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7月, 2017の投稿を表示しています

文体は作家にとって自己満足と人々を引き付けるくらい個性を打ち出すのに良い

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ブログのアクセスが久々に一日百人を越えたと飛び上がるくらい嬉しい気持ちを味わっている。素晴らしい世界だし、長続きしながらさらに上向きにアクセスが伸びるように努力しなければならないと思う。
自分を見失っては駄目だし、作家活動が天職で、少なくとも書くことはできるかぎり、幸せを味わいながら生きて行くのが面白いに決まっている。
結城永人 via Google+
ブログの記事の仕上がりを新しく変えて行きたくなった。どんな作家活動が良いのか、自分にとって。気に入った仕方で行えばアクセスが伸びなくてうんざりしたまま、止めてしまいたくなるよりは益しだろうと以前から気付いていたものの初めて腑に落ちて来た。本当に駄目だと焦りが大きいせいで、ブログをしっかり続けるには自分こそ満足できる記事を仕上げないと詰まらなさ過ぎている。
詩人だけど、ただし作詩は厳禁なんだ。メインのホームページから明らかな通り、永遠の詩として事物の本質的な認識が超難解で誰も来ないに等しいし、コンテンツにキーワードが主に不足しているゆえに検索エンジンにも完全に嫌われてしまっている。
どうにもないからエッセイ風の日記で訪問者と検索エンジンに分かり易い言葉遣いを数多く増やそうと考えている。
実際、やってみると自分が気に入った記事を仕上げるブログがアクセスアップに最も役立つというか、格段に良いのも間違いないみたいだ。
新しく変えたのは文体だ。訪問者と検索エンジンのために分かり易い言葉遣いを多用するけれども、中々、上手く行かないところで、文体まで分かり易くすると一層と理解されるのではないか。いい換えると軽いイメージだけではなくて雰囲気も軽くしてしまうのが文章として淀みなく呑み込まれるから好感度が上がるかも知れない。
何もかも軽いと読んでいて物足りないし、それこそ自分が納得できないからやらなかった。
どういう風の吹き回しで文体なのか

作家として分かり易い言葉遣いで十分に喜べる文章を目指すとしっかり書き込まなくてはならない。すると雰囲気が如何にも文学的らしく重くなって一部の愛好者にしか伝わらなくなるので、膨大なアクセスを狙うかぎりは反対に軽くしなければならなかった。文体によって操作している間に上手く行き始めた。
文章の言葉遣いと雰囲気が両方とも軽いから誰にでも伝わるし、しかも自分でも十分に喜べるくらいしっかり書き込んでいるから良いと思う。
驚くのはブロ…

ブラックキャブの運転手という必死に努力してしか叶えられない夢に

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イギリスのロンドンにはブラックキャブと称される伝統的なタクシーが走り回っている。百五十年以上の歴史を誇り、辻馬車の時代から人々の運搬を革新的に引き継がれた自動車の黎明期を思わせる小さめの箱形の車体は独特な趣きで愛され続けて来てさほど大きく変わることもなかったらしい。もはや街の名物の一つとして完全に定着しているかぎりで、ブラックキャブはロンドンと地元の人たちや観光客にとっても心から切り放せない存在に他ならないんだ。
Taxi in London by Ralf Roletschek [GFDL 1.2], via Wikimedia Commons
知って個人的に最も興味深く感じたのは運転手になる資格を得るための採用試験が非常に大変で、世界のどんな職業よりも厳しいとさえも考えられるためだった。
国際的な大都市のロンドンはイギリスの首都として大勢の人が暮らしているし、世界でも指折りの繁栄を極めている状態なのは間違いないだろう。しかし二万五千以上の通りと十万を越すランドマークの数々を適切に案内するためにブラックキャブの運転手は全てを完璧に記憶してなければ最初から就業する許可を与えられもしなかったというわけなんだ。正しく超難関と呼ぶに相応しい採用試験を幾つも潜り抜けて初めて手渡されるのが緑のバッジだけれども人々から愛されると共にロンドンの街を誰よりも知り尽くして的確に案内するに違いないブラックキャブの運転手への信頼の証といって良いと思う。一年間に七千人とも目される志願者が寝る間を惜しむように勉強に勉強を重ねながら必死に努力していると聞いて胸が熱くなる感じがした。
夢に向かって励むばかりの人生は本当に大変だし、毎年、百人くらいしか合格しないらしくて採用試験への取り組みは途中で止めてしまう人も七千人から差し引くと物凄く多いはずにせよ。 もしも叶ったら最高の気分なのはいうまでもないほどの衝撃的な喜びだとも想像してしまう。
Taxi in St Katharine Docks by Panhard (Own work) [CC BY 2.5], via Wikimedia Commons
地球ドラマチックの超難関!タクシー運転手試験~ロンドン ブラックキャブ~を観たら合格者の最終試験の直後の表情を捉えていて素晴らしい瞬間に出会して感動したけれども心がふわふわ浮き上がって子供が生まれたのと同じ…

痛風は高尿酸血症から来て腎臓も壊すからいつもプリン体の多い食品と尿酸には注意しよう

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どういう病気なのかが良く分からなかった痛風だけれども血液中の尿酸値が高くなるのが高尿酸血症で、原因となる尿酸が尿酸塩として関節の特に足の親指に溜まって激痛を生じさせると痛風と呼ばれる。
すなわち痛風そのものは高尿酸血症が引き起こす関節炎でしかないんだ。痛風と聞くと症状と病名が一つになっているようで、本当に良く分からなかったと思う。
テレビでチョイスの30代から要注意!痛風の新常識を観ていて、題名通り、かつてない知見を得て面白かったし、痛風を考えておきたくもなった。
何よりも大きいのは腎臓を壊す
痛風は贅沢病と呼ばれて肉食で多く取り込まれるプリン体が要因になって血液中の尿酸値が高くなると起きて来るけど、しかし関節炎の条件とされる尿酸塩は腎臓にも溜まり易いんだ。腎臓も障害を起こしてしまう。痛風と併発するのが痛風腎で、一旦、病んで機能が低下したら腎臓は他の場合でも二度と治らないというか、元通りの状態には回復しないらしいから注意がとても必要だろうと感じた。
腎臓に尿酸塩が溜まると良くないし、たとえ足の親指などから激痛の痛風発作に襲われなくても高尿酸血症によって同時に進行しているかぎり、健康を少しも損わないために常日頃と避ける生活が望ましい。
なぜ高尿酸血症にかかるのか
血液中の尿酸値が高くなるのは主に食事に含まれるプリン体を肝臓で分解してできる尿酸を腎臓が尿として十分に排出できないためなんだ。遺伝子によって難しい可能性もあってプリン体と尿酸の関係から高尿酸血症になり易い体質(少しのプリン体から多くの尿酸が作られる)というのも考えられる。いつも腎臓で不必要な尿酸が体外へ処理されるけれども追い付かないと血液に尿酸が増える。
高尿酸血症は体質によって差は付けられるにせよ、基本的に腎臓の機能が弱いか、プリン体を取り過ぎているか、両方の場合にかかるし、さらに痛風や痛風腎も起き易くなって来る。
健康ならばプリン体を取り過ぎるな
Good Food Display by NCI [Public domain], via Wikimedia Commons
痛風にかかるのは三十代以降の男性が多い。というのは女性は女性ホルモンのエストロゲンで血液中の尿酸値を低く抑えられるせいらしい。腎臓での尿酸の排出が促進される。年老いて女性ホルモンのエストロゲンが減ると女性でも痛風にかかる割合が高まるんだ。
プリン体が多い食品…

