スキップしてメイン コンテンツに移動

投稿

ラベル(方法)が付いた投稿を表示しています

人間の道徳の理性と社会的に通用する常識に纏わる真実の思考

イメージ
Blue butterflies in a dim forest by Stergo [CC0], via Pixabay 道徳とは何か。本質的にいえば人間が生きるために合理的に求める規範だろう。方法上、合理的という認識の実質/道徳心の前提条件は人それぞれで、思想や信条によって変わってしまう特徴がある。 僕はスピノザ主義者としてスピノザの哲学的な倫理学者としての方法を最重要視して理性を何よりも大事にして生きようとする。 定理二十四 真に有徳的に働くとは、我々においては、理性の導きに従って行動し、生活し、自己の有を推持する(この三つは同じことを意味する)こと、しかもそれを自己の利益を求める原理に基づいてすること、にほかならない。バルーフ・スピノザのエチカ(畠中尚志訳) 世の中で理性が感じ取らせる生きる喜びが道徳といって良い。スピノザ主義でなくても共通の認識は珍しくないかも知れない。しかし共…

家庭の児童虐待や夫婦喧嘩のマルトリートメントから失われた脳力を回復したい

イメージ
人間は誰でも小さい頃に家庭で児童虐待を受けるとか夫婦喧嘩を見せられるなんて悲惨な状態のマルトリートメント(不適切な養育)から脳が拒絶反応を起こすように発育を止めて力が失われながら本来の可能性が平穏無事な生活から想定されるよりも劣ってしまう恐れがある。 どこかで聞いて知ったけれどもテレビの傷ついた親子に幸せを~小児精神科医・友田明美(プロフェッショナル)を観たら日本の小児精神科医の友田明美がアメリカのハーバード大学との共同研究によって世界で初めて発見したらしくてびっくりしたんだ。 不幸な家庭環境による人々の脳力の低下のメカニズムが分かりさえすれば本来的に生き直すように回復する方法は幾らでも考えられるAttachment - A guide for parents and children | Akemi Tomoda | TED×Kumamotoshi via TED× Talks 友田…

Bloggerブログで記事/追加ページのブログ名から見出しタグのh1を外す

イメージ
Bloggerの2017年の公式テーマのContempoとSohoとEmporioとNotableで記事/追加ページの固有タイトルの見出しタグを変更する方法と併せて使える各々のブログ名の見出しタグのh1を外す方法が見付かった。前者だけだと記事/追加ページで見出しタグをh1にしてもデフォルトでh1が付いたブログ名と二つになってしまってhtml構文としてもSEO対策としても万全とはいえなかった。後者を取り入れると記事/追加ページで見出しタグのh1が固有タイトルの一つだけになるからかりにデザインは変わらないとしてもブログのマークアップは分かり易く整えられる。かねて記事/追加ページのブログ名のh1を外す方法自体は固有タイトルの見出しタグを変更して間もなく思い付いたけど、しかしデザインを他のトップやアーカイブなどのブログ名にh1を残すページと振り分けるのが煩雑で、htmlとcssを二倍にして割り当…

縦並びリストのマーカーや左端が揃った状態を中寄せする方法

サイト作成でhtmlの番号なしリストのulや番号付きリストのolを使ってcssの中寄せ:text-alignのcenterを指定した場合に内側のリストタグのliしか移動せず、ulの中黒やolの数字のマーカーが付いて来なくて左端に残ったまま、ずれてしまうのを修正できる方法はないか。 cssのlist-style-positionのinsideを使う 考えて番号なしリストのulや番号付きリストのolにcssのlist-style-positionのinsideを指定するとリストタグと一緒に中黒や数字のマーカーも位置合わせが可能になると分かった。 同時にcssのtext-alignのcenterを指定しておくと中寄せになるし、または値をrightに変えれば右寄せでもマーカーがリストタグと揃って移動するから大丈夫なんだ。 cssのlist-style-positionのinsideを使うとリス…

