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無料ブログから独自ドメインへ移転して一ヵ月でアクセスは殆ど回復して来た

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Googleでのブログの一日の表示回数が千五百回を越えてクリック数が百回を越えるようになって来た。独自ドメインを導入して無料ブログから移転して一ヵ月を過ぎた段階で少なくともGoogleからのアクセスは以前と同じくらいにまで、即ち殆ど回復して来たといって良いと思う。
検索パフォーマンス via Search Console
Search Consoleの水色のグラフが表示回数で、青色のグラフがクリック数だけれどもブログのGoogleでの状況を確認しながらほっこり笑うのももはや吝かではない。
振り返るとおよそ一週間か十日毎にずんずんブログのGoogleでのサイト評価が上がっているようだ。情報では二ヵ月後からアクセスが倍増して行く人といわれるサイトの独自ドメインへの移転/アドレス変更なので、最も注目される状況はもう少し先だけれども途中経過として一旦は落ちながら又回復するのは一ヵ月後らしいから普通に想定される仕方で来ているのも嬉しい。
SEO(検索エンジン最適化)に不都合が生じているとGoogleからのアクセスは止まってしまうし、失敗せずに順調に成長しているかぎりは将来へ安心できる。
現段階、無料ブログから独自ドメインへ移転して不利益を全く被らないのが明らかだと思う。
サイトのSEO対策は使用するプラットホームに左右されるかも知れないので、運営上、断っておけば少なくともBloggerにかぎっては独自ドメインが無料ブログのサブドメインよりも不味いことにはならなかったわけだ。
当初、一週間でアクセスが半減して苦しんだ。しかし二週間で六割まで上昇してさらに三週間で八割くらいまで戻っていた。四週間の一ヵ月で十割に近付いて殆ど回復して来たと喜んでいるところで、来週、止まらずに成長するとしたらもう以前の状況を越えるから独自ドメインは凄いと感じるし、Googleからのアクセスアップを楽しみにせざるを得ない。
恐いのは恐い。SEO対策を熟考して三年くらい上手く行ってないブログのアクセスアップなので、どうせ駄目だと思う。ただし独自ドメインのブログ運営は初めてだし、以前とは様相が全く異なる。検索エンジンでのサイト評価に非常に有利とされる施策を取り入れた以上、Googleからも大きく好かれてスペシャルな瞬間が訪れるのも期待するべきではないか。さもなければ有料で年間千円ちょっと費やして独自ドメインをやる必要はな…

hideのROCKET DIVEにライソゾーム病の貴志真由子との心温まる交流に死の行方

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X Japanのギタリストだったhideのソロの音楽が凄く好きだった。取り分けROCKET DIVEが第一印象から記憶に刻まれている。テレビで初めて観た瞬間にファッションセンスが何よりも素晴らしい。ピンクの髪に黄色のジャンパーがとても刺激的だった。振り返るとヴィジュアル系バンドというコンセプトを作り出したX Japanの特色を見事に引き継いでいたのかも知れない。曲も勢い良く情熱が迸るようで、聴いて気持ち良いかぎりだったから全てがパーフェクトなロックだと驚きを禁じ得なかった。
hide with Spead Beaver - ROCKET DIVE hideofficialVEVO
夢と希望をかぎりなく、打ち上げるみたいなイメージが良いと思うんだ。本当に力強く訴えかける音楽で、それまでにも引き付ける作品は幾つも発表されていて購入したベストアルバムのhide BEST ~PSYCHOMMUNITY~によるとTELL MEが必聴で、hideのキャラクターとして見逃せない真心の人間性が出ていると胸打たれる。しかし一段と進歩しているのがROCKET DIVEではないか。シングルでは八枚目で、必聴の四枚目のTELL MEから数年の後に作詞作曲されて発表されていた。芸術的に優れていると明らかに感じるし、聴きながら益々と引き付けられる気持ちは確かだった。
調べると声を失うけれども持ち直して二つのhideの名曲の間に貴志真由子との心温まる出会いがあったようだ
僕は以前からX Japanは大人気でも名前しか知らなくてギタリストのhideについても関心がなかった。ところが難病のファンの貴志真由子との交流が報道されてから人道的なアーティストではないかと珍しくも急激に関心が芽生えて注目し始めたんだ。暫くは素敵だと一人静かに認めるだけだったけど、ある日、テレビの歌番組のポップジャムを観ながらROCKET DIVEを聴いてついにベストアルバムのhide BEST ~PSYCHOMMUNITY~も購入せずにはいられなくなったし、hideを得意の音楽を通じてもっと知りたいと感じてしまった。
彼女の命の灯火が小さくなっていこうとした時、和子さんの目に奇跡の姿が飛び込んできた。
症状を聞きつけたhideとhideの両親が、病院にまで駆けつけてきたのだ。
無菌室で病気と闘う真由子さんに、hideは励ましの言葉をか…

ミスターラグビー/平尾誠二の日本のスポーツの未来へのメッセージ

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平尾誠二は日本のラグビー界を第一線で牽引して来た。高校時代に伏見工業高校から全国大会で優勝を果たすと大学時代には同志社大学から大学選手権の三連覇を果たす。そして社会人の神戸製鉄に入ると日本選手権の七連覇を果たしたり、二十代の全盛期は優勝三昧の現役生活を送っていたに等しい。日本代表にも十九歳から選出されて新しく開催された四年に一度のラグビーワールドカップの第一回から第三回まで予選を勝ち残って本大会へ進出している。第二回ではジンバブエ戦で日本の初勝利に貢献したらしい。1998年に三十四歳で選手を引退してからは神戸製鉄や日本代表の監督として2000年まで活躍して日本選手権で優勝したり、ワールドカップの本大会へ四回目の進出を遂げたりしていた。
Rugby World Cup 2019 Promo via 2019 All For Japan Team
一昨年、胆管癌によって五十三歳の若さで、急逝したけど、来年、日本で開催される第九回のラグビーワールドカップのアジアで初めての招致にも意欲的に携わった(ラグビーワールドカップ2019組織委員会の理事・事務総長特別補佐)らしくて観るのを心待ちにしていたのではないかと非常に悔やまれる感じがしてならない。
平尾誠二はラグビーだけではなくて人間性も凄いと友人の山中伸弥との関係から分かって来た。するとスポーツの捉え方がとても魅力的だったので、ブログで改めて取り上げてみたくなった。英語でSportsの本来の意味は気晴らしだけど、ちゃんと分かっていて自分自身に盛り込んでいる人だったように感じる。生涯、選手としても監督としても気晴らしというスポーツの本来の意味を少しも取り溢さず、誠心誠意、楽しくやっていたのではないか。人柄は弾ける笑顔が非常に印象的なんだけれども根っからの明るい性格だとすればラグビーに自分らしさを爆発させて生きていたと驚かされる。
端的にいって美しい存在を体現しているイメージが相当に気に入ってしまう
知ると未来が輝かしい。生きるとは何かの指南役みたいで、どんな人にも幸せな世界を想像させるのではないか。取り分けスポーツ好きの子供たちへの影響力が大きそうで、それこそ今此処が楽しいという正しい日本語を通じて真実を新しく掴むべき切欠を与えると考える。漠然とやって気付かないよりは間違いなく益しだろう。
「スポーツの原点というのは、たとえば子どものこ…

