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可愛い動物を本当に忘れ難く感じる動画

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宇多田ヒカルのForevermoreは綺麗な曲だ

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僕は永遠を歌う詩人で、メインのホームページ( ブログへ移転 )はForevermoreだから 宇多田ヒカル の楽曲で Forevermore を知って気持ちは只事ではなかった。永遠を英訳すると普通はForeverだから日本人が作品名に良く充てたと驚く。しかし考え返してみると宇多田ヒカルは英語が得意なのではないか。デビュー曲の Automatic や大ヒット曲の First Love など、作詞作曲を自身で手がけながらいつも英語が目立つ歌手だったわけだ。アメリカで生まれ育っていたらしいので、結局は当然だった。英語が母国語の感性で、 Forevermore も衒いなく、作品名に選ばれたんだろう。 聴いてみると綺麗な曲だと率直に思った 宇多田ヒカル 『Forevermore』(Short Version) via Sony Music (Japan) 宇多田ヒカルというとデビューして…

水野真紀がカルロス・トシキのファンなのは純然な幸せのイメージが分かるせいだと考える

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爆報!THEフライデー に 水野真紀 が出演していて カルロス・トシキ のファンだと夢中になって話していた。かつてボーカルを務めたバンドの 1986オメガトライブ の大ヒット曲だった 君は1000% を口遊んだりしながら如何にも憧れているらしい様子が微笑ましかった。現在は歌手を辞めて日本から本国のブラジルに帰って農業の会社で働きながら種の品種改良を手がけていて最も偉大なニンニクのスペシャリストの一人と呼ばれるくらい素晴らしい業績を上げているのを教えてくれた。気になってブログを観に行くと1986オメガトライブの完全版ボックスとか「カルロス・トシキにハマった乙女」( 今夜「暴報!THEフライデー」 )なんて載っていたから相当に本気だと感じてしまった。 僕もカルロス・トシキを良く知っていた。元々は 杉山清貴&オメガトライブ が ふたりの夏物語 -NEVER ENDING SUMMER…

クリスマスの装飾に使われる松毬をドイツで始まったクリスマスツリーの樅の木の風習から理解しよう

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先一昨日まで全く気付かなかったけれどもクリスマスの装飾に松毬が使われる習慣が世の中にはある。ブログの クリスマスプレゼントの記事 で一緒に載せる写真を探していたらわんさか出て来てとても良いと思った。自然を尊重しているようだ、人工の装飾品だけが使われる場合よりも。心を明らかに和ませるし、クリスマスを身近に感じたのはかつてない衝撃だった。 Christmas wreath with pine cones by StockSnap [ CC0 ], via Pixabay 松毬は個人的に馴染み深い 。十代の頃、近隣で良く見かけたし、取り分け自宅のそばに一本の大きな 松の木 が生えていて周りに数多く落ちていた。自宅を引っ越したり、他の場所でも都市化が進められると共に普通には殆ど見かけなくなってしまった。寂しいかぎりの思いを抱く。何の役にも立たないし、特に興味も持たなかったけ…

地獄で救われないから見守る神を遠ざけながら今直ぐに死んでも幸せだと考える

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疲れ切って堪らない。気力も体力も限界だ。ブログのアクセスがスムーズに伸びないのが辛い。三ヵ月も足踏みだ。いつまで一日百人なのか。早くしないと死んでしまう。 本当に詰まらない現実だ。休むしかないと思う。働いても働いても 金儲け に結び付かない、ブロガーとして全く――。 Mountaineering of dusk by Sanshiro [ CC0 ], via Pixabay なぜ神は救わないのか。分けても永遠の詩人の僕を無視するのでは誰も喜んでないんだ。地獄しか生み出さない。詩だけしか認めたくないのか。僕が喜べばおよそ皆が笑うだろう。死神と悪魔、そして何よりも親玉の閻魔を仕向けて人生の妨害ばかりする。苦しむ永遠の詩人を受け取って何が面白いのか。 良い加減に離して欲しい。つまり神は僕を独り占めするために世の中の誰も手を貸さないように取り計らっているわけだ。昇天させ…

キャンディーズが「普通の女の子に戻りたい」と解散した理由は契約満了だった

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忘れかけていた昔ながらの大きな謎の一つが又解かれたようだ。又といいながら他に何も思い起こせない気持ちは不思議でしかないにせよ、とにかく キャンディーズ が解散した理由が明るみに出て来たのは嬉しいかぎりで、児童期から分からなくて良く考えて過ごしたものだと四十年近く経っては感慨深さまでも受け取ってしまう。 年がバレる(四十年近く前が児童期だから四十代後半ではないか)のはさておき、本当に好きだったというか、リアルタイムでは茫漠としておよそ覚束ないかぎりのアイドルグループでしかないのが僕にとってのキャンディーズに抱かれたイメージだったけれどもいつも可愛いみたいな感じがして幾かでも引き付けられていたのは事実だった。 キャンディーズ|8時だョ!全員集合 もしかすると生まれて初めて気に留まったアイドルグループとすると人生で相当に意味ありげな気持ちもして来なくはない存在だか…