Google日本語入力のキーボードで全角の英数字を打ち込む方法

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スマホをMoto G5 Plusに買い替えたら文字入力のキーボードがGoogle日本語入力だった。使うのは初めてではなかったものの本格的には未経験だったので、どうなるかと不安が心に過った。しかし暫く使っている間に慣れて来て特に支障はないと感じた。他の文字入力のアプリに変えもせず、数ヶ月、経った今でも喜ばしく使い続けている。
ただし一つだけ大きな難点がGoogle日本語入力には含まれていて全角の英数字が打ち込めないのではないかと悩まされずにはいなかった。
駄目だったらもはや止めなくてはならないと日本語の文字入力のキーボードとして僕にとっては重要な項目だった。
英数字は半角で打ち込めるから良いのではないかとも思うし、文章で全角と使い分ける気持ちも厄介にせよ、英数字が日本語との組み合わせで少しだけ入ると文字サイズでバランスが合わなくて読み辛い感じがするから半角よりも全角に変えたくなってしまう。
Google日本語入力のキーボードで全角の英数字を打ち込む方法はないかと色々と調べながらあちこち探し回らすにいなかった。
全角の数字は直ぐに見付かった
全角の数字 via Google日本語入力
キーボードの記号のボタンから「[全]」を選択すると一から零まで全て揃っていて普通に打ち込める。
全角の英字は普通では無理だった
入力モードの切り換え via Google日本語入力
昔は入力モードの切り替えの長押しで大丈夫だったらしくて手持ちのデバイスだとウォークマンに付いているGoogle日本語入力は殆ど使わないからアップデートしてなくて古いままなのを確かめてみたら間違いなく動いていた。
設定の切り換え via Google日本語入力
今は駄目なので、アップデートでいつしか変わってしまったのではないか。入力モードの切り替えの長押しで画面に「入力方法」と「Google 日本語入力設定」が出て来るとはいえ、どちらを探しても全角の英字を出すという方法が見付からなくなっている。
他のマッシュルームのアプリをインストールすると選択肢に出て来るらしいので、全角の英字が入ったタイプを選んで使うのが非常に容易いもののそれも気に入ったのが見付からないかぎり、とにかくGoogle日本語入力のキーボードだけでできないかと考えてしまう。
全角の英字は文字変換から引き出せる
Google日本語入力を使っていて全角の英字が偶に出て来ると気付い…

歯茎が痛くなったら粘膜だからビタミンAが足りているかどうかを先ずは考える

五年に一度くらい歯茎が痛くなる。口の中が堪らないと悩まされる。久々に来てしかし歯周病ではないかと思った、咄嗟に。年のせいで、全身のあちこちと同じように歯茎も相当に弱っていると恐れる。歯垢から何年もかけて進行する歯周病がついにぽろっと出て来ないとはかぎらない。歯のぐら付きはないからまだ大丈夫だろうけれども酷ければ抜けてしまう歯だから歯周病では正しく悲しい。
以前から歯茎が痛くなると弱っているのは粘膜だから栄養素のビタミンAが足りてないせいで起きると考えてその前駆体のβカロチンのためにトマトや人参や南瓜などの赤い野菜を食事に増やすようにしていた。調べると緑の野菜でもほうれん草や韮やピーマンなど、多く含むものは幾つもあるから色はさほど関係ないらしい。ビタミンAを増やすと暫くして歯茎の痛みはいつも治るので、先ずは取り組んでみなくてはならないとデルモンテのトマトミックスジュースの900mlを少しずつ、二三本、飲み終えた頃には相当に回復するのを感じたので、やっぱりビタミンAが十分に得られないまま、過ごしていたのが原因だったように認める。
歯磨きでひり付いてどうしようもない歯茎だったし、放っておくともしも起きてなくても歯周病を大きく呼び込んでしまいそうなのが不安だ。歯から歯茎が後退するのが危険信号で、同じように捉えると薄くなる前髪も心配が絶えないにせよ、歯周病こそ明らかに不健康だからさらに厳しく注意せざるを得ない。
どうしてビタミンAが急に不足するのか
ビタミンAは脂溶性のビタミンで体内に蓄積される。植物の色素に由来したカロテノイドのβカロチンだけではなくてそのままのレチノールならば動物性の食品の多くに含まれていて肉や魚の内臓が圧倒的に多いみたいだけれども個人的には卵や乳製品で普段から殆ど珍しくないんだ。一旦、十分に取っていれば暫くの間は足りると考えられる。毎日でなくても良いのは助かるけれども大丈夫だと思って余り取らないで、過ごしているとドーンと来て不調に陥るのではないか。急に不足するのは慢心のせいと捉えられる。
結構、どんな食品からでも得られるような栄養素なので、ビタミンAは気にかけないという部分も相当に大きい、僕にとっては。
少食でいつもギリギリの栄養状態だから歯茎の痛みから自覚して食生活を本当に改めて見直すべきだと感じる。
すると逆に怖い、どんな食品からでも得られるような栄養素なのに足…

TumblrブログにGoogleアドセンスが表示されない理由

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僕がブログの些細な日常をTumblrからBloggerへ移転した最大の理由の一つがGoogleアドセンスのサイト広告が表示されなくなった悲しみなんだ。
TumblrのGoogleアドセンスの空白 via Super Leak
以前から不可解な動きをしていて外部サイトのJavascriptが十分に働かない面がTumblrには確認されていたので、他のソースコードも駄目になったりするけど、しかしちゃんと表示される場合もあるから様子を窺いながら待つしかないと思っていた。
去年、TumblrブログにGoogleアドセンスが消えてから一年近く経っても戻って来るという気配が殆どない。
Tumblrから新しいサイト広告が自前で入るように変わったのが厳しくてGoogleアドセンスが表示されるのはもう無理かも知れないと危惧されて些細な日常はさっさと移転するのが賢明だろうと感じた。
なぜTumblrブログにGoogleアドセンスは反映しないか
はっきり原因は分からないけれども調べながら海外のサイトで情報を掴んで非常に信憑性を高いと膝を打ったんだ。
アドセンス(Google)とTumblr(Yahoo!)との間に支障があってTumblrでアドセンスはもう使えないと心配します。残念ながら両者に公式の声明はありませんが、Googleのサイト広告を使っているTumblrはないのが実情です(ドメイン名を購入してTumblrブログへリダイレクトしないかぎり)し、Tumblrは自前のサイト広告(大部分はYahoo!から、もちろん)を配信していますし、説明は最小限です。
ホセ・エンジェルのなぜGoogleアドセンスはTumblrで動かないかへの回答 via Quora(訳出)
GoogleYahoo!の検索エンジンの世界的な二大企業の対立という興味深い視点から原因が指摘されていた。
Tumblrは2013年にYahoo!に11億ドルの約1200億円で買収されたものの三年で利益を全く上げられずに全損処理されたといわれる。
Yahoo!もインターネット事業が2016年にVerizonに約48億3000万ドルの約5270億円(2017年にYahoo!が利用者の個人情報を漏洩したという過去の失態が判明したために約44億8000万ドルの約4800億円に減額された)で買収された。
現今、TumblrはYahoo!が手がけるけれどもVe…

