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異なった属性を有する二つの実体は相互に共通点を有しない|スピノザのエチカの第一部定理二

スピノザのエチカの第一部:神についての定理二を心からの敬愛を込めて理解する。 定理二 異なった属性を有する二つの実体は相互に共通点を有しない。 証明 これもまた定義三から明白である。なぜなら、おのおのの実体はそれ自身のうちに存しなければならずかつそれ自身によって考えられなければならぬから、すなわち、一の実体の概念は他の実体の概念を含まないから、である。バルーフ・スピノザのエチカ(畠中尚志訳) 実体の定義からするとそれ自身で存在し、認識される対象だからかりに複数の実体の属性が同じ場合でも「相互に共通点を有しない」という第一部定理二の内容は明白だろう。 しかしスピノザは「異なった属性」という状況に敢えて固執している。なぜか。複数の実体の属性が同じだとそのこと自体が実体同士の共通点として捉えられる可能性があるためだと推察される。認識を裏返すと属性の同一性は複数の実体の共通点を保証する概念として…

人間の道徳の理性と社会的に通用する常識に纏わる真実の思考

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Blue butterflies in a dim forest by Stergo [CC0], via Pixabay 道徳とは何か。本質的にいえば人間が生きるために合理的に求める規範だろう。方法上、合理的という認識の実質/道徳心の前提条件は人それぞれで、思想や信条によって変わってしまう特徴がある。 僕はスピノザ主義者としてスピノザの哲学的な倫理学者としての方法を最重要視して理性を何よりも大事にして生きようとする。 定理二十四 真に有徳的に働くとは、我々においては、理性の導きに従って行動し、生活し、自己の有を推持する(この三つは同じことを意味する)こと、しかもそれを自己の利益を求める原理に基づいてすること、にほかならない。バルーフ・スピノザのエチカ(畠中尚志訳) 世の中で理性が感じ取らせる生きる喜びが道徳といって良い。スピノザ主義でなくても共通の認識は珍しくないかも知れない。しかし共…

実体は本性上その変状に先立つ|スピノザのエチカの第一部定理一

スピノザのエチカの第一部:神についての定理一を心からの敬愛を込めて理解する。 定理一 実体は本性上その変状に先立つ。 証明 定義三および五から明白である。バルーフ・スピノザのエチカ(畠中尚志訳) 第一部定義三と定義五はそれぞれに実体と様態/実体の変状の概念を示している。 三 実体とは、それ自身のうちに在りかつそれ自身によって考えられるもの、言いかえればその概念を形成するのに他のものの概念を必要としないもの、と解する。バルーフ・スピノザのエチカ(畠中尚志訳) 端的にいうと単独性を持つ対象が実体で、存在と認識において独立性を持つ可能性によってスピノザは定義している。独立性がないと単独性は個別性と区別できない。従って実体は複数かも知れない場合が出て来る。スピノザは可能性でも実体に独立性を与えることによって個別性と複数という特徴を切り捨てている。実体はもしも数えるならば唯一でしかないような単独性…

デカルトの「我思う、ゆえに我在り」は現実そのものを掴んだ哲学の第一原理だ

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Portrait of René Descartes: cogy after Frans Hals [Public domain], via Wikimedia Commons哲学の命題で最も分かり難いというか、どうとでも受け取れるように人々が自由気儘に捉え易いのは「我思う、ゆえに我在り」(デカルト)の他には滅多にないだろう。只単に言葉としてもとても有名で、口に出した本人、デカルトの代名詞にも等しい。数学や物理学などもやっていたようだけれども「我思う、ゆえに我在り」の一言で哲学者のイメージが物凄く強いんだ。思考と存在を単刀直入に結び付けた表現は如何にも簡単らしい。ところが謎めきも凄まじくて何なのかと真剣に向き合うと全ての理解を弾き返すほどの印象を与えて止まない。この土地での最初の省察を諸君に語らねばならぬかどうか私には分らない。それはあまりに抽象的なもの、かつあまりに一般的ならぬもので、…

