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相互に共通点を有しない物は、その一が他の原因たることができない|スピノザのエチカの第一部定理三

スピノザのエチカの第一部:神についての定理二を心からの敬愛を込めて理解する。 定理三 相互に共通点を有しない物は、その一が他の原因たることができない。 証明 もしそれらの物が相互に共通点を有しないなら、それはまた(公理五により)相互に他から認識されることができない、したがって(公理四により)その一が他の原因たることができない。Q・E・D・バルーフ・スピノザのエチカ(畠中尚志訳) 第一部定理三は第一部公理五と公理四から証明されるけど、すなわち複数の対象について認識論的な関係性と存在論的な因果性が相互の共通点によって一つの現実の中に同時に把握されるようになる思考のためで、スピノザの世界観を反証的に(それ以外は無理だと)はっきり示しているようだ。 五 たがいに共通点を持たないものはまたたがいに他から認識されることができない。すなわち一方の概念は他方の概念を含まない。バルーフ・スピノザのエチカ…

人間の道徳の理性と社会的に通用する常識に纏わる真実の思考

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Blue butterflies in a dim forest by Stergo [CC0], via Pixabay 道徳とは何か。本質的にいえば人間が生きるために合理的に求める規範だろう。方法上、合理的という認識の実質/道徳心の前提条件は人それぞれで、思想や信条によって変わってしまう特徴がある。 僕はスピノザ主義者としてスピノザの哲学的な倫理学者としての方法を最重要視して理性を何よりも大事にして生きようとする。 定理二十四 真に有徳的に働くとは、我々においては、理性の導きに従って行動し、生活し、自己の有を推持する(この三つは同じことを意味する)こと、しかもそれを自己の利益を求める原理に基づいてすること、にほかならない。バルーフ・スピノザのエチカ(畠中尚志訳) 世の中で理性が感じ取らせる生きる喜びが道徳といって良い。スピノザ主義でなくても共通の認識は珍しくないかも知れない。しかし共…

実体は本性上その変状に先立つ|スピノザのエチカの第一部定理一

スピノザのエチカの第一部:神についての定理一を心からの敬愛を込めて理解する。 定理一 実体は本性上その変状に先立つ。 証明 定義三および五から明白である。バルーフ・スピノザのエチカ(畠中尚志訳) 第一部定義三と定義五はそれぞれに実体と様態/実体の変状の概念を示している。 三 実体とは、それ自身のうちに在りかつそれ自身によって考えられるもの、言いかえればその概念を形成するのに他のものの概念を必要としないもの、と解する。バルーフ・スピノザのエチカ(畠中尚志訳) 端的にいうと単独性を持つ対象が実体で、存在と認識において独立性を持つ可能性によってスピノザは定義している。独立性がないと単独性は個別性と区別できない。従って実体は複数かも知れない場合が出て来る。スピノザは可能性でも実体に独立性を与えることによって個別性と複数という特徴を切り捨てている。実体はもしも数えるならば唯一でしかないような単独性…

小林麻央の贈り物の時間を読む~癌闘病の死相を突き破って咲いた笑顔の心~

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僕は小林麻耶が可愛くて好きで、アナウンサーとしてテレビに出ているのを見るといつも嬉しかった。気付くと妹の小林麻央がいて姉と同じようにアナウンサーとして活躍していたんだ。一見して雰囲気が対象的で可愛いよりも美人というタイプだったと感じる。大人しくて淑やかで素敵な女性なのは間違いなかったし、だからこそ世の中でも人気者だったはずだけど、個人的に興味がないというか、比べてはもっと面白いばかりの小林麻耶しか眼中になかった。テレビで見かけても特別に注目したりはしなかった。 今改めて凄いと認めてブログの些細な日常にも小林麻央を取り上げないわけには行かなくなって来た 2017年6月22日に乳癌によって他界された。享年三十四歳と癌で亡くなるには非常に若かったのが殊更に悔やまれもする。早期発見に失敗して治療が手遅れになってしまったのが最大の原因かも知れない。海老蔵、隠し通せた1年8ヶ月は「奇跡」 公表され…

