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手の親指が痛くなるドケルバン病の要因とチェックと治療法

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スマホの普及で手の親指が痛くなるドケルバン病(狭窄性腱鞘炎)の患者が増えているらしい。いつも片手で持って操作している人は注意しなくては行けない。
Smartphone with one hand by JESHOOTS [CC0], via Pixabay
僕は落として壊したくないとか疲れるなんて理由からスマホは基本的に両手でしか使わなくて机があると直ぐに置いて操作するのは人指しなので、完全に大丈夫だと思う。
しかしスマホにかぎらず、手の親指を酷使する生活はスポーツでも多いらしくてドケルバン病にかかり易いから総じて休ませるのが肝心なんだ。
調べるとそれ以外にもドケルバン病にかかる場合があるようだからもうちょっと詳しく知っておきたいと思う。
ドケルバン病を引き起こす要因
片手スマホなどの親指の酷使女性ホルモンの分泌量の変化血管や関節の障害による併発
生活上、スマホやスポーツなどの手の親指を酷使して腱鞘に不調を来す要因を除くと二つの要因が挙げられるようだ。
女性は女性ホルモンの影響を受けて出産授乳期と閉経後の老齢期が危ないらしい。前者は女性ホルモンのプロゲストロンが増えて骨盤を修正する代わりに腱鞘を収縮させる、後者は女性ホルモンのエストロゲンが減って腱鞘の柔軟性が衰えるためにドケルバン病の障害が起こり易くなる。
他にも糖尿病や人工透析を受けるほどの腎臓病や関節リウマチなどから併発する可能性もあるようだ。毛細血管の流れが滞って腱鞘への軽い炎症でも長引いて悪化したり、通常でも手を動かすのが難儀な状態から腱鞘へ無理が祟ったりするのが要因として挙げられる。
ドケルバン病は腱鞘炎の一種で――病名には発見したスイスの外科医のフリッツ・ド・ケルバンの名前が付けられている――手の親指を動かす短母指伸筋腱(主に親指を伸ばす腱)と長母指外転筋腱(主に親指を広げる腱)の二つが収まった腱鞘(手背第一コンパートメント)が諸々の要因から炎症を起こして腫れや痛みを生じるんだ。
手の親指が不調な病気はドケルバン病以外に母指CM関節症関節リウマチも多いらしいから自己診断では間違えないようにしたい。

二つとも腱鞘炎ではなくて関節炎なんだ。手の力が入り難くて親指の付け根が日増しに腫れて痛むような場合にはドケルバン病よりも罹患の可能性が高いかも知れない。良く分からなければ専門医に診断を早めに受けるべきだ。
ドケルバン病かどうかのチ…

幸せの良さはインパクトが物凄く大きいために人々の印象にも残り易いと考える

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ブログのヘッダーの背景画像を変更した。無料素材のクリスティン・フォークトの写真を使っている。以前、見付けて素晴らしく気に入った。
A woman in snowflakes by Kristin Vogt [CC0], via Pexels
雪の中で紺色のコートを着た女性の写真がシリーズで幾つかあるけど、とにかく運命の恋を感じさせるところが抜群に惹かれる。
二人の絆が容易く想像できる物語調の仕上がりで、思いの強さ、気持ちの真面目さ、情熱の大きさなど、受け取ったら手放せないほどの心の繋がりが反映しているように見える。
使ってみたらファッション雑誌みたいな相当にお洒落な乗りが出て来て訪問者によって好き嫌いが分かれそうだ。ブログの記事は必ずしもファッション雑誌みたいなイメージではないので、雰囲気が合わないと不味いと危惧されるけれどもどうだろう。詩的には間違いなく当て嵌まり得るし、僕がブロガーでも永遠の詩人なので、コンセプトの些細な日常からはインパクトが物凄く大きいと思う。運命の恋を感じさせる写真ならば諸々の記事と相俟って全てが心に刻まれて忘れられないほどの瞬間を味わえるはずだ。
A woman trying to pull a hood over her head by Kristin Vogt [CC0], via Pexels
訪問者がお洒落な乗りを好きでも嫌いでも覚え易いというのが人気者になるためには必要だからアクセスアップを呼び込んでくれると期待している。
アクセス解析で様子を見ながら駄目だったら止める。分けても検索エンジンから記事にやって来てトップページへと入り直す人が増えるかどうかを注目したい。キーワードだけではなくてブログ自体、そして僕への興味や関心が高められるともっと有り難いと考える。
今までよりも訪問者の印象に残り易いデザインになっているはずだ
静かにやってばかりで、アクセスアップが上手く行かないし、丸っきり、何となれば正反対に変えしまうのも大事だと思う。
世の中でソーシャルメディアを炎上させて知名度を上げたり、大勢を商用サイトへ呼び込んで金儲けを行う人もいるわけだし、ブロガーとして人気者になるために著しく印象付ける自己表現が必要なのは確かだ。
炎上にかぎらず、人々を引き付ける方法は世の中に幾らでもありそうだけれども個人的に芸術性を重視するのが自分らしいし、やり甲斐も得られ…

