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11月, 2015の投稿を表示しています

癒し系男子と呼ばれて

ある女性に「癒し系だから」と聞かされた、自分のことを。かねて「可愛い」とも聞かされていて一つの印象が府に落ちたようだった。噂では以前から耳にしていて男性としてはカッコいいというタイプではないのかも知れなかった、女性からすればか。男性からはカッコいいも可愛いもどちらも聞かされた例はなかった。
僕としては癒し系女子は知っていたにせよ、癒し系男子はどうなのかと思ってGoogleで検索してみるや出るわ、出るわで、というか、他にも色んな呼び名があることも分かって来て世の中は隅に置けないとも感じた。
サイトを観ていて色々と挙げられたイメージの項目に当て嵌まったり、やはり癒し系男子なんだろう。相手の話を良く聞く。口数が少ない。いつもニコニコしている。自分の世界を持っている。僕に合うと感じる。あと時間がゆっくり流れるとか弄れば面白いなんてところは普段は気付かないに等しくてしかし本当だと良いのではないか。女性でなくとも人々に癒し系男子と受け留めて貰えれば有り難い。生活で付き合いが滑らかになるほどに争いも減らせるから助かると思う。
自己分析によれば性格そのものは激しいんだけど、死に物狂いで作家活動をやっているわけで、または天職に命懸けという、ところが人々との接し方、付き合いは必ずしもそのように打つかって行きたいとは望まない。できるかぎり、穏やかにして暮らしたいものだ。
詩人として自分らしく生きるという哲学において、年々、穏やかな暮らし向きの傾向が強まっているようで、つまりは癒し系男子と呼ばれることにも繋がって来るのではないか。目的は果たされている。作風や言葉遣いも変わり得るし、一つの哲学を鮮明にするというか、生活そのものを如何に仕上げるかは大事だ。納得できない人生を過ごさないためにも個性を害わせるような真似はしてはならない。いってもいっても尽きないくらい考えるべきところで、絶えず、枝分かれする道を通りながら生きている。社会で詰まらないところへ進んではそれこそ終わりだし、僕にかぎれば自殺せざるを得ないと悲しみながら救われているような感じだけど、求めを間違えては殆ど難しかったといわざるを得ない。
青年期は死にたくないのに死にたがるのはなぜかと考えながら生き延びて来たわけで、ここで本当に死ぬことが正しいと認めれば現在も持ち堪えられないはずなんだ。求めに適しない。詩的にいえば心のアンテナをどこへ向ける…

常食の黒酢と黒胡麻で安定した血圧と反省されるコレステロール

健康診断で血圧の上が117だった。去年が107で、一昨年が98だったので、少しずつ伸びていて何なのかと思う。アフリカのピグミー族の110以下で脳卒中が起きないとされるレベルを越えてしまったので、やおらがっかりした。しかし決して高くはないし、120以下ならば低いといえるはずだ。来年、120を越えるのではないかと考えると改めて注意しなくてはならない。自分としては血圧がどのくらいで大丈夫なのか、相応しいのかも気がかりなので、長生きするために反省するべきところは反省しながら改善して行きたい。
今年は栄養において黒酢と黒胡麻を常食に加えて、略毎日、絶やさないくらい取って来たんだ。
黒酢の健康のための主な効果
黒酢は赤血球変性能改善という特徴があって平たくいうと血を柔らかくして毛細血管まで血流を高めてくれるみたいなんだ。目で飛蚊症が酷くて黒い糸屑のような老廃物が視界に漂っていてそれこそ蚊が飛んでいると見えるわけなんだけれども目の中の水の流れが悪いせいもあるだろうし、老廃物だから目の疲れも関係しているはずなので、緑内障とか網膜剥離なんて重症の疾患を予防するためにも何とか減らしておきたいと考えて黒酢を取っていると非常に調子が良かった。目は毛細血管で栄養素や酸素が補給されているので、黒酢の赤血球変性機改善は役立つのではないかと考えているんだ。その他にも蛋白質の材料になるアミノ酸を何種類も含んでいたり、腸内の大腸菌などの悪玉菌を減らしたり、健康には抜群の力を発揮するというわけで、個人的には欠かしたくない。酸性が強いので、歯を溶かしたり、胃を荒らしたりしないように水で薄めて飲むし、飲んでからも必ず水を飲んで弊害も避けるようにしている。
黒胡麻の健康のための主な効果
黒胡麻は特徴的なのはゴマリグナンが肝臓の抗酸化に直接的に作用するといわれている。抗酸化は酸素によって一つの細胞が他の細胞を暴れ出すように攻撃する、活性酸素を過剰に生み出して弱らせるのを抑えるわけで、アンチエイジングになるんだ。ビタミンCやE、カロテノイドやポリフェノールと抗酸化の成分は種々とあるけれども大方は血中で作用する。しかしゴマリグナンは肝臓に入って行けるんだ。人間にとっては肝臓が活性酸素を大量に生み出すらしくて黒胡麻のアンチエイジングは相当に良いと思った。肝臓から活性酸素が全身へ大量に送られるのを阻止することができれば若さを保…