ヒアリは並外れた生命力だから特定外来生物の中でも対策は紛れもなく大変だ

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日本でも新しく発見され出したと注意が呼びかけられているヒアリは非常に激しい毒を持つ危険な生物なんだ。
Imported fire ants by Stephen Ausmus via USDA ARS
人間が刺された場合、スズメバチに匹敵するアレルギー反応のアナフィラキシーショックを起こして死んでしまうかも知れない。大抵は炎症(皮膚の発疹)で安静にすれば済むようだけれどもアレルギー反応から動悸や目眩などを経て意識障害に陥る可能性が稀にあるんだ。放っておくと死んでしまうかも知れないので、救急治療が必要になって来る。ヒアリの毒は非常に激しくてしかも致命的だから予めくれぐれも近付かないように警戒しなければならない。
恐ろしいのはスズメバチと比べてもとても小さくて地上で良く見られる働き蟻のヒアリで体長は2〜6mmしかない。人間の目には留まり難いから知らない間に近付いて刺されてしまうような状態が最も懸念される。
ヒアリの強力な毒針と自製の筏に示される並外れた生命力
Red Fire Ants via National Geographic
元々、ヒアリは南米のブラジルの熱帯雨林が原産地で、そこから人間の貿易船の荷物の土を主に介して世界に生息域を拡大している。近いところで、北米のアメリカの南部に何十年も前から入り込んでいたけど、さらに東南アジアの国々やオーストラリアに増えて行って、近年、日本でもついに確認されたと由々しく報告されているわけなんだ。
人間への被害は外国で深刻化している。ヒアリは強力な毒針を持っていて自然界の生存競争には相当に勝ち残り易い。外来種で現れると生息域が重なっている自国の蟻などは滅ぼされて周辺環境の生態系に悪影響を及ぼし兼ねないとも考えられる。
地球への適応力も高い。暑ければ葉っぱに寒ければ地面に巣を作って気温差を広く凌ぐらしい。そして最も特徴的なのは洪水を乗り切るための筏なんだ。雨が大量に降って巣が完全に水没したりしても群れごと一気に消え去りはしない。働き蟻が密集して筏を作って卵や幼虫を守りながら水面にプカプカ浮かび漂いながら陸地に又辿り着くまで何日間も生き延びる。
RIFA Raft After Heavy Rain by TheCoz (Own work) [CC BY-SA 4.0], via Wikimedia Commons
ヒアリは強力な毒針で外敵を滅ぼして自…

肝心要の人を呼ぶ力があやふやなサイト運営でアクセスアップはどうする

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十年以上前、ホームページをガラケーで初めて開設した頃、作詩の公園でいつも誰か来ないか誰か来ないかと願い続けていた。他の詩のホームページの掲示板に自作詩を投稿してホームページをリンクしておく。すると管理人や訪問者が見付けて自分のホームページに来るかも知れなかった。メッセージを残したりする場合もあったけれども掲示板の投稿詩を介して主に交流するようにやっていた。
最初の数日間の気持ちは本当に良く覚えている。誰も来ないのではないかと不安が大きかった。他のホームページの掲示板の見ていると人の動きは十分に確認されたし、同じように自分のホームページにも誰か来ると期待していたけれども本当に初めてどうなるか、自分だけ全く違わないともかぎらないと予測が付かなくてドキマギし捲っている感じがした。
ちょっと人が来ると物凄く喜んで又別に誰も来ないと物凄く落ち込んで暫く繰り返している間にホームページの常連が増えて、毎日、安定して誰か来るようになってからはどこの掲示板にどんな書き込みを行えばどのくらい人が来るとかなんて様々な 予測が付けられるように変わって気持ちの振り幅も相当に収まったんだ。
今から考えると人を呼ぶ力が凄かった
どうしても皆に来て欲しい。自分のホームページを何としても盛り上げなくてはならないという思いの激しさから他のホームページの掲示板への書き込みも必死だったように受け留める。
僕にとってはもう既に作家活動を十年くらい励んでいたところで、小説しか書いてなかったから詩では新しい取り組みだったにせよ、自分らしさの言葉遣いが人々に好まれるかどうか現実に試す機会が得られたのが何よりも興味深く感じていた。
ホームページでがむしゃらなまでに人を呼ぶ力に繋がった可能性がやはり極めて高いのは天職と捉えるけれども自分自身の作家活動への志が大きかったせいに違いないんだ。
作詩の公園は閉鎖するまで作家・詩人として世の中に通用かどうかが個人的に最も甚だしい注目の的だった。
アクセスが一日三百人という可成の成功を収めてからは人気なのは自作詩ではなくて掲示板での交流でしかないのではないかと悩み出して徐々に誰も呼ばずに一人でやってどうなるかと見ているとアクセスが落ちる一方で、交流なしに自作詩で引き付けられる人は滅多にいないとはっきり分かった。
すると本を出しても殆ど誰も買わないはずだからプロとしてデビューするのは無駄だと考え…

検索エンジンからブログに来る人はキーワードに相応しい記事を求めている

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ランクブレインを踏まえるとGoogle検索ではブログもキーワードに相応しい記事しか検索結果には載らない。どこまで正確に働いているかは未知数にせよ、理想的にはブロガーがキーワードに相応しい記事を仕上げる必要はない。すなわちGoogle検索はランクブレインでキーワードに相応しい記事を勝手に見付けるからブロガーはどんな作為も持たなくて良いんだ。
アクセスアップの可能性を高めるためにはブロガーは記事の質を高めるべきだと思う。
検索エンジンからブログに来る人はキーワードに相応しい記事を求めている。
満足して帰る。些細な日常の現状を打破しよう。訪問者が一日五十人をしっかり越えているところで、百人へ向けて本当に重要なのは直ぐに帰れないくらい満足させられるブログかどうかに尽きる。受け取ると心から感動して身動きが取れなくなる。記事の質を素晴らしく高めなくてはならないと考える。
Google検索にもさらに好まれる。記事の質が上がればブログのサイト評価も上がるに違いないはずだからとても有効な方策だろう。やらない手はないし、望まないのは勿体ない。
ブロガーはどうすれば記事の質を新しく上げられるか
訪問者が満足して帰るだけならば問われるのはキーワードへの完成度に過ぎないだろう。あるか、ないか。Google検索は良く分かっていてキーワードへの完成度をサイト評価に組み込んでいる。
新しく問われるのはブログの記事の質だけれどもキーワードへの完成度に加えて訪問者を満足させられる仕方なんだ。いい換えるとコンテンツへの充実度があるか、ないかが大事になって来ている。ブロガーは記事のキーワードへの完成度を含んだ上でのコンテンツとしての品質とは何かを模索するべきだ。
検索エンジンからブログに来る人はキーワードに相応しい記事を求めている。
人々はインターネットを情報収集に使っている。検索エンジンも一つの方法だ。ブロガーはキーワードに相応しい記事で検索エンジンを通して人々に情報を与えている。
キーワードへの完成度があれば検索エンジンから来た人は満足して帰るけれども記事そのものが少しでも引き止めるように記憶に残らなければ上乗せのアクセスアップをさらに期待できないと懸念される。
できるかぎり、充実度の高いコンテンツを新しく作成するように変えて行きたい。
訪問者がブログから欲しい情報を手に入れるだけでは記憶に残らないので、十分だと完成度の高…

西田ひかるのデビュー当時の最高に素晴らしかった輝きへ

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25th Anniversary 西田ひかる〜あれもこれも PV Collection〜 via ponycanyon
西田ひかる二十五周年記念の動画を見付けて出だしから聴こえて来たデビュー曲のフィフティーンと十五歳だった当時の無邪気な素振りの映像に大変な懐かしみを覚えてしまった。
本当に超大好きだった。たぶん心から引き付けられた最初のアイドル歌手だったかも知れない。個人的には二曲目のNice-catch!から「何だろう、この人は」と完全に嵌まった。高校時代、良さが分からないままに何も感じないようにただただ追いかけずにいらなくなるなんて稀有な経験だったと振り返る。
気付いたらCDアルバムのClearとビデオと写真集で同名のP-CAN ISLANDの三点セットを造作なく買い込んでいた。
十年後のお宝ブームで写真集のP-CAN ISLANDに八万円までプレミアが付いて、当時、極貧でどうしようもなくて専門店に売りに行ったら五万円くらい手にして相当に助かった思い出が西田ひかるには飛び出すけど、CDアルバムのClearも中古で普通に出してしまって最後まで持っていたのはビデオのP-CAN ISLANDで、三点セットで最も気に入っていたもののいつの間にか他のビデオと一緒に捨ててしまったかも知れない。
いつか語り草になりそうで、自分の中で今正しくそうしたかつての予感が成し遂げられる瞬間が訪れているから本当に驚くにせよ、持って入ればしっかり触れられるはずだった。
ビデオデッキが壊れて時代もDVDプレーヤーに変わっために昔のビデオを機材を揃えて再び観るのも厄介だから心に刻まれた記憶だけを求めながら手放すのは致し方がないと考えた。
かりにビデオを観なくても人生の宝物として持っていても良かったかも知れないけど、三十歳頃には全く思い付かなくて暫くして素晴らしい人が残してくれたアメリカ土産から確信するまでは記憶を心に刻むという生き方に夢中になっていた。
個人的には正しかったと思う。記憶を心に刻むという生き方が身に付いてなかったら何かを身近に手放さずに持っていても人生の宝物へは必ずしも及び付かないはずだ。偶然に残っているのでは捨てるのが面倒臭いだけかも知れない。自分で自分に示しが付かないし、気持ちもあやふやなままだから全ては世界に定まって来難いんだ。
ある意味、西田ひかるのビデオのP-CAN ISLANDは心…