藤井聡太の将棋界で記録ずくめの余りに強過ぎたプロ棋士としての中学時代に

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将棋界で藤井聡太の勢いが止まらない。一昨年の十月に中学生棋士としてプロデビューを果たしてから一年ちょっとながら様々な記録を打ち立ててしまって早くも伝説の域に達している感じがしてならない。気付いては本当に驚かされるし、余人を遥かに凌ぐかぎり、若冠十五歳で不世出の天才とも過言ではないのではないか。
将棋の中学生棋士・藤井聡太六段(15)が3月15日、順位戦C級2組の最終10回戦で、三枚堂達也六段(24)に勝利し、中学生としては初となる“全勝一期抜け”を達成した。
藤井聡太六段、史上初・中学生の“全勝一期抜け”達成 !公式戦連勝も「15」に AbemaTIMES
先日、本物の実力を確信したんだ。将棋のプロ棋士の格付けリーグの順位戦を最上位のA級から数えて下の下のC級2組(五軍選手)から始めて全勝という十勝零敗での一期抜けを果たした。持ち時間が六時間の本格的なルールで、しかも対局者が前々から発表されていて互いに研究し合う余地も多く得られている中で、負け知らずの藤井聡太は対局者の実力が上位の棋士たちよりは劣るとしても凄いと思う。
日刊スポーツさん(@nikkansports)がシェアした投稿 - 3月 15, 2018 at 6:09午前 PDT
何しろ、中学生の十五歳と最年少だ。順位戦のC級2組といえども他の棋士たちは誰もが年長で、それだけ長く勉強する時間を将棋に費やして来たわけだ。一生懸命に頑張っているのに勝てない、察するに恐らく。藤井聡太は勉強する時間が短い将棋でも対局者を寄せ付けなかったし、聞いた全勝一期抜けの響きからはまるで食卓の蝿を手先で容易く追い払うような印象でさえも与えるほどの怪傑振りを示している。唸らされるばかりのプロ棋士としての実力だろう。
記録としても非常に稀有なんだ。順位戦のC級2組の一期抜けというだけでもかつて五人しかいなかったらしい。そして中学生ではひふみんの愛称でお馴染みの元名人の加藤一二三が、只一人、実現していたけど、全勝となると将棋界で史上初の快挙を成し遂げたんだ。
六十三年振りの記録を塗り替えるに至った藤井聡太はプロ棋士にデビューした年齢でもやはり加藤一二三が持っていた十四歳七ヵ月の最年少記録を、五ヵ月、縮めて六十二年振りに塗り替えたと巷で大きく話題になった衝撃を又同じように繰り返したわけだった。
来年から名古屋高校に進学しながら将棋を続ける予定らしく…

眩暈や吐き気を起こす激しい腹痛から倒れても辛いのは過敏性腸症候群の重症か

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又来た、激しい腹痛が。突如、約一年振りの災いだ。しかし症状はもっと酷くなっている。顔面蒼白で目の前がチカチカして息も絶え絶えのところから吐き気まで催すほどだから眩暈も相当に激しかったし、布団に倒れても辛くて完全に藻掻き苦しむ他はなかった。
加えて腹痛の収まりも非常に悪くて排便すれば何とかなりそうだと水を必死に飲みながらトイレへ駆け込むけど、しかしさほど上手く行かなかった。
下腹部の上の方に大便が残って痛みを発しているようなので、それを出すしかないのではないかと考えながら一時間くらい過ぎたトイレの後に漸く藻掻き苦しむばかりの激しい腹痛が収まって来た。
だが、終わりではない。幸い就寝できるくらいには和らいだ腹痛だったけど、少し残っていた。明け方の五時頃、しくしく漫然と苦しいというか、または細かい針で刺されるようなチクチクが広がって起こされざるを得なかった。
トイレへ駆け込んでも排便するのほ殆ど無理で、安静にしてもやはり酷いのは酷いし、丸一日、休むしかない感じがしつつも水を飲んではトイレへ駆け込むのを何回も繰り返すまま、三時間くらい経って漸く耐えられる状態には戻って来た。

一日を過ぎても幾らか続くし、余談を許さない腹痛で、何なんだ、この病気は、一体全体と調べてみると恐らくは過敏性腸症候群(IBS:irritable bowel syndrome)の重症が最も近いようだった。
過敏性腸症候群の三つの基本的な症状
排便するや否や腹痛が収まる:可成とすっきりできる腹痛で排便する頻度が変わる:回数が増減してしまう腹痛で排便する状態が変わる:便秘や下痢などが来る
日頃、佳くありがちな神経性の腹痛の一種で、心理的なストレスなどから脳と腸との情報伝達が阻害されて取り分け腸の活動が強められている。腸が知覚過敏に陥っているわけで、例えば自律神経失調症から来易いかも知れない。脳と腸との自律神経の無意識の結び付きが壊れていると腹痛に襲われるのが過敏性腸症候群なんだ。何も食べなければ十分に収まるとも聞く。腸が入り込んだ食べ物で異常に刺激されなくなるほどに落ち着くせいみたいだ。
日本人は一割以上が経験している。島国の伝統的な村社会というか、皆に仲間意識が強いから、現実、人間関係が上手く行かない心理的なストレスに囚われ易い身なのを反映してそうだ。罹患率は子供に多くて老人に少ない。神経の活動が若いほどに活発だから過敏…

ピーテル・ブリューゲルの雪中の狩人と連作月暦画として残された他の四作品の芸術

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十五世紀のブラバント公国(現在のベルギーとオランダを部分的に含んでいた)の画家、ピーテル・ブリューゲル(同名の息子の画家と区別して父ブリューゲルとも呼ばれる)の名作の一つ、雪中の狩人には二十一世紀の現在でも廃れずにオリンピックの種目にも採用されている人気の冬のスポーツが三つ描かれている。
The Hunters in the Snow by Peter Bruegel the Elder [Public domain], via Wikimedia Commons
分かり易いのが三つで、アイススケートとアイスホッケーとカーリングなんだ。他には一人乗りの橇を引っ張っているのがリュージュやスケルトンに通じたり、狩人の猟銃がバイアスロンの射撃を思い起こさせたりする。昔から変わらず、皆が盛り上がっているのが微笑ましい。
スポーツに興じる人々は何れも冬の寒さを際立たせるためか、絵には暗い色調を纏いながらな壮大な風景に溶け込むように表現されていて可愛らしく受け留める。
雪中の狩人はピーテル・ブリューゲルの作風を良く示している代表作で、他の作品でも似たような構図が取られる場合が多い。一見して自然と社会の融和を感じるところが非常に新しいし、科学技術の発展によって地球の環境破壊が危ぶまれるほどに懐かしくも本当に優れた人々の生活とは何かを教えてくれる。
絵の主役の狩人は画面の左下に猟犬と共に猟銃を担いで描かれている。全体からさほど目立たない印象なので、不思議な気持ちにさせると驚く。何がモチーフなのかの視点が定まり難い。画面の半分以上が雪山から斜めに見下ろされた町並みに占められている。狩人とは又別の人々の生活こそ大きな印象を与えるんだ。細々と遠く描かれているのが郷愁を誘っているかのようで、瞬く間に味わい深い。
苔生した緑(モスグリーン)が池に張った氷を特徴的に写し出している。何人も集まって思い思いの冬のスポーツに興じていて寒さに怯えず、如何にも楽しいらしい風情を持っている。食料を求めて働いている三人の狩人などの一部の人たちの衣食住に関わる状況と物凄く対照的な印象を与える。しかし全てが一つに和合を果たしている絵だとすると必ずしも皆を分け隔てられた気持ちで見るべきではないかも知れない。今を生きる点では誰も変わらないし、命を燃え上がらせた瞬間に覚知された魂そのもの、すなわち霊的な存在から逆理的に感じ取ら…