キャロル・サックが奏でるリラプレカリアという涙も輝くばかりの清らかな世界

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聴いて驚く音楽がある。否、このリラプレカリア(祈りの竪琴)の奏者のキャロル・サック(キリスト教の宣教師のミュージックサナトロジスト)が留意するように必ずしも普通の音楽ではないとすれば一つの耳の喜び、または魂の交歓そのものではないだろうか。さては涙も輝くばかりの清らかな世界を受け取る。心を洗われるとは他でもない今此処の衝撃に素晴らしく身を委ねては感想するべく発したい言葉も本当に必死だ。まるで花畑のように広がって行く命の尊さに触れながら気持ち良く生まれ変わる印象を持たされる。覚えて正しく、崇高な奇跡だと認める。リラ・プレカリア(祈りのたて琴) via JELA---リラ・プレカリア キャロル・サックのリラプレカリアを初めて知った切欠はテレビの祈りの竪琴(たてごと)(こころの時代~宗教・人生~)だった。寝た切りの老人のベッドのそばで、竪琴を弾いて歌を歌いながら静かに励ます、終末期だからもはや…

水俣病の最も印象深い真実:日本の悪の全ての批判となる天皇皇后の優れた理解

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前世紀の中頃から今世紀の初めに至っても未だに尚と解決しない余りに長過ぎる水俣病は日本の社会問題の象徴とも感じられる。Eco park Minamata by hyolee2 [CC BY-SA 3.0], via Wikimedia Commons 会社が海を汚染してメチル水銀という毒を蓄えた魚を普通に食べた人たちが被ったのが偶さか奇病だったせいで、気味悪がられて他の大丈夫な人たちから差別されたために政府は正面に考えてない。知ると民主主義の弱点が突かれている。人々が差別すると反対の気持ちに固執して国の社会問題はいつまでも終わらなくなってしまう。 日本の政府も会社の役員も資本主義の一員でしかない自らの利益追求の卑しさから事件を起こしては責任を取らないし、事実を隠蔽したりしながら法律でも何でも断罪されるのを避けたがるのは情けないにせよ、水俣病の患者たちは感覚障害や運動失調を筆頭に全身の自由…

雪山の崖を登る熊の親子への感動と野生を脅かすドローンハラスメントへの懸念

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ロシアのマガダン州で熊の親子が雪山の崖を登るという野生の動画が撮影された。大自然を生き抜く動物のドラマが大きくて真っ白い空間に小さくて真っ茶色な存在で極めて対照的に分かり易く描き出されていて観る間に感動を呼び起こされずにいない。Fallen Bear Cub Climbs Back to Mama via ViralHog 取り分け子熊が可愛くて堪らない。親熊が先へ行くのを追いかけるけれども雪山の崖を直ぐに登り切れなくて何度も滑り落ちる。ずるずる面白がって遊んでいるのと変わらない様子だけれども親熊に置いて行かれるのは不味いし、少しでも間違えばどうしようもなく現世に別れを告げるばかりの今此処を命懸けで這い上がって行く姿に胸打たれるんだ。 一度は非常に大きな落下を余儀なくされる。岩肌に激突して死にかけるけれどもまるで不死鳥のように諦めないところがクライマックスというと本当に自然の芸術以外の…

謎に満ちた心の優しい愛:谷川俊太郎の詩にMISIAが曲を付けたKISS AND HUG

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気に入りの歌手のMISIAが面白い詩人の谷川俊太郎の詩に曲を付けて歌っていたと知って興味や関心が涌き上がらずにいなかった。 2007年にJ-WAVEのKISS AND HUG(ラジオ)のBenesse HUG HUG CHUという「未来に世界へ羽ばたいていく子供たちのために!」のコーナーで谷川俊太郎の詩集を紹介していて本人が反対にBenesse HUG HUG CHUを聞いている子供たちのために書いた詩にMISIAもやって来て曲を付けてテーマソングになったらしい。Embrace by Christiana Rivers on Unsplash 曲名はラジオ番組と同様にKISS AND HUGという。MISIAのシングルのRoyal Chocolate Flushの四曲目に収録されている。タイトルの英語を訳すと接吻と抱擁で、欧米人ならば挨拶で日常的にやっているような人間の親しい触れ合いの一…