モーツァルトのアイネクライネナハトムジークを聴いて出会える神様への無邪気な心へ

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いつ頃からかは良く覚えていない。たぶんしかし高校時代だったのかも知れないというのが モーツァルトの音楽 を聴きながら神様と出会った。 当時、 ベートーヴェン が大好きだったので、何といっても 交響曲第五番《運命》 のジャジャジャジャーンが印象強いばかりだった、モーツァルトへの記憶は殆どない。クラシック音楽というとベートーヴェンが代名詞みたいな状態で、他には チャイコスキー と マーラー くらいしか聴いた感じがしなかったはずだ。 興味や関心からいうと十代の少年期にクラシック音楽を欲したのは僕の場合はオーディオが大きかったと振り返られる。とにかく良い音とは何かを知りたかったのではないか、世の中で。愛読書も HiVi だったり、どんなシステムで良い音が聞けるのかを知りたくて探し回っていた。 なのでクラシック音楽は色んな音が細かく入っていて自前のオーディオが良い音を出しているかどうかを…

フェルメールの光り輝く親密さのイメージ

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青年期、雑誌で初めて フェルメール の絵を見て余りの目映さに美しさの驚異を感じた。それ自体が光を放つように仕上げられているフェルメールの絵という印象を直ちに抱いた。電球が入っていて内側から照らされているような気持ちさえもしたので、異例中の異例の芸術作品ではないか、僕にとってフェルメールというと出会いの素晴らしさと切り放せなくなってしまっている。 それからしかし分かったのはメディアによって相当に違う、表示されているフェルメールの絵の質感が。 好きだと気に入って本屋で画集を開いてみたら望むべき光のひの字もなさそうだと確かめるように瞬いては狼狽えたし、これも初めての発見だったかも知れないけれどもあからさまにはまさか絵は実物で見るのと写真では違うんだろうと僕は写真でしかフェルメールの絵を見てないにせよ、思い知らされずにはなかった。 The lacemaker by …

気持ちの軌跡としての永遠について

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二十一歳を振り返って気持ちから永遠の詩を取り上げるとすると マーガレット が断トツだった。 僕が丸坊主に近いくらい髪を短くしたら見違えたように「若くなったね」といわれた、天使的な人に。 六月に入って二十一歳の最初の思い出だけれどもまだ若いはずだったし、喜ぶべきか、悲しむべきかで、甚く悩まされた言葉だった。 仕様がないので、天使的な人が老けたことにして頷くしかなさそうだったものの実際には辛かったんだ、二人の気持ちが離れ去ってしまうようで。 にっちもさっちも行かない思いを抱えながらちょっと経って見付けた糸口が天使的な人のいつになく凄く喜んでいる様子だった。 詩にすれば マーガレット だけれども何なのかと詮索するよりは受け取った「若くなったね」は生活の幸せな場面の一つとして二十一歳の六月には天使的な人と同じように喜ぶべきだというふうに気持ちも落ち着いた。 永遠を二十一歳の気…

Forever 21は二十一歳のココロを永遠にしようと名付けられた

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どこかで聞いて良いと思った。ファッションブランドの Forever 21 が日本に開店してアメリカからだけれども俄かに若い女性たちの注目を浴び始めた頃だった。もう五年以上は悠に越えてしまってそうだろう。時の経つのは早いものだ。過ぎ去ってみてはぐうの音も出ない。 Forever 21 at Fairview by Raysonho @ Open Grid Scheduler / Grid Engine (Own work) [ CC0 ], via Wikimedia Commons 僕は自分が着るわけでもないから最初は特に気にも留めないでいたけれどもファッションブランドの設立のコンセプトを知ってForever 21は二十一歳のココロを永遠にしようとデザインされているし、名前もだから付けられたという事実が胸にグイグイ迫って来られたんだ。 人生でもっとも輝く21歳の…

