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梶井基次郎の芥川龍之介が嫌いな気持ちへ間違いを夢見た三好達治の詩的な感性

もしかすると梶井基次郎芥川龍之介が嫌いなんだと思っていた。二人とも日本の小説家で、大正末期から昭和初期までの同時代を生きていた。僕は両方とも好きな作家だけれども互いに作品の傾向が余りにかけ離れ過ぎている。梶井基次郎は生命力が強くて芥川龍之介は精神性が高い。なので後者は前者を全く気に留めないとしても前者は後者を情けないみたいに捉えずにいないのではないか。いじめといえばいじめだけれども自分よりも詰まらない奴として見下してしまう梶井基次郎を想像するほどに芥川龍之介が無闇に可哀想だから本当ならば何とかしなくては行けないと感じた。

作家として一つの命題にもなるんだ。たとえ優秀な小説家でも他人を馬鹿にする愚かさを免れないような生活が現実だとすれば魔が差したに過ぎないにせよ、相当に根深い。僕にとっては皆が真似しないように自作を通して仕向けるというか、総じて言葉遣いから世界の相容れない友好的な事情へ十分に理解を得るためには人間そのものの認識を適切に作り替える必要に迫られてしまった。

二十代中盤の頃、専ら考え込みながら、結構、大変な作業かも知れないと身震いを覚えたりしていたし、今でも変わらず、悩ましく思い起こされるんだ。

芥川龍之介が梶井基次郎について云々する資料は皆無で、本当に全く気に留めなかったかも知れない。世の中の知名度も今とは違ったらしい。日本で梶井基次郎は生前は無名作家だった。同時代の有名作家の何人かと親交を結んでいたようだけれども本人の作品は人気がなかった。文学のさほど目立たない同人誌への投稿で生涯の殆どを終えた。亡くなる間際にやっと世の中に小説家として受け入れられ始めていたといわれる。気に留めるも何も梶井基次郎の情報がなくては芥川龍之介が一言も触れなかったのは余程と不思議でもなかったわけだ。

こんな風にして真近に河鹿を眺めていると、ときどき不思議な気持になることがある。芥川龍之介は人間が河童の世界へ行く小説を書いたが、河鹿の世界というものは案外手近にあるものだ。私は一度私の眼の下にいた一匹の河鹿から忽然としてそんな世界へはいってしまった。その河鹿は瀬の石と石との間に出来た小さい流れの前へ立って、あの奇怪な顔つきでじっと水の流れるのを見ていたのであるが、その姿が南画の河童とも漁師ともつかぬ点景人物そっくりになって来た、と思う間に彼の前の小さい流れがサーッと広びろとした江に変じてしまった。その瞬間私もまたその天地の孤客たることを感じたのである。

当初、梶井基次郎が自作の小説で芥川龍之介に触れていたのを知って二人の結び付きを咄嗟に思い浮かべたんだ。とはいえ、本人の気持ちそのものは良く分からなかった。揶揄いの要素が俄かに漂う――お前は「手近にあるもの」を「河童の世界」と縁遠く表現して現実味を失わすな――とするとそれ以外ではどうか。小説家として芥川龍之介の人生は真逆で若いうちにデビューして直ぐに大人気を掴んで日本で随一の有名作家にまで上り詰めてしまったようだ。人々に生前から華々しい知名度を誇っていたならば梶井基次郎にとって殆ど売れない現状から悔しさや僻みもなかったとはかぎらない。もっと何かいってなかったかと資料を探してみたけど、ところがやはりというか、芥川龍之介の場合と同じで、一つも出て来なかった。

僕はそうかと頷くしかなかった。懸案なのは梶井基次郎が芥川龍之介を嫌っているかどうかだったけれども資料がないのでは断定するわけにはむろん行かない。結果的に根深く愚かな人間そのものとかなんて努めて問い詰めても仕様がないと感じ直した。

只、もしも現実だとしたら不味いので、抽象的に捉えながらおよそ地獄の魔の手に誰も引き込まれないで欲しいみたいに平穏無事を願いながら作家活動を続けるべきだと自戒された。