ドライアイのための自己診断の簡易テストと予防・回復・治療に役立つ目の体操

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ドライアイとは涙の量が減るのが原因で、目が乾燥して痛みや異物感を覚えたり、酷く疲れ易くなったり、表面に傷ができて視野が霞んだり、眩しかったり、様々な症状を引き起こす目の病気なんだ。
医学上は「ドライアイは、様々な要因により涙液層の安定性が低下する疾患であり、眼不快感や視機能異常を生じ、眼表面の障害を伴うことがある」(ドライアイ研究会)と定義されている。
日常生活で何れの症状も比較的に軽いかも知れないし、簡単に耐えられると放っておかれる場合も少なくないとはいえ、全身で風邪は万病の元といわれるように酷過ぎれば眼精疲労から網膜剥離や緑内障を引き起こして治し切れずに失明するみたいに考えると必ずしも長引かせて構わない目の病気がドライアイではない。
日本の国内ではおよそ八百万から二千二百万人程度の患者数が見積もられていて、そのうち、実際に病院に通っているのは二百万人くらいといわれる。非常に少ないし、やはり比較的に軽い症状だから敢えて専門的に治療しなくても耐えられるせいだろう。
Computer display by SplitShire [CC0], via Pixabay
テレビやパソコン、そして昨今ではスマホやタブレットの画面を長々と見続けてしまうのが主な要因になっている。目と画面との距離が近ければ疲れ目から近視になると懸念されるけれども同時に瞬きをしないのがドライアイに繋がってしまう。何時間も目を酷使せず、なるべく見開いたままにしないのが大事だし、途中で数分の休憩を挟んだり、常時、目を閉じるための瞬きを意図的に増やすように心がけるのが賢明だと思う。
他にもエアコンで湿気の少ない部屋で過ごしたり、年を取って涙が衰えたり、コンタクトレンズを常用したり、煙草を何本も吸ったり、別の病気のマイボーム腺機能不全(涙の油分が下がる)や結膜弛緩症(涙が溜まり難い)やシェーグレン症候群(涙を出す涙腺が弱る)など、薬の抗コリン作用(高血圧治療薬や向精神薬の一部)やテガフールギメラシルオテラシルカリウム(ティーエスワン:抗癌剤の一種)や角膜に障害を与えるような副作用(目薬の一種)などからも引き起こされる。
計らずもドライアイになってしまってどうしようもなければ眼科で治療するしかない。目薬で目の潤いを保たせるとか涙点プラグで目の涙の出口の涙点を塞いで乾き難くするなんて処方が一般的に取られているらしい。
ドライ…

株式市場のマネーゲームで世界同時株高

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日本の株式市場が高騰していて日経平均株価が1992年の二万二千九百円台を二十六年振りに更新したといわれる。史上最高値はバブル経済と呼ばれた1989年の三万八千九百円台らしいので、まだ一万六千円以上の開きが残されているにせよ、1991年にバブル経済が崩壊した直後の水準まで日本の主立った企業/二百二十五社の株価が懐かしくも上昇している。不況が続いていて2008年に六千九百円台まで落ち込んでいたからさらに十年で三倍以上と急激に持ち直して来たんだ。
日経平均株価 via 日本経済新聞社
株式市場とは何か。会社で証券取引所に資本金の株式を公開している場合に売買が可能になって実際に取り引きが行われる状態を指している。株式を公開していて誰でも売買が可能な銘柄を持つ会社は上場企業と呼ばれる。証券取引所によって格付けされたりして例えば東京証券取引所(東証)ならば一部や二部やマザーズなんて分けられるようだけれども国内で有名な会社は大抵が一部上場企業に含まれる。株式は資本金だから買う人が会社の所用者(株主)だし、適宜、代表の社長を含めて取締役を選任するなどの会議(株主総会)が開かれて経営にも影響を及ぼすんだ。取り引きされる株式は買う人が多いと値段が上がって少ないと下がるので、人気によって商品と同じように変動する価格/値動きを持っている。だから市場だけれども株式は何かを生産するわけではないし、上場企業が魅力的かどうかの評価額を示しているかぎりの株式市場そのものは生産力に基づく商品やサービスの財市場とは区別される。他の債券(借入)と併せた証券市場、さらに財市場を生産力から実体経済と捉えると反対の資産市場の方面で、外国為替(通貨価値:貨幣の対外的な交換比率)も併せた金融市場の一つに数えられる。
僕は普段から投資と縁がないし、良く分からないので、この際、改めて復習しておきたい。貧乏だから生活費すらも危うくて無理とはいえ、将来、もしかしたら投資を行わないとはかぎらないから予行学習にもなる。何れにせよ、経済を理解するための知識を得られて嬉しいのは間違いない。
巷でマネーゲームといわれるのは金融市場の取り引きが主体で、株式市場も入っている。それ以外では不動産などの実体経済での過剰な売買が投機的な意味合い(売るために商品が買われている)からマネーゲームといわれたりもする。
たぶん数学者のジョン・フォン・ノイマン…