韓国の反日感情に火を着けた日本の従軍慰安婦問題は朝日新聞の虚偽報道の吉田清治が大本だった

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知ると本当に驚かされるというか、一時期は総理大臣が正式に謝罪したり、テレビや雑誌で頻繁に取り上げられてもいた日本の従軍慰安婦問題は朝日新聞の虚偽報道に基づいていた。2014年8月5日に事実無根だと判明したらしい(朝日新聞が慰安婦問題で誤報認める)。曖昧で良く分からない物事に惑わされる詐欺事件などが個人や法人で起きるけど、しかし国全体では非常に珍しくて初めてかも知れない。僕は考える気もしなかったし、日本の従軍慰安婦問題はどうも胡散臭いと感じるばかりだった。世の中で聞いても話題のピントが合わなかったせいだし、何なんだろうという疑わしい印象からこそ抜け出せなかった。そして悲しいのは悪いのかと一人で思っていた、悩ましく。皆が延々と話し合っているにも拘わらず、ちゃんと考えなくては不味いみたいに全く認めなかったわけではないんだ。だから今は少しほっとしている。朝日新聞の虚偽報道に基づくのでは正面に考え…

勉強しながら生き生きしていたのに学校嫌いになってしまうコンプレックスは持たないには越さない

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Children in the clasroom by klimkin [CC0], via Pixabay
学校で殆ど全ての子供たちが元気なのは小学二年生までだと思う。小学三年生から学校嫌いの子供たちが少しずつ増えて来る。最も大きな原因は勉強が分からない。または授業に付いて行けないせいだ。
理想的な人との恋愛ととても良く似ている。ほんの少しでも気に入らない部分を受け取ると好きだった何もかもが疑わしく変わってしまう。世界の終わりと共に彼と彼女は現実的な人との恋愛を改めて模索する。ダイアモンド越しに胸打たれる楽園が遠ざかるばかりの今此処で、衝撃な出会いを遂げた二人が力尽きて別れない可能性はもはや極めて低い。夢見られた喜びの消え去った純粋な絆が素晴らしくも重く引き離して行く生活の実態は心苦しさそのものだろう。
僕は小学三年生から家庭学習を取り入れた。というか、少しだけやっておいたら中学時代までは学…

アインシュタインはスピノザ主義者だから反核の物理学者として誠実そのものだ

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人類が核兵器を作り出すのに成功したのは物理学の特殊相対性理論に基づくらしい。すなわち「E=mc2」(エネルギー=質量×光速×光速)の公式に沿ってしか誰も考え付かなかった可能性が高い。Albert Einstein by Oren Jack Turner, Princeton, N.J. [Public domain], via Wikimedia Commons物理学の特殊相対性理論は一般相対性理論と共にアインシュタインの偉大な業績の一つに数えられる。現代人の生活を支える様々な機械の多くはアインシュタインの発見した自然界の認識に由来するようにも聞かれるし、高度な数式などは僕にはちんぷんかんぷんにせよ、とても凄い人だと賛嘆せざるを得ない。しかしアインシュタインは核兵器について心を痛めていた。自分が物理学が好きで一生懸命に勉強してついに掴み取って皆に教えた特殊相対性理論が夥しい人殺しに使われ…

自由が降って来るのも今此処の命を見詰めればこその人生の幸せに

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昨日は自律神経失調症に気付いて体内時計を整えようと午後九時に寝た。午前一時半に起きてしまってまた最悪だと思ったけれども引き続き午前四時半まで眠れたから睡眠時間は望み通りの七時間を越えて嬉しかった。ただしもう少し眠れそうなのに眠れないという気分が嫌だった。振り返ると二十代からだけれども起きたくて起きたいという朝は一日もなかったのではないか。大体、プロの作家として生活費を稼げないという人生の不幸に心を押し潰されているせいだと思う。現世では起きていても詰まらないし、目覚めていても仕様がないという余りに深過ぎる絶望状態を無意識に抱え込んでしまっているためだろう。しかしながら気持ち良く起きる朝こそ健康的だとすれば考え直すべきだし、今此処の命を見詰めながら生きる喜びを最大限に捉えるのが良いはずだ。自由が降って来る。何一つ夢は叶わず、絶望しなければ間違っている生活の中でも幸せを得られる。根本的な地平の…

