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些細な日常

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Googleが生成AIの作品の所有権を主張しないことを利用規約に明記

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Googleが今年の5月22日から発効するサービスの利用規約の変更についてメールを送って来て幾つの変更点の中に生成AI作品の所有権を主張しないことが挙げられていて嬉しくも安心感が増した。 生成 AI の利用規約。 既存の生成 AI の追加利用規約を主たる利用規約に移動し、AI 関連のその他の明確な説明を追加しています。例 - Google は、AI によるサービスによって生成されたオリジナル コンテンツに対する所有権を主張しません。 利用規約の変更に関するお知らせ|Google この例の部分が新しい利用規約のどこなのかは分からない。本当に酷いというか、Googleの言葉遣いは駄洒落だけど、目がぐーぐる(ぐるぐる)回るようで、いつも意味不明だと昔から悩まされる。相変わらず、理解に苦しむ。たぶん次の部分に相当するのが普通だと思う。 Google の一部のサービスは、ユーザーによるオリジナル コンテン…

赤ちゃんを追いかけるパグの子犬たちに思い起こしたパグとの悲しい思い出

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四匹のパグの子犬がハイハイする赤ちゃんを追いかける動画が可愛い世界を表していると感じた。 何て可愛い赤ちゃんとパグの子犬たちだろう 横長で観る Pug chase!|pugsnkisses84 赤ちゃんの動きが、結構、速いと驚く。普通に見たらパグの子犬たちが楽に追いつくと思うけど、しかし意外にも突き放されそうで、少し慌てて走りかけるところが面白い。 全員、ずんぐりむっくりした様子が仲間を思わせる。赤ちゃんが大きくて四匹のパグの子犬を引き連れるように進むのが微笑ましくも仲睦まじい印象を与える。 正しく平和な一時が記録された動画で、 可愛い動物 との触れ合いの 癒しに満ちた生活 を捉えている。 再生回数が一億回を越えているので、世界中で物凄い人気だけど、分かり易い楽しさの中に色んな良さが詰まっているようだ。安らいだ心が想像力を刺激される。すなわち壊してはならない愛、またはかけがえのない喜びを受け取り、守るための思…

日本のカーリング女子の藤沢五月などが嫌いなのは期待をかけ捲っていたためで

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平昌オリンピックを引き込まれながら観ていて最も大きな謎の一つが最終盤のカーリング女子の試合( カーリング女子、初の銅メダル!! )で、負けて欲しいみたいな感じの悪さが否定できなかった。正直にいって嫌いだった。以前は何とも思わなかったはずだし、 日本代表の選手たちがメダルラッシュで大きく盛り上がっている平昌オリンピック の締め括りにカーリング女子が銅メダルを取るかも知れないイギリスとの大一番の対戦を観てながら急に不可解だったと振り返る。 藤沢五月と吉田夕梨花| オリンピック さてもカーリング女子のチーム自体の LS北見 を敵視するつもりは全くなかったのではないか。良く知りもせずに同国の日本列島の人々の注目を一心に浴びている様子をテレビ越しに妬んでいるとかしえない状況に追い込まれたに等しい自分こそ大嫌いだったし、非常に悲しかったのは間違いない。 居た堪れず、なぜかと日本のカーリング女子についてGoogleで検索…

梶井基次郎の芥川龍之介が嫌いな気持ちへ間違いを夢見た三好達治の詩的な感性

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もしかすると 梶井基次郎 は 芥川龍之介 が嫌いなんだと思っていた。二人とも日本の小説家で、大正末期から昭和初期までの同時代を生きていた。僕は両方とも好きな作家だけれども互いに作品の傾向が余りにかけ離れ過ぎている。梶井基次郎は生命力が強くて芥川龍之介は精神性が高い。なので後者は前者を全く気に留めないとしても前者は後者を情けないみたいに捉えずにいないのではないか。いじめといえばいじめだけれども自分よりも詰まらない奴として見下してしまう梶井基次郎を想像するほどに芥川龍之介が無闇に可哀想だから本当ならば何とかしなくては行けないと感じた。 作家として一つの命題にもなるんだ。たとえ優秀な小説家でも他人を馬鹿にする愚かさを免れないような生活が現実だとすれば魔が差したに過ぎないにせよ、相当に根深い。僕にとっては皆が真似しないように自作を通して仕向けるというか、総じて言葉遣いから世界の相容れない友好的な事情へ十分…

嫌いな人間は本当は人生で役立っている

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面白いのは良さを持っている、好きなだけではなくて嫌いな人間でも。だから余りに逆らい過ぎると自分こそ良さを失いながら死ぬしかなくなりもするのではないか。 地獄の道理、すなわち閻魔の悪知恵ならば流石にやはり人間を破滅させるように神から上手く作り出されていると驚く。 懇意、止めてくれれば助かるのに人間だけが確実に生き延びるのも不合理なためだろう。 人間同士でも力関係があって嫌いな人間が強いほどに人生は厳しくなるわけなので、弱いままで倒れないためにはそうした力を認めながらむしろ自分にしっかり取り入れて完全には敵視しないように努めるべきだと思う。 なぜ人は人を嫌うか 根源的には思想に反するせいで、人々は敵対する。世の中で討論会にかぎらないし、さもなければ却って真実を見落とし兼ねない。 思想は人間の存在を形成している。生死を懸けて宗教戦争でも何でも起きるわけだ、互いに嫌い合えばもはや。差別、偏見、そしていじめも…