最も欲しいクリスマスプレゼントはやはり何といってもブログのアクセスの今年

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Brown Pine Christmas Decoration [CC0], via NegativeSpace
ブログを開設して十二月十五日で一年が過ぎた。Googleのサイト年齢によるサイト評価の底上げをずっと期待し続けて来たし、一気に一日千人くらいに跳ね上がって欲しいアクセスだった。記事数は六百件を越えている。十分にあり得るのではないか。またはそれぞれが一日一人を確保しながら五百人越えでも目下の一日百五十人から比べれば有り難いばかりだろう。特に変わらないので、認めるのものろのろの成長でしかない。強いられる牛歩にいつまで笑えるのか。
しかしまだ分からない。前回のブログは五月の下旬に開設して翌年の六月の初旬からやっとアクセスが伸びた。一年と数週間程でGoogleでのサイト評価が一変しないとはかぎらない。一ヵ月で一人だったのが五人にまで跳ね上がった。サイト運営に失敗していてアクセスそのものは少な過ぎたにせよ、Googleでのサイト評価が底上げされたのは間違いないだろう。まさか期待せずにはいられないわけで、今回のブログはもっとずっと好調だ。
登美丘高校ダンス部のバブリーダンスみたいにイケイケゴーゴーの境地に達しないものか。
日付を確認すると、丁度、クリスマスに重なって来るので、一日千人か、せめて五百人越えのアクセスを得られるのをプレゼントとして夢見てしまう、サンタクロースに最も欲しいと。
人生で初めてかも知れない、こんなに強く願う気持ちは。バスケットボールシューズが大好きで、履き続けていた青春期こそ振り返ると毎日がクリスマスだったみたいだけど、詩ではなくて詩そのもので捉えると児童期のお年玉しか匹敵しない経験だからイベントが合わない。正月にぴゅう太(初期のパソコンの一種)をテレビに接続して遊んだ素晴らしくも愉快な日々だけが記憶に甦るのはまざまざどころかうっとりでさえもある。感じ入るほどに比類ない。頷く。
Child at Christmas [CC0], via NegativeSpace
今年のクリスマスは本当に心から親身に味わう
まるで所縁のキリスト教徒のように神への願いを強く抱いているという気持ちがするんだ。死ぬしかないのだから四六時中の努力が報われなくては困るよ。一日でも素晴らしくか、ブログのアクセスが伸びて欲しい、驚異的に。神は偉大だと改めて知って祝いながら家で静かに過ごせ…

韓国のYouTuberのユ・ミンソンの動画を観ると韓国人は日本が大好きだと良く分かる

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現今、日韓関係が従軍慰安婦問題で劣悪なのは間違いない。しかし本当は政情でしかないのではないか。全ての韓国人が日本を嫌悪するとすれば戦争か、少なくとも国交断絶の憂き目を見せられているはずだった。
実際に韓国で嫌がらせを受けたことはない
「日本が嫌いだから日本人も嫌い」だという人はほとんどおらず、むしろ歓迎してもらえることが多いです。隣に住むオバチャンがご飯の心配をしてくれたり、韓国に嫁いできた私を抱きしめてくれたりした人もいました。
私だけでなく、日本から友人が遊びにきたら私の周りの韓国人はみんな、いろんな所に案内したりおいしいお店に連れていったり、それはそれは大歓迎してもてなし、日本人の友人はいつも感激しているようです。
韓国って日本人のことが嫌いなの?生活してわかった反日感情の実際 via Guanxi Times
調べてみると実生活で韓国人は確かに日本を国内から締め出すとか日本人を追い払うなんて場合もあるかも知れないけど、ところが反対に大好きで幾らでも歓迎するばかりという情報も見付かってしまう。
문화충격! 한국남자가 나고야 해변에 가면 생기는 일 # 레전드 Ep.슴과자를 아시나요??! via [bj민성]민짱테레비
ユ・ミンソンという韓国の俳優で、YouTuber(bjミンソン:オリジナルはAfreecaTVでやっている)の動画を観ると本当に良く分かる。日本で主に作成されていて韓国人の本人と日本人とのちょっとした交流を撮影して公開して何百万回の再生回数を誇っている。日本では考えられないのではないか。外国での外国人とのちょっとした交流の動画で爆発的に注目されるなんて余程の興味と関心がなければ不可能だろう。だから韓国人は日本が大好きなんだ。そして日本人を愛しているに違いない。何でも知りたいと思っていてユ・ミンソンは国内のそうした期待に応えるような仕方で動画を作成しながらYouTuberとして大成功を収めてもいるわけだ。ややも劣悪な日韓関係の政情を踏まえては著しく驚かざるを得ない。
日本人という民族自体が好きと言うよりも、(簡単に言うと、日本人がかっこいい!かわいい!と思うよりも)、日本が培ってきた歴史、精神(メンタリティ)、また技術、文化などをクールに思っている韓国人が多く、またそれらをうまく取り入れている韓国人も非常に多い。ただインターネットや公共の場でそれを発言す…

エド・シーラン:ホームレスから飛び出した世界トップのブリティッシュロックの新星

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イギリスで大人気のロック歌手でエド・シーランがアメリカでも同じように売れ捲って2016年の第58回グラミー賞で初めてThinking Out Loud(考えを声に出して)が最優秀楽曲賞と最優秀ポップ・ソロ・パフォーマンス賞の二つを受賞していた。音楽への影響力の大きさから名実共に世界トップのアーティストといって良いのではないか。日本でも一ヶ月ちょっと前にコンサートを華々しくやっていたらしくて知っている人は決して少ない存在だろう。
Ed Sheeran - Castle On The Hill via Ed Sheeran
YouTubeの公式チャンネルで何曲か聴いてみた。Castle On The Hill(丘の上の城)が細やかに軽やかで心地良い。エレクトロ全盛というか、DTM(デスクトップミュージック)の高性能なコンピューターを使った彩り豊かな音作りが流行っている中で、そうした新しい良さを的確に取り入れながらしかも昔ながらの歌心を人間的に打ち出しているところが凄いと驚く。グラミー賞のThinking Out Loudなどはアコースティックな生楽器のセンスが却って出色に受け留められる仕上がりの音楽にせよ、端的にいって懐かしい。バンドを組んで楽器を演奏するだけが全てだった時代、ブリティッシュロックでは個人的にビートルズが最も印象深くて同時代では聴いてなかったけれどもおよそ五十年振りに人々に帰って来たかのようだ。
青春期、ロックバンドでもテクノ寄りの曲作りのライト・セッド・フレッドが格好良くて大好きだったし、一発屋みたいな感じで、世の中で直ぐにさほど目立たなくなったものの代表曲のDon't Talk Just Kiss(何もいわずに口付けを)は未だに素晴らしいと思っている。
ブリティッシュロックは十代後半のビートルズと二十代前半のライト・セッド・フレッドを聴いて殆ど止まっていたので――音楽としてはジャミロクワイを長らく気に入っていてイギリス生まれのアシッドジャズバンドだった――エド・シーランで四十代後半と本当に久々に又触れて気持ちが動き出したと人生の巡り合わせに不思議な喜びを受け取ってもいる。
聴いて新星だと感じる。歌心の懐かしさが温故知新なんだ。ブリティッシュロックとは何か、ロック自体がイギリスのお家芸みたいな固有の音楽ジャンルだすると改めて本格的に理解される部分を持っ…