忘れた頃に訪れる幸せなのか、中身は恐ろしくも二十年越しの探し物が出て来て手に入った気持ちは可笑しいものの奇怪だった。

芥川龍之介の顎に下から左手を当てた正面向きの肖像

芥川さんの今もよく見る写真、片手であごを支へ、正面をきつた眼ざしの、うは眼づかひに何やら凝視してゐる、半身像。私はあの肖像を、かくべつ敬遠しないけれども、梶井にはあれが気に入らなかつた。たいへん気に入らない口吻で、何とかいつたけれども、言葉を正確におぼえてゐないから、ここには記しかねる。要するに、キザだといふのであつた。まだ芥川の生前、梶井は学生であつた。梶井にいはれてみると、なるほどあの写真には、いくらか気になるふしがないでもなかつたが、私にはその点さほど障碍にもならなかつた。梶井の言葉には、したたか、批難の意味があつたから、さうかな、いいぢやないか、これくらゐのかつかうをしたところで、と私はいつた。私は何かの都合で、ついさういふ写真ができ上つてしまつた、かもしれなかつた、ではないか、といつた。梶井はいやいやとかぶりをふつて、私の偶然説をはねつけた。私には、偶然でないポーズであつても、それくらゐの気取り、思ひ入れがこの作家にあつたところで、それが肯定できる気持があつた。芥川には茶目つ気があつたんだよ、と今日の私なら受けとる。さすがに当時はさうも受けとらなかつたから、つまらぬところで、意見がもつれた。

人伝てながらついに梶井基次郎の芥川龍之介が嫌いな気持ちが分かった。どこにも書かなかったとしても喋っていたとすると意味深長だけれども定義すれば明らかに根深く愚かな人間そのものを作家として作品には残したくなかったためではないか。格好良過ぎるし、世間並みの自己欺瞞/派手好きの見栄っ張りではなくて僕も誉めずにいられない梶井基次郎にかぎっては考えながら本当の自分ではないから本気の言葉には表し切れなかったんだろう。

出て来なくて良いよ、本人の資料なんてもう、事実上、悪口に纏わる文献でしかないわけだし、他には何一つ要らないくらい心地良いばかりの夢を見せられたところで。

確かに発見した探し物を遠い追憶というエッセイに取り上げた三好達治は詩人で、梶井基次郎の知り合いに含まれているとは知らなかったからちょっと驚いた。

三好達治については僕は殆ど知らないというか、名前だけで本業の詩集を一冊も読んでない。日本を代表する詩人の谷川俊太郎のデビューに一役を買ったと気付いてからは才気が溢れる詩人だし、作家に違いないと評価していたくらいが気持ちの全てだった。もしも三好達治がいなければ谷川俊太郎は本当に無名作家だったかも知れないので、相当に凄い。すなわち日本の現代詩で唯一とも目される人気者を摩訶不思議に送り出したわけだった。人々にとって優れた才能を見出だしてちゃんと世の中に広めようと誰よりも先に手を貸した功績は余りに大き過ぎると感動するしかなくなる。

だから読まなくても分かる、三好達治がどんな詩人かは詩集を。谷川俊太郎のデビューに一役を買っただけで、腹一杯の美味しい人柄を差し出すような言葉遣いに他ならないだろう。忙しい毎日が落ち着いてからでも手に取って確かめてみるだけならば僕にとっては決して遅くないんだ。

三好達治と梶井基次郎が言葉を交わした芥川龍之介の肖像は恐い。意外なのは二人揃って一言もない。普通に見ていたようだ。時代が第二次世界大戦の前だから日本人の気性は厳ついのが当たり前だったせいか。人殺しへの疑いが十分にはないと誰かが誰かを死傷しても構わない風情が出ていると受け取る。

他の肖像では和らいでいたりもするし、芥川龍之介の小説からしても地獄変などの鬼気迫るのとあばばばばなどの一息吐くのがあるからどちらが正しいわけでもないだろう。恐いのだけが本人の気持ちとまでは思わない。

梶井基次郎が「キザ」と捉えたのはやはり高い精神性が弱い生命力なのに格好を付けるなみたいに鼻に付いたんだろう。面白いのは全てを懐かしく振り返りながらでも「茶目つ気」と捉えた三好達治で詩的な感性だと認める。