ページランクのSEO効果はコンテンツとの相互作用から捉えよ

Yahoo! JapanのYahoo!カテゴリが終了すると報じられた(「Yahoo!カテゴリ」サービス終了について)。アメリカのYahoo!と同じように日本でもついに不要と判断されたらしい。
天使のモノクロームが登録されてとても嬉しかったから残念としかいいようがない。たった一年くらいで、しかも期待されたアクセスアップには殆ど繋がらなかったから構わないかも知れないけれども念願が叶った思い出の場所を失うのは寂しいかぎりだ。もう二度と見聞きされなくなる、実地には。
しかし改めて纏めておきたい、Yahoo!カテゴリが期待外れだったというサイトのアクセスアップに繋がらなかった原因について。
僕がサイト運営で不充分だったとすれば改善しなくてはならない。いつまで経っても同じ過ちを繰り返すばかりでは目も当てられないだろう。全ての所有サイトが成長しないのも当たり前だから本当に悲し過ぎる。未来が虚しく遠ざかる。
Yahoo!カテゴリに天使のモノクロームが登録された時点ではGoogle検索へのSEO(検索エンジン最適化)対策として有効ではないかと期待していた。
サイト評価のページランクに作用する。外部サイトからのリンクが良質で関連性が深いほどにGoogle検索にSEO効果を持っているためで、Yahoo!カテゴリからリンクを得られると非常に適していると推測されたわけだ。
Google検索でページランクの影響力は日増しに減っていてサイト評価の要因としては著者のオーソリティーに置き換えられると考えられるけれどもそうした最も大きな理由は検索エンジンへの不正行為を退ける必要があるせいだ。
外部サイトからリンクを貰っていればGoogle検索で所有サイトが有利に紹介されてアクセスアップに繋がるという仕方でサイト運営が行われているとコンテンツが怪しい。検索エンジンに載せたい品質が認められないサイトを外部サイトからリンクを貰っているだけで選ばないようにページランクのSEO効果を下げなければならない。
近年、ページランクには意味がないし、外部サイトからリンクを貰うのもクローラーの平均巡回数を上げてコンテンツを検索エンジンにしっかり読み込ませるためでしかないという意見も出て来ている。Google検索にとってページランクはSEO効果として無視できるくらいにまで小さくなっているのは事実かも知れない。
それにも拘わらず、僕は天使の…

キャベツ太郎から砂糖ととうもろこしを取り入れた一日

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キャベツ太郎(華道)は最も好きな菓子の一つで、市販の商品では添加物が少ない安全性と値段の安さからスナック菓子では購入の正に最有力候補になっている。
昔ながらの駄菓子みたいなイメージだから余計なものが、一杯、入ってそうな感じがするのに実際には、全然、違うから驚かされる。原材料を調べると他の新しい商品こそ味付けに拘泥り過ぎるばかりだから余程と危ないというのが現状だった。
菓子は砂糖が多いからそれだけでも不健康だけれどもさらに不要な添加物も多く入っているのでは全く食べたくも買いたくもなくなるわけだ。
注意しておくと砂糖は体内でAGE(終末糖化産物)を増やすから早死にを引き起こし得る。必要な栄養素なのに弊害もあるのがよもや健康は難しいと実感させる要素の一つだ。糖分の中でもブドウ糖は脳の唯一のエネルギーで、人間にとって頭の回転を早めるから非常に重要だけれども頼り過ぎては行けない。
砂糖については主成分がショ糖だけれども果糖とブドウ糖の二つの糖分がくっ付いている状態だから体内でエネルギーとして利用するべく分解するために肝臓への負担が増して来るのをAGEと共に十分に用心しながら食生活に取り入れるのが望ましい。
キャベツ太郎は添加物が幾らかは少ないだけに比較的に安心して買えるし、食べられるというスナック菓子だろう
味付けが濃くて一回で一袋は辛い感じがする。ソース味だから砂糖と合わさって尚更とこってり受け取られるのかも知れない。
いつも食事量が少なくて栄養状態がギリギリの僕には偶に食べるのもキャベツ太郎は悪くなさそうなので、好きだし、買っている。
珍しくというか、たぶん生まれて初めてだけれども物凄く引き付けられてしまった。
キャベツ太郎が食べたくて食べたくてどうしようもない気持ちがしてかつてないほどにどうにも食べずにいられないような思いを抱えてしまうのはなぜだろうと首を傾げた。
二三日、耐えていれば収まるかも知れないと何もしないでいた。ところが一向に収まる気配もないまま、耐えていても駄目だとスーパーで久し振りに手を伸ばして買おうと決断するに至ったんだ。
安くても生活費は辛いから大変で、日々の主要な食費に余分に付け加える菓子となると躊躇いを免れないから踏ん切りが問われるし、必要だ、選び取るには絶えず。
念願が叶ったとも過言ではない些細な日常ながらキャベツ太郎をついに漸く食べてみると無性に求める気持ちも急速に…

松島の海と象徴的に切り離せない父と息子の物語

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七月の第三月曜日は国民の祝日で海の日だ。海というと僕は出かけた経験が殆どないし、記憶も朧そのものなんだ。なぜかはやはり泳げないせいだろう。プールも同じだけれどもいつも縁がなかった。
水辺ならば魚釣りの池や川が余程と好きだったし、振り返って思い出も数知れないくらい良く親しまれていた。
Matsushima Shidaikan Sokan by Ippukucho (Own work) [CC BY 3.0], via Wikimedia Commons
ところが海もとても印象に残っている場面がある。一度だけ出かけた宮城県の松島の海だった。日本三景(松島・天橋立・宮島)に含まれる国内で最も有名な絶景の一つだけれども小学時代の夏休みに父親に連れられて二人だけで訪れた。
遠くまで点在する島々が遥かに霞んで行く光景が幻想的で如何にも不思議だったと覚えている。
秋田県の祖母の家から自宅に帰る途中に車で立ち寄った。大好きなカブトムシクワガタムシをバケツに大量に捕って車の後部座席の床に置いて持ち帰るところだったし 、早く帰りたいだけだから困ったけれども父親がどうしても松島の海を僕に見せたくて二人だけの思い出を作ろうとしていたのではないかと後からは考え出した。
心を探れば日常生活で他にも似たような場面は幾つか見付かりそうだけれども何れも特別な気持ちで受け留められるかぎりは父と息子の物語だろう。
映画ならばオーバー・ザ・トップ(監督/主演:シルベスター・スタローン)が真っ先に思い当たる。
腕相撲のチャンピオンを目指して貧乏に息子と共に明るく耐えながら世の中で努力して栄光を勝ち取ってみせる父親の尊敬するべき姿を誇り高く描き出していてド派手な演出が著しく目を引くけれども父と息子の物語が却って非常に分かり易く対照的に心に静かに染みて来るのが素晴らしい映画だと感じる。
松島の海は個人的に父と息子の物語の象徴だ
Matsushima Shidaikan Reikan by Ippukucho (Own work) [CC BY 3.0], via Wikimedia Commons
何もするわけではない。ただいるだけで良いみたいに父親は何もいわないし、僕も同じように黙っている。時の流れを何なのかと問わせるのがおよそ父と息子の物語の特徴だろう。
詩的といえば詩的だし、心が静けさに触れながら世界が風になる。父と息子の物…