マイケル・ジャクソンのThrillerに察するブルック・シールズの王子様で女性に良く持てる面白くて優しい男性のイメージ

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マイケル・ジャクソンが主治医の医療ミスという不慮の死を遂げた際の別れのセレモニーで身近な知り合いの一人のブルック・シールズがいつも王子様だったみたいに親身に回想していた。
彼は王様のように良くいわれますが、私がいつも知るマイケルという人は殆どが星の王子さまでした。今、思うとその本の一節、「この眠っている王子に私がとても心を動かされるのは花への忠誠です。眠っているときでさえもランプの火のような彼の目映い薔薇のイメージ。そうして私は思った以上にさらに彼はか弱いと認めました。ランプは守られなければなりません。一陣の風に吹き消されるのです」を共有したいです。
Brooke Shields: Michael Jackson Memorial via CNN.com(訳出)
聞いてイメージが一変したというか、童話の星の王子さまサン=テグジュペリ)はおよそ詩的な存在/詩人の魂にせよ、世間的にいって本当は女性に良く持てる男性だったのではないかと新しく閃いた。
諸々の作品を振り返って恋愛とは必ずしも結び付かない場合は少なくないけれどもマイケル・ジャクソンの本心は王子様と呼ばれるほどの面白くて優しい個性的な真実に含まれているに違いないと感じた。
Michael Jackson - Thriller via michaeljacksonVEVO
マイケル・ジャクソンのThriller(スリラー/怪奇物)のPVを観ると女性に良く持てる面白くて優しい男性のイメージが歌と踊りに加えて物語仕立ての表現から最も良く分かると気付いた。
一見すると恋人を怖がらせているだけの酷い奴でしかない。何が王子様なのか。全く気付かないくらいかけ離れている。
歌と踊りが格好良いし、ThrillerのPVでメインなので、マイケル・ジャクソンを気味悪い物語から真っ先に考えるわけではないから実際に苦しくはない。普通に格好良い歌と踊りから考えると王子様というか、むしろ人々から「king of pop」(ポップの王様)と称えられるさらに格上の存在として受け取られるのが間違いないと思う。
不思議なのは世間一般よりももうちょっと可愛く捉えていたんだ、ブルック・シールズはマイケル・ジャクソンが王子様だとすると。
実生活で知り合いだから歌と踊りの格好良い印象だけでは捉えられない様子を改めて伝えていたはずだった。
ThrillerのPVの物語とは何か。…

シャツの黄ばみ汚れを確実に落とす方法

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嘘みたいな本当の話が世の中にはあるものだ。洗っても洗っても落ちなかったシャツの襟や袖口の裏側の黄ばみ汚れを確実に落とす方法が見付かったんだ。殆ど着てないのになぜなのかとうんざりさせられるばかりの生活に別れを告げるときがついに来た。
White shirts by KaoruYamaoka [CC0], via Pixabay
最も簡単なのは有料だけれどもクリーニング屋にドライクリーニングと水洗いをセット(ウェットクリーニング)で出す。シャツの黄ばみ汚れは繊維に絡み付いた皮脂と蛋白質が影響していてドライクリーニングで前者を落としてから水洗いで後者を落とさないと駄目だった。ドライクリーニングだけでは何もしなくても残っていた蛋白質の黄ばみ汚れが暫く経って浮かんで来てしまう可能性が否定できない。値段をもうちょっと安く仕上げるならばクリーニング屋にドライクリーニングで出して受け取ったシャツを着ないうちに自宅の洗濯機で水洗いを行うと良いわけだ。
アイロンをかけたりした他の作業の代金が無駄になってしまうから損すると気乗りしないし、もしも可能ならば自宅で全てやって少なくとも作業費だけは無料で完全に安く仕上げたいと感じるんだ。
難しいのはクリーニング屋のドライクリーニングに匹敵する衣類の皮脂という油汚れを落とせるかどうかで、自宅で通常の洗剤を使っても基本的に無理な状況だった。
市販の衣料用の洗剤の多くは様々な汚れを一度に落とすために油汚れだけを集中的に取り除く効果が低いらしい。
通常の洗剤の代わりに油汚れに特化した洗剤として衣料用よりも台所用が役立つと分かった
以前、コンタクトレンズの洗浄材で似た話を聞いたことがあった。酸素透過性のハードコンタクトレンズの変性蛋白質が通常の洗浄剤どころか、特化した強力な洗剤材でさえも容易に落ち切らない。台所用洗剤で十分に可能らしくて安上がりだし、試そうと一旦は喜び勇んだものの目の病気になりそうだからやはり不味いと思い直してやってなかった。
台所用洗剤をシャツなどの衣類に使っても病気にはならないだろけど、さもなければ食器洗いで手が真っ先にボロボロになるはずではないか、しかし大元の繊維が弱ってしまうとしたら結果そのものは芳しくない。
折角、黄ばみ汚れを確実に落とす方法を見付けたとしてもそのシャツはもはや着られないみたいな状態に追いやられるのでは捨て去るのと大差がなくなる…