自分らしい生き方だから一日十万人以上のブログのアクセスを目指して諦めない

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ブログの平均ページの滞在時間人気の投稿の表示を増やしたのと記事名の下に著者名を付けたのとで、一分前後まで上がって来ている。以前よりも三十秒くらい良いから考え通りに進んでいてブロガーとして本当に嬉しい。
難しいのは訪問者がブログ内のページを、二つ以上、開かないと計測されず、零になるのが平均ページの滞在時間なので、動き回り易いデザインが何よりも求められる。
人気サイトはメインのコンテンツの回りにパンくずリストなどの小さな内部リンクが、一杯、付いているし、確かに有利だと本当に良く分かるよね、検索エンジンからのアクセスアップに。
しかし実際に使われるのはブログならば記事の中に貼られた関連記事へのリンクが殆どだろう。一段落を取って大きく目立たせるデザインも見かけるし、文脈に合わせて上手くやっていると押さずにはいられないような感じがする。するとアクセスは一人一万人を越えてそうだと想像しながらもはや羨ましいかぎりだったりもしてしまう。
僕は手がけない、常套的に。記事の一つ一つを丹念に仕上げてこそ一日十万人を越えるのではないかとWikipediaのデザインを最も参考にする。テーマによるけど、飛んでもない仕上がり、過度なまでの情報量で圧倒される内容も昨今では珍しくなくなっている。見習って訪問者に物凄くしっかりやっているブログ、そしてブロガーだと思わせるほどの創作活動を何よりも重視するべきだと感じている。
些細な日常で信頼性を勝ち取るのは大変な時間がかかるとしても命懸けで頑張ればきっと実現できるはずだ
Lust for life by geralt [CC0], via Pixabay
アクセスの最終目標は常識的にあり得なくても一日十万人を目指すからデザインもなるべく質実剛健というか、相反する場合、例えば平均ページの滞在時間のために訪問者が動き回り易くするかどうかには率先して拘泥らないようにしたい。
訪問者を引き付けるために個性存在感が大事だと考えて来た。ブログのスタイルについても華やかに賑やかに気持ちを盛り上げるよりも文章を極めるみたいな印象を与える向きが自分には合っているんだ。僕が作家・詩人を天職としてやりたいし、できるのは他にはないのではないかと気付いた。結局、皆に本当に知って欲しいのは日本語の新たな可能性とか思考のかつてなかった到達点なんて喜びそのものだろう。未知へ向けて文章に取り組まな…

普段の自分らしさをブログでも実生活と同じように分かり易く伝えたい

ブログの記事が他のサイトからリンクを偶に貰っていて最も多いのはFacebookへの共有なんだ。すると何よりもFacebookの利用者に好かれるブログになっていると分かる。
僕は使ってないけれどもFacebookは実名でやるのが一般的みたいだから真面目な人が多いというか、ネットとリアルを切り分けず、ありのままに使われていて比較的に本心が強めに出されているように感じる。
Facebookで好かれるのは実生活が反映し易いとすると個人的に面白い。実生活では僕は人気が一つもないわけではない。癒し系男子と呼ばれたり、皆は普通に仲良くしてくれる場合もあるんだ。
ブログを、一年以上、続けて記事にコメントが殆ど付かないのもあり得ないかも知れないし、余りにかけ離れ過ぎる人当たりは悩ましい。
考えると笑顔が伝わらないのが最大の原因だし、しかもブログでは人々へ寡黙なままの他愛もない受け答えだけで済ませるわけには行かないからキャラクターが非常に分かり難い。
ネットとリアルで自己表現は本当に正反対だろう。誰かに死に物狂いで言葉を延々と尽くすとかなんて実生活では記憶にない。作家活動でなければ微笑みながら少ししか喋らないからブログの印象から捉えられると大違いとも過言ではないわけだ。
ブロガーとして考え直さなくては行けない。僕自身のイメージがもうちょっと分かり易く伝わるように雰囲気を実生活へ近付けるべきだ。
デザインは落ち着いて纏められたし、大丈夫なはずだから文章こそ相応しく変えるのが大切だ。たとえ数千字を並べても一瞬で過ぎ去るように仕上げられると良いと思う。読んで聞いて訪問者を考え込ませない。不思議に気持ち良いほどのスタイルが自分らしいのではないか。
いって永遠の些細な日常に他ならないイメージが求められずにいないし、ブログ全体が僕自身に一致する雰囲気を持つようにさらにもっと強化する言葉遣いを是非とも取って行きたい。
作家活動は灯台もと暗しだ。書けば書くほどにお喋りな人に思われて本心から遠ざけられてしまう。むろん当て嵌まれば持って来いの創作にしても全員には通用しないわけだ。お喋りではないのに書き捲るかぎり、本当の自分を完膚なく指し示す表現には工夫が必要だったと気付く。
たぶん僕は言葉数がどれだけ多くても基本的に味わわれる趣きは沈黙みたいな印象を与える作家、詩人、そしてブロガーになるしかないはずだ。
ブログにFacebo…

