投稿

ラベル(芸術)が付いた投稿を表示しています

ピーテル・ブリューゲルの雪中の狩人と連作月暦画として残された他の四作品の芸術

イメージ
十五世紀のブラバント公国(現在のベルギーとオランダを部分的に含んでいた)の画家、ピーテル・ブリューゲル(同名の息子の画家と区別して父ブリューゲルとも呼ばれる)の名作の一つ、雪中の狩人には二十一世紀の現在でも廃れずにオリンピックの種目にも採用されている人気の冬のスポーツが三つ描かれている。
The Hunters in the Snow by Peter Bruegel the Elder [Public domain], via Wikimedia Commons
分かり易いのが三つで、アイススケートとアイスホッケーとカーリングなんだ。他には一人乗りの橇を引っ張っているのがリュージュやスケルトンに通じたり、狩人の猟銃がバイアスロンの射撃を思い起こさせたりする。昔から変わらず、皆が盛り上がっているのが微笑ましい。
スポーツに興じる人々は何れも冬の寒さを際立たせるためか、絵には暗い色調を纏いながらな壮大な風景に溶け込むように表現されていて可愛らしく受け留める。
雪中の狩人はピーテル・ブリューゲルの作風を良く示している代表作で、他の作品でも似たような構図が取られる場合が多い。一見して自然と社会の融和を感じるところが非常に新しいし、科学技術の発展によって地球の環境破壊が危ぶまれるほどに懐かしくも本当に優れた人々の生活とは何かを教えてくれる。
絵の主役の狩人は画面の左下に猟犬と共に猟銃を担いで描かれている。全体からさほど目立たない印象なので、不思議な気持ちにさせると驚く。何がモチーフなのかの視点が定まり難い。画面の半分以上が雪山から斜めに見下ろされた町並みに占められている。狩人とは又別の人々の生活こそ大きな印象を与えるんだ。細々と遠く描かれているのが郷愁を誘っているかのようで、瞬く間に味わい深い。
苔生した緑(モスグリーン)が池に張った氷を特徴的に写し出している。何人も集まって思い思いの冬のスポーツに興じていて寒さに怯えず、如何にも楽しいらしい風情を持っている。食料を求めて働いている三人の狩人などの一部の人たちの衣食住に関わる状況と物凄く対照的な印象を与える。しかし全てが一つに和合を果たしている絵だとすると必ずしも皆を分け隔てられた気持ちで見るべきではないかも知れない。今を生きる点では誰も変わらないし、命を燃え上がらせた瞬間に覚知された魂そのもの、すなわち霊的な存在から逆理的に感じ取ら…

レオナルド・ダ・ヴィンチのアイルワースのモナリザは真作といって良いのでは

イメージ
フランスのルーブル美術館に所蔵されているレオナルド・ダ・ヴィンチモナリザ(フランチェスコ・デル・ジョコンドの妻、リーザ・ゲラルディーニの肖像)は真作として名高い。終生、手元に置いて描き続けられていたようで、未完の絶筆とも過言ではない。世界の名画中の名画というか、絵の代名詞みたいな作品で、芸術の都と呼ばれるフランスの首都、パリのルーブル美術館では数多く所蔵される全ての作品の中から唯一の至宝とも捉えられている。かつて日本にも持ち出されて展示されたこともあったらしいけれども現在では破損する危険性からどこへも門外不出になってしまっているんだ。
かつてレオナルド・ダ・ヴィンチはもう一枚のモナリザを描いていたかも知れなかった
Isleworth Mona Lisa by unknown [Public domain], via Wikimedia Commons
非常に若くて有名なモナリザが一見して老けていると驚くのとは正反対で、十歳くらい年の差があると指摘されている。モナリザというと三十代のおばさんが完璧なまでに綺麗な絵だからびっくりせざるを得ないところで、非常に若いもう一つのモナリザは人間として捉えても分かり易いと思う。
モデルの美貌では完全に勝っているのではないか。可愛いといえば可愛いし、見た目の美しさでは明らかに有名なモナリザよりも良い感じがする。十六世紀に描かれて絵の画材の経年劣化が進んでしまうのも比較的に抑えられていて保存状態は良好だから二十一世紀の現在でも作者の気持ちが速やかに伝わる。有名なモナリザも元々は色鮮やかな輝きを示している絵だったとすれば同じくらい美しく魅力的だったはずにせよ、写実的な表現だから二十代の女性の溌剌とした印象までは与えられなかったように想像する。
もう一つのモナリザは1913年に初めて発見したイギリス人のヒュー・ブレイカーというアートコレクターがイギリスのサマセットのマナーハウス(荘園領主の邸宅)から買い取ってロンドンのアイルワールのアトリエに持ち込んだ経緯からアイルワースのモナリザと名付けられるようになった。
元々、レオナルド・ダ・ヴィンチの真作として彼の祖国のイタリアで買い取られてマナーハウスに残されていた作品だったらしい。
ヒュー・ブレイカーは第一次世界大戦で消失される恐れからアメリカへ運び出されて厳重に保管されていた。アメリカはさほど関与して…

