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チャカ・カーンのI'm Every Womanは命の輝きの爽やかなR&Bだ

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Chaka Khan - I'm Every Woman via Jimmy Kimmel Live1973年にファンクバンドのルーファスのボーカルとしてデビューしたチャカ・カーンがソロ活動を開始した1978年のデビュー曲に発表したのがI'm Every Womanだった。今から振り返ると四十年前の音楽だけれどもちっとも古びない感じがして改めて良いと思う。R&B(リズムアンドブルース)の楽曲では比較的に珍しくて爽やかな印象を与える。クールなソウルとしてはブランニューヘヴィーズのNever StopやジャミロクワイのVirtual Insanityのようなシャズファンクの乗りが好きな一曲だ。お洒落な心地良さというか、または気持ちから捉えると和やかな楽しさが際立っている。総じて素敵な音楽だろう。久々に聴いたチャカ・カーンの動画はアメリカのJimmy Kimmel li…

心拍数と寿命の関係:動物が呼吸の酸化ストレスで老化してしまう身体的な特徴

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Ears of golden wheat by Marisa_Sias [CC0], via Pixabay大分前、もう十年か、はたまた二十年以上が経過したようだけれども心拍数と寿命の関係を覚えていた。改めて調べると本川達雄のゾウの時間 ネズミの時間が世の中で目立って取り沙汰される最初の切欠だったらしい。1992年に出版された本で、体格の大きな象と小さな鼠は心拍数と寿命が互いに相反する事実が著されていた。平常時、前者は心拍数が少なくて寿命が長いし、後者は心拍数が高くて寿命が短い。象の心拍数と寿命一分で約三十回と七十歳程鼠の心拍数と寿命一分で約六五十回と二年半程非常に興味深いのは寿命に対する通算の心拍数が十五億回付近(多ければ二十億回くらい)で重なって来る。他の多くの動物でも同様の傾向を持っていて体格が大きいほどに平常時の心拍数が少なくて寿命が長い。本川達雄のゾウの時間 ネズミの時間では動…

松岡宮の大田区というひとつの完結した世界がありに掴み取る自然の儚さの詩情

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松岡宮は詩人で良いと思うけれどもポエトリーアーティスト(詩的な芸術家)を名乗っていたり、駅員が好きでいつも追いかけ続けているとか如何にもキャラクターが濃いらしくて注目してしまう。桐蔭学園ー代ゼミー東大理2-保健学科ー修士卒業 (博士課程は受けずに、放浪しますと言い残して大学を去ったような去らないような・・・) いつも真面目にやってるのだけど、劣等生で・・・ついてゆくのが大変・・・松岡宮 活動歴・受賞歴等 via 駅員観察日記経歴が凄くて東京大学を卒業していたIQ(知能指数)が非常に高いのではないか。日本一、そして世界でも指折り大学に数えられるのは間違いなさそうな気持ちがする。情報によると東京大学でも理科二類の保健学科は理科三類の医学部などよりは入学するのは大変ではないみたいに聞かれもするけど、驚くのは驚くし、しかも松岡宮は修士卒業だから進学して大学院の半分(修士/博士前期過程)まで行って…

アインシュタインはスピノザ主義者だから反核の物理学者として誠実そのものだ

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人類が核兵器を作り出すのに成功したのは物理学の特殊相対性理論に基づくらしい。すなわち「E=mc2」(エネルギー=質量×光速×光速)の公式に沿ってしか誰も考え付かなかった可能性が高い。Albert Einstein by Oren Jack Turner, Princeton, N.J. [Public domain], via Wikimedia Commons物理学の特殊相対性理論は一般相対性理論と共にアインシュタインの偉大な業績の一つに数えられる。現代人の生活を支える様々な機械の多くはアインシュタインの発見した自然界の認識に由来するようにも聞かれるし、高度な数式などは僕にはちんぷんかんぷんにせよ、とても凄い人だと賛嘆せざるを得ない。しかしアインシュタインは核兵器について心を痛めていた。自分が物理学が好きで一生懸命に勉強してついに掴み取って皆に教えた特殊相対性理論が夥しい人殺しに使われ…