よもや巫山戯て聞こえるから厳ついのが当たり前の時代を加味して想像しないと駄目かも知れない。人々にぴったりの表情だと内心はほくそ笑んでいるはずの芥川龍之介の実像を指してこそ可愛いというか、人間の柔らかみを一言で教えてくれているようだ。端的に示すや否やどこ吹く風の趣きは如何にも詩人らしい。素敵な気持ちが個性的に滲み出ているのは紛れもない事実だ。

梶井はふだん気軽に無邪気に融通のきく性分であつたが、どうかすると、一事に拘束される不器用な一面もまた備へてゐた。私には後者の一面が、彼に於て貴く面白く思はれることが度々であつた。
芥川の写真にかぶりを振つた時期は、それより以前からであつたが、梶井の注意は最も強く志賀直哉に集中してゐる時分であつた。たぶんその方の拘束状態からの作用が、あの時梶井の内部にはいくらかは作用してゐたのではなかつたかと私は思ふ。これはかりそめの私の推察、そんなあやふやな推察の上で、私はやはり、それが梶井基次郎だといふ風に思ふ。

三好達治の遠い追憶

作中ではもう一つの梶井基次郎と言葉を交わした芥川龍之介の思い出が挙げられていて詩について解釈が又割れた。しかし暫くして梶井基次郎は三好達治に自分が間違っていたと謝ったんだ。感想が「一事に拘束される不器用な一面」と述べられている。三好達治は芥川龍之介の肖像についても梶井基次郎は同じだと捉えたかったわけだ。

本人から聞いてなくて飽くまでも「推察」と書かれているけれども熱中していた小説家の志賀直哉――かつて小説の神様と呼ばれた作家で、理想的に優れた文体を持っていたし、簡潔で無駄のない表現を明快に行っていた。白樺派という芸術志向の文学潮流に含まれる作風だけど、和解闇夜行路など、取り分け心境小説の傑作を残しているから実生活の感覚を大事にして執筆していたのではないか――への思いから反発するように寄り添わない雰囲気を振り撒いて止まない芥川龍之介を目にして「キザ」と嫌いながら罵ったのかも知れなかった。

他方、芥川龍之介も志賀直哉を好評して「志賀直哉氏はこの人生を清潔に生きてゐる作家である」(文芸的な、余りに文芸的な)と誰よりも誉め称えたりしたし、嫌いな気持ちを抱える梶井基次郎からは独り占めしたい近親憎悪ですらが察せられてしまいそうだ。

考えると震撼する、三好達治に。なぜなら根深く愚かな人間そのものを弁えながら夢見た可能性があるからだ。信じられないくらい素晴らしい世界を生きていたのではないか。僕が作家として是非とも防がなくてはならないとせめて抽象的に自戒した命題という梶井基次郎の芥川龍之介が嫌いな気持ちははっきりいうと社会的に極めて危ないし、人々の平和の基盤を無残に損わずにいない攻撃なんだ。

文学上、生命力から善悪を判断するのが正しいのでは全知全能の神しか存在し得ないので、巷で弱い者いじめへの固執された誰かの意見として不道徳に現れ出るだけではなくて人間を含めた被造物の悉くが根源的に打ち負かされて死滅するほどの災いそのものを暗示してもいる。

三好達治はまるで分かったかのように避けている。敵わない攻撃は梶井基次郎に実際は当て嵌まらないし、芥川龍之介の詩を間違って捉えては謝ったかぎり、彼の肖像への不快感も気付けばきっと変わらずに正しくはないんだと想像しながら望んでいるに等しい。

どうしても明らかにしておきたくて著したのが遠い追憶なのか、知り合いで仲良しの触れ合いを通して夢見たとすると詩的な感性も輝かしいばかりだ。

梶井基次郎の芥川龍之介が嫌いな気持ちをすんなり認めなかった根拠は「一事に拘束される不器用な一面」と「推察」で止まっているにせよ、必要なかぎりの人々の平和の基盤を思い越させる言葉遣いなのは逆に極めて安らかな境地へ誘われてしまうから三好達治は流石に偉いと納得するし、詩人として与える印象も嬉しくて有り難いと個人的に共感せずにいられない。

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