葛飾北斎の神奈川沖浪裏の知る思いと高齢化社会の人生

イメージ
江戸時代の日本の浮世絵師を代表する存在の一人、葛飾北斎の富士山を題材とした優れた名作の富嶽三十六景の中で最も印象深い一枚の浮世絵(木版画)が神奈川沖浪裏だと感じる。
Behind the Great Wave at Kanagawa by Hokusai Katsushika [Public domain], via Wikimedia Commons
一度、見たら容易に忘れないというと些細な日常で発覚したのは二回目の気持ちで、古代エジプトの至宝:ツタンカーメンの黄金のマスク以来の美しさへの著しく謎めいた驚きなんだ。
それぞれを比較すると作品の素材が違うし、創作のジャンルも同じではないのは明らかで、共通するのが何といっても芸術的な衝撃の一言に尽きる。
葛飾北斎の神奈川沖浪裏は瞬く間に目を引くツタンカーメンの黄金のマスクの余りに鮮やか過ぎるほどの色彩感覚を持たないけれども全てが静かに胸に迫るところが却って如何にも詩的らしくて比較的に落ち着いてずっと見ていたくなるのがとても面白い特徴だと考える。
制作されたのは天保二年/1831年頃で、作者は七十歳くらいの老人だったかも知れない。
江戸時代の日本人の平均寿命を調べるとおよそ五十年だった。世の中に「人生五十年」という言葉も生まれていたらしい。数百年前の鎌倉時代辺りから続いていて実際に越えるようになったのは百年以上後の現代に入って日本が第二次世界大戦を過ぎて高度経済成長からだったんだ。医療の科学的な進歩が大きいのではないか。的確に治せる病気が増えて人々の寿命が伸びて来た。そして日本人の平均寿命が八十歳くらいまで達して「人生五十年」の常套句も終わりを告げながら日本は世界トップの長寿国と見做されて久しいけれども、二十一世紀も早々の近年、ついに百歳まで見え出しているようなんだ。
気持ちからすると神奈川沖浪裏を仕上げた七十歳くらいの葛飾北斎は人間的に老境だったはずながら当時の平均寿命を上回っているのは明らかだとすると今現在の少なくとも人生八十歳の状況からは彼自身の「人生五十年」で差し引かれた二十歳を追加して百歳のイメージで捉えるのが良いかも知れない。
懐かしい知り合いたちの多くは亡くなって一際の寂しい思いを強いられながら過ごさざるを得なさそうだ。
しかし平均寿命を二十年も離れているわけだから一人ぼっちの毎日にも慣れるほどに生きる喜びが逆に増して来る…

ダダイズムの精神状態は慈愛の念から自分自身の判断材料として活用すると良い

イメージ
姪が入院している精神科から家に来て五回目の外泊を行った。口調が早くなったというか、昔と変わらない喋りを新しく感じて治療抵抗性統合失調症は本当に完全に回復したようだった。明るい気持ちが自然に表現できていたので、病人の忌まわしい不吉さが十二分に払拭されているのを喜ばしく認めた。
一つだけ声の出し方が変わったままなのがちょっと訝しいんだ
弱々しくて生きていて済みませんみたいな印象を与える。世の中で偶に見かけるし、そういう性格に成長してしまったせいならば別に構わないけれども姪には合ってないような感じがしないでもない。
すなわち「恥の多い生涯を送って来ました」(人間失格)だと作者の大宰治が自殺したように危ない。
世の中で本当の自分を演じるのは精神的に不味い。皆が気に入らない役割を担ったりしながら日常生活で普通にやっている言動は反対で、偽物の自分を演じているわけだ。例えば又吉直樹の火花が売れるように多くの人たちがそれこそ人間の悩みで、なぜなのかと取り上げるのは文学的と考えるかも知れない。生きていて上手く行かない何かによって本当の自分が押し殺されて行くように悲しい。ところが大宰治は日常生活が内面的に入れ替わった状態を人間失格で取り上げていたんだ。いうと《何も演じられないのを演じるばかりの辛い気持ち》を余儀なくされている。ダダイズム/退廃主義の影響が大きいと感じるし、物事の価値観そのものを逆さまに捉えてしまっていたようだ。
私はもう歌なぞ歌はない
誰が歌なぞ歌ふものか
みんな歌なぞ聴いてはゐない
聴いてるやうなふりだけはする
みんなたゞ冷たい心を持つてゐて
歌なぞどうだつたつてかまはないのだ
それなのに聴いてるやうなふりはする
そして盛んに拍手を送る
拍手を送るからもう一つ歌はうとすると
もう沢山といつた顔
私はもう歌なぞ歌はない
こんな御都合な世の中に歌なぞ歌はない
中原中也詩人は辛い
日本でタダイズムの作家というと詩人の中原中也が最も分かり易いだろう。自作詩の詩人は辛いが象徴的で、詩人なのに歌うことが辛くなってしまった。すなわち本当の自分が世間一般の偽物の自分と等価に扱われているからだ。心の拠り所がないので、人生で廃墟にしか存在が得られないみたいな雰囲気のダダイズムを完璧に表現している。
Ruins by Chris M Morris [CC BY 2.0], via Flickr
中原中也もノイロー…

吉田兼好の徒然草の書き出しは妙絶な日本語で覚えるのにも骨が折れなくて凄い

読んだかどうかも分からないくらい自然に記憶に刻まれる文章があって覚えるのに本当に骨折れない感じがするけれども日本の鎌倉時代の随筆家の吉田兼好/兼好法師の徒然草の書き出しの一文が凄いと思うし、妙絶な日本語ではないかと作家として学びもするんだ。
つれづれなるまゝに、日ぐらし硯に向ひて、心に移り行くよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、怪しうこそ物狂ほしけれ。
つれづれなるままに、ひぐらしすずりにむかいて、こころにうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなくかきつくれば、あやしゅうこそものぐるおしけれ。
手持ち無沙汰のままに、日暮らし硯に向かって、心に移り行く他愛ないことを、取り留めなく書き付けると、とても物狂おしいなあ。
吉田兼好の徒然草(仮名と訳文は筆者)
内容上、最後の「怪しうこそ物狂ほしけれ」の気持ちが出だしの「徒然なるままに」の何癖ない流れから驚異的に切り替えされているところが特筆に値するし、一度、読んだら容易に忘れられないほどの衝撃を与えている。
作家の良さというか、言葉で世界が変わる瞬間を鮮烈に捉えている。ただし恐ろしさを孕んでいるために只単に喜ばしいわけでもないのが、一体、何だろうと引き付けられる。精神を病んでしまうのではないかと身震いするほどの言葉遣いなのは間違いないし、考えたくても深入りするのを躊躇わされてしまう。
かつてフリードリッヒ・ニーチェ(哲学者)ならば思索の果てに発狂して最晩年は何もできなくなったといわれる。
吉田兼好が徒然草で取り上げた物狂おしさは《文章を介した思索の精神にとっての危うさ》と符合するのではないか。作家活動を健康的に続けて行くための認識、または方法への重要な示唆を与えているように感じる。吉田兼好本人には精神を病んだ形跡が全くなくて、生涯、作家として大丈夫だったらしいから参考にして良いはずだ。
興味深いのは「書きつくれば」と作家活動に自覚的だった。思索よりも文章とは何かを追求する気持ちが大きかったために発狂しなかったのではないか。しかし精神が崩壊する悲しみを捉えていた。吉田兼好が思索と無縁だったようには見えない。出家してお坊さんだったらしいので――名前を兼好法師と呼ぶ場合の法師は仏教の僧侶を指す――著作を除いても一般的に思索とは馴染み深い生活を送っていたと想像される。文章だけに終わらなかった全ては「心」を対象にした作家活動のせいだろう。胸のう…

