スキップしてメイン コンテンツに移動

カントの物自体が教える確実性

カントの物自体は認識論的に不可能な対象だから思考の内実は事象でしかない。


すなわち現象学における超越論的な主観性の効果として理論上で要請される直観の確実性と同一視される。


イマヌエル・カント

カントは現象学者では全くなかったけれどもそうした方法に気付いていたからこそ物自体を敢えて証明するような必要を持ち併せなかったわけではないか、哲学に。


理性が成り立つのは不可知のゆえではないのは当たり前にせよ、人間に確実性が物自体として備わっているためだといい直せばグッと分かり易くなるんだ。


歴史的意味においてでないかぎり哲学を学ぶということはできない。かえって理性に関しては、哲学的思索をすることを学び得るばかりである。



カントは理性を本当に哲学的に純粋に捉えていたし、認識力を丸ごと抽象化していた。だから一つの方法として理解すると親身に気がかりなのは存在だけになってしまう。


すると諸々の概念の機能を知るように哲学そのものと出会えたかどうかが経験にかかって来るから思考を自己本意的に終わらせたに等しい。


精神に確実性は教えなので


カントは理性の成り立ちを物自体によって整合的に掴み得たはずの認識論に即しながら振れても仕様がない人生を完膚なく示唆していた。

コメント

些細な日常の人気の投稿

アドセンスの支払い日は翌月二十一日前後だけれども保留されると送金されない

PlayストアでAndroidアプリのダウンロードが非常に遅い場合の打開策

Imgurで画像URLと埋め込みコードを取得する方法