千原ジュニアが明かしたテレビの裏側で冗談ではないくらい不評を買った小池百合子の性格を擁護する

小池百合子の言葉遣いは人々の胸にチクチク刺さるような印象を与える。ある意味では嫌みが込められていて聞くや否や寄せ付けたくないと思われ兼ねない。なぜ口走るのか。総選挙で代表を務めた希望の党の敗因として「排除、致します」と「さらさらありません」が大きく取り沙汰されて本人も謝罪している。いわなくても良いのに止められなかったとすると性格に起因しているはずだ。
全てが良く分かる情報を掴んだ。千原ジュニアビートたけしとテレビ番組に出演してゲストで小池百合子が登場した際に東京都知事として東京オリンピックが開催されるPRで良いバッジと悪いバッジを持って来て二人に一つずつ手渡したらしい。家庭ならば兄弟喧嘩を巻き起こすような感じだけれどもなぜ公平に扱わないのかと気がかりになってしまう。
小池氏は東京オリンピックのマークが入ったバッジを千原とたけしにプレゼントしたという。「すごく立派なバッジと、そうじゃないショボいのがあって、たけしさんには立派なバッジを渡して、『あなたにはこっちね』って(自分にショボい方を)渡したんですよ」と振り返り、「たぶんジョークなんでしょうけど、俺は何も思わなかったけど、それを見てた周りのスタッフは『なんやアレ!』ってすごく怒ってたんですよ。『逆やろ、普通』と。たとえば弱い方にエエやつを渡すか、もしくは同じのを渡すのが政治家ちゃうの?って」と明かした。
小池氏が不評買った振る舞い、千原ジュニア明かす via 日刊スポーツ
以前、ブログで千原ジュニアを取り上げて職場の面白さと楽しさについて気に入った意見を見付けたせいだった。お笑いでいつも下らない話とか馬鹿をやってばかりだとしても人間的には相当に凄いと認めている。彼がいうならば小池百合子の性格についても信用できる情報ではないかと又取り上げたくなってしまった。
テレビの裏側の人たち、すなわち番組のスタッフは二つのバッジをビートたけしと千原ジュニアで不平等に分ける小池百合子は政治家としてなってないみたいな気持ちにさせられてしまった。
確かに国を任せられる性格ではないのは明らかだ。民主主義をちっとも弁えてないのではないか。世の中に良いと人と悪い人がいてどちらかしか助けないのでは冗談にもならない政治家で、少なくとも現代の日本からは時代錯誤も甚だしいといわざるを得ないだろう。かりに総理大臣ならば、即刻、止めて貰わないと生活が苦しくて心…

選挙に参加して投票するのは人生経験だ

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総選挙で希望の党に勝って欲しいのに自民党に負けた。なぜかは正しいと思う。政局へのゴタゴタが多かったし。只単に国会の議席が欲しいに過ぎないのでは議員なんて本当に誰でも良いというか、団栗の背比べでしかないだろう。くじ引きで決めてもきっと同じだ。
細かく見れば人柄によって違うかも知れない。不正が横行する政治よりは何も起こらないのを望む。そして生活が良く変わるならば有り難いはずだから理念や政策を考えながら議員、または政党へ投票するのも面白そうだ。
とはいえ、一人でやっても意向が反映するとはかぎらない。何も変わらない選挙だと思うと気持ちは冷めずにいない。やはりくじ引きと同じではないか。どうにもならず、望みもしない結果を受け入れるしかない悲しみは外れにぴったりだ。
当たっても偶々では参加しても仕様がないと考える。選挙はくじ引きのイメージから捉えると投票しようにも腰が重くなるばかりだ。
参ってしまう。勝って欲しい議員、または政党が見付からないと難しいのではないか。世の中を見渡しても選挙に参加する人たちの熱気は並々ではないくらい盛り上がっている。未来は明るいと期待する気持ちが根本的には求められると思う。
実際に意向が反映するかどうかを抜きにして議員、または政党を応援したいかぎりは応援するべきだとすると選挙での投票も一つの人生経験なのは間違いなくて教訓を得られるはずだ。
期待してもしなくても結果的に生活が本当に良くなるかどうかを気にかけながら後から又考えればさらに人間的に成長できもする。
選挙の統計で日本の投票率が年々と下がり続けていて低いと知る
国政選挙における投票率の推移 via 総務省
先日の希望の党が負けて自民党が勝った総選挙でも五割くらいの有権者しか投票所へ向かわなかったらしい(衆院選投票率は53.68% 戦後2番目の低さ)。
民主主義と呼んで良いのかどうかも怪しまれずにいない状況だ。選挙に参加しない人たちの気持ちはどうなるのか。立候補者が汲み取っていれば大丈夫だけど、しかし他の人たちが違っていて積極的に応援するとなると相手にされ難くて不幸が押し寄せて来てしまう。構わないから選挙に参加しない人たちはいるわけだろう(爆弾でも落ちて来るような緊急事態ならば幾ら何でも皆で止めたいと願うのではないか)けれども苦しみの絶えない世の中を想像するともうちょっとでも手を貸す必要があるのも不思議ではない。
ネッ…

ブログのアクセスアップのために学びたいまなしばのままはっくの溢れる楽しさ

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まなしばのままはっくという月間百万ページビューに迫るような人気ブログを見付けた。楽しさが溢れているのが特徴的で、ブロガーとしてブログのアクセスアップのために学びたいと感じた。
世の中の人気ブログの多くは楽しさが目立つ。だから楽しさはブログのアクセスアップに重要だと考えるけれどもまなしばのままはっくは頭一つ抜けているかも知れない。他では感じないくらい溢れていて凝縮されたイメージで伝わって来る楽しさが気持ち良いんだ。
Active blowing bubbles child by freestockpro.com [CC0], via Pexels
珍しいのはテーマが幾つかに分散している。月間百万ページビューに迫るような人気ブログだと殆どの場合は一つに絞られているはずだった。検索エンジンからのアクセスアップでブログのテーマが分散しているとサイト評価に不利と聞くし、一つに絞れば全ての記事の関連性が強くてキーワードで検索結果の掲載順位が上がり易いみたいなんだ。ところがまなしばのままはっくは雑記帳に近くて僕の些細な日常はそうした運営スタイルが似ているから学んだら人を呼ぶには余程と役に立てられるのではないかと気になってしまう。
タイトル通り、12月から始めたこちらのブログですが、2014年3月において、月間1万PVを超えました。ありがとうございます。
月間アクセスが1万PVに!ブログ開設4ヶ月で心掛けた4つの事 via ままはっく
ままはっくは開設して四ヶ月で一万ページビューを達成していたらしい。一日に三百人くらい来ていた。個人的に信じられない。十ヶ月で一日に百人がやっとの些細な日常だし、SEO(検索エンジン最適化)対策の計画では、一年、かかっても仕様がない感じがする。
ブログのドメインが全く違っていてままはっくはWordPressを使った有料の独自ドメインのブログだからBloggerを使った無料のサブドメインの些細な日常よりも検索エンジンにドメインのサイト評価で有利だとすれば頷けなくはないかも知れない。
しかしガンガン訪問者を増やして数年で月間百万ページビューにまで迫っているのは凄いとしかいえない。一日に三万人くらい来ているわけなので、アフィリエイトの金儲けも月収十万円を楽に越えると推測されてしまう。僕にとってもはや垂涎の的だけれども正真正銘の人気ブログに他ならない。
溢れる楽しさが人を呼び…