キュボロは人間性から脳を鍛え上げる幼児教育に最適の玩具だ

イメージ
Cuboro cubes by H005 (Own work) [CC BY-SA 3.0], via Wikimedia Commons
スイスのキュボロという玩具を知った。積み木と玉転がしが融合したような動的な立体パズルで、やれば創造力をあらゆる面で刺激されて人間の脳を鍛え上げるのに子供から大人まで非常に役立つのではないかと好感を抱いた。
何をどうするかとちょっと案じただけでも面白そうなのは取り分け幼児教育に最適だろう。
論理性が十分に身に付いてない精神にとっては知覚の直観的な対象こそ認識力に大きく作用するはずだし、そうして物事を速やかに考え出そうとするほどに脳も働き易くて栄養不足でないかぎりはどんどん発育して行くに違いない。
cuboro - verblüffende Bahn aus nur 6 würfeln via cuboroAG
キュボロが玩具として特徴的なのは木の温もりだと思う。積み木の中に玉転がしでビー玉が入って来ると世界として明らかに分かる。命が吹き込まれるといっても強ち大袈裟ではないだろう。世界と共に捉えると玩具の質感が際立って受け留められる。ビー玉の冷ややかさに対して木の温もりが強く印象付けられるのではないか。扱う手を通して自分に似ていると気付けば愛着が湧くはずだし、延いては人間性が味わわれるのが良い。
同類の木のイメージから自然への理解が増す。心に芽生える生きる喜びこそ人間性なんだ。まるで優しさに包まれたような存在を受け取っている。創造力が刺激されるのもだから当然だと頷くし、キュボロは本当に素晴らしい玩具に他ならないといいたい。自然への理解が知覚する対象を新たに求める知性と意志を精神に生み出すんだ。一つの理性が認識力を著しく加速するわけで、考えればアイデアも自分なりに出て来る。
幼児教育で最も重要な要素を持っている。人間性を育まないと脳にも好影響を大して与えない。知的な好奇心が湧かないままでは勉強として長続きせずに終わってしまう。教育論ならば一般的に先生が詰まらないから生徒も駄目みたいな状態だけど、小さな子供にとってはとにかく目の前の全てが問題なんだ。自分一人で解答できるかどうかが勉強なので、恐れずに物事を考えるためには生きる喜びと結び付いた自然への理解が何よりも必要だと感じる。
1979年スイスのベルンで誕生したキュボロは最初、Mattias Ett…

松尾芭蕉はおくのほそ道で憧れの松島へ訪れても言葉を失うほどの絶景のために俳句を残さなかった

イメージ
虚覚えというか、今夏、松島の記事を仕上げて松尾芭蕉の松島の句があれば読んでみたいと探した。
おくのほそ道の旅で松島に訪れた感じがするのに俳句を詠んだかどうかが記憶に全く残ってなかったり、どこかで本人の作として聞いた「松島やああ松島や松島」が事実かも定かではなかったり、訳が分けらなくて本当に困ってしまう。
分かったのは調べた結果だけれども松尾芭蕉はおくのほそ道で松島の句は詠んでなくて紀行文しか載せてなかったのと「松島やああ松島や松島」も田原坊(狂歌師)の「松嶋やさてまつしまや松嶋や」が人伝てに変化して作者も誤って広められたのとが正しかった。
Matsushima By Ivan Mlinaric [CC BY 2.0], via Wikimedia Commons
松尾芭蕉にはおくのほそ道以外に松島の句が全くないわけでもなくて蕉翁全伝附録という本に「島々や千々に砕きて夏の海」(しまじまやちぢにくだきてなつのうみ)が旅の後で残されていたらしいんだ。
味わいが薄くて印象も弱いから松尾芭蕉が詠んだとしても特別に優れた言葉遣いとは認めない。日本三景という有数の絶景、松島への渾身の一句には相当に物足りないだろう。俳聖の駄作と退けざるを得なければ最初から知らない方が良かったと逆に後悔させられる。
ただし考えると違うのではないか、晩年のモーツァルトの音楽のように普通とは。当たり前には計り知れないはずの澄明な世界を余人の追随を許さないほどに精妙に捉えている自己表現に他ならなさそうなんだ。極めて細やかな心遣いによって紡ぎ出された言葉からのみ出来上がってないわけではないと受け取ると「島々や千々に砕きて夏の海」は本当に想像を絶する素晴らしさを持っていると認めるのに無理はない。詩的にいうと宇宙が泣いてしまうに等しい。人間が到達する感動の限界まで痛感させる芸術性を教えてこそ止まないから松尾芭蕉ならではの松島にも相応し過ぎる余りの仕上がりの俳句だったし、驚くべき言葉遣いだったわけだ。
松尾芭蕉の松島への思いを理解するために
Basho Matsuo by Kyoriku Morikawa [Public domain], via Wikimedia Commons
おくのほそ道の二十四章目に「松島」が出て来る。全体が五十章だから、丁度、中頃に松島への思いが綴られていた。
抑事ふりにたれど松島は扶桑第一の好風にして…