mineoの複数回線でデータ制限を6GBへ

今月は残り一週間で、スマホの5GBのデータ制限を越えようとしている。動画は大して観てないにも拘わらず、一ヶ月を持ち堪えられなくなってしまった。mineoの初月の契約が月末で、5GBを、丸々、繰り越すような形で半年くらい経っていたわけなんだけれども少しずつ減って今月からはそうした余剰分も底を突きかけていた。やはり6GBはないと厳しいかも知れない。元々、そのくらい使っていたので、どうなのかと様子を見ながら使わざるを得なかった。
データチャージは割高なので、毎月、5GBを越えて使うようでは契約そのものを考え直さなくてはならない
僕のインターネットの状況だと本当に家で無制限でやれるのが良いとはいえ、有線でも無線でも数千円はかかってしまう。本当に動画を観捲るわけでもないからそこまでしなくても賄えるとすると6GBの契約を如何にして調達するかだ。
mineoは5GBの契約までしかない。手持ちがauの機種だから選択肢は少ないというか、他にはちょっと考え難い。高速通信で多めに使えるのはmineoだし、mineoのままで行きたいと思う。一ヶ月に6GBを求めれば複数回線でSIMカードを増やすしかない。五十円引きになるらしい、回線毎に。二回線を持つとトータルで、百円、安くなるわけで、それを踏まえた上で、今までの電話付きのものを3GBに減らして新たにデータ通信のみで3GBのものを追加して持つようにしたいと決めた。家ではタブレットばかり使っているので、スマホと二枚でやるのは幸い容易かった。感じとしては前者が4GBで、後者が2GBで良いと思ったもののそうしたプランがmineoになくてだったら足りない分のデータは移せるので、5GBと1GBに振り分けたくなるわけだけれどもmineoの料金表を見ると、七百円、上がる(2015年11月時点)。複数回線の割り引きを含めてだけれども3GBと3GBにすると百円程しか上がらずに済む。初期費用で三千円以上がかかるにせよ、百円くらいで1GBを増加できるならば非常に助かる。
タブレットがSIMカードに対応してないからルーターも欲しくなるんだ。二三万円はかかる。しかし二三万円とすると手持ちのパソコンが古くなって来ているので、スティックPC(マウスコンピューター)も欲しい。TVにHDMI端子で接続して使えるので、安くて非常に便利だと思う。もちろん性能は申し分なくて調べながら手持…