小島一朗の新幹線殺傷事件の精神構造は表面的に受け取られた深沢七郎の楢山節考/姥捨て山の伝説だ

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東海道新幹線3人殺傷事件  東京駅に不安広がる via TOKYO MX新幹線内で刃物を振り回して三人を死傷させた事件/東海道新幹線殺傷事件の犯人の小島一朗の部屋がテレビで放送されたのを目にして驚いた。動画で見付からなくて引用できないけど、読書家というか、幾つも本が置かれている中に新潮文庫の朱と黒と薄橙の表紙の深沢七郎の楢山節考が含まれていたんだ。本格的な小説を好んでいたと不意に知らされてしまった。僕も持っている、実は。かつて日本で流行ったらしくて前世紀の中頃の1956年に初めて発表されて人々に広まった。翌年の単行本が国内のベストセラーになったといわれる。独特の物語が人気を博して映画やテレビドラマや演劇などでも取り上げられたりしていた。昔の姥捨て山の伝説――作者は現在の山梨県笛吹市境川町大黒坂の年寄りから聞いたみたいだ――をモチーフにしていて貧しい家族の子供が生き延びるために食い扶持を減…

悪質タックル事件を強いられた宮川泰介の真実で考えるパワハラの上手な避け方

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日本大学と関西学院大学とのアメリカンフットボール部の五月六日の定期戦で悪質タックルと呼ぶべき極めて危険な反則行為が認められた。関学大アメフット部が会見で問題視した日大選手のタックル赤いチームが日本大学のフェニックスで、青いチームが関西学院大学のファイターズで、後者のQB(クォーターバック)へ前者のDL(ディフェンスライン)が試合の中断を無視して飛び込んで行って全治三週間の怪我を負わせた。アメリカンフットボールは選手同士の打つかり合いが印象的なスポーツだけれどもポジションによって衝撃が変わる。QBは攻撃の中心で、ボールを投げたり、抱えて走り込んだりするので 、比較的に身軽だし、軽量級の選手が多い。DLは守備の最前列で、攻撃の最前列のOL(オフェンスライン)と五人ずつでQBを巡って互いに最も激しい衝突を繰り返すし、重量級の選手が多い。なのでDLがQBに突っ込むというと最も強い選手が最も弱い選…

肋骨を骨折していた渡部暁斗の平昌オリンピックのノルディック複合は本当に大健闘だったんだ

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平昌オリンピックのノルディック複合の団体は日本が四位(48分18秒6)に終わった。個人の金メダル候補で、ノーマルヒルとラージヒルは二位(銀メダル)と五位と何れも残念な結果に終わったものの世界屈指の実力者の渡部暁斗を擁した日本はどうなるか、二つの金メダルと銀メダルと銅メダルを一つずつ取ったドイツが圧倒的に有利で、今季のワールドカップの成績を踏まえるとノルウェーとオーストリアが続いているようだったけれどもトップに食い込んで二位かせめて三位に入ると凄いと期待しながら注目していた。平昌オリンピックのノルディック複合の団体の日本選手渡部善斗(第一飛躍/第一滑走)山元豪(第二飛躍/第三滑走)永井秀昭(第三飛躍/第二滑走)渡部暁斗(第四飛躍/第四滑走)日本は前半のジャンプで三位に付けて一位のオーストリアと十九秒差、二位のドイツと十三秒差から後半のクロスカントリーのスタートを切った。四位でスタートを切っ…

松岡宮の大田区というひとつの完結した世界がありに掴み取る自然の儚さの詩情

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松岡宮は詩人で良いと思うけれどもポエトリーアーティスト(詩的な芸術家)を名乗っていたり、駅員が好きでいつも追いかけ続けているとか如何にもキャラクターが濃いらしくて注目してしまう。桐蔭学園ー代ゼミー東大理2-保健学科ー修士卒業 (博士課程は受けずに、放浪しますと言い残して大学を去ったような去らないような・・・) いつも真面目にやってるのだけど、劣等生で・・・ついてゆくのが大変・・・松岡宮 活動歴・受賞歴等 via 駅員観察日記経歴が凄くて東京大学を卒業していたIQ(知能指数)が非常に高いのではないか。日本一、そして世界でも指折り大学に数えられるのは間違いなさそうな気持ちがする。情報によると東京大学でも理科二類の保健学科は理科三類の医学部などよりは入学するのは大変ではないみたいに聞かれもするけど、驚くのは驚くし、しかも松岡宮は修士卒業だから進学して大学院の半分(修士/博士前期過程)まで行って…