人間と人工知能が並立する社会とは何か

NHKスペシャルの人工知能 天使か悪魔か 2017を観て人工知能への理解が深まった。一言では世界の未来を予測するために人工知能は多く使われ出している。番組内では将棋でponanza(ポナンザ)という人工知能のコンピューターと人間の現役の佐藤天彦名人が対局しても勝てない事実を基軸として世の中の他の様々な方面でも人工知能が物凄い力を発揮しているように紹介されていた。タクシーで乗客を探す、金融の取り引きで利鞘を伸ばす、裁判所で再犯の可能性を示す、派遣で退職者を見抜く。本当に役立っているというか、NHKスペシャルとしては本当に良いのかと人々の問題意識を高めたいみたいな感じでやっているし、確かに人工知能で生活が変わる状況で考え直すべき点は多いだろう、およそ人間性の判断材料に使われるのが怪しい。社会で学校や会社の人事(面接、配置など)に人工知能が入り込めばそれこそ皆は僕と全く同じ苦しみを味わうことに…

切迫する死の感覚の著しい無力感の笑い

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もしかすると良いのかも知れない。無力感を著しく覚えながら生きている。今が変わる。幸せを受け取るためにもう何も行う必要がなくなったせいだと思いたい。しかしあり得ない望みなのも確かで。呪われているのか、二十年以上も叶わない夢があり、絶望の淵も本当は磨り減って悲鳴のような泣き言も洩らさないとはかぎらなかったほどに荒くれている。元気でいられたのは嬉しいにせよ、良い加減にして欲しい地獄と振り返って再び前を向いて歩き出そうとする心にとっては足場を失って落ちてしまいそうだ。絶望の淵もない状態で、どうやって存在を保ち続けられるだろう。心は認めてない、新しい自分をまだ十分に。悲しむべき生活しか世界に許されないにも拘わらず、一体、どのようにして地獄の外で暮らせるというのか。祈りの先で神は目を閉じて黙っていた。自力で突破するしかなさそうだから頼るべき方法は思考だけみたいな境地だ今正にどうしようもないままに存在…

宇宙の真髄から宇宙人/地球外生命を理解しながら見付け出そう

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アメリカのNASAが土星の衛星のエンケラドスに地球外生命の可能性を発表した。土星探査機のカッシーニが液体の水と代謝のエネルギー源となる炭素、水素、窒素、酸素、燐、硫黄を主に発見したせいだった。地球外生命が存在する条件がエンケラドスでは非常に整えられていてもはや十分に生み出され得るとはっきり考えられ出したわけだ。Ocean Worlds Slideshow by Courtesy NASA/JPL-Caltech/Kim Orr via NASA Jet Propulsion Laboratory宇宙には水を持つ星が幾つかあるけれども海の状態が活動的ならば地球外生命の可能性が高くてエンケラドスの他にも木星の衛星のエウロパが同じらしい。どうも気になるのは宇宙人ではないか。地球外生命が実現されるかぎり、当然、地球人と似たような存在も生まれるはずだし、さらに知能の上回る生物でさえもいるように想像…

ヴァン・ゴッホの馬鈴薯を食べる人々と親身に堪え忍ぶ貧困生活

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日本で学生が多く働き出したという現状と付随して子供が食事も碌に取れなくなっているらしい。テレビでくう ねる あそぶ こども応援宣言のこどもごはんを観た。畢竟、学生が多く働いても家庭は日々を食い繋ぐのが精一杯の貧困生活に殆ど変わらないと認識が裏付けられてしまった格好だった。かつて小泉首相が大企業を優遇する政策を行ったせいだ経済の国際競争力を高めようと製造業の派遣社員を増やした。2003年の派遣法の改正だけれども暫くして「派遣切り」と明らかに正反対の結果を出していた。好景気に余りに遠過ぎるせいだ。国内に就業格差、または賃金格差というどんなに働いても身分的にどうしようもないみたいな貧困生活を社会構造からがっちり引き起こした要因が小泉首相の政策に含まれていた。もうがまんできない 反対-貧困 経団連前「切るな!」パフォーマンス08年・大阪春闘総行動反貧困フェスタ「貧困と労働」テーマにシンポジウム反…