ドアーズのロックは社会への扉を開く

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ドアーズのボーカルのジム・モリソンは元々は詩人だったらしい。するとバンド名も確かに独特な響きを持っていたと今更ながら驚くけど、詩だったんだ。ウィリアム・ブレイクという詩人の言葉で、それはオルダス・ハクスリーという文学者が自著の知覚の扉(エッセイ)のタイトルに引いたところからの彼らの孫引きの形だった、しかも。言葉の歴史的な流れというか、人々による受け渡し方が数奇だと溜め息も洩れる。ウィリアム・ブレイクからオルダス・ハクスリーへと、オルダス・ハクスリーからドアーズへと繋がって行った。その間、二世紀くらい経っているわけで、どんなイメージだったのかが非常に気になってしまう。僕も引きながら考えてみたい。
もしも知覚の扉が洗い清められたなら人間にはあらゆる物事がそのまま、果てもなく思われただろう。
人間は自らを閉じ込めたゆえ、岩屋の狭い隙間を通して総てを認めるまで。
ウィリアム・ブレイクの天国と地獄の結婚(訳出)
心を解き放つといっても良いし、内面を明かすのにも等しい。ドアーズの精神に近付く、正に。サイケデリックな感じが「そのまま、果てもなく」のイメージを表明しているのではないか。オルダス・ハクスリーの本によってだけれども「扉」がバンド名にされたのは音楽でロックでそうした世界観を打ち出すためだったんだろう。ジム・モリソンが知覚の扉を愛読していて仲間に持ちかけたといわれる。自由に生きるために人間性を如何に養うか。個人的には社会への扉を開くというふうに捉えたくなる。つまり我に帰るような道を作らなくては気持ちが窶れてしまうそうだ。弱ってばかりはいられまい、いつも快調とはかぎらないで。生活には欠かせないと唱えてもおきたい。
The Doors - Touch Me (Live) TheDoorsVEVO
高校時代、僕はドアーズを聴き捲っていて最近も聴いた曲ではTouch meがすこぶる気に入った。ラブソングなんだけれども飛んでもなくシンプルだ。ロックとしてはドラムやベースやギターやオルガンがリズムを同じように刻むところが斬新だったらしい。乗りが素晴らしくて歌と演奏の熱気が渦を巻きながら登り詰めて行くようで、恍惚的な印象が広がって行くし、僕も包み込まれるほどの思いがした。

小林一茶の懐かしい俳句

僕にとって俳句は馴染み深いものがある。というのは幼稚園で良くやっていた。気付いてみると仏教の幼稚園だったので、御釈迦様との関わり合いが多かったし、その流れで俳句といっても小林一茶ばかりなんだけども仏教徒だった彼の作品が授業に取り入れられていたんだろう。記憶に残っているのはどれも子供でも分かるような、そして動物を題材としながら面白味も損わない俳句だった。
痩蛙まけるな一茶是に有
小林一茶の七番日記
何よりも弱いものへの励ましが良い。救済する精神がとても共感される。困っている人に手を差し伸べる。人だけではなくて他の生き物でも地球環境でも全てにおいてやらなくては気が済まないけれども「痩蛙」は象徴的に響く。詩としては正義の味方だろう。正義の味方は本当は弱いものなんだ。なぜなら一人で敵に立ち向かわなくてはならないからで、素晴らしく思うのはやはり「一茶」が付いている。正義の味方を応援する。すると彼も正義の味方に加わり、結局、同じような境地に達するわけなので、そこで誰かが付いていてくれると助かるだろうし、僕が「一茶」に付くならば僕も正義の味方になって誰かに付いていて欲しいと願う。願うと「痩蛙」も「一茶」も逆に付いてくれるようで、さらに他の誰かもそうかも知れないと考えるとどんどん助け合いの気持ちが膨らんで行く感じになる。
雀の子そこのけ~御馬が通る
小林一茶の八番日記
親心が胸に訴える(危ないから逃げるんだよ)けれどもそれだけなのかしら。道を譲るとすると逆だろうとも思う。つまり「御馬」こそ「雀の子」を踏まないようにして欲しいんだ。考えさせられるのは何で踏みそうなのか。それが「そこのけ~」(そこのけそこのけ)という急いでいるとかなんて事情があるせいで、結局、自分に置き換えてみると事情を含めて取り組まなくては弱いものを現実に助けることはできないかも知れないと分かって来る。すなわち内面的な美しさもさることながら生活によっては予断を許さない状況もあり得るわけだ。作品では「御馬」は「雀の子」に停止しないともかぎらないし、そうなって欲しい気持ちにせよ、少なくとも自分だったら間違いなくと胸を張っていえるかどうかを、今一度、確かめさせられてしまう。一言では誠実さだけれども人間としての物事への実行力を問われずにいない。
我と来て遊べや親のない雀
小林一茶のおらが春
優しさが溢れている。身寄りのない人たちへの思い遣り…

