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Bloggerの注目とブログと人気の投稿のウィジェットのスニペットの表示されない文字数を減らす

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Bloggerの2017年の公式テーマのContempoとSohoとEmporioとNotableのインデックスページ(トップ、アーカイブ、ラベルなど)の記事の抜粋などに使われるスニペットの文字数が実際に表示されるよりもソースコードに多く記載されている。Three types of devices by coffeebeanworks [CC0], via Pixabay調べると必要なのはスマホとパソコンで百文字と二百五十文字程度――文字サイズによって前後するし、小さなサムネイル画像と横並びの文章のデザインの場合は八十文字と百七十文字前後まで減る――なのにテンプレートはデフォルトで千文字が記事の本文の冒頭から抜き取られる設定になっているんだ。最も多く必要なパソコン版の文章だけのスニペットで表現される文字数からしても七百五十文字程度が無駄だと思うし、ブログの表示速度を下げて利便性も下げるか…

サイトのSEO対策のタイトルの文字数は三十文字前後がオススメなんだ

ホームページやブログの検索エンジンでのサイト評価を上げてアクセスアップを図るためにはキーワードを入れてタイトルを付けるのが大切だけれどもどのくらいの文字数が良いのかも考えておきたくなる。タイトルは半角 60 文字(全角 30 文字)前後にする(短い簡潔なタイトルは読みやすく、末尾の切り詰めも防ぎます)。検索エンジンでブログを見つけてもらいやすくする via Blogger ヘルプ信憑性が高いと思う。BloggerヘルプのSEO対策への助言で、最大手の検索エンジンのGoogleが提供していて世界で最も利用者の多いブログサービスの一つなのが真実味を著しく与える。検索結果やブログのアクセスの何れも正しくビッグデータに裏打ちされたサイトの検索エンジンからのアクセスアップの並外れた専門家の意見として殊更に重視して然るべきではないか。興味深い指摘なのは間違いない。日本語だと全角文字だから三十文字前後…

Google検索を実験しながら茨の道でも病気になるまで苦労するな

朝、起きたら目がカビガビだし、酷いドライアイに又見舞われているようだ。何日も続いたら本当に厄介だろう。無理が祟ったに違いない。ブログのGoogle検索からのアクセスが落ちて三週間も伸び悩んでいた。サイドバーのラベルを二千以上から百以下まで減らしてクロールバジェットを確保してクローラーがブログ内を回り易くなるように、そして文芸Webサーチと芸術系サーチエンジンという国内の有力な検索エンジンに登録してページランクを高めてサイト評価が上がるように考えて変えてみた。他にもGoogle+とTwitterへの投稿も著者のオーソリティーからサイト評価を上げるためにしっかりやっていた。振り返ると酷いドライアイも仕様がないと嘆くのはブログに加えてソーシャルメディアを二つも文字数を多めで更新しているせいだ。Twitterは百四十字以内にしても十件くらい載せていてGoogle+も四百字程度といっていたのが千字…

テーマに即して内容を凝縮した二三千文字の記事が増やすのには事欠かなかった

ブログのGoogle検索で好調な記事を考えてみると文字数は意外と関係ない。四百字以下の短い記事でも検索エンジンの掲載順位が高かったりしている。他のサイトでも偶に見かけるけど、とても興味を引かれる。
コンテンツの品質がどのように把握されているのか、Google検索によって。たぶんキーワードの主旨を突いている記事が好まれてそうなんだ。ランクブレインに基づいて検索エンジンの利用者がキーワードで知りたい何かを提示しているコンテンツが高品質と評価された結果なのではないか。
テーマに即して内容を凝縮した記事が文字数の多少に拘わらず、Google検索に向いている可能性が高いと認められるわけだ。
他方、一万字ブログとか非常に文字数の多い記事はどうなっているか。僕は幾つかやってみたけれども検索エンジンには必ずしも芳しくないような印象を持たされてしまった。これは案外だけれどもテーマが広がり過ぎると内容が薄く見られ…

コーラと逃げ出さない俳句の極意

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夏の暑さにコーラが美味かった。健康を考えると糖分を控えたいけれども偶には良いのではないか。
炭酸が多いと驚いた。当たり前だよ、コーラだから。知っていて確かめて喜びたかったのではないか、久し振りだし。本当に喜べたから驚くしかなかったと思う、今さっきを振り返りながら。可笑しいにせよ、コーラが懐かしくも気持ち良く飲めたのは嬉しかった。
八月の机に馴染む缶コーラ
言葉を詩に感じるために文章の動詞を別の何かに差し替えることがある。水を折るなどと世間一般ではあり得ない表現を行うと如何にも世界が優しい香を放って来るんだ。
ただし苦肉の策だから動詞が世間一般と同じでも人は作詩できる。感性にそぐわない文章にかぎって動詞に問題を抱えている可能性が高いのかも知れない。動詞を別の何かに差し替えると上手く行ってしまう。
今作は「置いた」で考えてどうしても缶ビールに合う。そして「立てた」でも殆ど缶ビールなんだ。困った挙げ句に…

注目のテーマが広がってスタイルも創造しなければならない気持ち

ブログの以前の記事を見ると文章が長くても段落が少なかったりする。本当に昔から日記やエッセイで気付いてはいたものの段落分けを減らして打ち続けるみたいにやりたいとむしろ考えていたせいだった。
しかし文字数が数千とか達するほどの記事だと読むのには相当に厳しい。
一息で数百字の感覚でずっと日記やエッセイをやっていたから文章量が増しても同じような形を取っていたと振り返るんだ。
千文字を越えるような長文だったら段落分けで息継ぎを増やさないとそれこそ論文調の雰囲気にもならざるを得ない。ブログの記事は論文調でも別に構わないし、内容が伴っていれば必要だから結局は文章のスタイルを多種多様に使い分けることが大事だと思うようになった。
かつて自分を出したくて作品で押し通そうとして日記やエッセイはこうなんだと一気に書き捲るばかりで段落分けを減らしながら密かに喜んでいたけど、作品そのものの性質が変わって来ているわけだから直…

ブロガーの域

十数年来、詩のホームページをやりながらブログはメインではないという気持ちがあってどこか力が抜けてしまっていたようなんだ。それはそれで一つの魅力かも知れないんだけれども詩や他の創作と比べても遜色がないくらいブログを徹底して載せても良いのではないかと考え出している。文字数も平気で千文字を越えていたりする最近、否、やろうと思えば僕には幾らでもできるし、二千、三千文字でも時間の許すかぎり、ちょっとした短編小説並みのブログ(四百字詰め原稿用紙十枚/四千文字) でも面白そうに感じる。二十代で小説ばかり書いていた頃は一日にそのくらいでやっていた。流石に五千文字以上は厳しかった。しかしブログならば必ずしもストーリーの展開みたいなものは気にならないので、疲れも来難いようだし、どんどん行けてしまうだろうとは思う。
だから本当に制限するべきではないのではないか。詩や他の創作がメインで、ブログがサブという位置付け…