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些細な日常

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在日外国人の子供たちの不安なアイデンティティーへの親近感と悩みへの慈しみ

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バリバラの【“外国ルーツ”の子供たち】を観て在日外国人の子供たちが抱える様々な悩みを知った。 両親の片方が外国人で自分はどちらの国民なのかというアイデンティティー(自己同一性)の不安を持っているのが内面性の下地になっているようだ。考えると僕も同じような状況だったから親近感が湧いた。父親が秋田県で、母親が栃木県で、自分はどちらの県人なのかとアイデンティティーが気がかりになる。人々の交通が繁栄した現代では色んな地域の色んな両親を持つのが普通だから在日外国人の子供たちのアイデンティティーの不安は誰にとっても決して縁遠くないわけだ。細かくいえば父親と母親の根源的な差異を想定するべきではないか。 アイデンティティーの不安は誰にでも当て嵌まる悩みとも過言ではない Sonw hill with a tree by Mojpe / Pixabay 文学上、日々の悲しみから…

ツタンカーメンの死の真相は病気の可能性が高い

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ツタンカーメン の死の真相が現代科学によって、大分、分かるようになって来たみたいだ。 ミイラの分析から最初は暗殺説が主流だったけれども次いで事故説が重視され出した。さらに詳しく分析が行われたところ、病気説が非常に大きいと核心的にも捉えられるに至った。 ナショナル・ジオグラフィック公認の考古学者ザヒ・ハワス博士率いる探査チームはカイロに集結し、ツタンカーメンのミイラを世界初、CTスキャンを使って調査していく。カメラは少年王の遺体に画期的に迫り、今まで見た事もない映像をとらえていく。 少年王ツタンカーメン:死の謎に迫る| ナショナルジオグラフィック |ナショナルジオグラフィック協会と日経ナショナルジオグラフィック 現代科学でも物事の分析に使用される機械、取り分けコンピューターが新しく作り出されて見えないものが見えるし、分からないことが分かるというわけで、考古学でも変…

アルトーは晩年に統合失調症を患っていた可能性が極めて高い

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アイルランドへ向かった四十代前半の アルトー (作家/詩人)がダブリンでホテルの部屋代を払えなくなって本国のフランスへ強制送還されるという事態に陥った。船に乗っているところで船員に襲われると感じて本人は身を守るために反撃するつもりだったけれども周りからは常軌を逸していると判断されて自宅へは帰り着かずに精神科へ入るようになった。 統合失調症に当て嵌まる強迫観念の攻撃 Self-portrait by AutAntonin Artaud / Public domain フランスのロデーズの精神科で、結果的には二年くらい入院して様々な治療を施されて開発されたばかりの電気ショック療法をまるで実験台のように受けたりもしていて晩年のアルトーを考える上では非常に大きな場面の一つに数えられる。 現今では電気ショック療法は安全性が改良されて電気けいれん療法と呼ばれているけれども…

透き通った心の持ち主/筋ジストロフィーの患者の胸に残る言葉と生きる喜びの詩

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九歳の頃、ハムスターを飼っていた。子供が欲しくてオスとメスを一緒にしていたら、期待通り、赤ちゃんが何匹も生まれてとても嬉しかった。 Hamster baby in hand by auenleben / Pixabay 母親と病院へ出かけることになり、というのは入院している透き通った心の持ち主と面会するためだった、僕は小さなバッグに二枚のハムスターの赤ちゃんを入れて連れて行って見せてあげようとした。 透き通った心の持ち主は 筋ジストロフィー の患者だった 日毎に筋肉が衰えながらついには全面的に身動きも儘ならず、死に至る他はないという重病を患っていた。 僕は病院へ行くといつも優しい雰囲気が溢れていると驚かされていた。家庭や学校や地元の様々な場所とも全く異なり、澄んだ光が静かに柔らかく風に溶け込んだように広がっているという印象を持った。そして関係者は看護師しか会って…

ラーメンと僕~経験が人を形作れば生きるヒントもそこに~

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二十代の中盤、中々、貧しい生活を強いられた。一時期ながら数日を水だけで過ごしたこともあった。腹の減り過ぎた余り、食事のメニューを紙に書き並べて飢えを凌いでいた。自分でも初めてなので、驚いた。驚いたといっても心身共に弱り切っていたせいか、印象はとても薄かった。鉛筆の芯の欠片くらい小さくて、否、本当に極僅かな気持ちで、驚きながらそうなっていることへも又驚いたりしたものだった。振り返れば極僅かな気持ちで生きられたとたぶん知ったのかも知れない。とにかく驚くしかなかった。頭に入るとか心に仕舞うなんて状態ではなくて他には言葉もないままに受け留められた。 毎度と貯金を直ぐに増やさなくては危ないと考えながら日払いの派遣会社に登録して倉庫番や引っ越しの手伝い紹介されて勤務しているような日々だった。日給七千円程度だったか、かつて。倉庫番はパソコンの集配センターで、送り先…