素晴らしい人がカラオケで槇原敬之のどんなときも。を歌ったら好青年の雰囲気に打って付けだった

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青春期、一度だけ素晴らしい人がカラオケを歌うのを聴いていて選曲が槇原敬之どんなときも。だった記憶があるんだ。驚いたし、余りに相応し過ぎるというか、好青年の雰囲気にとても良く重なっているせいだった。
加えてカラオケは自分の雰囲気に合わせて選曲するのが好ましいと学んだ。実行するのは大変なはずだし、気持ちがいつも周りからどのように受け取られているかの自己分析が欠かせないと考えながら密かに参ったりしたのも覚えている。
僕は皆でカラオケに出かけるのは初めてだったし、何をどうするべきかも定かではなかったので、振り返ってみると本当に新しい発見が多かったんだ。
最も気になるのは素晴らしい人と好青年の雰囲気が槇原敬之のどんなときも。で結び付くのはなぜかだった。率直にいうと何でこんなぴったりなんだと不思議に感じながらカラオケを聴いていたわけで、驚くだけではなくて内心では解き難い謎としてずっと残ってしまっていた。
槇原敬之 - どんなときも。 via Warner Music Japan
槇原敬之のどんなときも。はポジティブな人生の応援歌だ。歌詞で印象深いのは「僕が僕らしくあるために」の一節で、人間の気骨を物凄く感じさせてくれる。我が道を行くけど、ただしユニークなのは理由を的確に説いている。日本の歌謡曲ではありがちな趣向かも知れないけど、槇原敬之ならではのイメージの所以はラブソングではなかったんだ。どんなときも。は飽くまでも人生の応援歌と捉えるとポジティブな要因が恋人との約束だから二人だけの秘密みたいに閉じられなかったところが際立っている。一言では「夢」が重くて自分自身の全てを含んでいるのが良いと思う。頑張るとは何かがまるで文学作品のように伝わるし、人間の気骨によって本当に知るために経験されるべき月日そのものが集約的に表現されている。畢竟、目標実現に努力した結果が納得できさえすれば失敗しても構わないというと槇原敬之のキャラクターだろう。どんなときも。は世の中で弱者への慈愛に満ちた優しさがはっきり示されているから代表曲に他ならないと考える。
生活上、誰でも助けるみたいな懐の深い思いが好青年の雰囲気を呼ぶとすると槇原敬之のどんなときも。には認められるし、カラオケで歌ったらとても良く重なっていたとかぴったりなんて気持ちが本当ならば素晴らしい人にもあったためだと改めて想像されて来て胸に染みる。
思い出を挙…

久保田早紀は異邦人しか売れずに五年で本名の久米小百合に戻ってキリスト教の音楽宣教師として歌い直していた

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今聴いても本当に素晴らしいと思う日本の古い歌謡曲の一つに久保田早紀異邦人が挙げられる。発売日が1979年10月1日だから四半世紀を軽く過ぎた。思い出すと児童期にテレビから良く流れていて気を引かれたし、耳に残った。歌詞の冒頭が「子供たち」なのが身近だったせいかも知れない。改めて調べると副題がシルクロードのテーマと付けられていたけれども中近東アジアの異国情緒の溢れる音作りが特徴的だったのは確かに覚えている。ユーラシア大陸の東西へわたって幾つもの国や地域を越えながら長い旅路に就くという感じが幼心にも先々の人生に重ね合わされたのが懐かしい。
Caravan proceeding in the desert of Dunhuang by Immanuel Giel (Own work) [CC BY-SA 3.0], via Wikimedia Commons
残念というか、こんな良い曲を作るならば他にももっと久保田早紀の歌を聴きたいと思ったのに待ち構えながら何もなかったようで、寂しかった。
まさか異邦人しか売れなくて本人はシンガーソングライターとして曲作りに全面的に頑張ったけれども鳴かず、飛ばずの五年間を経て芸能界を引退していたらしい。
当時、日本の音楽界で新たな人気を博していたフォークソングやニューミュージュクをやりたいと考えていたようで、久保田早紀は取り分け荒井由実(松任谷由実)に憧れながら大学時代にレコード会社に自作曲の録音テープを送ったら運好く採用されて二年後にCBSソニー(ソニーミュージックエンターテイメント)のオーディションを経て異邦人でデビューしていたんだ。三洋電機のCMの楽曲が求められていてディレクターの酒井政利が久保田早紀を相応しく見付け出した。楽曲の原題は白い朝だったのが変更されたり、アレンジも実力者の荻田光雄が起用されてシルクロードをコンセプトにエキゾチックな仕上がりが取られたりしながらプロデュースに相当に拘泥って売り出されるに至った。当たり前といえば当たり前かも知れないけれども作詞作曲の久保田早紀はピンと来なくて異邦人はむしろ駄目だろうと期待してなかったともいわれる。ところが百万枚以上のビッグセールスを記録して巷で聴かれない日はないほどの人気曲になってしまった。二十代前半で仰天しながら過ごさざるを得なかったというのが実情らしい。歌手はたとえデビューしても…

竹野留里は民謡の名人だから夏川りみの涙そうそうを歌うと流石に清逸な境地だ

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竹野留里 涙そうそう/2016.7.13 OA via THEカラオケ★バトル
THEカラオケ★バトル竹野留里という歌手を知った。昔から芸能人がカラオケの採点機で競い合うテレビ番組だったけれどもいつの間にか一般人も参加するように変わっていたんだ。一月三日の昼下がりにU-18傑作選U-18歌うま甲子園 夏の頂上決戦の再放送)を観ていたら優勝を取り逃がしたものの竹野留里が印象に残った。
昨年始め、2017年2月からU-18(十八歳以下)四天王に選ばれた一人で、北海道出身の高校生なんだ。キャッチフレーズが「民謡日本一の秀才理系女子」という。十五歳で民謡の名人位を至上最年少で獲得して日本一になって高校では理数科に入って放射線技師を目指しているみたいだ。
初めて観て白いセーラー服と四角い眼鏡のキャラクターが強いと驚いたけれども頑張るのが歌だけではなくて勉強も同じくらい含まれているのが異色だと知って又驚いた。
どちらへ向かうのか。しかし両方でも別に構わない。歌手か放射線技師か、または両方か、はたまたどれも関係なくて新しい夢が後から掴まれるのか、何がどうなるかも分からないほどの人生の可能性に満ち溢れた夢の宝石箱みたいなイメージを与えるのが物凄く面白い。如何にも少年らしい気持ちがして微笑ましい。
竹野留里は十代の実像を良く表している。だから白いセーラー服と四角い眼鏡のキャラクターも強いわけではないか。真に迫っている。狙っなくて普段の生活から自然にデザインされているのが高感度が高い。白いセーラー服は学校の制服だしーー室蘭栄高等学校の夏服ーーTHEカラオケ★バトルのU-18の規定みたいで、他の同年代の参加者と衣装の意味付けは大差がない。何といっても象徴的なのは四角い眼鏡で、勉強で目が悪くなったのかはさておき、自分らしさが出ていると考えると泣けて来るくらい良い。本当に個性的だし、他ではおよそ見かけないようなスタイルなのは我が道を行くと実感させる、明らかに。流行りかどうかはちょっと詳しくないにせよ、お洒落ならば相当に斬新な今時の若者だろう。
しかし歌も興味深い。民謡の名人だから表現力がやはり違う。U-18傑作選で最初に聴いたのは準決勝で坂本冬美夜桜お七という演歌の選曲だった。カラオケの採点機で百点を出して決勝戦へ進出した。音程は良かったけれども声の伸びが足りないようだった。または良いのかも知れ…