詩を降りる気持ちは皆から離れ去りながら初めて掴まれるように生きられていた

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世界を止めるわけでもなければ決して難しくはなかったはずなのに降りた詩は口に直ぐに出なかった。慣れるし、あっという間にペラペラだから忘れっぽい天使(クレー)だったかも知れない、詩人として向き返して観想するかぎり。Vergesslicher Engel by Paul Klee [Public domain], via Wikimedia Commonsどこから降りたのか。自分からだと人間は教える。ならば聞いたのは沈黙だった。しかし元々の詩は内面にはなかったはずだ。手に入れたのは自分の言葉からではない。言葉そのものが皆から来ていたわけなので、詩も同じだし、自分の言葉は最初から霊感ではない。降りる気持ちの詩は霊感だ。だから人間も自分からだと見詰めるにせよ、霊感の詩を遡るかぎり、皆からしか妥当には認識されない。人間は苦しむ。間違っていたのか。詩を降りる僕へ偽物のイメージを指摘していた。霊感が分か…

思想の意義としての心地良いばかりの世界

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人間は世界とは何かの思想を持つと素晴らしい気持ちを味わう。しかし信念が胸に広がったせいだとすると本当に重要なのは自分自身の思想を生活に組み込めるかどうかにかかっていたらしい。鳥が大空へ羽搏くためには翼が必要だけど、翼だけでは得てして無理なので、どう羽搏くかを知らないままの鳥では気持ちは素晴らしいにせよ、大空からは見下ろされるかぎりの自然でしかなかった。日本人の知性と思考の方法論的な哲学人々に大衆への理解は本当に可能か平和の原理/抽象力を有する人間性/論法そのもの人間の精神/心理のための感受性の理論挙げると些細な日常の四つの記事が著しく目立った。思想を持つだけではなくて信念において生活に組み込むように有用な認識としての効果を高めもするためには方法、見方、原理、理論が欠かせなかったとはっきり分かって来た。心地良さが増している、人生に。だから気持ちも現実に素晴らしいわけではなかったか。一言で知…

平和の原理/抽象力を有する人間性/論法そのもの

思い付いただけで大革命が起きている。人間性の中心に火山が著しく噴火しているせいだ。しかしマグマ大使の出番はなかった。驚きがキラウエア火山へ向けられていたためか、日本人には富士山よりも身近ではなかったし、または大革命が学校の授業ならば先生も話題を逸らしているに過ぎない。笑った生徒は疎らだったけど、とにかく良く聞いて欲しい。全員、もしも出て行かせるつもりならば多めに触れていたはずの金色の巨人に悔やんでは僕はいない。分析できたと今現在はイメージに満足している、却って。抽象性が手に入った気持ちは確かだ。まるで白玉団子が薄く平らに伸ばされるように世界へ染み透る知識ではないか。平和を呼んでいる感じがする。まだ起きているならば大革命も本当に静かなかぎり、原理的な仕方だったに違いない。かりにも驚きへは慣れて来たという一言で通り過ぎるわけには行かなさそうだから探し求めずにはいられない、明日、死に絶えるとし…

日本人の知性と思考の方法論的な哲学

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お笑いの有吉弘行が哲学について本を出していると知った。毒舌訳 哲学者の言葉という題名で、数多の哲学者たちの言葉を題材にして自説を述べている。インターネットで偶々だったけれども紹介しているサイトを見かけたから気になって訪れてみたんだ。哲学とは…変わり者の人が適当に言ったことをなんとか普通の人たちが解釈してあげて無理やり「わかるわかる」と納得してあげているもの有吉弘行の毒舌訳 哲学者の言葉心外というか、哲学は本質的に思考だから、表現上、間違っていると項垂れるしかない。しかし目を背けてはならないはずだ。お笑いとして許される気持ちを棚上げとすれば真面目に日本を過ごし易く変えるためには現時点で知性改善論のような思考が人々に求め叫ばれているのではないか。まさか興味深い世相が露呈し捲っている。有吉弘行で示し出されたというのは本当に物凄く面白いし、僕は思考が超大好きなんだ、お化けなんて呼ばせない。笑いた…