ガッツがなければ何年もかけてGoogle検索は研究できない

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昨日はブログのアクセスが午前中からとても好調で、いつもは人が多いはずの夜に同じくらいの上乗せがなかったのが悔しかったものの一ヶ月振りに一日百人に迫った。
空に重く垂れ込めていた暗雲が漸く晴れて行くような爽やかな気分を味わう。物事が考え通りに望ましく進まない人生はどれだけ辛いかを反対に思い知らされてしまう。意外と気付かなかったけれども晴れやかな気分が本当に信じられないほどの衝撃を与えている。辛かったはずだ、今此処の大きな変化から捉え返してみるかぎり。もはや気落ちすると周りが良く見えなくて自分自身の感覚でさえもぼやけて掴み難くなるといわざるを得ないだろう。
度を越した悩みと同じで、辛さも巻き込まれて抜け出そうと考え倦ねるほどにそれ自体が分からなくなって忌まわしい状態こそ当たり前に受け取られながら内面に染み付いて暫く経った頃には何一つ疑いも抱かないくらい感覚が悪いままに取り込まれるんだ。
ブログをBloggerに移転してアクセスが初めて完全に伸び悩んでいるのがやはり厳しいだけでしかない内情だったと認める。
自信がないというか、絶えず、未知の領域に踏み込んで行っているサイト運営なので、数字は昔のホームページで一日三百人くらいまでのアクセスを経験済みだけど、人々と交流するよりも検索エンジンを重要するという仕方が本当に慣れてないし、どうなるかが歴史から直ちに予測できずにいるのが精神的に危うい。
良ければ別に構わないものの悪いとなぜかと災いにどんどん引き摺り込まれる。蟻地獄に落ちた蟻もさながらの悲劇的な状況を強いられてしまう。足掻いても足掻いても望んだ世界へは戻り切り得なさそうではないか。もはや思いはお陀仏でしかないままに力尽きると内面から叶わない夢の嫌らしさに押し潰されるばかりなんだ。
素晴らしい経験がないからブログに人が減る度にどうもこうもないし、やはり駄目に決まっていると瞬く間に気落ちせざるを得ない。
初めて検索エンジンから本格的にアクセスアップを求めているとすれば期待をかけながら必死に研究するGoogle検索の理論を何よりも重視するべきなんだ。
つまりは僕自身の自己流のSEO(検索エンジン最適化)対策を疎かにしない心構えが大切だといって良い。
上手く行くと思考して何もかも取り組んでいるわけだから努力しながらかりに結果が気持ち良く付いて来ないとしても未来へ手を伸ばす信念まで捨て去る必要は決…

フラワー・ピースのコレクションから再考される望ましいかぎりのサイト運営の仕方

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Google+フラワー・ピースのコレクションを開始した。花の写真を自作で主に追加して行く。詩的に平和が味わわれるように喜ばしく纏めるつもりだ。

ヘッダーの画像を鈴蘭の写真にできたのは嬉しかった。普通では無理なはずだったのに地元の公園の山に咲いていると知った。鈴蘭の写真が直ぐに撮れるなんて奇跡としかいいようがないくらい衝撃的な経験だった。
個人的に好きな花で、かつて自作詩の鈴蘭を完成して以来は思いも相当に強まっていたんだ。
フラワー・ピースのヘッダーの画像の鈴蘭は元々はブログに使うために作成していた。しかしどうも合わない感じが止めていたんだ。
以前のテンプレートではパソコン/タブレットのウェブバージョンて鈴蘭を右寄りに切り取って左寄りにブログのタイトルとメッセージが入るようにしてヘッダーで使い出していたけれども現在のテンプレートに変更した時点でちょっともう無理だとカーテンに置き換えてしまった。
ブログのタイトルとメッセージが中寄せでヘッダーの画像に重なるから余りしっかり写真を使うとイメージが打つかって訳が分からなくなる。デザインこそ重視しないとブログのヘッダーの画像は中寄せのブログのタイトルとメッセージには非常に合わせ難いわけなんだ。
折角の鈴蘭という好きな花の写真を気に入って仕上げたにも拘わらず、デバイスのアルバムに置くだけになってしまったのは幾分とも悔しくなかったとはいえない。代わりにメインのホームページで使えないかと探したものの特に良い場所は見付からなくてどうにもならなかった。
だからGoogle+のコレクションでフラワー・ピースのアイデアが閃いたのは有り難くも感じた、嬉しいだけではなく。好きな花のしかも以前はブログで正しくヘッダー画像だった鈴蘭を写真を使うには本当にぴったりの場所が見付かったわけで、イメージとスタイルの両方とも申し分のない使い方が可能になるとすると普段の自己表現を振り返っても滅多になかったかも知れない。
公園で鈴蘭の集落に気付いたのと同じで又一つの奇跡が生まれたみたいな趣きにまさか愉快に包まれるばかりの心だったよ。
ところで僕にとってフラワー・ピースというイメージは初めて考え付いた世界ではない。昔の詩のホームページの作詩の公園のサブタイトルだった。すっかり忘れていたし、もう一度、使うなんて夢にも見なかった驚きと共に感慨も一入の思いを受け取らされていた。
素晴ら…

サイト広告で生活費を稼ぎたい気持ちは個人的に神のお告げに他ならなかった

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僕は作家としてプロデビューGoogleアドセンスに承認されて実感した。サイト広告で生活費を稼ぐという考え方がGoogleアドセンスならば収益率が高いから現実味を帯びて来たせいだった。
作家として作品を売って印税を得るという考え方が二十年以上も実現せずにプロになる可能性が全くないところで、神のお告げとも過言ではないくらい喜んだし、自分には相応しいのではないかとサイト広告での収益化の前提条件のサイトのアクセスアップに改めて力強く励むようになった。
実際は物凄く厳しくて不可能に近い
巷で収益率が非常に高いといわれるGoogleアドセンスに承認されても例えば月収十万円に一日五千人くらいの訪問者が必要かも知れなくて一般的なホームページやブログの個人サイトでは先ず以てあり得ない数字が求められてしまうわけなんだ。
ただし神のお告げと認識するほどに背中を押されるようにサイト広告で生活費を稼ぐと心から取り組まずにはいれらなくなる。不思議だけれども途轍もなく素晴らしい力で応援されているから実現できる世界ではないか。

青春期、作家活動を志したのもアンチ・オイディプス(ドゥルーズとガタリ)から感じた白い光のせいだから似ている。今に至るまでの二十年以上の地獄の日々というか、貧乏を強いられるだけの不幸そのものが始まったと振り返ると又危ないし、神のお告げと完全に自覚しての目論みとしては確実に最悪で死ぬしかない流れに人生が本当に入っているのではないかと恐れる他はない。
僕としては命懸けでアクセスアップを選んだ。フランダースの犬のネロのように芸術に死ぬのだけは避けなくてはならないと考えると細心の注意を払いながら取り組まないと想定外に短命に終わり兼ねない。
死んだ後に叫び出す貴方、サイトならば訪問者をどれだけ減らせるかに言動の全ては尽きる、むろんアクセスアップも含めて。インターネットでは交流を持たないと人々に軽視されてしまう現状なのが最も難しいけど、ホームページやブログで言葉を胸に打ち込んで個人的に訴える真実とは何かに目覚めしく気付かせ得るかぎりはアロアとパトラッシュに囲まれて幸せだった生前のネロのように芸術に生きると何もかも夢で終わらせずに済むはずだ。
現今、死に物狂いで頑張るしかないと辛く苦しい毎日ばかり続いているけど、神のお告げならばきっと大丈夫だと信じて突き進むかぎりは生活が希望の光に包まれながら気持ちも…