人気ブロガーのはあちゅうは歌手のスガシカオみたいに自分らしい人生を勇ましく実現していたんだ

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ブログで生活費を稼ぎたければ人気ブロガーにならなくては行けないだろう。世の中でもう既に成功している誰かから学ぶのがとても大事だと考える。
人気ブロガーというと一日一万人の月間三十万PV以上が一つの目安かも知れない。基本的に無理だと思うし、世の中であり得ない数字としかいえない。一日一万人のアクセスはほんの僅かなブロガーだけが達成している。
かつてイケダハヤトのまだ東京で消耗してるの?から丁寧な記事作りまなしばのままはっくから楽しいブログ運営を学んだ。
三人目ではあちゅうオフィシャルブログが目に留まった。何よりも驚いたのはプロフィールの写真や文章を皆が使って良いと用意してある。大好きだ、はっきりいって。本人を紹介するためと用途はかぎられているにしても無料で転載可能ならばサイト運営で非常に助かるので、出会えて嬉しい。僕だけかも知れないにせよ、ならばむしろ訪問者の気持ちを僅かでも捉えて止まないから全般的にもきっとアクセスを取り零さなくて人気ブロガーに違いないと頷く。

はあちゅう
ブロガー・作家。慶應義塾大学法学部政治学科卒。 在学中にブログを使って、「クリスマスまでに彼氏をつくる」「世界一周をタダでする」 などのプロジェクトを行い、女子大生カリスマブロガーと呼ばれる傍ら、 レストラン、手帳、イベントをプロデュースするなど、幅広く活動。 2009 年電通入社後、中部支社勤務を経て、クリエーティブ局コピーライターに。 2011年12月に転職し、トレンダーズで美容サービス、動画サービスに関わる。 2014年9月からフリーで活動中。
月額課金制個人マガジン「月刊はあちゅう」、 オンラインサロン「ちゅうもえサロン」「ちゅうつねサロン」などを運営。 著者に「自分の強みをつくる」(ディスカヴァー・トゥエンティワン) 「恋愛炎上主義。」(ポプラ社)「半径5メートルの野望」(講談社)など。 雑誌、オンラインメディアなどでの連載多数。催眠術師資格を保有する。
ブログ:https://lineblog.me/ha_chu/
ツイッター:@ha_chu
はあちゅう via オフィシャルブログ
巷のアクセスアップの情報で、訪問者のためのサイト運営が重要だと良く聞かれる。
はあちゅうは完璧にできている。ブログ全体が訪問者のためのデザインになっている。さもなければプロフィールの貸し出しもなかったはずだ。分けても写真の…

プロのブロガーへ上手く行かない人生にも差し込んだ希望の光で奇跡こそ信じて

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ブログのアクセスが昼前に六十人を越えていて一日二百人を初めて達成するかも知れない。開設して一年という年内に一日数百人のアクセスを得るのが目標なので、せめて一回でも上回れば自信に大きく繋がって来る。二百人ではギリギリだけれども数百人の範囲に収まるわけだから申し分ないと納得できる。
Discovery in the forest by Dieterich01 [CC0], via Pixabay
夢が膨らむ。来年以降、本当にプロのブロガーとしてサイト広告で生活費を稼げるのではないか。一日千人が最低でも必要だろう。スタートラインといって良いはすだし、それまでは下積みのように考えている。苦しくても仕様がないに違いない。
詩的にいえば床掃除の毎日だ。誰が汚したのか、大変なままでに。自分だし、苦労をどれだけ重ねても作家としてしか生きたくないのに上手く行ってない不遇のせいだ。代わりにやってくれる人なんていない。報われないまま、死に物狂いで頑張るだけが実際だろう。
二十代前半から四十代後半までうだつが上がらなかった。およそ二十五年の悲しみから解き放たれる日が近付いている気持ちは幸せそのものだ。ピンと来ないし、忘れかけている。作家が天職だと気付かなければもっとずっと楽だったかも知れない。ただし自分らしさは必ずしも掴まれなかったから不幸だったのも事実なんだ。楽に過ごすだけでは満足できない。何といっても自分らしさから生計を立てられるような暮らしを模索していた。作家でも直ぐに人気を博せば簡単だったはずだし、二十五年の悲しみというと長過ぎて呆れる。現今はブロガーがメインだけれどもプロへの夢を諦めたり、死ななかったのは本当に神のお陰だろう。
祈りを捧げながら実感するよ、お先、真っ暗の生活にも今漸くと希望の光が明々と差し込んでいると。
従来の専ら期待感が有力な現実ではない。未来への可能性がしっかり出て来たわけなんだ。プロのブロガーとして着実に生きて行けるかも知れないから素晴らしく嬉しい。
目下、不幸だらけの歴史から何もかも失敗しないように改めて注意しておきたいとも認める。
Spooky midnight by Dieterich01 [CC0], via Pixabay
どうせ上手く行くはずはないし、不遇こそ相応しいのが僕なのか。昔は人々にはっきり合わせてなかったに過ぎない。現時点でも変わらない詩のホームページ