シリアのテル・ブラク遺跡は眼の偶像と貨幣の起源が興味深くて素晴らしい世界最古の都市だった

イメージ
メソポタミア文明の世界最古の都市と見られるシリアのテル・ブラク遺跡は紀元前六千年頃から人々の小さな集落ができていたらしい。古代にはナガルと呼ばれていた場所で、二千年後の紀元前四千年頃に都市が生み出されたとされる。そしてミタンニ王国が栄える紀元前十六世紀から十三世紀頃まで隆盛を極めていたようなんだ。
丁度、テル・ブラク遺跡が人々の都市として小さな集落から拡大していたと考えられる紀元前四千年の後半から眼の神殿が建てられるようになった。数百体の眼の偶像が置かれていたのが名前の由来みたいで、とてもユニークな造形で引き付けられてしまった。
テル・ブラク遺跡の眼の偶像は興味深くて堪らないくらい芸術的だ
Eye idol, Middle Uruk [Public domain], via The Metropolitan Museum
数百体の眼の偶像はどれも雪花石膏というアラバスターで作られていた。白が美しいと後世の美術工芸で珍重される材質の鉱物だったので、シリアのテル・ブラク遺跡は世界最古の都市として正しく先取りしていたといって良い。
Eye idol, Middle Uruk [Public domain], via The Metropolitan Museum
眼の偶像は胴体に眼のような横並びの二つの円形か、または菱形の部分が必ずくっ付いている。一組だけのものや縦や横に二組が並んでいるものもある。
Eye idol, Middle Uruk [Public domain], via The Metropolitan Museum
見ていて、一体、何なんだと激しく訝らざるを得ない。テル・ブラク遺跡の歴史では同時期の集団墓地が発見されていて戦争と結び付きながら都市が形成されていた可能性が示唆されている。人々の殺し合いと共に眼の神殿が建てられて眼の偶像も作られたと考えると全ては《夢見られた救済》のために出現したのではないか。すると眼の偶像は心の目を表現しているわけで、非常に分かり易くなる。
Augenidole Syrien Slg Ebnöther by Helvetiker (Own work) [Public domain], via Wikimedia Commons
眼の偶像のスタイルは胴体に付いた眼のような部分が完全に貫通したものもあってバランスも眼と呼ぶには大き過ぎて崩れたものも…

サイト広告で生活費を稼ぎたい気持ちは個人的に神のお告げに他ならなかった

イメージ
僕は作家としてプロデビューGoogleアドセンスに承認されて実感した。サイト広告で生活費を稼ぐという考え方がGoogleアドセンスならば収益率が高いから現実味を帯びて来たせいだった。
作家として作品を売って印税を得るという考え方が二十年以上も実現せずにプロになる可能性が全くないところで、神のお告げとも過言ではないくらい喜んだし、自分には相応しいのではないかとサイト広告での収益化の前提条件のサイトのアクセスアップに改めて力強く励むようになった。
実際は物凄く厳しくて不可能に近い
巷で収益率が非常に高いといわれるGoogleアドセンスに承認されても例えば月収十万円に一日五千人くらいの訪問者が必要かも知れなくて一般的なホームページやブログの個人サイトでは先ず以てあり得ない数字が求められてしまうわけなんだ。
ただし神のお告げと認識するほどに背中を押されるようにサイト広告で生活費を稼ぐと心から取り組まずにはいれらなくなる。不思議だけれども途轍もなく素晴らしい力で応援されているから実現できる世界ではないか。

青春期、作家活動を志したのもアンチ・オイディプス(ドゥルーズとガタリ)から感じた白い光のせいだから似ている。今に至るまでの二十年以上の地獄の日々というか、貧乏を強いられるだけの不幸そのものが始まったと振り返ると又危ないし、神のお告げと完全に自覚しての目論みとしては確実に最悪で死ぬしかない流れに人生が本当に入っているのではないかと恐れる他はない。
僕としては命懸けでアクセスアップを選んだ。フランダースの犬のネロのように芸術に死ぬのだけは避けなくてはならないと考えると細心の注意を払いながら取り組まないと想定外に短命に終わり兼ねない。
死んだ後に叫び出す貴方、サイトならば訪問者をどれだけ減らせるかに言動の全ては尽きる、むろんアクセスアップも含めて。インターネットでは交流を持たないと人々に軽視されてしまう現状なのが最も難しいけど、ホームページやブログで言葉を胸に打ち込んで個人的に訴える真実とは何かに目覚めしく気付かせ得るかぎりはアロアとパトラッシュに囲まれて幸せだった生前のネロのように芸術に生きると何もかも夢で終わらせずに済むはずだ。
現今、死に物狂いで頑張るしかないと辛く苦しい毎日ばかり続いているけど、神のお告げならばきっと大丈夫だと信じて突き進むかぎりは生活が希望の光に包まれながら気持ちも…

花々のマクロ撮影は世界が変わる瞬間を色鮮やかに写真に残せるのが嬉しい

イメージ
マクロ撮影はどんな被写体でも世界が変わる瞬間を写真に残せるのが面白いと思うけれども取り分け花々だと色鮮やかに仕上がるから今正に見方が新しく生み出されていると求められるリアリティーが増して来るようでいつも嬉しい気持ちが大きい。
ミラーレス一眼カメラのα5100にさらに等倍マクロレンズのTouit 2.8/58Mを購入して以来、写真のマクロ撮影の作例がどんどん増えて行くばかりだ。
最初は世界が変わる瞬間に怖がっていたかも知れない。被写体を傷付けるのではないかと一つの慣れ親しんだ見方の崩壊、または逸脱に心を僅かにも苛まれずにいなかったような感じがする。しかし常日頃のイメージだけが正しいわけでは決してないはずだし、写真のマクロ撮影は被写体に隠された新しい真実をはっきり引き出せるところが良いんだと考えるほどに積極的に取り組めるようになった。
とはいえ、実際に取り組んでみるとマクロ撮影によって被写体への一つの慣れ親しんだ見方が余りにも変わり果ててしまって何が写っている写真なのかも咄嗟に分からない場合には精神的な混乱を招くのが心残りだと悲しみながら又躓くように狼狽えずにもいなかった。
写真家として何をどう捉えるかのどうだけでは不味いと考え込んでしまうし。何をが改めて問い直されるんだ。