俳句の規則/字数と季語と切れ字

現代では俳句も他聞に漏らさず、定形詩としての意味合いは薄れているにせよ、只、基本的には幾つかの規則によって表現されると思う。世界で最も短い詩といわれておよそ十七文字で完成するわけだけれども自分でも分かっているようで分かってないのかも知れない。俳句の規則を改めて纏めながらさらに明確化しておきたくなった。今後、実作にも活かせると良い。
字数を十七文字に揃える
俳句は大きく三つの部分に分けられる。上句(かみく)と中句(なかく)と下句(しもく)だ。それぞれが五字、七字、五字と字数制限を持っている。一般的に俳句は五七五と呼ばれる。五七五は原則的な決まりなので、長かったり、短かったりしても構わない。前者は字余り、後者は字足らずとなる。
字数制限は言葉の音で、平仮名での量だけど、結構、分かり難い。例えばキャッチーのような言葉の字数は幾つに換算されるのか。字数で分解するとキャッチーは「キャ」と「ッ」と「チ」と「ー」の四文字になるんだ。促音の{ゃ、ゅ、ょ、ゎ}は元の音と付いて一文字で、拗音の{っ}はそれのみで一文字で、長音の{ー}が一文字と覚えおかなくてはならない。他には撥音の{ん}が一文字なのも特徴的だ。
因みに短歌では五七五七七の三十一文字の制限があるけれども字数を揃える際は同じように捉えて良いだろう。元々、俳句は発句(ほっく)と呼ばれて短歌の上句/五七五と下句/七七を何人かで繰り返して行く連歌(れんが)から来ている。連歌の最初の五七五、すなわちお題を発句という。江戸時代に発句が連歌とは独立して詠まれるようになり、明治時代に連歌とは完全に切り離されて一つの作詩法としての俳句に生まれ変わったらしい。
季語を一つ入れる
俳句には季節/春夏秋冬を表明する言葉があって一般的に歳時記という本に載っている。季語と呼ばれるその言葉を作品に一つ入れる。すると春の句、夏の句、秋の句、冬の句とイメージが鮮明になる。原則的に一つで、イメージがぼやけないためだけど、しかしながら複数の季語によって違う季節を打つけたり、同じ季節を重ねたり、または一つも入れない俳句もあり得る。只、どの言葉がどの季節か、または季語に含まれる対象とは何かを知るには歳時記が本当に欠かせないし、とても役立つだろう。そこから季節の風物詩を新しく見付けてみるというのも面白いと思う。
切れ字で語調を整える
俳句の五七五から季節を如何に詠むかというところ…

働き手のレンズ:職場の面白さと楽しさ

職場について面白さは仕事にあり、楽しさは人間関係にあるというふうに捉えている。両方が揃っていると居心地にも殊に優れるし、仕事が興味深ければ熱心に打ち込めるのはもちろんにせよ、加えて人間関係も円滑ならば一層と捗るのではないかしら。労働者のみならず、企業にとっても生産性が上がるわけなので、偏に業績を上げるべき面からしても快適な職場作りは欠かせないはずだろう。
仕事と人間関係が整えられているかどうかは就業の目安、すなわち働き手のレンズとも呼べる。誰が選ぶのか、詰まらなくて辛いだけの会社を好き好んで。入ってみなくては分からないような部分もあるけど、すると職場に溶け込もうという姿勢も考えなくてはならないだろう。自分を変えて見えて来る世界を大事にすること、打つかり過ぎて投げ出してばかりではどこへ行っても同じと困ってしまうかも知れず、途方に暮れるかぎりは正しく冴えない。
かつて職場の面白さと楽しさのインタビュー記事を読んだら感覚的に似ていて千原ジュニア(お笑い)に関心が芽生えた。
こっちの世界のことだけで言うと、「面白いことと、楽しいことは全然違うねん。」みたいな風に思ってて、「面白いことをしたいねん。楽しいことするためにこの世界に入ったんちゃうねん。」みたいなことがどこかで凝り固まったというか、嫌な部分があったりしたんですけど。「楽しい中に、面白いことがあるねんな」っていう、極々当たり前なことに気が付きましたね。
「面白いと楽しいは違う」-【取材】千原ジュニアが語る、仕事を楽しむ「20代・30代の生き方」 via U-NOTE
千原ジュニアは交通事故が切欠だったらしい。交通事故によって人柄が丸くなったというのか、芸人として皆と共に笑いを取るような気持ちへ至った。ある意味では仕事の味を身に染みるまでに得られたと考えて良いのかも知れない。感覚的にいえば向こう側へ合わせる形なので、強い信念を持つほどに職場で凹みがちだとするとちょっとした違いで全てが花開かないともかぎらないか。要するに自分を曲げるよりも活かすための方法として協調性を掴み直せるかどうかこそ鍵だろう。人生の宝箱には望みを叶えて欲しい、是非とも。
僕は十年近く作詩して実生活でも詩人として皆と仲良くしたいとの思想から職場も「生存環境」と認識し出した。何分とも一人で頑張れば済むという話では必ずしもなかったんだ。切欠は人それぞれにせよ、職業…