ランボーと永遠への詩学的な考察

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僕が永遠の詩を歌うのは根本的には天使的な人との出会いに基づいている。青春期の 運命の恋 がなければ永遠の詩は経験されなかった。考えると元々は天使的な人の思いで、それを僕は反省しながら引き受ける形で自分自身に取り込んだに過ぎない。永遠の詩は心の繋がりを知り得た喜びだった。幸せそのものを指し示している。 なぜ気付いたのかは スピノザ哲学の影響 が非常に大きかった。彼の永遠の概念は心の繋がりと良く似ている、振り返ると。ただし神と人間との愛を何よりも含意しているので、哲学と詩の相違だけではなくて内実的にも心の繋がりとは差異がある。むしろ溶け合いと捉えられるべきだろう、心として精確には。 スピノザの永遠の概念は心の繋がりと良く似ているために永遠の詩に間接的に関与したのは間違いなかったけれどももう一つ注目するべき永遠の認識があって ランボー の 永遠 という永遠の詩はそれこそ僕と…

スピノザの哲学的な倫理学者としての方法

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スピノザ は人々に哲学者として長らく認められて来たけれども主著 エチカ は倫理学だし、生前から哲学者を取り立てて自認してはいなかったようだ。 まさか正しい選択だったと思う。なぜならスピノザの認識には取り除くことのできない欠陥というか、知覚上の不備が一つだけだけれども含まれていて哲学として厳密には成り立たないからだ。 主著 エチカ 、または前書きとも見做される 知性改善論 を読んでいて非常に感銘的で、他に例のない世界・自然・現実を生み出している真実そのもの(神の力能)を教えてくれるのにどうしても疑問を抱かざるを得ない部分がある。 Baruch de Spinoza by Unknown [Public domain], via Wikimedia Commons スピノザは良くいう、定義を理解しない人には何も分からないと。例えば神は全知全能で何でも実現できるにも拘わらず、…

澄んだ眼差しの世界で自然に出会い得る天使は詩的だ

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日本アニメーション が フランダースの犬 のアニメの第一話を動画で無料公開していて素晴らしい。 フランダースの犬 第1話「少年ネロ」 via 日本アニメーション・シアター オープニングの主題歌のところが凄く好きだ。分けても池に張った氷の上をネロとアロアがくるくる回りながらパトラッシュが割って入ったせいだけれども滑っているのを観ると胸が熱くなるんだ。 そして涙も溢れざるを得ない。人と人との絆は心から清らかには引き裂かれないのではないか。滑り込むほどにパトラッシュが詩になってしまっていたせいで、ネロのアロアの通じ合う言葉(胸のうち)を表現していたと味わわれる、正しく喜ばしく。 十数年来、徹して作詩しながら詩人として幾つもの詩集を仕上げて来たし、詩、または詩歌への造詣は今現在でも絶えず、深まり行くばかりにもせよ、アニメのフランダースの犬のオープニングのパトラッシュの詩…

ツタンカーメンの黄金のマスクはなぜ美しいのか

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一度、見たら忘れられないような感じがしてしまう ツタンカーメン の黄金のマスクだけれども本当に美しいとしかいいようがないわけなんだ。 The funerary mask of Tutankhamun by Roland Unger [ CC BY-SA 3.0 ], via Wikimedia Commons 古代エジプトでは珍しくなかったはずの王の煌びやかな副葬品の一つながら盗賊によって殆どが持ち去られてしまって現代まで残っている黄金のマスクはツタンカーメンの他には二つ(プスセンネス一世とアメンエムオペト)くらいしかないらしい。 心から感動するのは民芸品のせいだ。現物はエジプトのエジプト考古学博物館に所蔵されている。美術的な価値は高くて値段を付ければ数百兆円とも聞かれるにせよ、制作動機はやはり飽くまでも些細な日常だろう。ツタンカーメンの黄金のマスクには人々の生…

治療抵抗性統合失調症でクロザピンの使用に同意した理由

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姪が死ぬかも知れない。精神科に一年ちょっと入院していて治療抵抗性統合失調症として クロザピン (商品名: クロザリル )の使用を求める同意書が家に送られて来たんだ。重篤な副作用があるから万一を踏まえれば避けるには越さない薬ではないかと思う。 先ずは断った。しかし医師の説明を聞いて仕様がないと受け入れざるを得なかった。 統合失調症は長引かせると脳に損傷が広がる可能性がある。幻聴が出ているらしいので、もう危ないかも知れなかった。精神の変調だけならばともかく、感覚の異常は脳から来ていると考えられそうだ、個人的な見解だけど。 元々、姪は軽度の知的障害と診断されて保護施設に入っていた。何年か、暮らしていたもののそこからグループホームに移り住むことができなくて精神科に入ることになってしまったんだ。 統合失調症が影響していてグループホームに馴染めなかったとすると、可成、姪の病歴…