ハーバード白熱教室に正解はなくて良い

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かつてテレビで観て衝撃を受けたハーバード白熱教室は本当に珍しかった。類例のないテレビ番組として記憶に著しく刻まれてしまったという他はない。振り返るとよもや日本で制作されてなかったのも辛いかぎりだろう。Justice: What's The Right Thing To Do? Episode 01 "THE MORAL SIDE OF MURDER" via Harvard Universityアメリカのハーバード大学のマイケル・サンデル教授の講義が放映されていた。講堂の熱気が凄くて学生たちに勉強へのやる気が漲っていた。授業が対話形式で進められていて学生たちがマイケル・サンデルの思いに触れながら吸い寄せられるままにどんどん巻き込まれて行って一人残らず、考えなくては行けないというか、身を乗り出しながら取り組まなくてはあり得ないみたいなイメージだった。学校において…

スピノザの生活規則を良い知性から僅かでも理解するための思考

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久し振りに知性改善論(スピノザ)を読み返してみた。といっても時間がないし、速読もできないので、一時間で数十頁しか進まなかった。しかし相変わらず、文章が手強くて通常よりも読解を迫られると驚かされる。作家の気質としては学者そのものだろう。細かいところまで日常生活に支障がなくても取り上げて認識に纏めないと不誠実だと思ってしまうのではないか。学校嫌いの口癖ならば「勉強しても生きるのに役立たない知識」が多くて辛い。ただし大事なのは世界を理解するために必要なんだ。背を向けるほどに認識そのものが曖昧になって社会へ出ても分からないままなので、経験に対しての判断力は学歴通りで止まってしまうわけだ。後から独学しなければ生活力としても上がって来ないかぎり、もはや学校で済ませるのと中身は同じだろう。人生設計を効率的に組み上げるならば最初から勉強好きの気持ちが期待される。僕の言葉遣いも概念は難しいかも知れないし、…

カントの物自体が教える確実性

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カントの物自体は認識論的に不可能な対象だから思考の内実は事象でしかない。すなわち現象学における超越論的な主観性の効果として理論上で要請される直観の確実性と同一視される。Immanuel Kant by Gottlieb Doebler [Public domain], via Wikimedia Commonsカントは現象学者では全くなかったけれどもそうした方法に気付いていたからこそ物自体を敢えて証明するような必要を持ち併せなかったわけではないか、哲学に。理性が成り立つのは不可知のゆえではないのは当たり前にせよ、人間に確実性が物自体として備わっているためだといい直せばグッと分かり易くなるんだ。歴史的意味においてでないかぎり哲学を学ぶということはできない。かえって理性に関しては、哲学的思索をすることを学び得るばかりである。イマヌエル・カント via Wikipediaカントは理性を本当に哲…

教育論を本気で真剣に子供たちの未来のために打つにはどうすれば良いのだろう

二十世紀末、浅田彰は日本の教育について学生の学力崩壊を指摘していた。振り返ってみると十数年後には職場で「ゆとり世代」が上手く働けないみたいな社会問題として文部科学省への教育批判が出てしまったから物凄く的を得ていたし、先んじて観察眼が鋭かったと感心する。学校などというところは、語学なら語彙(ごい)と文法をきっちり暗記させればいい。臨機応変に会話する力とか、創造的に考える力とか、それは個々人が社会生活の中で身につければいい。果ては学校で「生きる力」を育てるなど、傲慢(ごうまん)だと思います。学校ではむしろ基礎知識の詰め込みを効率的にやって、後は個々人の自由な活動の機会を増やしていくべきでしょう。浅田彰/学問と知 浅田彰・京都大学経済研究所助教授に聞く via 日本財団図書館僕が注意すると遊ぶのも大事だと少年に訴える気持ちと殆ど重なっていて「個々人の自由な活動の機会を増やして行くべきでしょう」…