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相互に共通点を有しない物は、その一が他の原因たることができない|スピノザのエチカの第一部定理三

スピノザのエチカの第一部:神についての定理三を心からの敬愛を込めて理解する。 定理三 相互に共通点を有しない物は、その一が他の原因たることができない。 証明 もしそれらの物が相互に共通点を有しないなら、それはまた(公理五により)相互に他から認識されることができない、したがって(公理四により)その一が他の原因たることができない。Q・E・D・バルーフ・スピノザのエチカ(畠中尚志訳) 第一部定理三は第一部公理五と公理四から証明されるけど、すなわち複数の対象について認識論的な関係性と存在論的な因果性が相互の共通点によって一つの現実の中に同時に把握されるようになる思考のためで、スピノザの世界観を反証的に(それ以外は無理だと)はっきり示しているようだ。 五 たがいに共通点を持たないものはまたたがいに他から認識されることができない。すなわち一方の概念は他方の概念を含まない。バルーフ・スピノザのエチカ…

カントの物自体が教える確実性

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カントの物自体は認識論的に不可能な対象だから思考の内実は事象でしかない。すなわち現象学における超越論的な主観性の効果として理論上で要請される直観の確実性と同一視される。Immanuel Kant by Gottlieb Doebler [Public domain], via Wikimedia Commonsカントは現象学者では全くなかったけれどもそうした方法に気付いていたからこそ物自体を敢えて証明するような必要を持ち併せなかったわけではないか、哲学に。理性が成り立つのは不可知のゆえではないのは当たり前にせよ、人間に確実性が物自体として備わっているためだといい直せばグッと分かり易くなるんだ。歴史的意味においてでないかぎり哲学を学ぶということはできない。かえって理性に関しては、哲学的思索をすることを学び得るばかりである。イマヌエル・カント via Wikipediaカントは理性を本当に哲…