松尾芭蕉はおくのほそ道で憧れの松島へ訪れても言葉を失うほどの絶景のために俳句を残さなかった

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虚覚えというか、今夏、松島の記事を仕上げて松尾芭蕉の松島の句があれば読んでみたいと探した。おくのほそ道の旅で松島に訪れた感じがするのに俳句を詠んだかどうかが記憶に全く残ってなかったり、どこかで本人の作として聞いた「松島やああ松島や松島」が事実かも定かではなかったり、訳が分けらなくて本当に困ってしまう。分かったのは調べた結果だけれども松尾芭蕉はおくのほそ道で松島の句は詠んでなくて紀行文しか載せてなかったのと「松島やああ松島や松島」も田原坊(狂歌師)の「松嶋やさてまつしまや松嶋や」が人伝てに変化して作者も誤って広められたのとが正しかった。Matsushima By Ivan Mlinaric [CC BY 2.0], via Wikimedia Commons松尾芭蕉にはおくのほそ道以外に松島の句が全くないわけでもなくて蕉翁全伝附録という本に「島々や千々に砕きて夏の海」(しまじまやちぢにくだ…

イースター島で気になるモアイの五つの鑑賞スポット

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イースター島(ラパ・ヌイ国立公園)のモアイについて好んで調べてみると先祖の霊を祀っていて島民の守り神だったと分かったけど、しかし一つの謎が解けても又別の謎が生まれて来るようで、モアイそのものの造形から芸術的な関心、または存在から文化的な興味を受け取りながらとても興味深い気持ちに駆られ続けてしまう。モアイはイースター島のあちこちに点在していてそれぞれに趣きが異なっているので、気になるモアイの鑑賞スポットとして五つを選び出しながらどんな感じなのかを纏めておきたいと思う。鑑賞スポット①アフ・トンガリキEaster Island, Ahu Tongariki by Arian Zwegers [CC BY 2.0], via Wikimedia Commonsイースター島で最大の祭壇/アフで十五体のモアイが並んでいる。海を背にして著しく連なる巨大な佇まいが見るからに島民の守り神らしい様相を呈して…

セピア色の写真が懐かしいのは古びて汚れた感じが自然なほどに

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今年は気に入った鈴蘭の写真が色々と撮れた。小さな蕾から咲き出してさらに虫も来てついに見納めるまで嬉しかったと思い出しながら又一枚を仕上げた。
Photoshop ExpressのエフェクトでセピアⅢを使ってみた。格好良いイメージだ、鈴蘭は可愛いけれども。印象がガラリと変わって薄暗い雰囲気の中で懐かしさが切なくも込み上げるのが詩情だと思う。もう二度と手の届かない記憶の世界、言葉が心に染みて来るのは確かだ。愛と優しさがなければ成り立たないと分かるから改めて自分に取り入れたくなる。セピアⅢというPhotoshop Expressのエフェクトの一つの良さだろう。詩情と共に出会いから幸せを掴むかぎりの人生の素晴らしさに匹敵するような写真が得られる。

Photoshop ExpressのエフェクトにはセピアⅡもある。気に入ってセピアを探すとセピアⅠがなくてなぜと訝る。記憶の世界と捉えると白黒がたぶんセピ…

七星天道の汚れて苦労する命の営みには神の視点から平家物語の憐れみまで考えられた

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鈴蘭に七星天道が付いていた。好運な感じがする、ラッキーセブンなので。しかも赤だ。情熱の炎の輝かしい気持ちで、人生の期待値も上がらずにいないだろう。姿形も丸くて小さくて可愛いから嬉しい。去年も見付けたけど、写真には残せなかった。ちょこちょこ動き回るからα5100ではタッチパネルの追尾フォーカスで狙うしかない。背中にピントが合ってくれたから良かった。日陰なので、描き込みは緩くても仕様がない。Touit 2.8/50Mのマクロ撮影ならではの被写体が背景から浮かび上がるような仕上がりを得たからとても満足している。雨が多くて鈴蘭が汚れていて七星天道もそうなので、独特のイメージを認める。いうと花も虫も苦労している。ヴァン・ゴッホの馬鈴薯を食べる人々と被るような労働の崇高さを人間にとっては計らずも受け取ってしまうし、そして命の営みの地道な余りのリアリティーに気付かされる。なぜ神は生き物に試練を与えるの…

