ラベル(発見)が付いた投稿を表示しています すべて表示

ロシア人の親日YouTubeチャンネルの発見

イメージ

外国人の親日YouTubeチャンネルは日本人として逆に教えられることがあるのが特に面白い。観ると次々と関連したチャンネルが表示されるけれども気付いたのはロシア人がやっているのが目立つ。 昨今はヴイログ/Vlogといってブログのように気軽に撮られた動画が増えていてそんな親しみ易い内容のロシア人の親日YouTubeチャンネルが興味深いと感じる。 ロシアには日本の車や電化製品や漫画/アニメなどを通じて好印象を抱いて親日家になる人が多いとされる。こうしたことは他の国でもあり得なくはないけれどもロシア人の動画から初めて知ったのは日本語がロシア人には美しく聞こえるらしい。他の国の人から知ることはなかった。だからロシア人は人間として日本人に特別な感情を抱いたり、日本語を含めて日本への愛着が国民的に強くなるのかも知れないと想像される。親日YouTubeチャンネルを観て…

日本のメダリストたちから振り返ってしまう平昌オリンピックへの特別な感情

イメージ

昨日の昼過ぎ、平昌オリンピックから帰国する日本代表の選手団が全日空のチャーター機で成田空港に到着した( 平昌五輪の選手団が帰国 )。ロビーに五百人以上が待ち構えていて大変な盛り上がりを見せていたらしい。 個人的に選手団の帰国にまで注目するオリンピックはかつてなかったし、どうなるかと思ったけれどもメダリストは首からそれぞれのメダルをかけて先頭から続いていた感じだったので、人々の期待通りの出方が演出されていたようだった。さらにメダリストだけ集まって花束の贈呈や写真の撮影会(フォトセッション)も催されていた。日本代表としてやっているから選手団が直ぐに解散せずにオリンピックの会場から帰国した後に記者会見や報告会などを開くのは当たり前だとしても途中の空港でもちょっとしたセレモニーがあるんだとはっきり覚えた。 そして驚いたというか、選手団の一人一人は晴れやかな表情で、…

レオナルド・ダ・ヴィンチのアイルワースのモナリザは真作といって良いのでは

イメージ

フランスの ルーブル美術館 に所蔵されている レオナルド・ダ・ヴィンチ の モナリザ (フランチェスコ・デル・ジョコンドの妻、リーザ・ゲラルディーニの肖像)は真作として名高い。終生、手元に置いて描き続けられていたようで、 未完の絶筆 とも過言ではない。世界の名画中の名画というか、絵の代名詞みたいな作品で、芸術の都と呼ばれるフランスの首都、パリのルーブル美術館では数多く所蔵される全ての作品の中から唯一の至宝とも捉えられている。かつて日本にも持ち出されて展示されたこともあったらしいけれども現在では破損する危険性からどこへも門外不出になってしまっているんだ。 かつてレオナルド・ダ・ヴィンチはもう一枚の モナリザ を描いていたかも知れなかった Isleworth Mona Lisa by unknown [Public domain], via Wikimedia Commons …

デカルトの「我思う、ゆえに我在り」は現実そのものを掴んだ哲学の第一原理だ

イメージ

Portrait of René Descartes: cogy after Frans Hals [Public domain], via Wikimedia Commons 哲学の命題で最も分かり難いというか、どうとでも受け取れるように人々が自由気儘に捉え易いのは「我思う、ゆえに我在り」( デカルト )の他には滅多にないだろう。只単に言葉としてもとても有名で、口に出した本人、デカルトの代名詞にも等しい。数学や物理学などもやっていたようだけれども「我思う、ゆえに我在り」の一言で哲学者のイメージが物凄く強いんだ。思考と存在を単刀直入に結び付けた表現は如何にも簡単らしい。ところが謎めきも凄まじくて何なのかと真剣に向き合うと全ての理解を弾き返すほどの印象を与えて止まない。 この土地での最初の省察を諸君に語らねばならぬかどうか私には分らない。それはあまりに抽象的…

生きる化石と呼ばれるシーラカンスは実に三億五千万年前の姿を止める魚だった

イメージ

古生代のデボン紀の中頃に出現してその後半から姿を変えず、三億五千万年前のまま、止め続けている古代魚の一種が シーラカンス で、生きる化石と呼ぶに相応しい存在を代表的に保っている。 シーラカンスの種類と生息地について Coelacanth off Pumula on the KwaZulu-Natal South Coast, South Africa by Bruce A.S. Henderson / CC BY 目下、南アフリカの北東海岸のチャルムナ川の沖やインド洋のコモロ諸島の海のラティメリア・カルムナエとインドネシアのスラウェシ島の近海のラティメリア・メナドエンシスの二種類の現存が確認されている。 何れも水深150~700m程度の海底谷の洞穴を住処に泳いでいる。人間が普通に海を泳いでいて遭遇する可能性は極めて少ない。しかし近年はディープダイビングで水深1…

野生の砂猫の赤ちゃんのこんにちはみたいな感じが神々しく透き通る祈りだった

イメージ

準絶滅危惧種で数を減らし続けている野生の 砂猫 の赤ちゃんが貴重にも世界で初めて撮影された動画( Sand Cat Kittens Spotted in the Wild for First Time /初めて野生で見付かった砂猫の子猫)を観た。 Sand Cat Kittens Spotted in the Wild for First Time via Panthera Cats 砂猫そのものが言葉を失うくらい可愛い と気付いた切欠だったけれども赤ちゃんだけにさらに輪をかけたようにどうしようもなく可愛くて印象深かった。 親猫が餌を探しに出かけた隙に巣の草むらから少し出て来て追いかけたかったのかも知れない。良く分からなくて右往左往するといっても殆ど動かないから気持ちこそ受け取られた。カメラに気付いたのか、視線が不意に固まったり、数多くのフラッシュを浴びつつも意に…