ミシュランガイドの一つ星を掴んだラーメン店の鳴龍の一人での小さな立ち上げ

イメージ
東京都の山手線の大塚駅から徒歩で五分の場所に開店しているラーメン店の鳴龍が一人で立ち上げたという個人経営で、しかも客席が僅かに十席と小さいのに世界各地の料理の名店を紹介するミシュランガイドのミシュランガイド東京の2017年のラーメン部門で一つ星を掴んだと知って驚いた。一人でもやればできると人生に希望が持てそうだ。どんなに無名でも道は開かれるのではないか。夢の途中の僕には本当に大きな励みになる。才能は気付かないと花開かないし、鳴龍がミシュランガイドの一つ星で世の中に著しく知れ渡るのは好運そのものだけれども一人で立ち上げた本人が適当では先ず無理だったはずだと思う。店主の齊藤一将は何年も中華料理を他の店で修行してから自分の店を初めて持ったらしい醤油拉麺 via 鳴龍経歴としては料理の専門学校を卒業してホテルの中華料理部門で九年間を勤めて自分の店を持ちたいし、ラーメンが好きなので、名店のちゃぶ屋…

Google日本語入力のキーボードで全角の英数字を打ち込む方法

イメージ
スマホをMoto G5 Plusに買い替えたら文字入力のキーボードがGoogle日本語入力だった。使うのは初めてではなかったものの本格的には未経験だったので、どうなるかと不安が心に過った。しかし暫く使っている間に慣れて来て特に支障はないと感じた。他の文字入力のアプリに変えもせず、数ヶ月、経った今でも喜ばしく使い続けている。ただし一つだけ大きな難点がGoogle日本語入力には含まれていて全角の英数字が打ち込めないのではないかと悩まされずにはいなかった。駄目だったらもはや止めなくてはならないと日本語の文字入力のキーボードとして僕にとっては重要な項目だった。英数字は半角で打ち込めるから良いのではないかとも思うし、文章で全角と使い分ける気持ちも厄介にせよ、英数字が日本語との組み合わせで少しだけ入ると文字サイズでバランスが合わなくて読み辛い感じがするから半角よりも全角に変えたくなってしまう。Goo…

思想の意義としての心地良いばかりの世界

イメージ
人間は世界とは何かの思想を持つと素晴らしい気持ちを味わう。しかし信念が胸に広がったせいだとすると本当に重要なのは自分自身の思想を生活に組み込めるかどうかにかかっていたらしい。鳥が大空へ羽搏くためには翼が必要だけど、翼だけでは得てして無理なので、どう羽搏くかを知らないままの鳥では気持ちは素晴らしいにせよ、大空からは見下ろされるかぎりの自然でしかなかった。日本人の知性と思考の方法論的な哲学人々に大衆への理解は本当に可能か平和の原理/抽象力を有する人間性/論法そのもの人間の精神/心理のための感受性の理論挙げると些細な日常の四つの記事が著しく目立った。思想を持つだけではなくて信念において生活に組み込むように有用な認識としての効果を高めもするためには方法、見方、原理、理論が欠かせなかったとはっきり分かって来た。心地良さが増している、人生に。だから気持ちも現実に素晴らしいわけではなかったか。一言で知…

日本人の知性と思考の方法論的な哲学

イメージ
お笑いの有吉弘行が哲学について本を出していると知った。毒舌訳 哲学者の言葉という題名で、数多の哲学者たちの言葉を題材にして自説を述べている。インターネットで偶々だったけれども紹介しているサイトを見かけたから気になって訪れてみたんだ。哲学とは…変わり者の人が適当に言ったことをなんとか普通の人たちが解釈してあげて無理やり「わかるわかる」と納得してあげているもの有吉弘行の毒舌訳 哲学者の言葉心外というか、哲学は本質的に思考だから、表現上、間違っていると項垂れるしかない。しかし目を背けてはならないはずだ。お笑いとして許される気持ちを棚上げとすれば真面目に日本を過ごし易く変えるためには現時点で知性改善論のような思考が人々に求め叫ばれているのではないか。まさか興味深い世相が露呈し捲っている。有吉弘行で示し出されたというのは本当に物凄く面白いし、僕は思考が超大好きなんだ、お化けなんて呼ばせない。笑いた…