素晴らしい人がカラオケで槇原敬之のどんなときも。を歌ったら好青年の雰囲気に打って付けだった

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青春期、一度だけ素晴らしい人がカラオケを歌うのを聴いていて選曲が槇原敬之のどんなときも。だった記憶があるんだ。驚いたし、余りに相応し過ぎるというか、好青年の雰囲気にとても良く重なっているせいだった。加えてカラオケは自分の雰囲気に合わせて選曲するのが好ましいと学んだ。実行するのは大変なはずだし、気持ちがいつも周りからどのように受け取られているかの自己分析が欠かせないと考えながら密かに参ったりしたのも覚えている。僕は皆でカラオケに出かけるのは初めてだったし、何をどうするべきかも定かではなかったので、振り返ってみると本当に新しい発見が多かったんだ。最も気になるのは素晴らしい人と好青年の雰囲気が槇原敬之のどんなときも。で結び付くのはなぜかだった。率直にいうと何でこんなぴったりなんだと不思議に感じながらカラオケを聴いていたわけで、驚くだけではなくて内心では解き難い謎としてずっと残ってしまっていた。…

貧乏暇なしだから人生はゆっくり続けながら日々を疲れ切るまでは頑張るなよ

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ブログの記事の作成に気乗りしない。昨日のアクセスが一日百五十人ちょっとで、今日はもっと酷い。朝から二十人以下だった。何ヵ月前に逆戻りなのか。一日百人も危ないのでは完全に急落だろう。開設して一年を過ぎてまだ藻掻き苦しんでいる。成長する見込みがなさ過ぎて、愈々、馬鹿らしくなって来たようだ。サイト広告で生活費を稼ぐなんて膨大なアクセスを得ようとかやっぱり無理だと思う。しかしやる。終わりではない。ブロガーの存在感を強く示せば人気を増すかも知れないと考え直したし、記事の作成に新しく挑まなくてはならない。Highland cattle by RonBerg [CC0], via Pixabay精神が四散しているというか、疲れ切って集中力を欠いているから暫くはゆっくり続けるしかない。本当は休むべきかも知れないにせよ、ゆっくり続けながら日々を疲れ切るまでは頑張らずに少しずつ持ち直して行くのも一つの方法だ…

在日外国人の子供たちの不安なアイデンティティーへの親近感と悩みへの慈しみ

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バリバラの“外国ルーツ”の子供たちを観て在日外国人の子供たちが抱える様々な悩みを知った。両親の片方が外国人で自分はどちらの国民なのかというアイデンティティー(自己同一性)の不安を持っているのが内面性の下地になっているようだ。考えると僕も同じような状況だったから親近感が湧いた。父親が秋田県で、母親が栃木県で、自分はどちらの県人なのかとアイデンティティーが気がかりになる。人々の交通が繁栄した現代では色んな地域の色んな両親を持つのが普通だから在日外国人の子供たちのアイデンティティーの不安は誰にとっても決して縁遠くないわけだ。細かくいえば父親と母親の根源的な差異を想定するべきではないか。全員に当て嵌まる悩みとも過言ではない。文学上、日々の悲しみから来ている。例えば宝くじで六億円が当たったらどうでも良いと思う。一人で生活するかぎり、自分以外にアイデンティティーはない。または地域に根差した存在に満足…

最も欲しいクリスマスプレゼントはやはり何といってもブログのアクセスの今年

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Brown Pine Christmas Decoration [CC0], via NegativeSpaceブログを開設して十二月十五日で一年が過ぎた。Googleのサイト年齢によるサイト評価の底上げをずっと期待し続けて来たし、一気に一日千人くらいに跳ね上がって欲しいアクセスだった。記事数は六百件を越えている。十分にあり得るのではないか。またはそれぞれが一日一人を確保しながら五百人越えでも目下の一日百五十人から比べれば有り難いばかりだろう。特に変わらないので、認めるのものろのろの成長でしかない。強いられる牛歩にいつまで笑えるのか。しかしまだ分からない。前回のブログは五月の下旬に開設して翌年の六月の初旬からやっとアクセスが伸びた。一年と数週間程でGoogleでのサイト評価が一変しないとはかぎらない。一ヵ月で一人だったのが五人にまで跳ね上がった。サイト運営に失敗していてアクセスそのものは…

