スキップしてメイン コンテンツに移動
ラベル(主体性)が付いた投稿を表示しています すべて表示

在日外国人の子供たちの不安なアイデンティティーへの親近感と悩みへの慈しみ

イメージ

バリバラの “外国ルーツ”の子供たち を観て在日外国人の子供たちが抱える様々な悩みを知った。 両親の片方が外国人で自分はどちらの国民なのかというアイデンティティー(自己同一性)の不安を持っているのが内面性の下地になっているようだ。考えると僕も同じような状況だったから親近感が湧いた。父親が秋田県で、母親が栃木県で、自分はどちらの県人なのかとアイデンティティーが気がかりになる。人々の交通が繁栄した現代では色んな地域の色んな両親を持つのが普通だから在日外国人の子供たちのアイデンティティーの不安は誰にとっても決して縁遠くないわけだ。細かくいえば父親と母親の根源的な差異を想定するべきではないか。全員に当て嵌まる悩みとも過言ではない。 文学上、日々の悲しみから来ている。例えば 宝くじで六億円が当たったら どうでも良いと思う。一人で生活するかぎり、自分以外にアイデンティティーはない。または地域に根差した存在に満足…

ソクラテスの死は如何にも哲学者らしい威厳を放っていた

イメージ

古代ギリシャで ブラトン と アリストテレス と並んで三大哲学者の一人と考えられる ソクラテス は西洋哲学の源流とも過言ではないほどの存在だった。彼の弟子がプラトンで、その又弟子がアリストテレスだったからソクラテスがもしもいなかったら、全員、消えてしまって西洋で哲学が歴史的にどう流れたかが相当に変わっただろうと震撼させられる。 人々の考え方に大きな影響を哲学は与えている。何等かの主義を持つかどうかは別としても社会に共通する枠組みは一般的にあるのではないか。古代ギリシャの三大哲学者は現代でも通用するような原形を示している。 ソクラテスの知識(エピステーメー) プラトンの理想(イデア) アリストテレスの論理(オルガノン) 当時は宗教と結び付いていて何が良いのかを探求しているから必ずしも哲学そのものではないはずだ。しかし抽象化すれば知性と観念と方法という哲学者の条件が出揃っているのは明らかだし、超越論的にいえば認識…

カフカの小説へは孤独を愛する気持ちに親近感を覚えた変身から引き込まれた

イメージ

高校時代、本当に心から好きで愛して止まない作家・小説家が カフカ だった。 本が読みたいと思って本屋の文庫本のコーナーを見て回っていて置かれている本の種類も数多いし、何が良いのかという文学の知識も殆ど持たないままで、迷いに迷って選びようもなく、幾日も本屋へ出向いて同じように繰り返していた本探しかも知れなかった。 振り返っても本当にいつも驚かされざるを得ない、カフカとの出会いとなると。 偶々、これが良いのではないかと本屋の文庫本のコーナーで何一つ分からない状態ながら表紙や紹介文から感じて新潮文庫の作者の顔写真が付いた表紙のデザインが印象的だったけれども買って読んで完全に引き込まれてしまったわけなんだ。 カフカの短編小説で、選んだのは代表作の一つと見做される 変身 だった。喜びは非常に大きくて記憶にも著しく残されたとはいえ、味わいは唯一無二で他のどんな小説にもない趣きだった。十代後半の当時から中年期の今現在…

ヴィヨンの死刑と共に歌われた不幸な詩へ

イメージ

生活苦に苛まれるほどに親近感が湧いて来る詩が ヴィヨン の 首吊り人のバラード だった。 十五世紀のフランスの詩人で、ならず者みたいな生き方だったらしい。窃盗や暴力/殺人などによって幾度も投獄された。それこそ悪の詩人を地で行くという形で、三十歳を過ぎた頃に止まらない犯罪からついに絞首刑を宣告されてしまった。 ヴィヨンは現世に別れを告げるような思いで自らの死を控えながら 首吊り人のバラード を歌ったとされる。 墓碑銘 ともまさか題されている。モチーフはいうまでもなく、自分らしさそのものだ、果てしなく、悲しい気持ちだったにせよ。 François Villon from the Grand Testament de Maistre [Public Domain], via Wikimedia Commons 結果的には減刑されて絞首刑は執行されずに地域:パリの十年間の追放処分だけで済んだみたいだけど、ただし後の消息…

カメラのシャッターは軽く押すとブレ難くてイメージを確実に捉えられるだろう

イメージ

写真撮影はカメラを真っ直ぐ合わせてブレずにシャッターを押すことが基本中の基本ではないか。前者は画面の枠に被写体を揃える。画面の枠と被写体の間隔を全体的に捉えながら写真に世界が収まるようなカメラの持ち方や動かし方を覚えておく必要がある。後者は最小限の力でやるべきか。押し方が軽ければきっとカメラもブレ難いはずだ。二つを纏めると気持ちを込めて構図を作りながらもシャッターチャンスに力まないということが写真を好ましく撮るためには大切に違いない。 作例はソニーの マルチコネクトコンポ ( CMT-BT60 )で、四角のものをバッチリ表現したかった。右上に少し寄ってそうか。編集アプリのトリミングの枠で確かめてみるとやはり真ん中には入ってなかった。本当に大変だ。ただし創作活動では珍しくない。作品と気持ちが完全に一致するかどうかで、文章ならば相応しい言葉が見付からないとか絵ならば対象を描き切れないなんて悩みも絶えな…