葛飾北斎の神奈川沖浪裏の知る思いと高齢化社会の人生

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江戸時代の日本の浮世絵師を代表する存在の一人、葛飾北斎の富士山を題材とした優れた名作の富嶽三十六景の中で最も印象深い一枚の浮世絵(木版画)が神奈川沖浪裏だと感じる。
Behind the Great Wave at Kanagawa by Hokusai Katsushika [Public domain], via Wikimedia Commons
一度、見たら容易に忘れないというと些細な日常で発覚したのは二回目の気持ちで、古代エジプトの至宝:ツタンカーメンの黄金のマスク以来の美しさへの著しく謎めいた驚きなんだ。
それぞれを比較すると作品の素材が違うし、創作のジャンルも同じではないのは明らかで、共通するのが何といっても芸術的な衝撃の一言に尽きる。
葛飾北斎の神奈川沖浪裏は瞬く間に目を引くツタンカーメンの黄金のマスクの余りに鮮やか過ぎるほどの色彩感覚を持たないけれども全てが静かに胸に迫るところが却って如何にも詩的らしくて比較的に落ち着いてずっと見ていたくなるのがとても面白い特徴だと考える。
制作されたのは天保二年/1831年頃で、作者は七十歳くらいの老人だったかも知れない。
江戸時代の日本人の平均寿命を調べるとおよそ五十年だった。世の中に「人生五十年」という言葉も生まれていたらしい。数百年前の鎌倉時代辺りから続いていて実際に越えるようになったのは百年以上後の現代に入って日本が第二次世界大戦を過ぎて高度経済成長からだったんだ。医療の科学的な進歩が大きいのではないか。的確に治せる病気が増えて人々の寿命が伸びて来た。そして日本人の平均寿命が八十歳くらいまで達して「人生五十年」の常套句も終わりを告げながら日本は世界トップの長寿国と見做されて久しいけれども、二十一世紀も早々の近年、ついに百歳まで見え出しているようなんだ。
気持ちからすると神奈川沖浪裏を仕上げた七十歳くらいの葛飾北斎は人間的に老境だったはずながら当時の平均寿命を上回っているのは明らかだとすると今現在の少なくとも人生八十歳の状況からは彼自身の「人生五十年」で差し引かれた二十歳を追加して百歳のイメージで捉えるのが良いかも知れない。
懐かしい知り合いたちの多くは亡くなって一際の寂しい思いを強いられながら過ごさざるを得なさそうだ。
しかし平均寿命を二十年も離れているわけだから一人ぼっちの毎日にも慣れるほどに生きる喜びが逆に増して来る…

ミシュランガイドの一つ星を掴んだラーメン店の鳴龍の一人での小さな立ち上げ

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東京都の山手線の大塚駅から徒歩で五分の場所に開店しているラーメン店の鳴龍が一人で立ち上げたという個人経営で、しかも客席が僅かに十席と小さいのに世界各地の料理の名店を紹介するミシュランガイドミシュランガイド東京の2017年のラーメン部門で一つ星を掴んだと知って驚いた。
一人でもやればできると人生に希望が持てそうだ。どんなに無名でも道は開かれるのではないか。夢の途中の僕には本当に大きな励みになる。
才能は気付かないと花開かないし、鳴龍がミシュランガイドの一つ星で世の中に著しく知れ渡るのは好運そのものだけれども一人で立ち上げた本人が適当では先ず無理だったはずだと思う。
醤油拉麺 via 鳴龍
店主の齊藤一将は何年も中華料理を他の店で修行してから自分の店を初めて持ったらしい
経歴としては料理の専門学校を卒業してホテルの中華料理部門で九年間を勤めて自分の店を持ちたいし、ラーメンが好きなので、名店のちゃぶ屋へ転職した。そして店主の森住康二からラーメンに特有の製麺などの詳細な知識を学んだんだ。ちゃぶ屋のグループ店の表参道MISTの料理人になったり、暫くして香港MISTに異動したけれども最終的に料理長に昇進したりして思う存分と腕を奮ってから鳴龍へ独立した。
野球選手のイチローの努力と重なる。夢を叶えるための計画性が甚だしく明確なんだ。どちらも世界に通用する能力を示していた。人生の進むべき道を好きな気持ちから生き甲斐を自覚して一つに極めるような物事への取り組み方が人々にも最も受け入れられ易いのではないか。とても重要なんだと鳴龍の齊藤一将の経歴と共に改めて感じる。
本当に脇目を振らない情熱をだろう、自作詩でいえば。分かっている僕が駄目なのは恋愛に即して歌っているせいかも知れない。ならば作家活動に置き換えるべきだ。読者を恋人のつもりでやればもっと上手く行きそうだろう。ブログのアクセスアップでも良く聞かれるのは訪問者へラブレターを出すように記事を仕上げなくてはならない。どうしてかと少なからず、不可解でなくもなかった(訪問者は現実に恋人ではない)けれども皆に物事としっかり向き合ってないと受け入れる気持ちそのものを削いでしまうために不味いんだ。
齊藤一将が凄いのは鳴龍の立地条件が必ずしも芳しくなかった。山手線の大塚駅の近くは都心とはいえ、人通りがさほど多くないようなので、自前のラーメンの実力を試すようにや…