ジェームズ・ディーンがなぜ言葉通りの人だったのかまでは明かすには及ばない

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ジェームズ・ディーン が本当に良いと思うようになった切欠は主演作の一つだけれども 理由なき反抗 という映画を観たことだった。 振り返るとタイトルのイメージに以前から踊らされていたという印象が最も多く残されている。何だろう、 理由なき反抗 とは。凶暴な人物が描き出されているのではないか、必ずしもホラー映画ではないにせよ、見るに絶えない光景が繰り広げられているとすれば有名な作品でタイトルは直ぐに覚えられたとしても実際に観てみようというところまでは気が進まなくもなるわけだった。 とはいえ、映画そのものは普通だったようだ。普通というか、予め想定されたよりは遥かに衝撃が少なかった、恐ろしさの。反対に美しさや素晴らしさといった映画の芸術的な凄さが衝撃としてそれこそ恐ろしいまでに胸に打ち込まれた思いがした。 Rebel Without a Cause - Trailer via…

ボサノヴァ:アストラッド・ジルベルトのイパネマの娘を聴いて心の安らぎを受け取る

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Astrud Gilberto With Stan Getz - Girl From Ipanema (1964) via Jan Hammer 本当に良いとしかいえない。 アストラッド・ジルベルト のアルバムは おいしい水 ( The Astrud Gilbelto Album )が最高だと思うけれどもシングルならば イパネマの娘 だろう。正式にはテナーサックス奏者の スタン・ゲッツ と共同で発表された作品だった。 ボサノヴァの代表曲としてジャンルそのものの魅力が詰まっている感じがする 全てが淋しげだけれども詩的で、綺麗なリズムに乗って涙を輝かせるような風合いもお洒落だと気に入ってしまう。 見かけたんだ 通り過ぎて行く君を 又戻って来るかどうかも 俄かには示せないまま 少しだけ咽ぶような心地で 食い留めもせず 結城永人の 板を割るそばにしかし 僕は永遠の詩を歌う。一つの…

人生で好きな詩集を一つだけ挙げるならば銀色夏生のあの空は夏の中にしよう

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僕が 銀色夏生 の あの空は夏の中 (詩集)をどうにも手放したくない最大の理由は神様を感じさせてくれるためだ。 恋愛詩として読めるのは受け取られたイメージの外観的な要素でしかないと気付いてから本当に素晴らしい詩人の言葉が散りばめられた詩集だと あの空は夏の中 を考えるようになった。 銀色夏生の神様への内観に触れながら味わうとこの詩集は恋愛詩としても計り知れない良さを持っていたということが分かって来る。 本当に面白いのは作中の「あなた」を神様に重ね合わせて感じられるところで、一つの思いが崇高な世界を伴って表現されているせいだったんだ。 銀色夏生はきっと狙ってはいない、作者として。しかし恋人がかけがえのない存在だと詩的に追求している気持ちは率直ではないだろうか。 詩人の意向がそのような真実と汲み取られるかぎり、言葉の端々に崇高な世界を垣間見ることも断じて強ちではない。 僕は考…

夜が更ければ魂の波動に触れるほどの……

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見ていて氷り付いてそうで、滑らかに動いているような気分に引き込まれてしまうという絵がある。 デルヴォー の Lunar City の感覚 Lunar City by Paul Delvaux from WikiArt デルヴォーの Lunar City (月の町)は永遠を匂わせる。画面中央の女性のドレスの黄土色が印象強く心に働きかけるためだ。月明かりを取り込んで月へのイメージの流れを生み出している。 階段かも知れないし、列車かも知れない。月影に隠れるようにして描かれた骸骨のフォームと位置取りからすると線路は地上に遠くへと想像されるべきで、画面右下にもたった二段だけれども階段が描かれていた。どちらも月への流れにしてはイメージが浮かび過ぎて弱いとすれば殆ど沈んで強いのは黄土色のドレスの女性の左手を介して伸びて行く波動なんだ。 万物はあるがままに決定的な場面を繰り広げるのだ…

思いを綴ることにした

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どんなブログをやれば自分らしさに通じるのか。 求めるべき真実の安らぎを認めたらまさか永遠に速やかに歌えたよ。 詩本文 思いを綴ることにした どういう風の吹き回しか 心を言葉へ置き換える 軒並み林檎の木立ちが揺れて 水辺の千鳥は小躍りしていた 僕は詩人として自分らしさを 他の誰でもない生き様で示したい 雨に濡れた紫陽花へは蝸牛こそゆるゆる這い出して来る これまでの記憶は柔らかく胸に染み込むばかりだろう 糸瓜が幾つも垂れ下がるそばから 熊鼠は玉乗りさながらに水平器を抱えるも 闇に消えた蟋蟀を追いかける構えを取る 黙って指を咥えながら見ているつもりなのか 忘却の鏡に写る滝の流れは物事には動じない 駅舎の床の片隅でのんびり転が得た螺子ほども 逞しいだけでただ海が遠く望まれた 世界の広がりが滑らかだ