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些細な日常

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キャンドル・ジュンと広末涼子の離婚問題で考える本物の恋

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広末涼子 の不倫が発覚して ラブレターや交換日記の言葉から本当の自分と出会えたと感じた し、離婚する可能性が高そうだったけど、すると彼女の夫の キャンドル・ジュン が記者会見を開いて妻から離婚の意志を既に伝えられていたことが分かった。 【会見ノーカット版】キャンドル・ジュン氏 、妻・広末涼子の不倫報道を謝罪 女優の広末涼子さんの不倫問題でキャンドル・ジュンさん記者の質疑に応じる 不倫された側が記者会見を開くのは珍しくてこんなに正式な形で対応されるのは初耳だと驚く。 キャンドル・ジュンは名前が変わり種で、聞いたことがない感じがするし、顔も良く見ると右耳に大きな穴を開けて奇妙なものを差し込んでいたり、一体、何者なのか、人柄を良く知っておく必要がある。 キャンドル・ジュンは個性的なキリスト教徒 キャンドル・ジュン氏「彼からは謝罪がないんです」不倫相手の鳥羽周作氏とのやり取りを明かす| oricon キャンドル・ジュンは…

夏の暑さに参るから雪の写真を取り出しながら涼もうか

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昔よりも信じ易くなった、人の心向けを。風鈴の音色にしてもどこが涼しいのかと疑っては特に何も始まらない。というか、本当は涼しくないから風鈴や雪の写真は良いんだ。 どちらも夏の暑さに参っていると考えると自分と同じだった 心の励みになるところが捨て難い。一緒に頑張ってくれているわけなので、よもや頼もしいかぎりだろう。 人の情けが大きい。風鈴や雪の写真にはそれが託されている。暑くても倒れない願いがあると分かれば向こうから自分に跳ね返って来る。この瞬間こそ心の底から涼しいと計らずも雄叫びを上げたくなるほどの世界が湧いて来てしまうようだ。なぜかしらと正しく思うよ。 根本的にいうと倒れなければまだしも涼しいかも知れないわけだった ほんの僅かな些細な日常でしかないくらい取るに足りないような暑くなさを認められるかどうかが気持ちの分かれ道だった。参りつつも過ごし切れるうちは涼しいと呼んで強ち誤りではない。 するや願いは…

柏葉紫陽花の三角の花に縁起も良く打つ柏手

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三角の花で、紫陽花みたいなので、調べてみて 柏葉紫陽花 ではないかと思った。葉の形が柏の葉に似ていてそう呼ばれるようになったらしい。身の回りで柏の木を見かけた印象は非常に少ないけれども柏の葉はこどもの日の柏餅で見慣れているんだ。大きめに緩やかに分かれているようや葉先なので、見分けも直ぐに付き易かった。 ところで柏葉紫陽花と聞いて何となく縁起が良いと思ったのは柏餅とさらに神社の 柏手 に繋がるせいだろう。柏手が柏の木と何の関係があるのかも分からない。調べてみたら何の関係もないらしかった。むしろ柏手が拍手という言葉の見誤りで生じているといわれていて柏手の由来もはっきりしないみたいだけど、逆に却って驚かされてしまった。 神社の柏手は古来には拍手だった とすると喜んで手を叩いている普段の拍手こそ神へ向けてやってないのが不思議に思われてしまう。元々の拍手がいつの間にか柏手に変わって神には柏手が相応しいと世に広ま…