たぶん血圧サージを抑えれば脳卒中や心臓病による突然死を防げるかも知れない

父親の死因が心臓病の心筋梗塞だった。朝早く起きて一人で静かに倒れていたために誰も直ぐには気付かなかったんだ。救急車を呼ぶのが遅れて病院でよもや帰らない人になった。
以来、どうして朝早くなのかとずっと不審に思っていた。二十年近く経ってしまったけれども父親が倒れたのが他の時間帯だったら誰かが直ぐに気付いて一命を取り留めたかも知れなかったわけだ。呪わしい感じも何となくしないではなかった。
父親は一人で朝早く過ごす時間が短くても好きだったとしか考えようがなくて参った
いつも家の誰よりも先に起きて水を飲んで新聞を読んだり、テレビを観ていたりしたのではないか。
水を飲むのは健康的だったにせよ――寝ている間に人は汗をかく一方で脱水に傾くから起きて生きるために必要な水分を補給するのは重要だ――突然死の恐れを前々から少し受け取っていた。
父親は酒と煙草が手放せなかったし、魚を良く食べていたから必須脂肪酸のバランスは非常に良くて(オメガ3のαリノレン酸/体内でDHAやEPAに変わる油が魚には多いためだ)体調は万全だったはずだけれども野菜や果物や乳製品が少なくてビタミンとミネラルが不安だった。酒は利尿作用でミネラルを排出するし、煙草は酸化ストレスでビタミンを消耗する。食事を健康的に取っていてももうちょっと考え直さないと早死にし兼ねない。享年六十だから実際に長生きとは呼べなかった。
もしも倒れるとすれば早起きは控えるべきではないだろうか。しかし好きだからどうしても止められなかったと想像してしまうんだ。
硝子瓶に一円玉や五円玉を溜め込んだり、生き方そのものが詩的だったので、朝早く起きるのも同じ気持ちだったようだ。自作詩でいえばパストラルだけれども神と結び付くような幸福感を味わうために目覚めると共に暫くの間は人生の祈りに代えて一人で静かに過ごしたかったのかも知れない。
結局、父親が心臓病の心筋梗塞で朝早くに倒れたのは運命として頷く他はなくなった。
一人で過ごしていて誰にも見付かり難かったにせよ、真実に崇高な発想に基づくかぎり、もはや止めるわけにも行かなかったから亡くなったのは酒と煙草が手放せずにミネラルとビタミンが及ばなかったはずの食生活から悔やまれた。
ところがためしてガッテン!の血圧急上昇の真犯人 「血圧サージ」にご用心!を観たら一層と詳しく分かって来た。
人は朝起きるだけで血圧が上がり易くて脳卒中や心臓病で…

睡眠が中心の生活は睡眠負債を抱えない

僕は睡眠時間は成長ホルモンと結び付けて五時間以下では先々も健康寿命が百歳以下ではないかと危惧するけど、ところでNHKスペシャルの睡眠負債が危ないを観たら巷では又別の視点から五時間以下の睡眠時間に警鐘が鳴らされてもいるようで、実に興味深かった。
ところが、1日6時間程度ねむり、自分では睡眠に問題はないと思っている人でも、実はわずかに睡眠が足りておらず、その影響がまるで借金(負債)のように蓄積することがわかってきました。いま睡眠を研究する専門家たちは、この「蓄積する睡眠不足」を「睡眠負債」と名づけ、対策の重要性を指摘しています。睡眠負債がたまっていると、自分では気がつかないうちに仕事や家事のパフォーマンスが落ちてしまったり、命にかかわるような病気のリスクが高まってしまったりする可能性があるというのです。
睡眠負債が危ない via NHKスペシャル
テレビ番組では専門家の一人が五時間以下の睡眠時間になると危険性が遥かに高くて駄目だと強く訴えていた。
僕は自分と意見が重なっているからなぜだろうと殊更に注目した。
健康に必要な睡眠時間が不足しているだけで、人間は調子を落とすわけで、当たり前だけれどもそうした習慣が長引くほどに身体に定着してしまって偶に睡眠時間を増やしてみても簡単には抜け出せなくなる。
睡眠負債で懸念されるのは人間が能力と健康で低下したままの状態を余儀なくされる。前者は脳のごみと呼ばれるアミロイドベータが睡眠中に除去され難くなるらしい。認知症の主要な原因と目されている物質なんだけれどもアミロイドベータが増えると脳の活動が低下する恐れがある。後者は免疫力が衰えるから癌や他の様々な病気を引き起こし兼ねなくて寿命も縮むかも知れない。どちらも厳しくて六時間の睡眠時間から一般的に確認されるので、七時間以上ならば大丈夫と睡眠負債はないと推奨されている。子供はもっと長く必要だし、老人はもう少し短くても構わないみたいなので、年齢によってばら付きがあるとも指摘されていた。
毎日の睡眠時間が六時間でも能力や健康に悪影響を及ぼすというのは恐ろしいと思う。
どうやって確保するのかは生活を立て直すしかない。
専門家の一人がいっていて面白かったのは睡眠を中心にして毎日の時間割を立てる。夜に七時間以上の睡眠時間を真っ先に確保しておいてから日中の予定を初めて付け加えて行くように考える。見方が完全に逆転している…

