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Zeissのマクロプラナーは光の流れを巧く捉えるマクロレンズだ

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菜の花が明るく咲いていた。黄色が眩しい。何輪も一斉に風に揺れていると如何にも無邪気な可愛らしさに胸を締め付けられる。自作詩のThe blueで歌った光の切なさを体現した花かも知れない。すると菜の花の一輪ずつが素晴らしい瞬間なんだ。堪らなく詩的で、心から見逃せないと思う。写真はマクロ撮影が上手く行って気持ち良い。菜の花は細長いからまさかだけれども真ん丸でほわほわのイメージが手に入った。世界が見違える。望ましい光を象徴するように詩的に纏められたと納得する。描き込みが少し足りないけど、明るくてコントラストが低いせいみたいだからそのままにしている。写真には自然さを何よりも出したい。些細な日常だし、見た目通りの仕上がりが気に入っている。カメラとレンズのα5100とTouit 2.8/50Mも実力を十分に出し切れたのではないか。写真の実在感は基本的に軽くならざるを得なさそうだから撮影では光の方向に配…

コットの幻想的に心を潤わせる絵の真実

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コットは十九世紀のフランスの画家で、当時、絵の主流だった新古典主義の終わり頃に出て来ていた。Springtime by Pierre Auguste Cot [Public domain], via Metropolitan Museum新古典主義は元々は先代のロココ様式というバロック様式の流れを汲んだ雅やかで非常に装飾的な絵に反発して生まれたといわれる。宮廷芸術とすると王室が栄えていた時代を象徴していたわけだけどもフランス革命と共に没落して行く流れの中で絵の世界で取って換えられたスタイルが新古典主義だった。新古典主義は元々は先代のロココ様式という雅やかで装飾的な絵に反発して生まれたといわれる。宮廷芸術とすると王室が文化的に栄えていた時代を象徴していたわけだけどもフランス革命と共に衰退して行く流れの中で取って換えられた絵のスタイルが新古典主義だった。折下、音楽ではモーツァルトが王室を離れ…

シェフェールの美白と呼べる肌の綺麗な絵の秘密に迫る

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十九世紀のフランスで主に活動していたシェフェールという画家がいた。出身はオランダだった。オランダからフランスへ移住したと聞くとヴァン・ゴッホと同じだ。親近感が湧いた、敬愛する画家と繋がって咄嗟にも調べながら。発見したのはショパンの肖像画で、雨だれの記事で何かを引用するために探していて幾つかあったけれどもテーマに相応しいと気に入った一枚の作者がシェフェールだった。宗教や文学作品を題材にした絵も多いけど、他方では肖像画も数多く手がけていて長年の歴史に埋もれることがなく。百年を過ぎた今も尚、当時の人々の面影を光り輝くように色褪せもしないままに伝えてくれているという素晴らしい腕前の持ち主だった。一目で驚いたのは肌が綺麗で、美白としか受け留められなかった、ショパンの肖像画が。偶々なのかとシェフェールの他の作品を見て回ると同じような感触が得られたので、特徴的なスタイルとして画家の個性だったと分かって…

白詰草に蜜蜂が飛んで来た

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公園に写真撮影に出かけた。α5100とTouit 2.8/50Mで作例はベストショットではないか。見事なリアリティーだ。蜜蜂が白詰草の花を動き回るからシャッタースピードが要求される。結果は1/250sだった。ちょっとした水の流れが1/400sといわれるので、半分程度で大丈夫みたい。快晴の自然光ならばプログラムオートで十分だ。シャッタースピードは上がる、周りが明るいほどに。輪郭が微かに甘いのはカメラのセンサーのせいにするしかないと思う。α5100では超細密にまでは描き切れないだろう。しかし全力の画質を得られた。蜜蜂が白詰草の花の蜜を集めているけれども一つの懸命さを物語るような仕上がりになった。表現に躍動感が漲った。
僕にとって写真でやりたかったことは全てできた。この先は躍動感、あるいは生命感を踏まえながら取り組んで行くべきだ。写真におけるコンセプトを掴んだわけで、白詰草と蜜蜂の出来映えは無上…