マクロ撮影を本当に望んで積極的に取り組むと常日頃のイメージを狙いの部分に切り分けるくらい被写体に近付いて行く。全体に何なのかがもはや分からなくなる瞬間が薄気味悪く受け取られもするわけで、耐え難い苦しみを余儀なくされざるを得ない。止めるべきではないかとカメラを持つ手が震えて気持ちから引き下がろうと案じる。
するとしかし驚くのは美しさが閃いたりもするんだ。
被写体から薄気味悪くて離れ去った記憶の中にたとえ部分でしかなくても新しい世界の良さが写真家として経験されたせいだろう。
全体のイメージとは必ずしも合致しないという又別の美しさが諸々の部分には潜んでいる場合があるに違いないわけならばカメラに収めずに捨て去るのは惜しいし、または忍びなくも引き付けられるかぎりは追い求めて行くしかなくなるように気持ちは情熱的に切り替えられるんだ。
被写体の部分的な魅力を捉える写真は本当にマクロ撮影でなければ殆ど不可能なスタイルなので、醍醐味といって良いと思うし、そうした特徴的な素晴らしさに気付いて取り組むほどに面白いばかりで、新しい世界との…

イースター島で気になるモアイの五つの鑑賞スポット

イメージ
イースター島(ラパ・ヌイ国立公園)のモアイについて好んで調べてみると先祖の霊を祀っていて島民の守り神だったと分かったけど、しかし一つの謎が解けても又別の謎が生まれて来るようで、モアイそのものの造形から芸術的な関心、または存在から文化的な興味を受け取りながらとても興味深い気持ちに駆られ続けてしまう。
モアイはイースター島のあちこちに点在していてそれぞれに趣きが異なっているので、気になるモアイの鑑賞スポットとして五つを選び出しながらどんな感じなのかを纏めておきたいと思う。
鑑賞スポット①アフ・トンガリキ
Easter Island, Ahu Tongariki by Arian Zwegers [CC BY 2.0], via Wikimedia Commons
イースター島で最大の祭壇/アフで十五体のモアイが並んでいる。海を背にして著しく連なる巨大な佇まいが見るからに島民の守り神らしい様相を呈している。崇高そのものとも過言でないだろう。
胸を締め付けられる感じがする、計らずも。海鳥の声がどこからともなく聞こえて来るようで、果てしなく心に染みる詩情を湛えているモアイの魅力を象徴的に示している。
本当に行ってみたくならせる。モアイは不思議なロマンを与えるけれども顔自体が体というイメージの美しさに惚れる。気持ちが全てみたいな人々の生き方が反映してそうで、命が燃え上がる瞬間を未来永劫に捉えているのではないか。嬉しくて実物からかけがえのない幸せに肖りたいと引き付けられずにいない。
鑑賞スポット②アフ・アキビ
Los Moais de Akivi, Isla de Pascua by Claire Provost (Own work) [CC BY-SA 3.0], via Wikimedia Commons
七体のモアイが精妙に並んでいる。イースター島では珍しく海に向かって立っているらしい。高台から海を見下ろすような感じで、唯一ともいわれる。
大空と比べると流石に小さいようだ。七体ではモアイも祭壇では圧倒され過ぎないせいか、人間に近いという情緒が漂っている。余白が際立ってこの世とをあの世を結び付けながら魂が飛び交っていると想像してしまう。
正しく霊感が刺激される配置では目に見えない神殿の支柱そのもののモアイがアフ・アキビだろう。厳粛な祈りに誘われる。自分も先祖と同じようにいつかは死んで世界に別れを…

アレクサンダー・セメノフの壮麗なかぎりの水中写真と野生動物を撮影する際の心構え

イメージ
一度、目にしたら容易に忘れられない美しさとはこれではないかと感じさせて止まない壮麗なかぎりの水中写真の数々を生物学者で写真家のアレクサンダー・セメノフの写真撮影から驚きながら覚えたんだ。
Pegea confoederata by Alexander Semenov via Flickr
色鮮やかで不可思議な形の生き物たちが幻想的な印象を与える。さながら御殿のようだ。思い起こすとやはり壮麗なかぎりだけれども手放せない幸せが人生で尊く示されていて足を踏み入れた誰も彼もが心から喜んでいる。極楽とも過言ではない様相を呈していて現世での不満は吹き飛ばさてしまう。苦しいだけの毎日からは嘘みたいな本当の世界としての住処だ。もはや立ち去ろうとは認められず、去り難いかぎりの思いに駆られる。幻想的な印象と共に御殿とそっくりの生き物たちも胸一杯の真実こそそれぞれに固有の仕方で体現しているわけだ。
しかし人々の美しさへの発想が自然界から取り込まれているとすれば自己表現の事情はおよそ反対かも知れない。素晴らしい建築物のイメージは生き物たちの魅惑する様子にこそ最初から含まれていたと考えて良い。美しさとは何かの問いかけに改めて気付かされるほどに愛しさが増して来る。根源的にいえば些細な日常の触れ合いの奇跡、つまりは好運な恵みだろう。身近な愛しさによって美しさもさらに遠大に生み出され得るに違いない。少なくとも魅惑する様子の生き物たちから目が離せなくなる気持ちは他の世界よりもずっと身近で、抜き差しならない状態を示していると認める。美しさは愛しさだと呼ぶだけの今此処が正しく楽園のようで、よもや尊べばいっそ何もかも抱き締めたくなるくらい衝撃的に感じ入る。
One Lesson I Learned in Photography - Episode 3: Alexsander Semenov via EIZO Grobal
アレクサンダー・セメノフによれば驚きながら受け取らざるを得ない壮麗なかぎりの水中写真の数々をどのように撮影するのかで最も大切なのは生き物を知ることらしい。
野生動物の写真を撮影する場合はまず第一に被写体を知る必要があります。
カメラを設定することやとても良質な望遠レンズを幾つも揃えたりすることでは全くないんです。
まず第一に必要なのは動物の行動やいつどこで出会えるかを知ることです。
One Less…