ブログがlinkタグのcanonicalのミスから復活した

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インデックスステータス via Search Console
Super LeakのSearch Consoleでのインデックスステータスが、大分、改善されて来ている。ちょっと前、暫くの間は停滞していたもののやはりhtml編集でhead内にlinkタグのcanonicalを入れたのを消して大正解だった。
Tumblrは注意しないとトップページしかインデックスされなくなる。
現状、再びインデックスされ出したのは明らかなので、ほっとしているよ、実に実に。
Googleの検索結果に記事ページが表示されればアクセスアップに繋がるはずだし、一人でも多くの人に知って貰いたいかぎり、ブログの更新への力強い励みと考えて然るべきだろう。

セルフコントロールによって真面目に生きなくてはならない

もう二十年近く前になるか。アパートの大家が部屋に訪ねて来て珍しいと思って用事の内容は覚えてないんだけれどもちょっと何かを告げて帰った。ドアを閉めて部屋の奥へ戻ろうとすると又直ぐに呼び鈴が鳴らされてドアを開けると大家だった。用事ならば一回で済ませてよ。別に構わないし、腹も立てなかったのは普段から嫌味のないような老女で、気持ち悪くもなかったせいか、しかもしっかり者の雰囲気が漂っていたし、むしろ二回も続けて来るなんて何だろうというふうな印象を受け取った。
聞くと今月の家賃を払ってないわけだったんだ、僕が。払った気はするというか、当時、何回かあって家賃を払うと領収書に判子を押して渡してくれる感じの大家だったので、全て纏めておけば分かるのに全くやってなくて探したけれども見付からなくて払うことにした。
ところで思ったのは大家がなぜ一回でいわなかったのかだ。家賃を払いたくなくて僕が逃げ回っていると考えて先ずは難癖ない用事で、在宅を掴んでおいてから本題の家賃の話に入ろうということだったんだろう。
姑息としか捉えられなかった。気持ちでは僕が家賃を払いたくなくて逃げ回っているような人間だと考えさせてしまった申し訳なさが大きかった。大家にとってはたぶん個々の事情も踏まえて貧しければ仕様がなくて自分に助ける力があれば良いのに無理だからせめて出て行って貰うしかないという思想があるのかどうかは確かめてないにせよ、人柄ではそのような匂いがしたし、僕としても最初から家賃を求めて来なかった大家へかりに家賃を踏み倒されるほどの経験に基づいているとしたら可哀想(悲しみを潜り抜けて来たとしたら不憫)だという気持ちが全くなかったわけではないにせよ、考えても本当に悪いと感じるばかりだった。逃げ回ってなくて家賃は払いたくないけれども無料で住まわせて貰えないかぎり、間違いなく払うべきだから已むを得ない理由もないままに巫山戯ているとなると心外ではないかしら。生きているのも恥ずかしいくらい。僕は僕を戒めた。大家が姑息だったのは自分のせいにしてやはり真面目に生きなくてはならないと認める他はなかった。
身に付くのは結構な時間がかかったみたい。詩を書いて自分は詩人だと素性を弁えるのに七八年は必要だったので、最低限、素性を弁えないと生き方は定まらないはずだし、真面目に生きたいと心で叫んでも実際は「セルフコントロール」が難しかった。…