Google検索のドメインのサイト評価の特徴

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ブログのページのダウンロード時間を下げるように修正してGoogle検索でのサイト評価が元に戻るかどうかが気が気ではない。一ヶ月くらい落ちていたから上手く行くにしても同じくらいかかってしまいそうだ。直ぐには全く変わらないし、Search Consoleで分かるデータも殆ど横這いでしかない。ただ下げ止まっているのだけが確実だと思う。
しかしながら最も恐ろしいのはGoogle検索でサイトのURLの冒頭に「site:」を付けて検索すると表示できるというGoogle検索のサイトのインデックスの状況で、ブログのトップページが先頭に来てなかった。
インデックス状況 via Google
一般的にサイトのトップページは子ページからリンクが集中していてページランクが最も高いからサイト評価も相応に頭一つ抜け出しているはずなんだ。インデックスの状況で、先頭に来てないトップページはサイト評価が極めて低い証拠ではないか。するとサイト全体がペナルティーを食らっているに等しいくらい検索結果には載らないし、遠くに弾かれるばかりでも仕様がないと感じる。
些細な日常はトップページが一巡目で消えてなかったのは不幸中の幸いながらところで非常に珍しいのは子ページに続いて二番目に出て来ていた。ない、普通。個人的に初めて確認されてどういうサイト評価なのかが逆に好奇心を駆り立てられる、Google検索を研究する身としては正しく。
コンテンツはたぶん長文のオリジナルの記事が多いから大丈夫なので、それこそページのダウンロード時間が一ヶ月くらい上昇した部分だけがネックになってトップページのサイト評価が、一段、押し止められていると推測されずにいない。
すると興味深いのはブログ自体のサイト評価が少し低いために全ての記事もそうなっていると明らかに考えられるところだ。
SEO(検索エンジン最適化)対策でドメインのサイト評価と捉えられるけど、サイト全体と子ページのサイト評価が連動していると示された結果に他ならないからさらに深読みするとインデックスの状況で、子ページがトップページよりも上に来るのはなぜなのかが大変な疑問になる。
ドメインのサイト評価からすればトップページが悪ければ子ページも悪くてそれぞれの検索エンジンでのサイト評価の位置付けは入れ替わってはならないにも拘らず、反対の結果が示されている。
考えられるのはドメインのサイト評価はサイト全…

自由が降って来るのも今此処の命を見詰めればこその人生の幸せに

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昨日は自律神経失調症に気付いて体内時計を整えようと午後九時に寝た。午前一時半に起きてしまってまた最悪だと思ったけれども引き続き午前四時半まで眠れたから睡眠時間は望み通りの七時間を越えて嬉しかった。ただしもう少し眠れそうなのに眠れないという気分が嫌だった。
振り返ると二十代からだけれども起きたくて起きたいという朝は一日もなかったのではないか。大体、プロの作家として生活費を稼げないという人生の不幸に心を押し潰されているせいだと思う。現世では起きていても詰まらないし、目覚めていても仕様がないという余りに深過ぎる絶望状態を無意識に抱え込んでしまっているためだろう。
しかしながら気持ち良く起きる朝こそ健康的だとすれば考え直すべきだし、今此処の命を見詰めながら生きる喜びを最大限に捉えるのが良いはずだ。
自由が降って来る。何一つ夢は叶わず、絶望しなければ間違っている生活の中でも幸せを得られる。根本的な地平の存在とすると詩の世界の真実だけれども本当はそうした生きる喜びの有り難みを無視している時空こそ罪なんだ。だから上手く起きられなくもなる、自分で自分を罰しながら。起きたいのに起きられないはずはないわけはないので、実際には眠っていたいに決まっている。人生で良いことは何もないせいにせよ、無意識の余りに深過ぎる絶望状態を信じるためならば改善するためにはもはや思考を改める必要がある。
生きる喜びの有り難みから安らかな心に芽生えて来る希望こそ掴んで明るい未来だけを信じるように自分自身を作り替えると生活のリズムも取り易くて自律神経失調症も寄せ付けないと期待される。

もやもや頭の自律神経失調症を自分一人でどう治そう

三時間しか眠れなくて次に良く眠れば別に構わないし、昔はいつも大丈夫だったから真夜中なのに起きてブログの記事に取り組んだ。
ところが纏まらなくて五時間くらい無駄にしてしまった。
昼前に気温が上がって来て先月から続いていた寒暖差アレルギーの止まらない嚔と鼻水と共に少しずつ増していた日中に眠くて眠ろうと目を閉じて横になると逆に眠れないという不可解で嫌な感じが頂点に達したみたいに頭がもやもやし出したんだ。
自律神経失調症を発症したと正しく考える
昨日、いったばかりだった、Twitterで「疲労の塊で、自律神経が乱れ捲っているせいではないか」と日中に眠ろうとすると逆に眠れなくなるのを。早寝するつもりだったのにやはり駄目で、いつも大丈夫だから不味くても自分自身は平気だと午前零時まで起きていた。
午前三時にあっさり起きてしまって生まれて初めてだけれども頭ももやもやしてしまったから自律神経失調症を発症したといわざるを得なくなってどうしようと考えるしかない状態に追い込まれた。
僕は病院には行かなくて済むと思うし、自分一人で治せるのではないかと受け留めているけど、もしも駄目だったら病院に出向くしかないだろう。
ちょっと前から気を抜くと全身もふらふらだった。脱水症状を起こしたマラソン選手のように踏み出す一歩が難しいかぎりと力が入らなくなる。かつて経験しなかった類いの脱力の仕方で、全ての関節が抜けてしまったというか、軟骨で繋がってなくて筋力は残っているのにも拘わらず、きゅるきゅるしてどうもしっかり動かせないみたいな悲しみを抱かされる。
何よりも良くないのは体内時計が狂っている感じがする。考えると自律神経失調症を発症した最も大きな原因ではないか。人間の自律神経は朝と夜の起床と睡眠で交感神経と副交感神経が切り替わりながらバランスが保たれているわけだし、それぞれのバランスが取れない状態が自律神経失調症なので、体内時計が根本的に重視されて来る。
僕は日中は眠いばかりなのに夕方になると気分が少し楽になってちゃんと起きているみたいに気持ちが落ち着き易くなるのが嬉しくも異常だと思った。数日前から気付いて体内時計が朝から昼どころか夜にまでずれ込み兼ねないと恐れた。夕食後の烏龍茶が美味過ぎてビックリするし、起きていて、唯一、頭がすっきりしている時間帯で、食べるよりも噛まずに飲むのが余程と疲労感を齎さなくて衰弱するばかりの全…

Googleハネムーンと銀河系の星の数を越える年間検索数から見えて来るアクセスアップの可能性を信じて

ブログのアクセスアップは本当に可能かと訝らざるを得ない毎日を過ごしているけど、とにかく成長する度合いが少しずつならば本当に可能なのがブログのアクセスアップに他ならない。
些細な日常をBloggerで開設して半年が経過して運営期間が七ヶ月目に突入している。
最初は一日に一人の訪問者で仰天していた。まるで頂天眼の思いで、アクセスアップの喜びは否大きかった。ただし巨大な山の前で余りに霞み過ぎた一人の登山者のように先々へ懸念が立ちはだかっているのも事実だった。一日に一人の訪問者を得るのに大変な苦労を余儀なくされる。
Google検索から主にアクセスアップを狙って記事はタイトルにキーワードを入れて文字数を多めにしながら増やして行くけれども暫くして漸く一日に五人とか十人なんて訪問者が増えて来る。
経験上、記事を増やして行けばブログのアクセスアップは間違いなく可能としか呼べないにせよ、虚しいのは成果が十分に上げられないところなんだ。
記事毎に一日一人が来てくれると納得するのに、中々、上手く行かなくて誰も来ない記事が物凄く多くて増やしたのも無駄骨ではないかと落胆する。
現状だと些細な日常は四百五十件以上の記事を掲載していて訪問者は一日八十人なので、三百七十人以上はどこへ行ってしまったのかと嘆かざるを得なくなりもするわけなんだ。
Google検索からのアクセスアップを狙ってなければブログの訪問者はトップページから入るのが殆どだったり、記事へはリンク/シェアがなければ端から期待されもしないはずだけれどもなぜなのかと検索結果に出ない記事には首を傾げながら憂鬱そのものと止めてしまいたくなる。
当初、キーワードに人気がないせいだから一日に一人も検索エンジンから来ない記事が出て来るのは仕様がないと感じたけれども頑張ってブログを更新していて案外とそうでもないのではないかと少しずつ気付き始めているんだ。
Google検索にはGoogleハネムーンと呼ばれるイベントがある
新しく開設されたサイト、または新しく公開されたコンテンツが検索エンジンにインデックスされると検索結果に暫くの間は有利に掲載される。
新婚旅行のハネムーンに準えてGoogleハネムーンと呼ばれるイベントで、新しいサイト、または新しいコンテンツにとっては嬉しいかぎりのアクセスアップが速やかに齎されるらしい。
僕もやっていて何度も実感しているんだ。Googl…