モーツァルトのアイネ・クライネ・ナハトムジークを聴いて出会える神様への無邪気な心へ

イメージ
いつ頃からかは良く覚えていない。たぶんしかし高校時代だったのかも知れないというのがモーツァルトの音楽を聴きながら神様と出会った。
当時、ベートーヴェンが大好きだったので、何といっても交響曲第五番《運命》のジャジャジャジャーンが印象強いばかりだった、モーツァルトへの記憶は殆どない。クラシック音楽というとベートーヴェンが代名詞みたいな状態で、他にはチャイコスキーマーラーくらいしか聴いた感じがしなかったはずだ。
興味や関心からいうと十代の少年期にクラシック音楽を欲したのは僕の場合はオーディオが大きかったと振り返られる。とにかく良い音とは何かを知りたかったのではないか、世の中で。愛読書も月刊HiViだったり、どんなシムテムで良い音が聞けるのかを知りたくて探し回っていた。
なのでクラシック音楽は色んな音が細かく入っていて自前のオーディオが良い音を出しているかどうかを確かめる意味合いが非常に強かったし、真っ先に捉えるべき第一条件とするとやはりベートーヴェンは音の強弱が激しくてダイナミックレンジが超人的な音楽を作り出していから引き付けられない理由もなかったと認める他はなくなる。
モーツァルトへは逆に対照的な印象を微かに持たされながら不思議がっていたようだ。今にして思い返してもベートーヴェンとは似ても似付かないところの静けさがユニークな作曲家だろう。どんなに大人数の楽団を擁する交響曲やオペラを作曲しても心の空白地点というか、何となく時間が止まったような思いを抱かされるんだ。
気に留めると音も聞こえない感じがするから正しく不思議がりもするわけだけれどもイメージが音楽を越えて生み出されているとしかいいようがない。または楽想が素晴らしくてクラシック音楽はメロディーが分かり難くて何をやっているのかと考えても詰まらなくていつも聴かない人にとってはベートーヴェンの運命のジャジャジャジャーンみたいな明白なフレーズこそ好ましいかぎりにせよ、もうちょっとだけ重なり合う同じような部分もモーツァルトの作曲には含まれていたせいだろう。
Mozart: Eine Kleine Nachtmusik: McGill Symphony Orchestra Montreal conducted by Alexis Hauser via MGSOconcerts
人々に最も有名なモーツァルトの音楽はアイネ・クライネ・ナハトム…

イースター島のモアイは命の尊さを教えてくれる皆の守り神だった

イメージ
昔から何だろうと思っていたイースター島ラパ・ヌイ国立公園)のモアイだけれども建造された理由は現地の言い伝えによると部族の王の霊を祀るためだったらしい。偶々、小耳に挟んであっさり分かってしまうというのも詰まらないみたいな感じがしないではなかった。詳しい資料を欠いているので、ひょっとすると誤りともかぎらないにせよ、たぶん殆ど合っているように受け留める。
Plataforma ceremonial Ahu Akivi by Jantoniov (Own work) [CC BY-SA 3.0], via Wikimedia Commons
モアイは海を背にして立っていたり、内陸部では反対に海を向いていたりしながら住処を取り囲んで皆を見守っているといわれる。守り神として捉えるとやはり部族の王の霊を祀るために建造されたのではないか。考えても可能性は非常に高いだろう。
イースター島のモアイは意外と新しい。石像で非常に大きいから古代人のものかと思ったら古くても千年くらいしか経ってなくて新しいのは十七世紀頃まで作られていたらしい。

十八世紀頃に西欧人が発見した当時、イースター島には完成したモアイが幾つも立っていたらしいけれども次第に倒されるようになった。島民の部族の争いで、守り神を率先して攻撃するためだった。モアイは目に霊力が宿ると考えられていたから何も見ないように目こそ破壊されて俯伏せに寝かされてしまった。全体を木っ端微塵にするのは非常に大きな石像のゆえに難し過ぎたか、または守り神の超自然的な祟りが恐れられたせいかも知れない。破壊されたのは目ばかりで、今では殆ど残されてないけど、地に落ちた破片が少しは見付かっていてモアイには元々は目があったと分かっている。いつしか全てのモアイは倒されていて十九世紀には完成品としては一つも立ってなかったんだ。
All the fifteen standing moai of Ahu Tongariki by Bjørn Christian Tørrissen [CC BY-SA 3.0], via Wikimedia Commons
現在、十五体のモアイがイースター島の海岸付近に立っていて最も壮観な眺めを生み出しているのは1994年に考古学者のクラウディオ・クリスティーノがクレーンを持ち込んで実現したようだ。モアイは最大で20mの90tと計測されるくらいで…