天使的な人に振られるなんて最悪の嫌な夢を見させられてもう殆ど眠れなかった

前日にセカンドライフの快眠法(あしたも晴れ!人生レシピ)を観て年を取ると人は良く眠れなくなり、六十五歳以上では嫌な夢を見て飛び起きるように殆ど眠れない夜を過ごすのも珍しくないと知ったせいか。
まだ老け込んでないにも拘わらず、中高年と同じになって五時間半しか眠れずに真夜中も真夜中の四時起きを強いられてしまった。
直ぐに又眠れるかと、十数分、目を閉じていたけれども無理だと部屋の明かりを付けて珈琲を飲んで早過ぎる一日を始めると決めた。
睡眠恐怖症と睡眠障害は避けるに越さない
眠れないのに長々と眠ろうとするのは良くないらしい。すなわち不眠恐怖症に陥ってさらに酷く眠れなくなるせいだ。睡眠には心理的な要因が大きい。
僕は眠れなければ翌日に眠くて良く眠れると期待して早く起きても納得する場合が多い。
皆も同じかも知れないけど、しかしスケジュールで翌日以降の眠りが期待外れに阻害されると危さそうだ。
睡眠障害に陥り兼ねない。年齢を問わず、あり得る。セカンドライフの快眠法で取り上げた事例では四十代の男性が仕事への重圧で眠れない日々が続いて大変な不調から退職まで余儀なくされていた。完全に病気だし、睡眠障害は警戒しなくては行けないと考える。
別嬪さんの賀耒千香子が被った天使的な人
テレビに賀耒千香子がメインで出ていて中高年向けの番組なので、この人はもうそんな年だったのかと久々でちょっと驚いたけど――ドラマのスチュワーデス物語で良く観ていたのは思春期だったはずだ――父親が崖から落ちて死んで行くような嫌な夢を見て眠れなかったと体験談を明かしていた。
そのせいも大きかったのか。振り返ると賀耒千香子は女性として何となく思い起こさせる空気を持っていた天使的な人が夢に出て来て僕が一方的に振られただけみたいな結末に耐え切れなかった。部屋の外も須く暗いうちに起きるしかなくなりもするわけだ。
考えると賀耒千香子はたぶん肌が天使的な人と似ている。そして別嬪さんのイメージが被ってしまう。バラエティー番組に出ているとハキハキ喋り過ぎて分かり難いかも知れなかった。もうちょっと静かならば賀耒千香子は別嬪さんのイメージで、心地良い空気から見ず知らずの人と接するかぎりの天使的な人思い起こさせるのも不思議ではなかったようだ。
僕は驚いた。あるとき、天使的な人が普段よりも小さな声で喋ると気付いて見ず知らずの人が相手だから淑やかに変わったとすると羨ま…

藤井聡太四段の実力をNHK杯テレビ将棋トーナメントの森内俊之九段との対局で知った

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何年振りか、テレビで日曜日の午前中からNHK杯テレビ将棋トーナメントを観てみたくなった。十四歳二ヶ月で史上最年少のプロ棋士としてデビューして直ぐ様と最高記録の二十九連勝を成し遂げた藤井聡太四段が出て来たのが何といっても大きかった。
噂には聞いていたし、現在、最強と考えられる羽生善治二冠(元七冠の史上最多同時タイトル保持者)にも勝っていたので、どうにも手が付けられない強さだろうとは容易に想像できた。
しかし実際にどんな将棋を行うかは全く知らなかった。将棋を観るのは僕にとってNHK杯テレビ将棋トーナメントしかなかったので、第六十七回開催の二回戦だったけれども藤井聡太四段が出て来たのはチャンスだとテレビのチャンネルを合わせずにいられなかった。
もう一つ気になったのは対局相手が森内俊之九段だった。調べると近年は物凄く落ち込んで、半分、引退している(負けの多さが祟ってプロ棋士の順位戦という基本的なグループから外れてしまった)ともいわれるけど、とにかく一時期は羽生善治二冠と同世代で並び称されるくらい強かった。
プロ棋士のタイトルで竜王戦と二分される最高峰の名人戦で、五期連続、勝ち続けて本当に数少ない永世名人という称号も歴代十八番目に手に入れていた。すなわち十八世名人になった。近年では羽生善治二冠が歴代十九番目の永世名人/十九世名人になったらしいから森内俊之九段がちょっと早くてそれまで名人戦の決勝で対局してもタイトルを譲らなかったりしたわけだ。
将棋界では引退しないと永世名人の称号は名乗らないみたいで、現役中は実際に持っているタイトルか無冠ならば段位を肩書きにするのが習わしになっている。
森内俊之九段と呼ばれると現時点で無冠のプロ棋士だけど、しかし永世名人の資格保持者だから新人ながら何れは同じような立場に立つと有望株そのものの藤井聡太四段との対局はどうなるかが非常に興味が湧いて来たんだ。
第67回NHK杯二回戦第5局 via NHK囲碁と将棋
結果はそれぞれの調子が、そのまま、出たような感じで、落ち込んでどうしようもない森内俊之九段が伸び盛りで成長して止まない藤井聡太四段に百手もかからず、あっさり完敗してしまったようだった。
対局前の発言では森内俊之九段が「経験」と、藤井聡太四段が「全力」といっていたのが気になった。僕にとっては十八世名人などの歴史を大きく刻んで来た「経験」とキュボロの幼児教育な…

個性が他人に特別な感情を抱かせるからやはりサイトのアクセスアップや日常生活にも肝心だろう

ブログの検索エンジンからのアクセスは少しずつ増えている。一日百五十人が目の前に迫っている。微笑ましいかぎりの毎日で改めて気付くのはGoogle検索に引っかかる記事の種類が増えて来たようだ。するとブログ自体のサイト評価が上がっていると考えられる。
SEO(検索エンジン最適化)対策としてサイトのドメインのサイト評価が子ページの全てに影響するけれども前者が良くて後者も良いという傾向が増している。
面白い、やっていて。サイト広告で生活費を稼ぐにはまだまだ光の見えない暗闇の中を彷徨っているに過ぎない状況にせよ、ブログの成長を実感するかぎり、夢は死んでない。頑張れば何とかなると期待するほどに希望を強く持って前向きにブログを更新する気持ちが高まるんだ。
終わりではなくて続ける。さもなければ数百字の記事を公開しながら検索エンジンに嫌われ兼ねないブログだろう。できれば二三千文字が求められるわけで、作家活動も得てして変えざるを得ないけど、こればかりはただし致し方がない。検索エンジンからのアクセスアップを狙うブロガーとして大事なのは本当に必要以上の文字数が強いられた場合に文章をどれだけ気持ち良く仕上げられるかに尽きると思う。
すると訪問者も寄り付き易いというか、ブログの記事に興味や関心を増して助かると想像するんだ。
気持ち良いからもっと読ませて欲しい。更新しなければ既出の他の記事を見に行ってくれるかも知れない。ブログでページの平均滞在時間を上げるのもGoogle検索でのサイト評価に繋がる可能性があるから決して等閑にはしたくない。文字数にかぎらず、読んで気持ち良い文章、または気に入らずにいられないコンテンツとは何かを追求するサイト運営は一つの大きな手に他ならない。
どんな自己表現がブログのアクセスアップに役立つかを事ある毎に考えて来て一日百五十人を目の前にしながら今初めて覚えておきたいのは人々に特別な感情を抱かせる記事への思いなんだ。
触れると僕自身が心の底から分かって貰えるはずだけれどもブログにとっては世の中で他のブログでは得られない世界を与えるのではないか。訪問者がそんなふうに特別な感情を抱くほどにページの平均滞在時間が上がるのはもちろんのこと、常連/リピーターを増やすのにも非常に効果的だと感じてしまう。
自分でもブロガーとして個性がはっきり打ち出されたに等しいわけだからやっていて嬉しいので、もはや…

