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悲しくても必死に生き抜くつもりならば画家一筋へ情熱を燃え上がらせたヴァン・ゴッホのように

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ゴッホの手紙を読んでいると元気が湧いて来る。絵だけではないと本当に感じる。ヴァン・ゴッホは画家だけれども同時に作家だったのではないか。興味深いのは文学は手紙でしかないから特にやってないという雰囲気が文体から伝わって来る。ヴァン・ゴッホならではの画家としてのイメージを手紙の文面に重ね合わせているに過ぎないにせよ、個人的に納得してしまわざるを得ない。
ヴァン・ゴッホならば画家一筋に情熱を燃え上がらせていたから他の創作活動には本気を出して取り組んで欲しくないけれども人間的に手抜きを受け取るのでは物足りないせいだろう。
手紙は文学なんだけれども作品として十分に仕上げられてない、本業の絵と比べると芸術性が低いに過ぎないだけで、必死に生き抜くほどの掴み取られた真実においては実質的に変わらないと感じる。
Self-portrait by Vincent van Gogh [Public domain], v…

人生を有意義に送るには期待値を上げる

どうもブログが非常に面白い。根本的にはTumblrが好きなだけかも知れないし、記事を望ましく公開するために選んでいたはずが逆に執筆の調子を予想以上に上げられてないとも否定できない。
考えると広告なしのリキッドデザイン(一列表示)で、さらに記事以外も非常に簡略化されているブログサービスは少ないと思う。ミニマルデザイン(最小限表示)と呼ばれるように余計なものが全て削ぎ落とされているわけだ。当初、何て良いんだと好ましく見惚れていた。Google+がTumblrとそっくりになってからだ、正しく落ち着かなくなって来たのは。
一応、ヘッダーとアバターの画像を消してみたり、どうだろうと考えている。文字だけだと今度は自分の他のホームページとそっくりになってしまう(素材サイトの背景には画像があるけど)。Tumblrをホームページとして扱うか、SNSとして扱うかを決め兼ねているのか。どっちでも構わないし、どっち…

人生の転換点の笑顔

三十歳頃、僕は理想的な人の笑顔を真似するようになった。ダイヤモンドにも思われたその透き通った輝きを放つ表情を自分のものにしたいという。一つの良さを取り入れて喜んでいたら周りの人たちにも笑顔が増えたような感じがして来て有意義に暮らせた。きっと融和的な印象を与えるだけに気持ちが伝わり易いのかも知れない。以来、ずっとやり続けているというか、完全に身に付いてしまっていて今でも僕が笑うと周りの人たちも直ぐに笑い返してくれたりながら仲良くして貰えるので、非常に助かっている。よもや理想的な人のダイアモンドを切欠にして笑顔で人と接することを望み出したせいだ。
姪が小学生で、当時、遊んでいて笑顔が気に入ったので、それも自分に取り入れている。激かわのお洒落さんだけど、僕が姪にはクスクス笑うことが多かったせいか、姪は子供らしく自然に取り入れて偶にクスクス笑っていたと思う。歯に噛んだような切なさを少し感じさせる表…