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悲しくても必死に生き抜くつもりならば画家一筋へ情熱を燃え上がらせたヴァン・ゴッホのように

ゴッホの手紙を読んでいると元気が湧いて来る。絵だけではないと本当に感じる。ヴァン・ゴッホは画家だけれども同時に作家だったのではないか。興味深いのは文学は手紙でしかないから特にやってないという雰囲気が文体から伝わって来る。ヴァン・ゴッホならではの画家としてのイメージを手紙の文面に重ね合わせているに過ぎないにせよ、個人的に納得してしまわざるを得ない。


ヴァン・ゴッホならば画家一筋に情熱を燃え上がらせていたから他の創作活動には本気を出して取り組んで欲しくないけれども人間的に手抜きを受け取るのでは物足りないせいだろう。


手紙は文学なんだけれども作品として十分に仕上げられてない、本業の絵と比べると芸術性が低いに過ぎないだけで、必死に生き抜くほどの掴み取られた真実においては実質的に変わらないと感じる。


ヴィンセント・ヴァン・ゴッホの自画像

ヴァン・ゴッホは貧しくてモデルに料金を払えなかったから代わりに自画像を多く描いたといわれるんだ。


ゴッホの手紙を読んでいると画家として自作絵が売れない悲しみが目立って出て来る。自画像はもちろんのこと、風景画でも他の肖像画でも同じで、何を描いても駄目だった、生涯で売れたのはたった一枚の赤い葡萄畑しかなかったらしい。振り返ると死ぬ間際に少しずつ世の中に受け入れられて来たようだし、彼自身が努力を惜しまずに絵描きに励み続けながら後一歩のところで心から待ち望んだ幸せを取り逃がしてしまったと感じるんだ。


悲劇的だから謎めきそのものではないか。人生に唸らされながら運命を見届けると夢は星に匹敵する。夜空に瞬く光の中には命を生まれてから死ぬまで素晴らしく勇気付けた希望しか知らなくて良いはずだ。


ヴィンセント・ヴァン・ゴッホの赤い葡萄畑

生前、ヴァン・ゴッホにとっては有り難いばかりの赤い葡萄畑を購入した人物は画家のアンナ・ボックという知り合いの一人だった。弟のウジェーヌ・ボックが詩人の知り合いで、数年前にヴァン・ゴッホはウジェーヌ・ボックの肖像を描き上げてもいた、彼の姉がやって来て赤い葡萄畑を気に入って四百フラン(十一万円程)を払ったらしい。


一見して赤紫が支配的で、モチーフは細部がごちゃ付いているから絵としては分かり難い。如何にも売れない画家の絵みたいな感じだけど、ところが現実は正反対だから何もかも侮ってはならない。細かく見れば安堵感を誘うし、素晴らしい絵と称えるだけだ。遠くの太陽が心の支えと日常生活を明るく果てしなく見守ってくれているから有り難い。


アンナ・ボックには容易かったにせよ、葡萄畑と農夫たちがどこまで切り放せるか。細部がちゃんと生きてなければ駄作なので、人々に分かり易く纏めて売るためにはヴァン・ゴッホが画家としてやるべきなのに敢えて背を向けたとすれば細かく見ると大丈夫なかぎり、もはや全てを聞かせたがっているとしかいいようがない。耳から受け取ったイメージからは赤紫が一つの雰囲気として綺麗だし、農夫たちは躍動感を持っていて苦しい労働も楽しい生命に自然に覆されて行くほどに美しい。とても貴重な瞬間を画面に祈るように軽やかに封じ込めている。


赤い葡萄畑は晩年の作品だけれども本当に誠実かどうかで絵を捉えていたんだろう。売れるかどうかも画家が誠実でなければならないと完全に先回りしてしまっていたようだ。人々に相手にされなくても作品へは必要な人間性から取り組めば良いのかも知れない。ヴァン・ゴッホが売れかけていたのは事実なんだ。絵を誠実に追求するばかりだったと感じる。


どう描くか、耳で聞く絵と表現上も駄作なのに素晴らしいければ気持ちは突き抜けている。人間性から思考しているだけではないか。


どういう結果になるかわからないが、君の負担を少しでも軽くしたい――将来それが不可能だとは思えない――君に巻き添えを喰わせずに僕の描いたものを堂々と人にみせられるように向上し続けるつもりだ。


テオ宛のゴッホの手紙(硲伊之助訳)

ヴァン・ゴッホの生活費は弟のテオが全て工面していた。画家としての生涯は数年で終わってしまうけれどもヴァン・ゴッホはいつも稼げなくてテオに申し訳ない気持ちを抱えていたと良く分かる。


本当に夢ばかり追いかけていたけれども言葉遣いからは人間性が素晴らしいと何よりも感心させられる。


テオとの兄弟愛というヴァン・ゴッホの幸せな日々に触れると無名の画家でしかなくて売れないままに力尽きても悔やむべきではないと学ぶ。


人間性から誠実に物事に打ち込んでこそ人生は有意義だった


たった一枚の売れた絵、赤い葡萄畑が真実を正しく本当に告げていたとすれば人々が胸打たれるも気持ちはきっと同じだろう。


有意義な人生が問われている。幸せな日々に通じる作品が作家にとって重要で、社会ならばそうした言動が人々を呼び止めるのではないか。詩的にいえば虹の架け橋を些細な日常から絶やしては忌まわしいだろう。生活が苦しくて貧しいほどに誰かに助けて貰わなくてはどうしようもない。


人々を引き付けるというか、出会うかぎりの作品でも社会でも喜んで手を貸して貰える知恵が是非とも欲しいわけだけれども有意義な人生が根本的に役立つとすれば人間性を蔑ろにしたままでは無理だから先ず以て念頭に置くような生き方に努めなくてはならないとゴッホの手紙から受け取ってしまう。


情熱を燃え上がらせて必死に生き抜く全ての思いも有意義な人生に基づいていたに違いない。


ヴィンセント・ヴァン・ゴッホの糸杉

ヴァン・ゴッホの糸杉は悲しみをまるで炎のように物語っている。どんなに頑張っても絵が売れなくて努力も虚しい人生だった。苦労をかけてばかりのテオにも情けなさを頭から浴びせかけられるほどの恥ずかしい悲しみを免れなかったはずだ。人間はなぜ消え去らないのか。悲しみとやはり誠実に向き合うならば必死に生き抜くという情熱を燃え上がらせているせいだとヴァン・ゴッホは描き出している。諦めずに続けるしかないだろう、叶わない夢を目指すためには。遠ざかる明日へ倒れ込んでは行けない。手を伸ばすのが勇気ではないか。途絶えがちな光が目眩を起こさせるにせよ、世界を覆い尽くしてしまう悲しみに僅かな抜け道もなく包まれてこそ自力で確かめてみせろ。死んだら終わりだから奮い立って進み出すのが最善なんだ。


人生の引き際から反れるほどに世界は地上からもぎ取られた正義だけを自然に誇り高く迸らせていた。


ヴァン・ゴッホの糸杉には幸せな日々を祈らずにはいられないし、慈悲深く唱えられた平和によって癒されながら憧れる思いを凄まじく得る。

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