板野友美が二十六歳でリリースの水着写真集は頑張っていると応援したくなるくらい良いね

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AKB48で最初に好きなのが板野友美だった。そこから良いのは篠田麻里子だと気持ちが変わってもう終わりだと思っていた。
板野友美がAKB48の窓口みたいな感じで、僕にとってはセブンイレブンのテレビCMでアヒル口をやっていたのが、一体、何だろうと気を引かれたんだ。AKB48はどんな人が集まっているグループなのかとちゃんと見るように変わった。
すると最も可愛いのは篠田麻里子ではないかと驚きつつも新しく感じて世の中ではヘビーローテーションEveryday、カチューシャ恋するフォーチュンクッキーでAKB48が非常に盛り上がっていた頃だったけれども何人ものメンバーの中で篠田麻里子ばかり夢中になって探していた。
どこかへ行ってしまった板野友美が写真集のReleaseを出すんだ。完成して本人のInstagramでもちょっと紹介されていたけれども本当に良いと思わずにいない。
板野友美さん(@tomo.i_0703)がシェアした投稿 - 6月 12, 2017 at 1:16午前 PDT
久々にせよ、知るや否や気持ちが又引き寄せられて篠田麻里子こそ今度はどこかへ行ってしまっているんだ。
今はもう二人ともAKB48ではないからどちらを見ていても関係ないかも知れない。
板野友美のReleaseは水着の写真が満載で二十六歳で発表されるんだ。撮影したのは今年の四月のハワイで七月三日の誕生日から数ヶ月前の二十五歳だったみたいだけど、およそ二十六歳から二十八歳くらいまでが人間の美しさとして男女とも見た目では頂点みたいに個人的には受け留めている。グラビアならば旬の時期を逃してはならないという絶好のチャンスを捉え切っている写真集ではないだろうか。
板野友美は水着の写真が満載のReleaseで人生そのものを個性的に明るく表現しているのが素晴らしいと感動を覚えてしまった
本当に自分らしさを大事にしながら芸能活動を行っているようで、好感度が上がったし、頑張っていると心から励みにするまでに喜んで応援したくなって来る。
#いいね!(Music Video)/板野友美 via KING RECORDS
チェックするとソロで歌も出していた。#良いね!が本当に良いねと思った。どこかで聴いたことがあったかも知れないような懐かしさが不思議に気持ち良い。
今年の五月にリリースされていて同じ流れから写真集のReleaseも三ヶ月後の八月に正…

愛を込めてあげるプレゼントに透き通った血の流れを感じ取るための鏡ならば知らないわけもなかった

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姪が家に三回目の外泊に来た。又更に回復したようで、安心した、治療抵抗性統合失調症から。もはや見た感じは病人とは思えない。雰囲気の明るさを大きく取り戻していた。
妙な話、死体とは及び付かないというか、僕が目撃したのは透き通った心の持ち主父親が実際だったけれども病による死の影のような不吉さは心に微塵も降りかからずに済んだし、触れ合いの感覚も相当に安らがずにはいなかった。
一つだけ気がかりなのは喋り声が何かに押し詰められてそうに潰れていると思った。
人によって性格から身に付いていて必ずしも珍しくないし、喋り方の個性的な特徴として何一つ危ぶまれはしない。しかし姪には相応しくないのではないか。かつて激かわのお洒落さんだったはずだし、芸能人でいえば北川景子のような印象を与える暮らし振りが望ましいと考えてしまう。
心のどこかに思い悩みが潜んでいるために声を潰すに違いない。それは人生のとても小さな悲しみだろう。苦しまなくて良いから敢えて苦しんでみせるというと僕にも思い当たる経験は一つや二つではなかった。なぜ人は急に声を変えてさも押し詰められたように喋り出してしまうのか。拗ねながら笑わせるともなく、誰かとやり過ごされた小さな悲しみにとてもと微かに遅れて付け加えられる瞬間が好きなんだ。
もう追いかけはしない世界の残像の全てが可愛いと思う。耐えなければならない人生の重みが軽やかに浮き上がって行くように祈っていたわけならば喋り声が潰れるのも一つの信仰の現れだろう。特に問題はない。個性的な特徴か、または遊びならば自分でも行って感じ返せば周りでも偶に見かけた言動の健康な様子に含まれるに過ぎない。
しかし姪には不釣り合いなイメージだとしたら自分らしさを掴み倦ねているせいだろう。
健康とは何か。そして普通に生きるのはどうやって可能かを考えているに違いない。精神科から退院すれば病院の外で久し振りに皆と同じように暮らさなくてはならないからかつて会得していた記憶が遠退いてしまったように分からないだけだ。少しずつ実地に覚えて行けば良いはずだし、僕も理解者としてそばに付いているから姪はきっと自分らしさを掴み取るのも難しくはない。
知的障害でも軽度ならば社会へ適応して自立するのは感受性から可能だと考えられるかぎり、もはや普通に生きられない理由はないと僕こそ余計な心配を抱かせないように姪を見守るべく、日々へ思う存分と努めた…