ラーメンと僕~経験が人を形作れば生きるヒントもそこに~

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二十代の中盤、中々、貧しい生活を強いられた。一時期ながら数日を水だけで過ごしたこともあった。腹の減り過ぎた余り、食事のメニューを紙に書き並べて飢えを凌いでいた。自分でも初めてなので、驚いた。驚いたといっても心身共に弱り切っていたせいか、印象はとても薄かった。鉛筆の芯の欠片くらい小さくて、否、本当に極僅かな気持ちで、驚きながらそうなっていることへも又驚いたりしたものだった。振り返れば極僅かな気持ちで生きられたとたぶん知ったのかも知れない。とにかく驚くしかなかった。頭に入るとか心に仕舞うなんて状態ではなくて他には言葉もないままに受け留められた。
毎度と貯金を直ぐに増やさなくては危ないと考えながら日払いの派遣会社に登録して倉庫番や引っ越しの手伝い紹介されて勤務しているような日々だった。日給七千円程度だったか、かつて。倉庫番はパソコンの集配センターで、送り先によって仕分けをする。それなりには力仕事だった。何個もパソコンが積まれているパレットをハンドリフトで運んで行かなくてはならない。パレットもまさか重いし、ハンドリフトも鉄の固まりみたいで、重い。若くて疲れも気に留めなかったけれども体力の消耗を全く感じないわけには行かなかった。引っ越しの手伝いは案外と楽だった。冷蔵庫やタンスなど本当に大きくて重たいいものを移動させるのは大変だろうと思っていたにせよ、殆どの場合は引っ越しの正規社員が手がけてばかりだったので、僕は小さくて軽いものを主に運んだんだ。しかもトラックで運搬している最中は何時間も休んでいられるような状態なので、作業で落ちて行くべき体力も回復し易かったかも知れない。

水だけの生活が続いていてついに食事ができるとなった。いきなり増やしても胃に良くないと思ったし、少しずつ胃に食事を慣らして行かなくてはとも感じられながら何にするかというところで、ラーメンを選んだ。気持ちとしてチャーハンや餃子も付けたかったもののしようとはしなかった。今でこそ健康情報を踏まえれば当然で、朝食も僕はいつも少なく纏めているのは睡眠中の空腹が念頭に置かれてもいる、挙げれば消化への負担が昼食や夕食に比べて嵩むようなんだ。当時は見当も付かなかったのにできたのはサバイバルの根源的な求めにでも応じたのだろうか。防衛性が意図せずに働かされていたに等しい。店でメニューはラーメンだけに絞って注文した。お祝いを兼ねて外食…

ブロガーの域

十数年来、詩のホームページをやりながらブログはメインではないという気持ちがあってどこか力が抜けてしまっていたようなんだ。それはそれで一つの魅力かも知れないんだけれども詩や他の創作と比べても遜色がないくらいブログを徹底して載せても良いのではないかと考え出している。文字数も平気で千文字を越えていたりする最近、否、やろうと思えば僕には幾らでもできるし、二千、三千文字でも時間の許すかぎり、ちょっとした短編小説並みのブログ(四百字詰め原稿用紙十枚/四千文字) でも面白そうに感じる。二十代で小説ばかり書いていた頃は一日にそのくらいでやっていた。流石に五千文字以上は厳しかった。しかしブログならば必ずしもストーリーの展開みたいなものは気にならないので、疲れも来難いようだし、どんどん行けてしまうだろうとは思う。
だから本当に制限するべきではないのではないか。詩や他の創作がメインで、ブログがサブという位置付けを取り払って少なくとも同じくらい一生懸命に頑張りたくなった。毎回ではないけれども気が向いたら強いて字数を減らしてコンパクトに纏めなくてもというわけだ。文章を削るとすると意味合いが変わるし、短く切り詰めながら完全に表現できるかどうかは作詩のように楽しいはずにせよ、創作として捉えれば長くするべきところを長いままにして置いておくことは又別の趣きを与えるに違いないんだ。
ブロガーの域に達したかも知れないと専ら感じたりするけど、やはり長いところを長いままでの文章が特徴的だろう。喋りに近い。普段、僕は人と余り殆ど喋らない。ただし心で物凄く喋っていて独り言か、作家活動だと次から次へと浮かんで来る言葉を選んで詩でも小説でも流れを生み出して行くわけなんだ。本当、認識に即して一本調子で続けて行くだけではなくて壁に打ち当たると様々な可能性も考えなくては結論は導き出せなくなってしまう。況んや十数年の経験ですっかり身に付いていて極端な話ではなくて朝も昼も夜も考えているし、言葉は浮かぶのを止めない。良い加減に勘弁して休ませて欲しいくらいなんだ、神様には。いつもいつも作家活動というのに等しい。独り言もおよそ口には出さずに考えている状態と変わらない。
そうこうしているうちに千文字に差しかかった。二三時間くらいで、僕には丁度という具合か。長文のブログもやっていると気持ち良いものだ。充足感がある、仕上げては振り返ってみて…