ページのダウンロード時間はSEO対策に超重要だから確認するのをいつも決して怠ってはならない

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ブログの検索エンジンからのアクセスが絶不調だった原因がページのダウンロード時間の上昇にあるのではないかと略確実に掴めた。
ページのダウンロード時間 via Search Console
先々月の終わりから従来の二倍の400に増えていて今月から元の状態の200に又戻っている。
ブログの検索エンジンからのアクセスはページのダウンロード時間と殆ど反対に動いていて先月の始めの一週間は上向き立ったけれども二週目から頭打ちで横這いか、下がるしかない状態で、今月に入って漸く持ち直しかける直前には「一ヶ月前と変わらないくらいまで訪問者が減って」いたし、何とかしようと必死に藻掻きながら目もカビガビの酷いドライアイを余儀なくされて記事を仕上げるのでさえも支障が出て来るところまで追い詰められてしまった。
ページのダウンロード時間はGoogle検索でサイト評価に間違いなく影響を及ぼすし、検索結果のランキング要因に組み込まれている
サイトの表示速度の指標として扱われているみたいで、それ自体はTest My Siteで訪問者がサイトを閲覧するのにどのくらいの時間がかかるかが分かって速いほどにサイト評価が上がるけど、Google検索が主に見ているのは検索ロボットのクローラーが受け取っているページのダウンロード時間ではないかとも考えられるんだ。
僕は、毎日、欠かさず、確認していた。Bloggerのテンプレートを変更したのが先々月の終わりで、そのせいで、上がったとは直ぐに分かった。
とはいえ、ページのダウンロード時間はコンテンツとページランクとランクブレインというGoogle検索でのサイト評価の三大要因と比べるとさほど影響はないから別に構わないと思って見ていた。
数値も高くて400ならば一般的に低いし、サイトの表示速度を調べても悪くはない。どんなサイトでも開くのに、三秒以上、かかると訪問者に嫌われ始めて十秒で誰も来なくなるといわれている。
個人的にいうと開くだけではなくて読み込みも三秒以内で終わって欲しいと願う。さもないとブランドに非同期で大きなデータを食っているかも知れないし、スマホ/タブレットの通信制限に引っかかり易くなる恐れが否定できない。何度も閲覧するのは躊躇ってしまうから僕は読み込みこそ三秒以内で訪問者に大きなデータを食わせないようなサイト運営を目指している。
ページのダウンロード時間の単位はミリ秒だから4…

竹内結子のInstagramは素敵な雰囲気のままでずっと消さないで欲しい

竹内結子Instagramを開設した。観に行ったら写真は二枚しか載ってなかった。芸能人というか、分けても大人気のスター俳優だから写真を数え切れないくらい持っていて百枚くらいいきなりどばっと載せているのかも知れないと少しだけ密かに期待したのとは正反対の結果だった。本当に開設したばかりという初々しいばかりの竹内結子のInstagramの様子だった。写真は開設して早々と載せたのが最低限の一枚ではなかっただけでも偉いみたいな印象を与えた。
不思議な感じがする。普通の人と、全然、変わらない。泣けて来る、考えると。またはソーシャルメディアやウェブサイトのインターネットの活動に慣れてないのではないか。写真の仕上がりは流石に何百万円のカメラを使っているはずだし――撮影したのは本人とはかぎらない――世間一般では大金持ちか、カメラのマニアしか手が届かない水準の非常に優れた画質だと唸るにせよ、パッと見ると分からないから本当に不思議な感じがする。
少しずつやって行くところだと色々と覚えながらInstagramを着実に身に付けるスタートラインに立っている竹内結子が素敵な雰囲気に包まれていると初々ばかりの趣きと共に想像されてならない。
竹内結子さん(@yuko_takeuchi0401)がシェアした投稿 - 7月 5, 2017 at 12:25午前 PDT
最初の一枚が物凄くインパクトがあって後ろ向きで鏡に顔を写して写真に収めている
ヴェラスケスの鏡のヴィーナスと共通の仕掛けで、まさか世界の名画を気取っているかどうかは写真家に聞いてみないと定かではないにせよ、素敵な雰囲気だからパロディーとして笑わせるのが一番に狙われてるとは必ずしも推し量れなさそうだ、面白いと一瞬にして目を引くような写真なのは間違いない。
気持ちはお洒落だ。竹内結子は俳優として大人気のスターなのと少しも変わらず、素敵だと黙して語らず、如何にも写真らしく、目から光のイメージのみを通じて胸に訴えかけて来るのは凄いけど、とにかく一言ではお洒落に尽きる感じで、他の気持ちが追い付かないから驚きは大きいながら静かだ。
竹内結子のInstagramは素敵な雰囲気に包まれているけれども案外と遅れて気付かれる。人によって気持ちから捉えてお洒落なのは素敵なためでしかないと瞬く間に思うかも知れない世界なので、断言するのは控えるにせよ、不思議な写真なのは間…

Google検索を実験しながら茨の道でも病気になるまで苦労するな

朝、起きたら目がカビガビだし、酷いドライアイに又見舞われているようだ。何日も続いたら本当に厄介だろう。無理が祟ったに違いない。
ブログのGoogle検索からのアクセスが落ちて三週間も伸び悩んでいた。サイドバーのラベルを二千以上から百以下まで減らしてクロールバジェットを確保してクローラーがブログ内を回り易くなるように、そして文芸Webサーチ芸術系サーチエンジンという国内の有力な検索エンジンに登録してページランクを高めてサイト評価が上がるように考えて変えてみた。
他にもGoogle+Twitterへの投稿も著者のオーソリティーからサイト評価を上げるためにしっかりやっていた。
振り返ると酷いドライアイも仕様がないと嘆くのはブログに加えてソーシャルメディアを二つも文字数を多めで更新しているせいだ。
Twitterは百四十字以内にしても十件くらい載せていてGoogle+も四百字程度といっていたのが千字程度まで膨らんだ。何れもそれ自体のサイト評価を上げて著者のオーソリティーの効果を高めるべきだと力を強めたせいだ。
ブログはGoogle検索でのサイト評価を高めるために数千字は確保しているから二つのソーシャルメディアを合わせると、毎日、五千字くらいの作家活動になってしまっている。
それ自体はさほど辛くない感じがするので、酷いドライアイと驚くのは気持ちが落ち込んでいるせいだろう。作家活動も五千字くらいでは流石に少ない文字数ではないから瞬きを増やしながらまたは休みがてらやらないと駄目なんだ。
Google検索からブログのアクセスが伸び悩んでいて是が非でもサイト評価を上げなくてはならないという危機感によってスマホ/タブレットの画面に目を見開いたままで作家活動に取り組んでしむっているのではないか。無意識に追い立てられて酷いドライアイに注意する暇もないのは事実だと思うから又少しペースを下げてゆっくりやるべきだろう。
病気では本当にどうしようもないから慌てて倒れないようにくれぐれも注意しておきたい
ブログのアクセスアップは皆に自分から声をかえてリンク/シェアを関連サイトに増やしてページランクを強く高めるとか貯金を少し減らして有料の独自ドメインを使ってサイト評価を大きく引き上げるなんて方法も残されているわけで、それこそ人気サイトの多くが抜かりなくやっていてGoogle検索からアクセスアップを狙うには最短の近…

