎず、傍目にも親しみ易く映るならば些細な日常のブログとしての人気も増して来ないともかぎらない。 ある意味、それが薄いから常連も付き難いのではないか。 誰かが来て些細な日常に違和感を持たれては不味い。思ったのと違うとなると気持ちが離れてしまい兼ねない。小さな幸せの味わいがちゃんとあれば逆に引き付けられるわけで、見…