生まれ付きで鼻のない赤ちゃんだったイーライ・トンプソンが残した笑顔

イメージ
Timothy Eli Thompson via Facebook
イーライ・トンプソンという赤ちゃんに生まれ付きで鼻がなかった。無鼻症という非常に稀な病気にかかっていた。出生児の一億九千七百万分の一の確率で、かつて世界中で三十七例しか確認されなかったらしい。生後五日で気管を切開して人工気管を通して呼吸が確保された。人々からは「Miracle baby」(奇跡の赤ん坊)と呼ばれて可愛がられていた。無鼻症の影響で病弱だったために二歳で亡くなってしまったけど、しかしあどけない笑顔を残していて写真から著しく引き付けられた。
アラバマ州モービルの赤ちゃんイーライ生後六ヶ月のイーライ赤ちゃんイーライのベスト
目にしながら逆しま泣いたようで、心がよもやまさか可哀想でしかないと感動し切れない部分へは詩的に素晴らしいと認めるばかりだった。
本当に詩情に満ち溢れた写真だし、何よりもドキュメントなのが驚かされずにいない。信じられないほどの笑顔と出会って生まれ付きで鼻のない悲しみのゆえに命の尊さのみから世界が透き通って行くのを経験してしまう。すなわち現実に詩があるとはっきり味わわせるんだ、驚きながら見るだけでも端的に。
些細な日常としてはベーコンの絵に匹敵する強度が込められた真実に他ならないだろう。
美しさとは何かを問い直させる。人生において必要な芸術が自分らしさを基礎付けるとしたら表現力の真実と心から呼ぶべきだ。生きる喜びの夢見られた情熱を差し置いたような美しさはなくて良い。だから詩もやって来て魂を与えるに違いない。歌うかどうかはさほど重要ではないはずだし、気持ちは誰もが沈黙の詩人に成り代わっているような時空へ正しく送り込まれている感じがする。
精神の夜に抱き抱えよう、笑顔を残したという生まれ付きで鼻のない赤ちゃんだったイーライ・トンプソンを
See miracle baby born in Alabama with rare facial anomaly breathe and coo via AL.com
貴方はまるで一本の蝋燭のような存在を教えてくれる。炎と輝いた生きる喜びの詩が聞こえるかぎり、もはや涙は砕け散った星屑に席を譲るだけだ。金平糖が降って来るまで祈りを捧げる神様に初めて訪れる夜明けこそ懐かしい趣きではないだろうか。永遠ならばバッチリにせよ、瞬きと共に全ては色付いて行く透き通っていたは…

大笑いさせるヴァン・ゴッホは卓越した感性で希望の光を描いた

イメージ
ゴッホの手紙を読んでいて大笑いした。本当にまさかだったし、人生は諦め切れないとも唸らされる。ならば夢はきっと叶うだろう。
物凄く面白いのはヴァン・ゴッホがアルルでアトリエに住み着いた場面なんだ。パリから引っ越して来てホテルに寝泊まりしていたものの二つの居を構えては銭がかかり過ぎるからアトリエに家具を入れて二階に住み着けば安上がりで良いと考えるようになる。生活費を出している弟のテオに手紙で訴えた。前借りするみたいな仕方で、暫くして普段よりも多めに受け取った銭で、アトリエに家具を入れて寝泊まりするに至るけれども本当に嬉しさが溢れていた。
The Bedroom by Vincent van Gogh [Public domain], via Wikimedia Commons
大笑いさせるのはヴァン・ゴッホは絵が売れなくても素晴らしい生活を自然体で実現しているせいだ。
貧乏を忘れ果てる。アトリエも芸術家の家として自分一人が住み着くだけではなくて大勢を呼べるようにも作り上げて行く。生活費が浮かせられて創作活動にも適していると予測していた。仲間を増やしながら画家として飛躍するべく、夢が一層と大きく膨らむんだ。
アトリエに家具を備えつけて、結局は良いことをしたのだという確信をもっている。仕事のことで早くも僕は、今までのように不必要な苦労で悩まされずにもっと自由にやれそうな気がしている。
テオ宛のゴッホの手紙(硲伊之助訳)
弟のテオに生活費を出させて申し訳ない気持ちがかつて強かったヴァン・ゴッホだけれどもアルルのアトリエに住み着いてから相当に克服されたのではないか。すればテオも煩悶する兄を見なくて済むはずだ、涙を忍びながら咽び泣くように。ヴァン・ゴッホと同じように喜んでいたに違いない。少なくとも安心感が芽生えたと想像されずにいない。
本当にヴァン・ゴッホとテオの兄弟愛は人情がいつも通っていてそれこそ日本的な思い遣りを感じさせる。アルルのアトリエでの素晴らしい生活はヴァン・ゴッホが憧れた美しい日本のイメージにぴったりではないか。人間にとって悲しみが全てではない。たとえ貧乏でも幸せが得られるならば命の尊さしかないはずだけれどもゴッホの手紙という人生によってはっきり気付かされた。
方法論的にいうと感性が卓越している。生きる喜びから世界を捉えなくては無理だし、心を押し潰されるばかりの貧乏でしかない。幸…

ヴァン・ゴッホの美しい日本のために生きたというベーコンの習作から最大限に受け取っても素晴らしく感動的な人間性

イメージ
The Painter on the Road to Tarascon by Vincent van Gogh [Public domain], via Wikimedia Commons
ヴァン・ゴッホタラスコンへの道を行く画家(仕事へ向かう途中の画家)は見付けるや否や物凄く良い絵だと思った。本当に可愛くて素晴らしい作品ではないか。雰囲気が自然なのに加えて画家の大きさが絶妙なんだ。小さめで動きが軽快に出ている。漫画風だけれども構想としてはきっと日本画の影響だろう。十九世紀後半にフランスで大流行していて出会って江戸時代の葛飾北斎歌川広重という浮世絵に芸術上の規範を仰いでいたらしい。全てが明るめの色彩と共に平面的に溶け合わさっている。ゴッホの手紙を読んでいるとヴァン・ゴッホは日本画を通じて日本への憧れを猛烈に抱いていたと分かるけれどもタラスコンへの道を行く画家はヴァン・ゴッホが日本に来たのと同じだと澄み切った景色の広がりに大喜びながら絵に新しく精力的に取り組み出したアルル(フランス)での創作だったんだ。日々の浮き立った気分がはっきり示されていて微笑ましい。感じ入るほどに綺麗な心を養い育てられるし、知って瞬く間に生まれ変わるような魂の一枚だ。
日本人にとっては逆に国内の芸術について考えさせられる。浮世絵は何が良かったのか。徳川幕府による天下泰平の世相を反映していた。戦乱の日々に歯止めがかけられたならば日本人は相当に寛ぎを得られたはずだ。生活そのものは身分差別が横行しているように決して楽ではなかったにせよ――精神的な打つかり合いから国民同士の紛争もまさか夥しく引き起こされるならば坂本龍馬で率先される明治維新まで何百年と変わらないほどの重苦しい悲しみを強いられてたに違いないのではないか――酷薄なばかりの殺し合いの苦というどうにも不穏な毎日だけは避けられたから理知的な生き方こそ浮世絵に示されていたんだろう。だから温故知新として評価するべきだし、現代でも決して捨て去る必要はない。美しさが人間性に迫っているかぎり、画家一筋のヴァン・ゴッホが称賛したのも当然だったにせよ、年代を越えているわけだ。
僕の仕事はみんな、多少とも日本画が基礎になっている。
テオ宛のゴッホの手紙(硲伊之助訳)
タラスコンへの道を行く画家が漫画風なのはヴァン・ゴッホの芸術が方法論的にも時代を先取りしていた証拠だ。…

