中上健次のクサレオマンコを巡って

僕の気に入りの小説家に 中上健次 がいる。代表作の長編の 枯木灘 と短編集の 十九歳の地図 しか読んでないけれども何れも飛んでもなく鮮烈な印象を残す場面があって内容は全くといって良いくらい覚えてないにも拘わらず、凄い小説家だと認める。挙げると 枯木灘 はシャベルで土を掘ること、 十九歳の地図 は誰かに電話をかけること、ありふれた人間の営みであって些細な日常としか呼べないことが世界のどんな優れたことよりもインパクトを持っている。 偶々、僕が注目するよりも本人が狙ってやっている感じがするから気に入るんだ。生きることそのものに焦点を当てて書いているのではないか。そうした真実が素晴らしいと教えてくれるのは 万葉集 以来の日本文学の歴史的な特徴だろうし、それを結実したのは 松尾芭蕉のわびさびの極意に匹敵する俳句 と感じるけど、しかし中上健次が面白いのは意味付けを越えてしまっているところなんだ。素晴らしぃも何もない。些細な日常が…