松島の海と象徴的に切り離せない父と息子の物語

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七月の第三月曜日は国民の祝日で海の日だ。海というと僕は出かけた経験が殆どないし、記憶も朧そのものなんだ。なぜかはやはり泳げないせいだろう。プールも同じだけれどもいつも縁がなかった。
水辺ならば魚釣りの池や川が余程と好きだったし、振り返って思い出も数知れないくらい良く親しまれていた。
Matsushima Shidaikan Sokan by Ippukucho (Own work) [CC BY 3.0], via Wikimedia Commons
ところが海もとても印象に残っている場面がある。一度だけ出かけた宮城県の松島の海だった。日本三景(松島・天橋立・宮島)に含まれる国内で最も有名な絶景の一つだけれども小学時代の夏休みに父親に連れられて二人だけで訪れた。
遠くまで点在する島々が遥かに霞んで行く光景が幻想的で如何にも不思議だったと覚えている。
秋田県の祖母の家から自宅に帰る途中に車で立ち寄った。大好きなカブトムシクワガタムシをバケツに大量に捕って車の後部座席の床に置いて持ち帰るところだったし 、早く帰りたいだけだから困ったけれども父親がどうしても松島の海を僕に見せたくて二人だけの思い出を作ろうとしていたのではないかと後からは考え出した。
心を探れば日常生活で他にも似たような場面は幾つか見付かりそうだけれども何れも特別な気持ちで受け留められるかぎりは父と息子の物語だろう。
映画ならばオーバー・ザ・トップ(監督/主演:シルベスター・スタローン)が真っ先に思い当たる。
腕相撲のチャンピオンを目指して貧乏に息子と共に明るく耐えながら世の中で努力して栄光を勝ち取ってみせる父親の尊敬するべき姿を誇り高く描き出していてド派手な演出が著しく目を引くけれども父と息子の物語が却って非常に分かり易く対照的に心に静かに染みて来るのが素晴らしい映画だと感じる。
松島の海は個人的に父と息子の物語の象徴だ
Matsushima Shidaikan Reikan by Ippukucho (Own work) [CC BY 3.0], via Wikimedia Commons
何もするわけではない。ただいるだけで良いみたいに父親は何もいわないし、僕も同じように黙っている。時の流れを何なのかと問わせるのがおよそ父と息子の物語の特徴だろう。
詩的といえば詩的だし、心が静けさに触れながら世界が風になる。父と息子の物…

やる気を高めるためには必死に頑張るだけではなくて失敗を恐れない勇気も欠かせない

ブログの検索エンジンからのアクセスが、二週間以上、足踏み状態に陥っている。掲載順位は落ちていたのが戻りつつあるから大丈夫だと思うし、来週から良さそうだけど、今週からそうなると予測したのが外れたから悲しくてやる気が完全に失せている。
落ちていた掲載順位が完全に戻るまでは検索エンジンからのアクセスが持ち直さないということならば笑ってしまうけれども来週からチェックするしかない。期待していると又肩透かしを食らって掲載順位が反対に落ちてしまうかも知れないので、本当にどうしようもないけど、やる気が失せていると碌なことを思い付かないわけで、とにかく未来は暗くなるばかりだ。明日、否、今直ぐにもうここから誰も来なくなるブログに他ならないのではないかと不吉な予感で生活そのものが覆い尽くされてしまう。
ブログには四百件以上の記事が掲載されている。だから一日百人で喜んでいる場合ではないし、本当は検索エンジンでのサイト評価が低くてアクセスは余りに酷過ぎるんだ。理想的には記事数に見合った人数を確保しなくてはならないブログのはずだ。検索エンジンに有利な記事もあれば不利な記事もある、キーワードによって。ただし全体で均せばそれぞれは相殺されて一つの記事で一日一人が理想的だから現状は四百人以上が求められる。
ブログを開設して、一年以上、経たないとGoogle検索でのサイト評価は安定しなくて底上げされないからたぶん考えても仕様がないんだけれども黙って記事を増やし捲るのも苦しいのは事実だ。少しでもアクセスアップが可能ならば一年後に全記事が一気に盛り上がるにしても潜在能力を高めておくには越さない。
人を数多く呼べる記事、ブログとは何かを前以て着々と整備し続けて行かないといつか検索エンジンに好まれてアクセスアップのスイッチがはっきり入ったとしても得られる結果は理想的な水準に遠く及ばないかも知れないわけだ。
巷ではブログを開設して三ヶ月で一日何千人も達成したと良く聞かれるし、全体から見ればほんの僅かなブロガーの発言にせよ、多少とも追い付くような手応えがなければ自分自身で期待しながらブログを更新するのも虚しいかぎりだ。
些細な日常は半年で一日百人も危ない。前のブログのSuper Leak(旧些細な日常)なんか一年半でその半分にも至らなかったし、検索エンジンに好まれない要素があれば少しでも見落とさずに修正できないと不味い。
両…

ブログは自分らしさを大事にすれば訪問者にもきっと分かって貰えるから検索エンジンの落とし穴にだけは嵌まるな

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ブログのアクセスが二日連続で一日百人を達成してから余り落ち過ぎずに同じくらいで持ち堪えている。やる気が増すし、夢に向けてさらに頑張りたい。
検索エンジンからのアクセスアップに手応えを十分に掴んだのではないか。誰も来ないところから半年で一日百人まで成長した。良い感じなのは確かで、死ぬまでに千人でも一万人でも達成できそうではないか。ブログのアクセスの伸び率も同じように上がって行けば現状から単純計算で、五年とか五十年なんて得るよりももっとずっと速くなると期待して止まない。
Google検索でのサイト評価はサイトを開設して一年くらい経たないと定まらないと思うし、経験上、そこで初めて爆発するんだ。コンテンツが良ければ全てが一気に好調を得る。雨後の竹の子に等しく、アクセスはあちこちで伸びる。ひょっとすると来年の一月には些細な日常は一日千人を越えるのではないか。今までのアクセスの伸び率を考えると数ヶ月で年内に達成するはずだけど、流石にそこまで甘くないのがGoogle検索なのではないか。さもなければ本当に誰にでもできそうなアクセスアップだろう。僕にとってBloggerの新しいテンプレートが肝心要ならば有料の独自ドメインのホームページやブログこそ間違いなく好調だと思う。サイト全体の底力を上げるためには無料サービスのサブドメインとかサブデイレクトリーなんて仕方ではなくて独自ドメインでのサイト運営が至上命令とも過言ではないくらい有利なはずだ。ところが巷ではやはり駄目で誰も来ないと聞かれる場合がある。検索エンジンからのアクセスアップはサイト全体の底力では計り知れない以上、一日百人は素晴らしいにせよ、うかうか喜びの落とし穴にだけは嵌まらないように注意しなくてはならないと思う。
今此処で覚えておくべきなのはGoogle検索の奥深さだ
ブログでどんな記事が検索エンジンに好まれるか。Googleの答えは簡単だ。訪問者に好かれるブログが良い。すると検索結果で目立って紹介されるし、アクセスアップに繋がる。実際には難しいし、検索エンジンがどこまで正確にサイト内容を把握できるかは未知数だけれどもGoogleは訪問者に好かれるブログを優遇するつもりで検索エンジンを改良して行くかぎり、ブロガーとしては合わせて記事を仕上げるのが重要というだけだ。
もはや初心に返る思いがする。どんなに訪問者のためにやっても検索エンジンに…