写真の被写体に合った構図による臨場感

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クリオネの記事を仕上げるのに写真を引用しようとWikimedia Commonsをチェックしていたら数も少ないし、気に入ったのがなかった。
あちこち探し回っていてOpenCageというサイトが動物の写真をクリエイティブ・コモンズの商用可で提供していてクリオネの写真で幾つか気に入ったのが見付かったので、使わせて貰って非常に助かったんだ。
Chamaeleo calyptratus by Daiju Azuma [CC BY-SA 4.0], via Google+
管理人はDaiju AzumaというけれどもGoogle+もやっていた。写真はサイトと同じようにクリエイティブ・コモンズの商用可で使って構わないみたいだ。見ると画質がGoogle+ではさらに上がっているようだから嬉しかった。
写りが本当に良いと思う。被写体が分かり易くてしかも背景に甚だ溶け込んでいるから自然さが際立っている。臨場感が素晴…

温泉に浸かる猿は人間にとって自然との和合を果たす

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見ているだけでこちらも温まって来るようで、日本の冬の風物詩といって良いかも知れない温泉に浸かる猿だけれども案外だったのは地獄谷野猿公苑(長野県)など、一部の人工施設でしかやってないといわれる。
Japanese Macaque by Yblieb (Own work) [CC BY-SA 3.0], via Wikimedia Commons
猿が自らの知恵を働かせながら野生で温泉に浸かっているわけではないとすると光景の中身としては例えば日光さる軍団(栃木県)のパフォーマンスに近いだろう。
ただし微妙に違うのは温泉に浸かる猿の場合は人間が必ずしも仕向けたわけではなかったらしい。
温泉地で人間の周りに子猿が遊んでいて、偶々、近くに温泉があったので、好奇心からか入り出した。以来、すると猿の群れにそうした行動が広まって気付いた頃には一つの温泉を目当てに何匹も集って新しく入るように変わってしまったんだ。…

人々の毛綿鴨の羽毛のリサイクルには泣けて来る

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King Eider by Olaf Oliviero Riemer [CC BY-SA 3.0], via Wikimedia Commons
毛綿鴨の羽毛は人々の防寒に珍重される。地球の北極寄りのとても寒い地方にしか生息しないけれどもそれだけ羽毛も防寒に優れていて保温性が著しく高い。
英語でアイダーダックと呼ばれて羽毛もアイダーダウンとして人々に愛されながら防寒に昔から使われて来た。ダウンでも品質は流石に最高級らしい。アイダーダウンを多用した布団ならば数百万円にも及ぶといわれている。
しかし凄く驚いたのは毛綿鴨の羽毛の人々の採取の仕方で、資源のリサイクルとは何かを考えさせられてしまった。ふわもこの可愛いらしさに、心毎、引き付けられながらではまさかだった。毛綿鴨と人々との関係には瞠目するべき世界があって甚く尊ばれもしてしまった。
羽毛のリサイクルというそれぞれの共存共栄
ノルウェーのヴェーガ諸島…

人間の生き方の内面的に立ち直るような一つの自然な流れ

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Joshua Bell performs Bach's Chaconne, the final movement from Violin Partita 2 in D minor via TheNexusInstitute
ジョシュア・ベルのバッハは生命感が宿っていて譜面の読み込みが深そうだけれどもそこはかとない魅力を湛えていて総じて静かに穏やかに引き付けられるのが特徴的だ。
バッハは無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータが素晴らしいと思う。ソナタとパルティータの三曲ずつの全六曲で構成されていて全体を通して聴いてみると取り分けパルティータ第二番の第五楽章/シャコンヌの部分が世間的にも人気曲ながら極めて興味深く受け留められた
後から気付いたけれども自作詩の詩人の歌~水の精と生の涙~のイメージがバッハのパルティータ第二番の第五楽章/シャコンヌにぴったりではないかと感じたので、殊更と…