モーツァルトのアイネ・クライネ・ナハトムジークを聴いて出会える神様への無邪気な心へ

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いつ頃からかは良く覚えていない。たぶんしかし高校時代だったのかも知れないというのがモーツァルトの音楽を聴きながら神様と出会った。
当時、ベートーヴェンが大好きだったので、何といっても交響曲第五番《運命》のジャジャジャジャーンが印象強いばかりだった、モーツァルトへの記憶は殆どない。クラシック音楽というとベートーヴェンが代名詞みたいな状態で、他にはチャイコスキーマーラーくらいしか聴いた感じがしなかったはずだ。
興味や関心からいうと十代の少年期にクラシック音楽を欲したのは僕の場合はオーディオが大きかったと振り返られる。とにかく良い音とは何かを知りたかったのではないか、世の中で。愛読書も月刊HiViだったり、どんなシムテムで良い音が聞けるのかを知りたくて探し回っていた。
なのでクラシック音楽は色んな音が細かく入っていて自前のオーディオが良い音を出しているかどうかを確かめる意味合いが非常に強かったし、真っ先に捉えるべき第一条件とするとやはりベートーヴェンは音の強弱が激しくてダイナミックレンジが超人的な音楽を作り出していから引き付けられない理由もなかったと認める他はなくなる。
モーツァルトへは逆に対照的な印象を微かに持たされながら不思議がっていたようだ。今にして思い返してもベートーヴェンとは似ても似付かないところの静けさがユニークな作曲家だろう。どんなに大人数の楽団を擁する交響曲やオペラを作曲しても心の空白地点というか、何となく時間が止まったような思いを抱かされるんだ。
気に留めると音も聞こえない感じがするから正しく不思議がりもするわけだけれどもイメージが音楽を越えて生み出されているとしかいいようがない。または楽想が素晴らしくてクラシック音楽はメロディーが分かり難くて何をやっているのかと考えても詰まらなくていつも聴かない人にとってはベートーヴェンの運命のジャジャジャジャーンみたいな明白なフレーズこそ好ましいかぎりにせよ、もうちょっとだけ重なり合う同じような部分もモーツァルトの作曲には含まれていたせいだろう。
Mozart: Eine Kleine Nachtmusik: McGill Symphony Orchestra Montreal conducted by Alexis Hauser via MGSOconcerts
人々に最も有名なモーツァルトの音楽はアイネ・クライネ・ナハトム…

秋葉原通り魔事件の加藤智大の性格は短気そのものだった

かつて秋葉原の歩行者天国にトラックで突っ込んで刃物を振り回しながら何人もの死傷者を出したという秋葉原通り魔事件があった。
犯人の加藤智大は現行犯で直ぐに捕まったけれどもテレビのニュースで観ながら本当に可哀想だし、被害者も本当に不幸だと感じた。
振り返ると何だったのか。普通の人が只単に暴れ捲っているという印象が強くて日常生活で異様なまでにストレスを溜め込んだ結果だと理解した。考えてみるとしかし驚くべき状態だったわけで、ストレスの恐ろしさを知るためには詳しく明かしておくのも損はない。
秋葉原通り魔事件の切欠は加藤智大のインターネットの掲示板に成り済ましが現れたらしい。気に入っていた掲示板が廃墟になって誰にも相手にされないみたいな窮地に追い込まれながら一つの凶行に及んだんだ。
本人は成り済ましへ心理的に復讐するつもりだった。不可解な発想というか、言葉遣いだけれども生活そのものを引っ括めて掲示板を捉えていたんだろう。掲示板なしに生きられないみたいな気持ちがあったとすると分かり易い。成り済ましによって何で自分だけが邪魔されなければならないのか。生活そのものが成り立たないとすればそうした全体を条件付ける社会へ怒りの矛先が向けられる推論は不合理ではないし、成り済ましへ心理的に復讐するというイメージは湧いて来る。
殺人ほどの重大な事件の動機としては短絡的で、取るに足らない感じがするし、どうしても耐えられないかぎりは自殺しても気持ちは同じだったかも知れない。
加藤智大の人間性についてはなぜ他殺を敢えて選んだかに尽きる。調べると以前からちょっとしたことで会社を直ぐに辞めるというふうに短気だった。何回も繰り返しているから正しく短気そのものだったと断定せざるを得ない。
だから気に入りの掲示板を成り済ましに邪魔されてどうにも耐えられないままに社会へ自殺よりも他殺を選んだようだ。
短気はなぜ起きるか。簡単なことが上手く行かないのが腹立たしいせいだ。本当は上手く行かないかぎり、簡単なことではないし、自分にとって困難だから気長に努力するしかないけど、しかし短気だと通り越してしまう。腹立たしいばかりの状態から言動が上手く行かないことを破壊するという向きへ移行する。
加藤智大は短気そのもので、人々の殺戮を招いたとすると実生活では自力を過信しないように適切に思い止まらなくては行けないだろう。何にせよ、できけなければなら…

雪見だいふくのメッセージは本当に平和だ

アイスの雪見だいふくの蓋を剥がしたらその裏側にメッセージが記されていて心を惹かれた。
雪見だいふくを食べてくださりありがとうございます。
皆さまは少し距離を感じる人っていますか? 雪見だいふくは2個入りです。
もし少し距離を感じる人がいたら、勇気を出して1個分けてあげてみてください。
誰かに優しくできたとき、なんだか心があたたかくなっていませんか?
皆さまの心がいつもポカポカでありますように。
雪見うさぎの皆さまへ
とても良いと思う。メッセージの文面は手紙だけれども詩的なエッセイと呼ぶに相応しい。分かり易くて雪見だいふくを食べてないのに経験が伝わって来るようだ。面白いし、芸術的ではないか。まだ知らない人には発見があるし、もう知っている人には共感がある、雪見だいふくへの。素晴らしい言葉遣いだと称える。
微笑ましいのはアイスが「ポカポカ」なんだ。冷たいはずの世界が温かいという。心が浮き彫りにされて現実味を増している。すると「距離」とは何か、「優しく」とは何か、問いかけは二つにかぎらず、総じて心からイメージを新しく捉え直させる。
終局、生活も幸せになる。メッセージを通じて雪見だいふくの思いに触れるせいだから言葉遣いが分かり易いかどうかは本当に大事だと学ばされる。思いの触れ合わない心が寂しいわけなので。言葉遣いが分かり易いほどにそうした人々の繋がり、内面的にいうと僕と君の絆が増して行って生活に幸せが訪れる。
驚く間もない速やかさで受け入れた心こそ透き通っているに違いないと感動する。
平和としか呼べない。一つの繋がり、または絆としての心ならば愛だろう。雪見だいふくの思いの中身も愛だった。真実の手応えが凄いのは平和のためだ。
非常に興味深いけれども愛は見出だされると著しいまでに美しい。幸せな生活から平和が得られたのはなぜか。世界の心が万物への愛だと覚えた。綺麗な喜びが広がり出せばもはや気分も最高だろう。自然が一番だ。
まさか雪見だいふくに魅了されては売り出したロッテへも感服しないわけには行かないらしい。
愛が心から真実かどうかを判断するのは難しいけど、ただし綺麗な喜びが掴み取られるかぎり、素晴らしい手応えによってすなわち著しいまでに美しいと理想的だから有り難いのは確かだと認める。