ブログがlinkタグのcanonicalでトップページしかインデックスされてなかった

このところ、Google検索にSuper Leakの記事がインデックスされないという状況が続いていた。何なのかと思いながら更新せざるを得なかった。記事がインデックスされないと検索結果に表示されないからアクセスアップに繋がらない。クローラーは来ているはずなので、コンピューターの調子が悪ければ早く直って欲しいくらいしか考え付かなかったんだ。ところがしかしついに分かった、Google検索にインデックスされるわけもない真実が。僕のせいだった。僕がブログのhtmlを変更したからクローラーが来ても記事を拾って貰えなくなっていた。悲しい。
ForevermoreのトップページにTumblrブログのSuper Leakを埋め込んでいるわけなんだけれども子ページに記事を取ってiframeタグで表示しているんだ。子ページとSuper Leakで内容が重複してしまうので、Search consoleには正規 URL を使用するとあるし、それぞれのhtmlのhead内にlinkタグのcanonicalという方法で、Super Leakの記事だとクローラーに指定することにした。通常ならば大丈夫だろうと思うんだけれどもTumblrは本当に注意しなくてはならなかった。というのもトップページと固定リンク/記事のページでhtmlが共用されていた。僕が使用中のopiticaのテーマは少なくともそうなっているわけで、だからlinkタグのcanonicalを入れるとTumblr自体で全ての固定リンク/記事のページもトップページのコンテンツだと指定することになってしまうんだ。Google検索にはトップページしかインデックスされない事態に陥る。参り捲った、非常にというか、もはや。慌てて消した。Forevermoreの子ページのhtmlでも消して記事の重複に関しては検索避け(metaタグのnoindex)を使うことにした。別に何もしなくても構わないとしても念のために取り敢えずという。
直ぐには分からないにせよ、Super Leakの記事が又再びインデックスされるようにならないかしら。Google検索で色んな人に来て欲しいにも拘わらず、何もかも水の泡になるところだった。恐ろしい、飛んでもなく。しかし気付いて助かった。本当に良かったかどうかはSearch Consoleのインデックスステータスを具に観察しながら祈るば…

パンくずリストが気に入った

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サイトの子ページにトップへ戻るためのリンクを貼る。以前は一つくらいしかやってなくてそれだけでも十分ではないかと思っていた。誰も使わなさそうだ。しかし分からない。初めての訪問者は道に迷わないともかぎらない。僕が管理人として知り尽くしているからといって同じように見ては行けないだろうと感じ出した。なので手を加えることにした。
アンカーテキスト(リンク名)をもっと分かり易く目立つような形にしたり、ページが続けば階層毎に多めにリンクを貼ったりするようにしてみた。例えばホームページで詩集はトップページから目次へ、目次から個別の詩作品へ移るようにできているとするとホームページを深く開いて行くほどに敢えて使わなくてもインジケーターになるところが良いと思った。自分は今どこに来ているのか。結構、安心できる。ページの下の方で常に確認されるというふうなデザインへと変更した。
パンくずリストと呼ばれる。昔、本で読んだような記憶があるけど、パンくずリストの「パンくず」はやはり童話のヘンゼルとグレーテルグリム兄弟)に由来している言葉らしい。未だ知られざる場所へ向かって進みながら元の場所へもちゃんとしっかり帰り着けるように道標としてパンくずを落とし続けた。
Hansel und Gretel by Carl Offterdinger [Public domain], via Wikimedia Commons
個人的には二回目の経験かも知れない。小学時代か、ある人と自転車で山道を抜けた。ある人というのが普段からは良く知らなくて知り合いの知り合いで、偶々、付いて行ったんだけど、山道に関心があった。抜けると友達の家の集落に達したり、大通りを回るよりか早いし、木々の鬱蒼と生い茂る中で不思議にもせよ、もしも本当ならばとても便利というか、使うには有効な山道だと覚えておきたいような気持ちがした。
進むのは既に良く試みていて幾らも支障はなかった。厳しいのは正に帰り方だった。ある人がさっさかさっさか行ってしまって出口でじゃあねみたいな状態で、もはやどうやって自宅にまで辿り着けるのかと一人だけ取り残されてしまったためだ。日が暮れかかって大通りへ向かうという印象も薄くて出口との繋がりも余り詳しくなかったので、山道を引き返すべきだと踏んだ。夏になれば甲虫や鍬形虫を取りに頻繁に出かけていたし、自信が全くなかったわけではない。ど…