文体は作家にとって自己満足と人々を引き付けるくらい個性を打ち出すのに良い

イメージ

ブログのアクセスが久々に一日百人を越えたと飛び上がるくらい嬉しい気持ちを味わっている。素晴らしい世界だし、長続きしながらさらに上向きにアクセスが伸びるように努力しなければならないと思う。 自分を見失っては駄目だし、作家活動が天職で、少なくとも書くことはできるかぎり、幸せを味わいながら生きて行くのが面白いに決まっている。 結城永人 via Google+ ブログの記事の仕上がりを新しく変えて行きたくなった。どんな作家活動が良いのか、自分にとって。気に入った仕方で行えばアクセスが伸びなくてうんざりしたまま、止めてしまいたくなるよりは益しだろうと以前から気付いていたものの初めて腑に落ちて来た。本当に駄目だと焦りが大きいせいで、ブログをしっかり続けるには自分こそ満足できる記事を仕上げないと詰まらなさ過ぎている。 詩人だけど、ただし作詩は厳禁なんだ。 メインのホームペ…

雪見だいふくのメッセージは本当に平和だ

イメージ

アイスの 雪見だいふく の蓋を剥がしたらその裏側にメッセージが記されていて心を惹かれた。 雪見だいふくを食べてくださりありがとうございます。 皆さまは少し距離を感じる人っていますか? 雪見だいふくは2個入りです。 もし少し距離を感じる人がいたら、勇気を出して1個分けてあげてみてください。 誰かに優しくできたとき、なんだか心があたたかくなっていませんか? 皆さまの心がいつもポカポカでありますように。 雪見うさぎの皆さまへ via 雪見だいふく とても良いと思う。メッセージの文面は手紙だけれども詩的なエッセイと呼ぶに相応しい。分かり易くて 雪見だいふく を食べてないのに経験が伝わって来るようだ。面白いし、芸術的ではないか。まだ知らない人には発見があるし、もう知っている人には共感がある、 雪見だいふく への。素晴らしい言葉遣いだと称える。 微笑ましいのはアイスが「ポカポカ」…

霊感へ訴えかける言葉遣いは人々へ明け渡されたはずの真実から生まれた

イメージ

いっておくべきではないかと思う、先月の後半から些細な日常の言葉遣いが人々の霊感へ訴えかけているかも知れなかったと。 貴方だけではなく、僕も認めているのだから実際には余り驚き過ぎないで欲しい。 気付いた頃から数週間を経て最近はもう怪しまれもしなくなったようだ。ただし些細な日常というか、ブロガーとしての作家の僕自身の表現力が変わったわけではなさそうだ。考えるとむしろ言葉遣いの霊感への効果は完全に広がってしまってそれ自体で目立なくなっているに過ぎないはずだ。 不思議な気持ちならば世界を部分よりも全体で味わうほどに違和感が薄らいでしまうのと同じだと思うよ。 振り返るとブログのアクセスアップへ向けた 人々のため に 猿でも分かる日本語 で明け渡される 真実を伝え届ける という自己表現の三つの段階を経てついに生み出されたようだ。 僕は予測してなかったにせよ、文芸的に面白いし、霊感ま…

フェルメールの光り輝く親密さのイメージ

イメージ

青年期、雑誌で初めて フェルメール の絵を見て余りの目映さに美しさの驚異を感じた。それ自体が光を放つように仕上げられているフェルメールの絵という印象を直ちに抱いた。電球が入っていて内側から照らされているような気持ちさえもしたので、異例中の異例の芸術作品ではないか、僕にとってフェルメールというと出会いの素晴らしさと切り放せなくなってしまっている。 それからしかし分かったのはメディアによって相当に違う、表示されているフェルメールの絵の質感が。 好きだと気に入って本屋で画集を開いてみたら望むべき光のひの字もなさそうだと確かめるように瞬いては狼狽えたし、これも初めての発見だったかも知れないけれどもあからさまにはまさか絵は実物で見るのと写真では違うんだろうと僕は写真でしかフェルメールの絵を見てないにせよ、思い知らされずにはなかった。 The lacemaker by …

感性を磨いて養って研ぎ澄ます創作活動

イメージ

繁華街の犇めき合う巨大なビル群にアートを受け取る。輪郭線が先鋭さがまるで抽象画のようだ。味わうほどにまさか心も痺れずにはいない。 写真は《絵になる風景》を探すのも面白い。つまり社会の撮り歩きという。疲れたら団子屋で休みを取ろう。否、カメラを持たなくてもそれを求めて過ごしていると感性が磨かれるのではないかしら。 創作活動へのイメージトレーニングになるんだ 美しさとは何か。自分が惹かれる対象は自分で知り尽くされているわけでもあるまい。日々、新たな発見に胸を打たれ続けていれば打たれ続けていた胸のために新たな発見こそ多めに近付いて来ないともかぎらないと思う。食べたかった団子がその人の口を目がけて飛び込んだら笑える。しかし感性には必ずしも自発的とは呼べない要素が含まれてそうだ。新たな発見も認識の隙を突くように得られることは屡々で、《意外な盲点》に驚かされながら今ま…