ノーベル文学賞のクロード・シモンも本を出版できないフランスのエスプリで本物の文学はどこへ行ったか

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フランスで面白い実験が行われて有名作家のかつてノーベル文学賞まで貰った小説の俊英のクロード・シモンの作品の抜粋を国内の様々な出版社へ送り付けるも本にするのを悉く断られてしまった。ボル氏によると、ある編集者は「一文一文が果てしなく長く、読者を完全に突き放している」と感想を述べたという。ノーベル賞作家の作品送ってみたら…全出版社がボツに ファンが「実験」 via AFPBB News笑うのはクロード・シモンがフランスの小説家だった。二十世紀中盤に流行っていた文学潮流で、ヌーヴォーロマン(新しい小説)の代表格、またはアンチロマン(反小説)の最有力として専らアラン・ロブ=グリエと共に並び称されるような存在だったそうだ。一般人ならば未だしも本の出版社が自国のノーベル文学賞の有名作家の作品を知らないと暴き出されてしまったのをどう受け取るべきか。Prix Nobel Claude Simon via …

デカルトの「我思う、ゆえに我在り」は現実そのものを掴んだ哲学の第一原理だ

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Portrait of René Descartes: cogy after Frans Hals [Public domain], via Wikimedia Commons哲学の命題で最も分かり難いというか、どうとでも受け取れるように人々が自由気儘に捉え易いのは「我思う、ゆえに我在り」(デカルト)の他には滅多にないだろう。只単に言葉としてもとても有名で、口に出した本人、デカルトの代名詞にも等しい。数学や物理学などもやっていたようだけれども「我思う、ゆえに我在り」の一言で哲学者のイメージが物凄く強いんだ。思考と存在を単刀直入に結び付けた表現は如何にも簡単らしい。ところが謎めきも凄まじくて何なのかと真剣に向き合うと全ての理解を弾き返すほどの印象を与えて止まない。この土地での最初の省察を諸君に語らねばならぬかどうか私には分らない。それはあまりに抽象的なもの、かつあまりに一般的ならぬもので、…

地獄で救われないから見守る神を遠ざけながら今直ぐに死んでも幸せだと考える

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疲れ切って堪らない。気力も体力も限界だ。ブログのアクセスがスムーズに伸びないのが辛い。三ヶ月も足踏みだ。いつまで一日百人なのか。早くしないと死んでしまう。本当に詰まらない現実だ。休むしかないと思う。働いても働いても金儲けに結び付かない、ブロガーとして全く――。Mountaineering of dusk by Sanshiro [CC0], via Pixabayなぜ神は救わないのか。分けても永遠の詩人の僕を無視するのでは誰も喜んでないんだ。地獄しか生み出さない。詩だけしか認めたくないのか。僕が喜べばおよそ皆が笑うだろう。死神と悪魔、そして何よりも親玉の閻魔を仕向けて人生の妨害ばかりする。苦しむ永遠の詩人を受け取って何が面白いのか。良い加減に離して欲しい。つまり神は僕を独り占めするために世の中の誰も手を貸さないように取り計らっているわけだ。昇天させるつもりでもなく、現世で救われないままに…

日本的な潔さを気に入る若者の世の中の不正や矛盾に納得しない考え方は大切だ

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Twitterで大相撲の貴乃花親方に肩入れするツイートが好評だった。いいねとリツイートが普段よりも多い。若者が多くやっていると聞くけれども日本的な潔さが格好良いと感じるせいではないかと考える。日馬富士の貴ノ岩への暴行問題で怪我が軽かったみたいな報道が増えている。そして日本相撲協会が裏で圧力をかけているとまでいわれ出した。貴ノ岩を匿った貴乃花親方から捉えると日馬富士は横綱として自分から引退を宣言するのが最後の品格のはずだが……。結城永人 via Twitter目下、人気者になりたいのにジェネレーションギャップを抱えていて若者と話題が合わないし、フォロワーが増えないのが最も辛いけど、しかしながら引き付けるツイートで知名度を上げて行けばチャンスはあると認める。もしも日本的な潔さが若者から気に入られるとすればツイートで中心的に取り上げない手はないだろう。一般的にいうと責任感や信頼性が求められてい…