本能寺の変を企てた明智光秀の動機とは戦国時代の天下人での日本の治世のためだったのかも知れない
明智光秀 が滅没した室町幕府の最後の将軍の 足利義昭 が京都に入洛するという 本能寺の変 を企てた動機を示唆するほどの 土橋重治 宛の直筆の書状が発見された。 仰せのように今まで音信がありませんでしたが<初信であることの慣用表現>、上意(将軍)への奔走を命じられたことをお示しいただき、ありがたく存じます。しかしながら(将軍の)ご入洛の件につきましては既に承諾しています。そのようにご理解されて、ご奔走されることが肝要です。 一、雑賀衆が当方に味方されることについては、ありがたく存じます。ますますそのように心得られて、相談するべきこと。 一、高野衆・根来衆・雑賀衆が相談され、和泉・河内(ともに大阪府)方面まで出陣されることはもっともなことです。恩賞については当家の家老とそちらが話し合い、後々まで互いに良好な関係が続くように、相談するべきこと。 一、近江(滋賀県)・美濃(岐阜県南部)までことごとく平定することを命じ…