イケダハヤトのまだ東京で消耗してるの?はブログとしての仕上がりが良いよね

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検索エンジンを使っていたらイケダハヤトまだ東京で消耗してるの?を見付けた。
以前からブログのアクセスアップについて調べていて人気のブロガーとしてあちこちで名前が挙げられていて気に留まっていた。ブログ名のまだ東京で消耗してるの?もそうだけれとも聞いた瞬間に頭に入って来る感じのイメージで、イケダハヤトとまだ東京で消耗してるの?、ブロガーとブログがセットになって非常に記憶に残り易いと驚きながらだかれ人々に好まれるのではないかと一人で想像していた。
直ぐには見に行かなかったし、プロブロガーとして膨大なアクセスを実現しているという生き方が日本では第一人者みたいな捉えられ方をしていて僕にとっては羨ましくも憧れるべき存在そのものだったけれども一日百人もあり得ない些細な日常の現状からでは象と蟻の力比べに他ならなさ過ぎる余り、何かを学ぶよりも悔しさが大きくてやる気を失うのを恐れて遠ざけるみたいな状態だったんだ。
後日、検索エンジンで出て来たコンテンツのタイトルから入ったら「これが噂のイケダハヤトのまだ東京で消耗してるの?なんだ」と初めて気付かされてしまった。
見た瞬間にもうブログとしての仕上がりの良さを比類なく感じた。他ではちょっとない。似ているけど、イケダハヤトのまだ東京で消耗してるの?は記事の細部の完成度が高くて神経の細やかさを何よりも味わわせる。とても個性的だし、独創的なブログだから人気も爆発するわけだと分かった。
Matjiesfontein, Milner Hotel interior by Ann Williams (Own work) [CC BY-SA 3.0], via Wikimedia Commons
訪問した印象は清潔の一言に尽きる。サービスに優れた一流ホテルに到着したみたいな風合いが漂っている。ブログのデザインがきめ細かく纏められているためにまるで部屋の隅に塵一つ落ちてないと清潔感を受け取らせるんだ。
なぜ注目されるのかは画像の多用が物凄く目立つ。サイトのアクセスアップの手法で良く聞かれるけど、画像や動画を載せると文章だけしかない場合よりも訪問者に好まれるし、ソーシャルメディアで共有され易いらしい。
イケダハヤトのまだ東京で消耗してるの?にはこれでもかといわんばかりに画像がバンバン出て来る。見ていて圧倒されるくらい特徴的なレイアウトの記事だけど、考えると全ては文章のため…

BIGLOBE Wi-Fiが繋がらない場合の対処法

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BIGLOBEは公衆無線LANのBIGLOBE Wi-FiをやっていてSIMカードの契約プランによって無料で使えたりもする。
BIGLOBE Wi-Fiはアクセスポイント/Wi-Fiスポットも全国に多くて非常に便利なんだ。
スターバックスプロントロッテリアタリーズセブンイレブンイトーヨーカドー
他にも提携先は幾つもあってアクセスポイント提携先一覧によれば全国に十分に展開されている感じで、有り難い。
使わない手はないと喜んで設定してみると実際には物凄く難しくてどうしようもなくなる。僕だけかも知れないにせよ、もう本当に無理みたいな感じで、自分の設定が良くないのか、アクセスポイントが間違っているのかと訳も分からずに混乱するしかなかった。
調べに調べて二日がかりで漸く何とか使えるように変わった。スマホの4G通信よりも高速で遥かに快適だ。使えないのは本当に悲しいから設定が良くなかったせいだけれども二度と混乱しないためにBIGLOBE Wi-Fiの確実な設定とは何かを繋がらない場合の対処法として精確に纏めておきたいと思う。

目次
BIGLOBE Wi-Fiの設定の基本的な流れBIGLOBE Wi-Fiの二つのネットワークNTTWEST-SPOTの設定の仕方0001_Secured_Wi-Fiの設定の仕方BIGLOBEの接続パスワードとは何か

BIGLOBE Wi-Fiの設定の基本的な流れ
ライセンスの申請MACアドレスの登録アクセスポイントの確定Wi-Fiネットワークの登録
BIGLOBE Wi-Fiは最初にライセンスの申請からMACアドレスの登録が求められる。
MACアドレスは英数字ならば何でも良いわけではない。BIGLOBE Wi-Fiに接続するデバイスを登録するのと同じだからSIMカードを入れてないデバイスでも良いし、使い分けに役立つけど、とにかくデバイスのWi-Fiの設定から見付けて個別に専用の英数字を入力しなければならない。
BIGLOBE Wi-Fiは最後にアクセスポイントの確定からWi-Fiネットワークの登録が求められる。
オートコネクト via BiGLOBE channel
BIGLOBEはBIGLOBE Wi-Fiのためにオートコネクトというアプリを出しているけど、ただし簡単だと思って使ってみても一発では繋がらない。Wi-Fiネットワークの登録を自分で行えば後からそうしたアクセスポイ…

やりすぎ都市伝説の「信じるか信じないかはあなた次第です」のフレーズが耳に残って離れない関暁夫だけど

二回くらいしか観てなくてもっと観たいと待っていたテレビ番組が「信じるか信じないかはあなた次第です」のフレーズが耳に残って離れないやり過ぎ都市伝説(元々はやりすぎコージーの中の芸人都市伝説)だった。流石にもうそろそろパターンが掴めて来たし、飽きてしまった感じもしないでもなく、昨日、三回目を観ていたんだ。
面白いのはやはり何といっても関暁夫の特別取材のコーナーだ。海外で専門家を交えた大掛かりな様子が情報の確かさを煽っているのが唸らされる。
従来ならば本当かどうかが余程と問われていたはずで、取り分けノストラダムスの大予言が二十世紀末に多く取り沙汰されてどっちなのかと感じながらテレビを観ていた。世界滅亡説がありながら二十一世紀に何事もなく、移行してしまった後で、もう終わりではないかと考えた、人々を巻き込んだリアルなオカルトというテーマは。
UFO(未確認飛行物体)とかUMA(未確認生物)なんて他の様々なテーマの謎めきもそうで、人間にとって根本的には精神の闇を反映しているといって良いと思うし、常日頃の不穏な気持ち、すなわち存在の不確かな危うさから生み出される空想上の産物なんだろう。
人類の科学が発展するほどに謎めきの世界そのものが薄らいでいるようで、または超常現象と纏められるかも知れない、身の周りで手品でも何でも昔よりも驚かなくなっている。見聞されて理由は必ずしも呑み込まれないにせよ、何かがあってそうなるんだという論法から抽象的に通り抜けるのは容易い。どうしても気にならざるを得ない人たちだけが専門的に追求して詳しく紐解いて行く世の中が優勢的に認められる。
関暁夫はやりすぎ都市伝説で初めて知ったけれども正しく今風の求道者の印象を与える。リアルなオカルトの専門家として新しい存在なのが引き付けられる。決め台詞の「信じるか信じないかはあなた次第です」がはっきり示しているように本当かどうかはもはや重要ではない。気になる人だけが追いかける世界なんだと考えると格好良いとも過言ではないし、リアルなオカルトとは何かを正しく捉えるように生きているに違いないだろう。
やりすぎ都市伝説を観ていて最も謎めいて受け取るのは関暁夫で、一体、どんな人なのかが興味深いし、真っ先に考えたくならせる。テーマが注目されるのはもちろんながら三度目の正直のせいか、番組のパターンも掴めたし、目移りするところで、本当に関暁夫の来歴を…