人生は健康ならば大事なのは気力だ

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ブログのアクセスが少ないと馬鹿らしくて一生懸命に頑張って記事を仕上げる気力を失う。どこかで聞いたことのある感じがしてまるで職場での人間関係への不平不満みたいだ。
同僚の誰かに妨害されて思うままに働けないわけだけれども僕は一人でやっているから職場での人間関係に例えられるなんて不思議だろう。訪問者は同僚ではない。なぜ虚しいのか。死に物狂いでブログの記事に取り組んで何の成果も上げられないせいだと思う。残されるのは疲ればかりでは生活を持もち堪えられ難い。
Google検索でのサイト評価が遅々と上がらない。Bloggerで新しくブログを開設したばかりだけれども大丈夫かどうかが本当に気がかりだし、心配だし、不安だ。早くても三ヵ月くらい待って動向を判断するべきといわれる。
他ではブログを開設して数週間で数万のページビューを得ているブロガーもいるらしくてGoogle検索からでもそうみたいなので、自分は間違って…

澄んだ眼差しの世界で自然に出会い得る天使は詩的だ

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日本アニメーションがフランダースの犬のアニメの第一話を動画で無料公開していて素晴らしい。
フランダースの犬 第1話「少年ネロ」 via 日本アニメーション・シアター
オープニングの主題歌のところが凄く好きだ。分けても池に張った氷の上をネロとアロアがくるくる回りながらパトラッシュが割って入ったせいだけれども滑っているのを観ると胸が熱くなるんだ。
そして涙も溢れざるを得ない。人と人との絆は心から清らかには引き裂かれないのではないか。滑り込むほどにパトラッシュが詩になってしまっていたせいで、ネロのアロアの通じ合う言葉(胸のうち)を表現していたと味わわれる、正しく喜ばしく。
十数年来、徹して作詩しながら詩人として幾つもの詩集を仕上げて来たし、詩、または詩歌への造詣は今現在でも絶えず、深まり行くばかりにもせよ、アニメのフランダースの犬のオープニングのパトラッシュの詩のイメージは実に見事だと感嘆させられる。

神の知性と必要な努力で実現できる幸福を

朝、起きて気持ち良かった。姪が死ぬかも知れないから一日の尊さが如実に感じられた。当たり前過ぎる、可笑しいくらい。些細な日常としか呼べない。分かり切っているんだ、僕には。驚くにはもちろん及ばない。
考えると最後の不幸ではないか。詩的にいって不幸は自分の選んだ道なんだ。逃げ出すことはいつでも簡単にできる。漫画だけれどももしも宝くじのBIGでキャリーオーバーの六億円が当たらないことが不幸だとしたら当たったと空想するか、外れて人生を学ぶかのどちらかで逃げ出せるよ。直に受け取って心の肥やしになるような不幸こそ最後にしたいと僕は認めている。
どうすれば幸福になれるだろう。本質的には神の知性に従わなくては行けない。すなわち自然の法則に逆らっては人生は手懐けられないのではないか。嫌なことばかりが大波と押し寄せて来るようだ。自分の災いに満ちた人生を振り返るかぎり、サイトのアクセスが伸びないという事実は象徴的な…

海老天重に受け取る日本の文化

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海老天重。咄嗟に体現止めを使いたくなる、呼ぶのに敢えて。畏まった迫力に息こそ呑まされずにいない。
日本の雅やかさを凄く感じる。五重の塔みたいな金の鯱らしい厳めしいほどに心引かれる美の楽園という雰囲気が漂っているのではないか。潔さが日本の文化を象徴する概念ならばそこから立ち上って来る世界が雅やかなんだ。
刹那に触れる思いが海老天重には受け取られる。後には引けず、先には追えない。今此処の命の眼差しが潔さに通じる精神だから畏まった迫力も伝えるんだろう、空気の波動を伴って。
自然への敬いと捉えても良くて日本の良さにやはり相応しい。他にかけがえのない存在の魅力を覚えさせる文化を持っている。振り返れば数知れないほどの物事に気付かれる日本、または潔さに示された格好良さが認められるようだ。
分けても海老天重は断トツに優れているというか、日本人にとっての美の楽園を本当に感じるし、食べても非常に美味しいけれども芸術…