ヴァン・ゴッホの自画像の心の目に見えて来る神様

一枚だけだけれども画家一筋のヴァン・ゴッホの記事で引用したヴァン・ゴッホ自画像に神様が見えて来たからブログに改めて取り上げておきたいと感じた。
僕の言葉遣いが霊感そのものなのと同じで、気付いた訪問者がいれば一人怪しく訝らせるのは忍びない。
ヴァン・ゴッホの自画像に神様が見えて来ても君だけではないし、僕もそうだから間違いなく、安心して欲しい。
きっと僕の言葉遣いが霊感そのものだと気付くよりも人々にとって可能性は高いだろう。
理由は簡単だ。サイト全体のイメージに合ってないというか、些細な日常のブロガーがゴッホではないから僕ばかりの自己表現が多いところで、取り上げられた他の誰かの作品の個性的な特徴が比較的に目立ってしまうせいだ。
本当に驚くし、僕は絵から神様と出会うのは初めてだったので、ヴァン・ゴッホへも興味や関心が変わってしまう、一段とさらに素晴らしく。
ヴァン・ゴッホの自画像に神様が見えて来るのは心の目でしかないはずだけれども普段とはちょっと違う。例えばモーツァルトの音楽のように普遍的な芸術作品ではないのではないか。ブログの記事で取り上げる以前にも良く見ていたのに似通った気持ちは全く湧かなかった。神様と出会うという可能性は基本的に想定されないし、ヴァン・ゴッホ自身も絵を描きながら意図してなさそうだったんだ。
すると些細な日常の記事の画家一筋という文脈から引き出され得た真実になっているといって良い。
この世だけで神を判断してはいけないとだんだんおもうようになった。世界は彼のしくじった試作なのだ。
作者を愛していれば、失敗した習作でも――それほど非難せずに――黙って居るだろう、そうじゃないか。
でも、もっとよいものを要求する権利はある。
テオ宛のゴッホの手紙(硲伊之助訳)
絵の見方が特別に指定されるためにヴァン・ゴッホの自画像に神様が見えて来たのではないか
心の目からすると最も重要なのは顔の表情が包括されていた。普遍的な芸術作品と受け取られる内容を備えているせいだ。ヴァン・ゴッホは一筆毎に色や形を変えながら自画像を精密に制作していて天才としか呼べないけど、それは珍しくない。集大成としては烏のいる麦畑が完璧だし、世界は容易には汲み尽くせないくらい自然と不可分なまでにリアリティーを超常的に高められている、いい換えれば一筆にメッセージが込められていて互いに寄せ集められながらイメージを無限大に展開…

悲しくても必死に生き抜くつもりならば画家一筋へ情熱を燃え上がらせたヴァン・ゴッホのように

イメージ
ゴッホの手紙を読んでいると元気が湧いて来る。絵だけではないと本当に感じる。ヴァン・ゴッホは画家だけれども同時に作家だったのではないか。興味深いのは文学は手紙でしかないから特にやってないという雰囲気が文体から伝わって来る。ヴァン・ゴッホならではの画家としてのイメージを手紙の文面に重ね合わせているに過ぎないにせよ、個人的に納得してしまわざるを得ない。
ヴァン・ゴッホならば画家一筋に情熱を燃え上がらせていたから他の創作活動には本気を出して取り組んで欲しくないけれども人間的に手抜きを受け取るのでは物足りないせいだろう。
手紙は文学なんだけれども作品として十分に仕上げられてない、本業の絵と比べると芸術性が低いに過ぎないだけで、必死に生き抜くほどの掴み取られた真実においては実質的に変わらないと感じる。
Self-portrait by Vincent van Gogh [Public domain], via Wikimedia Commons
ヴァン・ゴッホは貧しくてモデルに料金を払えなかったから代わりに自画像を多く描いたといわれるんだ。
ゴッホの手紙を読んでいると画家として自作絵が売れない悲しみが目立って出て来る。自画像はもちろんのこと、風景画でも他の肖像画でも同じで、何を描いても駄目だった、生涯で売れたのはたった一枚の赤い葡萄畑しかなかったらしい。振り返ると死ぬ間際に少しずつ世の中に受け入れられて来たようだし、彼自身が努力を惜しまずに絵描きに励み続けながら後一歩のところで心から待ち望んだ幸せを取り逃がしてしまったと感じるんだ。
悲劇的だから謎めきそのものではないか。人生に唸らされながら運命を見届けると夢は星に匹敵する。夜空に瞬く光の中には命を生まれてから死ぬまで素晴らしく勇気付けた希望しか知らなくて良いはずだ。
The Red Vineyard by Vincent van Gogh [Public domain], via Wikimedia Commons
生前、ヴァン・ゴッホにとっては有り難いばかりの赤い葡萄畑を購入した人物は画家のアンナ・ボックという知り合いの一人だった。弟のウジェーヌ・ボックが詩人の知り合いで、数年前にヴァン・ゴッホはウジェーヌ・ボックの肖像を描き上げてもいた、彼の姉がやって来て赤い葡萄畑を気に入って四百フラン(十一万円程)を払ったらしい。
一見して赤紫が支配的…