スピノザの生活規則を良い知性から僅かでも理解するための思考

イメージ
久し振りに知性改善論(スピノザ)を読み返してみた。といっても時間がないし、速読もできないので、一時間で数十頁しか進まなかった。しかし相変わらず、文章が手強くて通常よりも読解を迫られると驚かされる。作家の気質としては学者そのものだろう。細かいところまで日常生活に支障がなくても取り上げて認識に纏めないと不誠実だと思ってしまうのではないか。学校嫌いの口癖ならば「勉強しても生きるのに役立たない知識」が多くて辛い。ただし大事なのは世界を理解するために必要なんだ。背を向けるほどに認識そのものが曖昧になって社会へ出ても分からないままなので、経験に対しての判断力は学歴通りで止まってしまうわけだ。後から独学しなければ生活力としても上がって来ないかぎり、もはや学校で済ませるのと中身は同じだろう。人生設計を効率的に組み上げるならば最初から勉強好きの気持ちが期待される。僕の言葉遣いも概念は難しいかも知れないし、…

カントの物自体が教える確実性

イメージ
カントの物自体は認識論的に不可能な対象だから思考の内実は事象でしかない。すなわち現象学における超越論的な主観性の効果として理論上で要請される直観の確実性と同一視される。Immanuel Kant by Gottlieb Doebler [Public domain], via Wikimedia Commonsカントは現象学者では全くなかったけれどもそうした方法に気付いていたからこそ物自体を敢えて証明するような必要を持ち併せなかったわけではないか、哲学に。理性が成り立つのは不可知のゆえではないのは当たり前にせよ、人間に確実性が物自体として備わっているためだといい直せばグッと分かり易くなるんだ。歴史的意味においてでないかぎり哲学を学ぶということはできない。かえって理性に関しては、哲学的思索をすることを学び得るばかりである。イマヌエル・カント via Wikipediaカントは理性を本当に哲…

読む気スラスラの君たちへ守るべき沈黙の作家には抜け出せない涙

もしかしたら僕だけど、君たちも読む気スラスラだから困る、昨日の午後から自作へ気が狂いそうで。可笑しいし、本当に正気を失ってしまうならば素晴らしい思考が見付かった。経験そのものから精神とは何かを知るべき手がかりになる。というか、君たちへ送り届けるのが詩以外では非常に難しい言葉遣いを迫られずにいない世界へ生き出しているんだ。詩と思考の命題は厳しかった。なぜなら哲学を批判しなければ永遠には辿り着けないからだ。スピノザの教えで終わらせるわけには行かないという実情はもう既に些細な日常の一つで示したはずだし、作家としても繰り返す必要はないだろう。明かしておくべきなのは気持ちだけだ。それが分かったから脳味噌が飛び散りかけているとは漫画でもなければ涙としか呼べない。人は悲しくて泣くわけではないし、漫画ならば本当に喜んでいる可能性もあるわけで、またはゲームでも同じではないか、重要なのは泣くという涙を伴った…

エピクロスの余りにも清貧な思想/アタラクシアの感覚と原子論

イメージ
古代ギリシャの哲学者で、紀元前四世紀頃のヘレニズム期の初めに生きていたエピクロスが日毎の質素倹約を絵に描いたような余りにも清貧な思想を持っていて驚きながら共感を覚えてしまった。アタラクシア(平穏な心)という身近な幸せを大事にする気持ちから世界を捉えていた。エピクロスの哲学では感覚が重視されていてそれに見合った生活がアタラクシアとして考えられている。感覚は欲求によって疎外され得るし、哲学的に真実も分からなくなると三つに区別されている。自然で必要な欲求自然でも不必要な欲求不自然で不必要な欲求日々、アタラクシアへ通じる感覚、すなわち正しいとエピクロスが哲学者として判断したのは自然で必要な欲求だけだった。生きるために衣食住や人間関係は最小限で済ませると良いという発想が清貧な思想ながら余りにも容易いと感動させられもする。社会的には僅かな品物と微かな人付き合いで満足するべきだとエピクロスは教えている…